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ヴェトナム戦争研究

カテゴリー:アメリカ

                                 (霧山昴)
著者  藤本 博 、 出版  法律文化社
 50年近く前の大学生のころには「アメリカのベトナム侵略戦争に反対」と叫んだのは数え切れないほどです。あれ以来、アメリカ帝国主義という言葉は、私の血となり肉となって定着しています。そして、最近のイラク侵攻です。サダム・フセインは残虐な帝王だったと私も思います。でも、それをアメリカ軍が一方的に侵攻して殺害してよいなんて思えませんし、思いません。
 最近のアメリカ映画『アメリカン・スナイパー』をみて、ますます意を強くしました。アメリカがイラクの民衆を敵として戦争していたのです。だから、アメリカが戦争に勝てるはずがありません。一人のスナイパーが何百人のイラク人「テロリスト」を殺したところで、戦争に勝てるはずもないのです。その意味で、本当の「反戦映画」だと思いました。
 この本は、久しぶりにアメリカにとってのベトナム戦争を考えています。ベトナムからアメリカがみじめに脱出したのは1975年4月。これは私が弁護士になって2年目の春でした。
 ベトナム戦争が終結するまでの10年間にアメリカ軍は無差別攻撃・殺戮を繰り返し、膨大な数のベトナム民間人が犠牲となった。およそ数百万人にのぼる。
 ベトナム戦争に関しては、これまで3万冊の本が出ている。
 どうでしょう、私の書庫にも、正確には数えていませんが、ベトナム戦争だけで、500冊ほどの本があると思います。
 アメリカは、ベトナム戦争の全期間中に、東南アジア全域に延べ340万人、南ベトナムに260万人の兵員を展開した。南ベトナムへは、ピークの1969年に、54万人の軍事要員を派遣した。アメリカ兵の戦死者は5万8000人。うち戦闘中の戦死者は4万7000人。戦争での負傷者は30万4000人。うち7万5000人は、重度の身体障害者。
 ベトナム戦争では、砲弾による死者は36%で、むしろ小火器そして地雷や罠による戦死者が60%をこえる。
 南ベトナム軍は、死者25万4000人負傷者78万3000人。
 北ベトナム軍と人民解放軍の戦闘中の死者は100万人、行方不明者は30万人。
 ベトナム戦争における民間人の死者は200万人以上。
 アメリカによる北ベトナム爆撃(北爆)は、年に2万5千回から、10万8千回に及んだ。700万トンの爆弾をアメリカ軍は投下した。枯れ葉剤は、7万キロリットルが散布された。北爆よりも南ベトナム省内に多くの爆弾が投下された。北ベトナムには100万トン、南ベトナムには328万トンだった。地上での爆弾使用量は688万トンなので、合計すると100万トンが南ベトナムで使われた。これは北ベトナムへの爆撃の10倍になる。
 ベトナム解放勢力は、アメリカ軍との正面作戦を避け、小部隊による遭遇戦や奇襲作戦を展開した。
 1967年までに300万人の難民を生み出し、汚職が横行し、社会の不安定化を招いた。
 ソンミ虐殺事件を起こしたチャーリー中隊は、「敵」と遭遇しない状況で犠牲者がふえ、不満が募り、一般の住民が「敵」に同調しているのではないかと疑っていた。部隊は当初の132万人が105万人にまで減っていた。ベトナム人を人間とは思わず、動物としか思えなくなっていた。「村にはいるものを全部殺せ」という命令が出た。1968年3月16日、4時間のうちに504人の住民が無差別に殺害された。
1971年3月29日、カリー中尉のみが有罪となったが、3年半後に自由の身となった。
 アメリカ軍は、ソンミ村の虐殺以外にもたくさんの事件を起こしたが、起訴されたアメリカ兵は50人、有罪となったのは23人のみ。
 このようなアメリカ軍の犯罪を告発するものとして、「ラッセル法廷」があり、それなりに機能した。
 アメリカは、ベトナム戦争敗北の後遺症を中東の湾岸戦争で「克服」した。
 ところが、アメリカ兵のPTSDはますます深刻になっていくのでした。そして、ベトナム戦争からの帰還兵たちがベトナムを再訪し、いい方向での「和解」も起きていくのです。
 昔のベトナム戦争反対の声を思い出させてくれる本でもありました。
(2014年12月刊。6800円+税)

弁護士倫理の勘所

カテゴリー:司法

                                 (霧山昴)
著者  官澤 里美 、 出版  第一法規
 著者は男性弁護士です。名前から女性と間違われそうですが、中年の男性弁護士です。
 幼いころの顔写真が本書に紹介されていますが、いまや立派な壮年弁護士です。
 私より一まわり若い、現役バリバリの弁護士でもあります。
 著書第二弾は、弁護士倫理について、実践的に解説していて、とても役に立つ内容となっています。私自身も綱紀委員会での議論に参加するようになり、弁護士倫理を実践的に勉強していますので、初心を学ぶうえでも勉強になりました。
「ちょっと一言」コラムによる解説があり、また、「イソ弁」が悩むような状況での対話もあって、とても身近に考えさせられる仕組みの本になっています。
 著者は、農家として12代目ということなのですが、本当でしょうか・・・。日本人のルーツは単純な「百姓」だと、12代もさかのぼることは不可能だと思うのですが・・・。
 会社の社長が死に際に、長年の不倫を告白したという話が紹介されています。墓場までもっていってほしい秘密もあるのですよね・・・。
 相談を受ける前に「利益相反チェック」がますます必要になっています。そのためには、住所そして氏名をフルネームで言ってもらう必要もあります。案外、それに抵抗する人もいるので困りますが・・・。
事件解決の依頼を受ける前に難しいのは、見通しについて何と言うか、です。
 甘い見通しを言うのは禁物。それは悪い結果が出たときに責められることになる。しかし、厳しすぎる見通しを言うのも考えもの。あまりに厳しく言うと、それなら、もうやめておこうということになりがちです。そうすると、もらえるはずの着手金・報酬もいただけません。
 弁護士生活30年以上、そして弁護士倫理を10年以上、ロースクールで教えてきた体験に基づいた本ですので、大変わかりやすく、しかも実践的な本です。
 若手弁護士には、ぜひとも読んでほしいと思います。
(2015年4月刊。2500円+税)

沈みゆく大国 アメリカ

カテゴリー:アメリカ

                               (霧山昴)
著者  堤 未果 、 出版  集英社新書
 アメリカのような日本には、絶対になってほしくありません。なんといっても、病気になったとき、アメリカでは悲惨です。まさしく「自己責任」。お金がなければ、さっさと死ねというのがアメリカです。
アメリカの医療費は高すぎる。突然のケガや病気のために破産する先進国なんて、アメリカ以外にはない。どう考えても狂っている。どんなに仕事があっても、今のように無保険では、病気やケガしたら、いつでも自己破産コースだ。リーマンショック以降ふえ続けている個人破産の半数以上が、医療破産である。医療破産者の8割は、保険加入者が占めている。これは、保険会社が保険給付をしぶったり、必要な治療を拒否するケースが多いからだ。
 オバマケアの法律を医療保険・製薬業界が呑んだのは、全国民加入というのが大きかった。数千万人の新規客の獲得は、業界にとって損にならない。
年間150万人が自己破産者になる。その理由のトップは医療費。国民の3人に1人は、医療費の請求が支払えないでいる。
 民間保険は高いため、多くの人は、安いけれど適用範囲が限定された「低保険」を買うか、5000万人もいる無保険者になっている。
世界最先端の医療技術を誇るアメリカでは、毎年4万5000人が適切な医療を受けられずに亡くなっていく。
 アメリカで毎年5万人ずつ増えているHIV感染者の6割は、同性愛者などの男性が占めている。全米に110万人いる患者のうち、保険に加入しているのは、わずか13%のみ、患者の多くは、貧しく、無保険で、感染に気づかないまま、次々に新しい相手に感染させてしまう。
 オバマケアは、労働組合の存在そのものを脅かす危険性を秘めていた。そのことに労組幹部が気づいたのは、法律が成立したあとのこと。組合の保険では政府からの補助金が出ないため、労働者は組合保険をあきらめてオバマケア保険に入らざるをえなくなる。労組の提供する医療保険は、オバマケア保険の基準より充実しすぎているとして、「キャデラック保険」と名づけられ、今後、40%の課税対象になる。
メディケイド患者は、民間保険の加入者より50%、無保険加入者より13%も死亡率が高い。その最大の理由は、国からの治療費支払い率がメディケイドは民間保険の6割と非常に低く、メディケイド患者を診れば診るほど、医師や病院は赤字になってしまうから。
アメリカの医療費を毎年、異常に押しあげている最大の原因は、民間医療保険と薬価だ。オバマケアは、この二つの業界を野放しにしたまま、民間保険の購入を義務化し、医師と病院には、高齢者医療を減らせという。このことによって、金持ちの高齢者は高い民間保険を買い、現金払いで好きな医師にかかれるけれど、中流以下の高齢者は、早く死ねと言われているようなものだ。
 もし民間保険を廃止し、日本のような政府管掌の国民健康保険一本にすれば、医師を事務作業から解放するだけでなく、事務費用が節約できて、アメリカは年間40兆円もの医療費を下げることができる。
 オバマケアの問題点をしっかり認識できる本です。ところが、こんな問題のある内容でもオバマ大統領に対して、アカだ、共産主義者だと罵倒するアメリカ人が少なくないというのです。本当に、アメリカって狂った国ですよね・・・。日本を、そんな国にしたら、大多数の日本人は不幸になります。
アベノミクスによって、株高で恩恵を蒙っている人にとっては「天国」なのでしょう。それでも、その老後は分かりませんよ。そして、子どもや孫は不安な日々を過ごすことになります。そんなことって、本当にいいことなんですか・・・?
 日本の国民皆保険制度を絶対に守り抜きましょうね。
(2014年11月刊。720円+税)

言論抑圧

カテゴリー:日本史(戦前・戦中)

(霧山昴)
著者  将基面 貴巳 、 出版  中公新書
 著者の名前は、「しょうぎめん」と読むそうです。珍しいですね。そして、貴巳は「たかし」です。アメリカの大学で准教授をしているとのことです。
 矢内原(やないはら)事件というのが、戦前の1937年(昭和12年)に起きました。矢内原東大教授が「筆禍事件」を起こしたとして、東大教授を辞職した事件です。
 私にとって、矢内原という名前は、矢内原門という小さな門に結びつきます。
 東大駒場寮で2年間ほど生活していましたが、夜遅く腹を満たすために寮を出て下方にある商店街へ繰り出すときに必ず、この小さな門を通るのでした。門といっても何もありません。ただ、ここが矢内原門と呼ばれていると、先輩の寮生から教えられただけです。九州にはないタンメンを食べたり、少しぜいたくするときには、レバニラ炒めを食べたものです。当時は、私も20歳前ですから、食欲旺盛で、夕方6時に寮食堂で夕食をとると、午後10時過ぎたらお腹が空いてくるのです。
 戦前・戦中の論壇を主として支えたのは、日刊新聞ではなく、総合雑誌だった。
 矢内原は、総合雑誌を舞台として、徹底した平和の主張を展開していった。
 キリスト教の信者である矢内原にとっての愛国心とは、あるがままの日本をアイすることではなく、日本が掲げるべき理想を愛することだった。したがって、現実の日本が、その掲げるべき理想とくい違うときには、現実を批判することこそが、愛国心の現れだと考えた。
 矢内原にとって、国家を国家たらしめる根本原理としての理想は正義にほかならないかった。その正義とは、国家のつくった原理ではなく、反対に正義が国家をして存在せしむる根本原理である。国家が正義の内容を決定するのではなく、正義が国家を指導すべきなのである。正義が国家の命令であるとしたら、国家の命令するところであれば、何でも正義であることになってしまう。したがって、正義は国家を超えるものでなければならない。
 政府にとって、その政策を遂行するうえで、もっとも望ましいのは、国民のなかに反対者がいないことである。したがって、批判を弾圧し、政府の施策を宣伝することに政府はつとめることになる。
 政府の決定が理想に反する場合には、これに異議申し立てすることこそが、真に愛国的なのである。
 矢内原は、聖書にもとづいて、このように主張した。
 矢内原論文で「国家の理想」を論じた時に、決して激しい政府攻撃を意図したのではなく、むしろ穏当なものだった。それだけに、矢内原の論文が筆禍事件のきっかけを作ることになろうとは本人は夢想だにしていなかった。
 キリストの教えによれば、キリスト者たるもの「血の塩」である。現実の不義を批判しない者は、味のない塩である。このように述べて、矢内原は、政治への態度決定を聴衆に迫った。
 「今や、キミが感じるよりはるかに険悪なる時代になった。きのうの講演も、会場できいたら当たり前のようなことが、文章で読んだら意外の感を受けるだろう」
 今の日本で、ひょっとして、同じようなことが進行中なのではないでしょうか・・・。ヘイトスピーチが横行し、安倍首相の「我が軍」発言が大問題にもならず、自衛隊が海外へ戦争しに出かけようとしています。とんでもない状況なのですが、マスコミは、その危険性を国民に強く訴えていません。あまりにも引け腰です。インチキな与党協議ばかりが大きく報道されています。本当に「戦前」に戻りそうで、怖いです。
 蓑田胸喜という戦前の狂信的な右翼イデオローグがいました。今でいうと、桜井○○子にでもあたるでしょうか・・・。
 矢内原は、この蓑田からの批判に対して、まったく応答しなかった、見事と言えるでしょう。しかし、やはり反論の事由があれば反論すべきだったと私は思います。
当時の東京帝大経済学部内では、教授陣に派閥があって、激しく抗争していたようです。
 それにしても、矢内原教授がまともな論文を書いて、それが攻撃されたとき、東大当局が矢内原をかばいきれなかったのは残念です。時流におもねってしまったのです。
 矢内原事件の教訓は、戦後70年の平和が安倍内閣によって「戦前」に変わりつつあるという昨今の状況のなかで生かされるべきだと思いました。
(2014年9月刊。840円+税)
 庭にビックリグミの木のてっぺんにカササギが巣をつくっています。初めてのことです。下で見上げていると、さすがに人間が見ている前では具合が悪いと思うようで、枝を口にくわえたまま別の木の方へ飛んでいきます。隠れて見ていると、二羽でせっせと巣作りに励んでいます。初めての小枝の組み合わせが難しいと思います。よく落ちないように、しかも強風で飛ばされないように見事につくるものですね。感心します。
 アスパラガスを毎日つんで、食べています。濃い紫色のクレマチスが咲きはじめました。

手のひらから広がる未来

カテゴリー:人間

                               (霧山昴)
著者  荒 美有紀 、 出版  朝日新聞出版
 私の娘も、大学院生としてパリに留学中に突然、弱視になり、今は盲学校で鍼灸師の勉強をしています。世の中には、いきなり信じられない病魔に襲われることがあるのです。
 この本の著者は、大学生の時、突然耳が聞こえなくなり、また視力を失ってしまったのでした。いやはや、大変な事ですよね。耳も目も不自由だなんて、想像も出来ません。それでも、大変な苦難をついに乗り越えていくのです。読んでいて、人間って、すごいと思いました。そして、彼女を支える人たちがたくさんいるのに救われます。一人娘を支えた両親の苦労は、いかばかりだったでしょうか・・・。
 ヘレン・ケラーになった女子大生というサブ・タイトルがついています。今では著者に彼氏もいて、明るく前向きに生きていますが、そこにいたるまでの苦しみと悩みが、本人によって語られています。ついついホロリとさせられました。難病の名前は、神経繊維腫症Ⅱ型(NF2)。聞いたこともありません。
身体にできた傷を治す分泌液は人間の誰もがもっている。ところが、この病気になると、傷が治ったあとも分泌が止まらない。そのため、身体中のどこかに腫瘍ができて、いろいろな神経を圧迫する。
 はじめ、難聴となり、19歳のときに右手がマヒし、22歳で耳が聞こえなくなり、やがて目も見えなくなった。目と耳の両方に障害をもつ人を「盲ろう」という。東大教授でもある福島智(さとし)氏も盲ろうだ。著者はそのうえ、腰にも障害が出て、車いす利用者になった。
 著者は、16歳までは視力も聴力も問題がなかった。だから、今でも、色や草花の形や人の声、ピアノなどの音色が容易に想像できる。
 盲ろう者にとって、人間の最低限の要求である、安心と安全感が日常生活にない。日常生活そのものがサバイバルなのだ。ごはんを食べるのも、毎日がヤミナベ(闇鍋)状態。
 最初に耳の不調を感じたのは、高校1年生の夏のこと。それで、3ヶ月に1度は、中国へ行き、中日友好病院の国際医療部で治療を受けた。
 著者は、明治学院大学文学部のフランス文学科に合格した。
 ところが、よく聞こえない。そして視界がどんどん白くなっていく・・・。
 福島智教授は、5時間も著者に向かって話をしてくれた。もちろん指点字での会話。
死なない。めげない。引きこもらない。転んでも叩きのめされても起き上がろう。しっかり前を向いて歩いていこうということ。命ある限り、生きよう。
 著者のような盲ろう者は、日本全国に1万5000人いると推計されている。しかし、派遣事業の利用登録をしている盲ろう者は1000人もいない。
著者は指点字を1週間で習得したというのです。すごいですね。そして、周囲の人たちもそれを学び、著者との交流を深めていったとのこと。本当に心温まる話です。
 つらい大変な日々も多いことでしょうが、これからも、めげず、くじけず、前を向いて生きていってくださいね。こんないい本を読むと、心が洗われる思いがします。あなたもぜひご一読ください。
(2015年3月刊。1200円+税)

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