法律相談センター検索 弁護士検索

フランスの肖像、歴史・政治・思想

カテゴリー:ヨーロッパ

著者  ミシェル・ヴィノック 、 出版  吉田書店
 フランスを知ると、日本という国もよく知ることが出来ます。
 フランス国民とは、まず時系列的には、長い政治的中央集権化の成果である。最初に国家があった。そこからすべてが出発した。封建制度化での分裂状況から、カペー王朝の辛抱強い努力によって、国家が形成されてきた。
 イル・ド・フランス地方の小さな領地から始まって、この王朝は代々やがてフランスになるべき土地を少しずつ領地に加えていった。そのために武器を用いて血を流し、また政略結婚も活用した。彼らの王杖のもとに服従した住民たちは、さまざまな言語を話し、その生活習慣も多様だった。徴税を通じて(しばしば反乱を起きたが)、地元の領主よりも上位に位置する君主の支配下にあることを知った。
 信心深き国王、これこそが「さまざまな人種」すべてを統合する第一の存在だった。国王は、あるいは愛され、あるいは憎まれ、また恐れられたが、いずれにせよフランス人の頭と心のなかでますます大きな位置を占めるようになった。国王は一人で国民を体現し、フランスを具現化する存在だった。
 フランス人同士は決して愛し合ってはいないが、フランス人はフランスを愛している。
 フランス人の5人のうち4人が、自分はカトリックだとしている(1988年までの世論調査の結果)。大多数のフランス人が自らをカトリック信者だとしつつも、神の存在については大きな疑問をもっている。
 フランスには、中央集権的機構に対して、二つの感情が存在している。一方は、やむことのない不平不満があり、他方には同様に際限のない国家に対する要求がある。
 フランス人は、国家が好きではないが、国家に対してすべてを求める。そして、官僚に対する警戒感と、その仲間に加わりたいという、アンビバレントな感情がある。
 フランスでは、まずストライキを決行し、それから交渉に入る。それは、フランスの労働組合に力があることを意味しない。組合の組織率はヨーロッパで最低レベル(10%未満)でしかない。
 フランスでは、対話の重要性は強調されるが、実際に対話しようとする人は、ほとんどいない。
 フランスでは、庶民はブルジョワをまね、ブルジョワは貴族を模倣する。
 歴史的な貴族は、3500家族40万人。このほか偽貴族が1万5000、貴族の作法をまねようとする平民が何千万人といる。
 革命の国であるにもかかわらず、いまもなお貴族階級が公的な性格を帯びている。爵位を戸籍、身分証明書、パスポートに記載することができる。
フランス人の王政のノスタルジーには、政治が汚いものだという認識と結びついている。
 シャルル・ド・ゴールは、エッフェル塔に似ている。建てられたときには、誰からも好かれなかった。しかし、今では高さ300メートルの塔のないパリなど考えられない。ド・ゴール将軍も同じだ。
知識人の任務は間違いなく存在する。それは、民主主義の擁護者であること。有機的かつ批判的に、民主主義の擁護者であること。民主主義は非常に脆弱で、未完成で改良の余地のある体制だが、これが唯一の人間的な体制なのである。知識人は民主主義を否定し、掘り崩し、打倒しようとする反対者に対抗して、その原理を再確認しなければならない。
 フランス人の学者による知的刺激にあふれた本です。このところ何年もフランスに行っていませんが、また行きたいと思わせる本でもありました。毎日のNHKフランス語と、毎週のフランス語レッスンは相変わらず続けています。ちっともうまく話せないのですが・・・。
(2014年3月刊。3200円+税)
 チューリップが一斉に花開きました。これから4月中旬までチューリップ祭りを楽しむことができます。そばに濃い赤紫色したクリスマスローズの花も今ごろ咲いています。よく見ると、今年も土筆(ツクシ)が立っています。日が長くなって、夕方6時半ころまで庭に出て、あちこち手入れをしていました。さすがにジョウビタキは現れませんでした。もう北国に帰っていったのでしょうね。私の個人ブログでチューリップの写真を楽しんでください。

うつの医療人類学

カテゴリー:社会

著者  北中 淳子 、 出版  日本評論社
 過労が続き、心身に過重なストレスがかかって「うつ」になると、自分の責任じゃない、この会社を辞めたらいいと普通に考える余裕を失い、自分が悪いとか、苦しみはずっと続くという心理的な視野狭窄の状態に陥ってしまうことがある。
 真面目で、責任感の強い人がうつ病になりやすいという性格論は、日本とドイツの一部を除いてはほとんど聞かれない。しかし、臨床の現場では、圧倒的な説得力をもって長く支持されてきた。
 自殺とは、自らの意思にもとづいて死を求め、自己の生命を絶つ目的をもった行動である。精神障害による自殺では「意思」そのものが病に侵され、自分の行為のもたらす結果を十分に理解できないとされるため、厳密な意味では、「病死」(過誤死・疑似自殺)として理解される。
 WHO報告は、自殺者の9割は、何らかの精神障害を病んでいるとする。
精神科医が治療対象とみなすのは、自殺一般ではなく、あくまでも「精神障害」による「病的絶望」なのである。
精神科医は、初診患者と会うとき、部屋に入ってくる瞬間から、その姿勢、表情、声のボリューム、挨拶の仕方、椅子の腰かけ方、話し方を仔細に観察し、根底に何らかの病理が潜んでいるのかを読みとろうとする。
 睡眠、食欲、体重の変調と気分の変化という、うつ病の主症状に関して質問する。精神科医にもっとも根本的な問題を突きつけるのは、慢性の精神病患者が、みずからの病に絶望しておこなう「覚悟の自殺」である。
 「精神療法は」は、15分しても1時間しても、保険診療で支払われる報酬は同額。だから、医師が精神療法的なかかわりに時間をさきたくても、より早くより確実な効果の期待できる薬物治療に専念し、診察できる患者数を増やさないことには、病院の経営が成りたたない困難な状況が続いている。
 医師の自殺率は高いが、そのなかでも精神科医の自殺率は圧倒的なトップを占める。実際に起こってしまった患者の自殺ほど、医師に深いダメージを与える経験はない。
 現在、世界規模で進行中の、うつの医療化の特徴は、うつ病が仕事や生産性という「公的領域」でとらえ直されている。また、うつ病への懸念が男女平等に向けられている。
 うつ病をストレスの病とする考え方が広く流布する契機となったのは、1990年代以降の過労うつ病、過労自殺裁判である。これらの判決によって、うつ病は「誰でもなる病気」だということが立証された。
 うつ病について、アメリカでも学んだ著者による日米比較もふくむ、興味深い人類学の学者による本です。
(2014年9月刊。2400円+税)

古代の女性官僚

カテゴリー:日本史(古代史)

著者  伊集院 葉子 、 出版  吉川弘文館
 古代王朝で女性が官僚として活躍していたというのです。初めて知りました。
 古代の日本では、村や共同体の統率から宮廷の運営、国政の舵取りに至るまで、政事(マツリゴト)に女性が関与していた。
 日本の古代女官は、中国(隋唐帝国)や朝鮮王朝の後宮女官たちとは違って、皇帝や国王に隷属した側妾候補ではなかった。日本の古代女官は、律令によって規定された行政システムの一部だった。
 まことに、日本の女性は、古代でも既に自立的に活躍していたというわけです。これでは、天の岩戸をもち出すまでもありません。
奈良時代前半まで、天皇の后妃たちは内裏の外に居住していたのであり、一カ所に集まって住むという空間としての後宮は存在していなかった。
 女官たちは、もともと天皇に仕える人々であり、いわば天皇直属の職員だった。
 女官の既婚未婚が不問だったのは、彼女たちが天皇の性愛対象として存在したのではなく、まず、天皇の政務と日常を支える実質的な官僚としての役割を持っていたためだった。古代の女官は、公式の場での呼ばれ方と、プライベートでの呼ばれ方は異なっていた。
 内侍司(ないしし)は、天皇に常に侍し、奏請(そうせい)と宣伝を行うのが最大の役割である。奏請は、男官諸司の意見を天皇に仕え、天皇の判断を請うこと。宣伝は、天皇の意思を諸司に口頭で伝えること。
 内侍司の奏請・宣伝という職掌は、単なる取り次ぎとは異なる重みをもっていた。「日本書紀」には、官人は女官をこびへつらい、ワイロを贈る弊害が生まれていると書かれている。
 このころは、官僚としての実務能力の他、歌舞などの才も重視された。大臣の妻が女官というのは奈良時代では珍しくなく、むしろ通常の出来事だった。
 古代には、「室」は、トジ(刀自)、つまり経営基盤を有して采配を振る女性を意味した。
 王位以上の位階をもつ女官は、家政機関として家司(けいし)、宅司(たくし)を有していた。
 女房という言葉は、元々は人の妻という意味ではない。「房」は住まいだけではなく、執務所、つまりオフィスの機能が重視されていた。天皇周辺の女性を指して「女房」という場合には、女性の出仕者一般ではなく、殿上に伺候することを許された女性を意味している。
 紫式部や清少納言は、后妃に仕える「キサキの女房」である。女房たちは、単なる宮廷サロンの花ではない。キサキの公的な活動をさせるオフィシャルな集団だった。
 紫式部や清少納言は一条天皇の中宮や皇后に仕えたが、当時の中宮や皇后は独自の機能をもち、政治の表舞台で活躍していた。だからこそ、彼女たちに仕える女房たちも、政治の表舞台に立つことになった。女房の担った文学の社会的意義が大きくなったのも、このためだ。
 律令官僚機構は、基本原則としては女性を排除したが、実態は国家の権力・行政システムに女性を包摂しながらスタートした。
 女官は中年にさしかかってから本格的に活躍したと思われる。
 女性は、氏を代表する氏女(うじめ)、地方豪族から采女(うねめ)として出仕した。
 1000人もの古代女官に関するデータによって、制度と実態を研究・考察したというのです。学者の辛抱強さには、まさしく脱帽します。お疲れさまでした。古代朝廷のあり方を教えていただき、ありがとうございます。
(2014年12月刊。1800円+税)

還暦からの医療と法律

カテゴリー:司法

著者  川人 明・川人 博 、 出版  連合出版
 川人(かわひと)兄弟は、東大駒場の自治会で活躍していました。どちらも団塊世代となりますが、私は弟の明弁護士とだけ面識があります。
 川人弁護士は東大駒場で長く「川人ゼミ」を主宰していることで有名ですが、労災裁判とりわけ過労死裁判の第一人者です。
 川人医師のほうは、東大医学部を卒業してからは、地域医療に長く従事してきたとのこと。
 その臨床経験から、近藤誠医師の「がんもどき」説を批判しています。
 兄弟とも、それぞれに著書がありますが、本書は川人兄弟の初めての共著です。
 医師についてのQ&A、そして法律問答があり、さらには川人兄弟の生い立ちの語りをふくめた対談があって、実務的であると同時に、なかなか興味深く考えさせられる内容になっています。
 いずれにしても、私をふくめて、いつのまにか、みんな還暦を過ぎてしまっています。ですから、どうしても体力とか健康・介護の話題に集中してしまうのです。
 がん検診のうち、費用対効果の優れているのは、胃がん、大腸がん、肺がん、乳がん、子宮がん検診の五つである。
 近藤誠医師の「がんもどき」は、「本物のがん」と何でもって診断できるのかという肝心のところが、どの本を読んでもさっぱり理解できない。ただし、根治不可能ながん患者を痛めつける化学療法(抗がん剤治療)への非難については共感できる。
 脳梗塞の前ぶれは、つまずきやすくなり、転倒する。ものが二重に見える。急に言葉が不自由になって、ろれつがまわらない、言葉がでなくなり。ところが、やがて何事もなかったように回復してしまう。しかし、2%の人は48時間内に脳梗塞を起こし、1年以内だと10倍以上にもなる。
 認知症の中核症状を改善させる治療法はない。長期的にみて、進行速度を抑える効果があるだけ。
 認知症は、頭の働きが悪くなるだけではなく、全身の動き、手足の動きも悪くなる。末期になると、飲み込めない、食べられない。食べることすら忘れる。生命としての機能、動物として生きるいろいろな能力が全部衰えて悪くなっていく。
 末期のがん。再発・転移のある場合は、積極的な治療はやめておいたほうがいい。副作用のつらさがあり、下手すると化学療法をやったほうが命を縮めてしまうことがある。
 原因になっているがんを叩く治療をすると、その副作用のためにかえって本人の調子が悪くなりかねない。生活がものすごく制約されてしまう。完治は難しいと思ったら、緩和療法をして、残りの人生をよくするように自宅へ帰ったがまし・・・。
 東大では、世帯収入が400万円以下の新入生は授業料が100%免除される。そして、東大・三鷹にある学生寮に安く住むことができる。どれだけ利用する学生がいるのでしょうか。東大生の家庭は裕福なところが多いのは周知の事実です。
 川人弁護士から贈呈を受けて読んだ本です。ありがとうございました。
(2015年3月刊。1600円+税)

紛争解決人

カテゴリー:社会

著者  森 功 、 出版  幻冬舎
 東京外国語大学の伊勢崎賢治教授の活動を紹介する本です。本当に勇気ある日本人だと思います。心から敬意を表します。
 日本国憲法、戦争放棄の平和憲法を海外の戦争の現場で実践してきた人ですから、安倍首相のいう集団的自衛権の危険性を説く話には、まことに説得力があります。
 伊勢崎賢治は平和構築の研究者。世界じゅうの紛争地を飛びまわり、テロリストやゲリラと対峙し、紛争当事者の兵士たちと交わってきた。まさしく、たたかう紛争解決人だ。
 アフガニスタンには、もう一人、中村哲さんというペシャワール会の医師(福岡県人)も活躍しています。武力・軍事力に頼らない紛争解決と予防に日本人が貢献していること、その活動の背景には日本の平和憲法があることに、私たち日本人はもっともっと確信をもつべきだと痛感します。
 この本を読むと、強大な軍事力をもつアメリカが、どうしようもない間違いを重ねてきたことがよく分かります。軍事力に頼って平和が実現できるはずはないのです。
 伊勢崎賢治は、早稲田大学の建築科を卒業してインドに渡り、スラム街に活動するようになった。
 これまたすごい行動力です。とても真似できません。インドの公安当局から目をつけられ、ついには国外追放ということになるのですから、その実績たるや、すごいものです。
 オルグは思想によって組織をまとめるものではない。それは人間の必要性から成就するものであり、それを貫くことが大切。平和の思想をいくら持ち出しても、戦争や紛争は終わらない。このまま紛争を続けていても終わりがなく、暮らしていけなくなると人間が感じはじめたときに初めて和平が成り立つ。その必要性が、生存に直結すればするほど、人間は真剣になる。そこで、人間は団結する。
 伊勢崎賢治は、アフリカのシエラレオネに派遣され、NGOのディレクターになった。シエラレオネの国家予算90億円のうち、実際に使えるのは30億円ほど。これに対して、このNGOは年間3~5億円をつかって、学校や道路などのインフラを整備していった。そして、2年目(1990年)、伊勢崎賢治は、大統領の指名によって、市議会議員になった。
 シエラレオネの伊勢崎邸は高い塀に囲まれた一軒家で、門番が3人も立つ。
 しかし、ここでは、雇った警備員が強盗に変身するケースが珍しくない。
 そして、コブラがそこらじゅうにいる。だから、冷蔵庫にはコブラ用の血清を保管している。ところが、停電ばかりの国。血清の保管も大変だ。うひゃあ・・・、と思いました。こんなところに幼い子どもを連れて生活していたのです・・・。
 次は、ケニア。さらに、エチオピアに派遣される。そして、東ティモールに派遣され、県知事になるのでした。1500人の国連平和維持軍のリーダーです。
 すごい日本人がいるものですよね。軍人ではないのに、多くの軍人を指揮・命令していくのです。
 そして、再びアフリカのシエラレオネに戻ってきました。そこで武装解除に従事します。50人の部隊を率いる司令官がなんと14歳だというのです。
 伊勢崎賢治がたてた小学校出身の少年兵が、いつのまにか司令官にのぼりつめた。貫禄がある。
 集団的自衛権を行使するとしたら、もっとも大きな国際課題はテロとのたたかいである。
 アフリカ軍やNATO軍に火力、つまり戦力が不足しているということはない。だから、日本が自衛隊をそこに送っても、たいした働きはできない。戦力以外のところで日本はがんばるしかない。
 テロの温床となっている地域において、日本ほど評判がいい国はない。それは日本には平和憲法があり、この70年間、戦争をしたことがないからだ。
 現場の国際貢献という意味では、憲法9条はまだまだ使える。というか、いまここで踏ん張らないと、最大の国際的課題であるテロとのたたかいに光が見えなくなるように思える。
 肚のすわった日本人男性が世界の紛争現場で活躍していること、そして、彼を背後から支えているのは日本国憲法、とりわけ9条であることを知って、大いに励まされました。
 伊勢崎さん、これからも、身体の健康と安全に、くれぐれも気をつけて紛争解決のためにがんばってください。
(2015年2月刊。1400円+税)

福岡県弁護士会 〒810-0044 福岡市中央区六本松4丁目2番5号 TEL:092-741-6416

Copyright©2011-2025 FukuokakenBengoshikai. All rights reserved.