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ハイエナ

カテゴリー:警察

(霧山昴)
著者  吉川 英梨 、 出版  幻冬舎文庫
振り込み詐欺の内幕を生々しく描いた警察小説です。とても勉強になりました。
暴力団をバックにした巧妙な分業体制がとられています。電話で泣きと脅しをする「架け子」グループが主犯だとは思いますが、ターゲットを効率よく落とすための精度の高い名簿屋が欠かせません。
この本によると、名簿屋になっているのは介護サービスを表看板にしたグループ。介護サービスを実施しながら顧客やその家族の内情を徹底的調査して名簿にまとめる。
横浜の名簿は他に比べて2割増しで売れる。詐欺の成功率が高いからだ。世田谷とか三鷹の名簿も高く売れたが、東京西部を食い尽くしたいま、いったん東京から離れる必要があった。
訪問介護の仕事で、ヒマをもてあましている老人たちの世話をする。彼らの口は異様なほど軽い。自宅のセキュリティもゆるゆる。自宅に派遣されてくる訪問介護員は、全員、いい人だと思い込んでいる。家族に相手にされず、ただひたすら時間をもてあましている、さみしい老人たち。愚痴もかねてなんでもかんでも話してしまう。とくに母親は、いとしい、いとしい息子の話をしっかりと・・・。
10人分の名簿をつくってネットの裏サイトで売りに出したら、詐欺グループの番頭クラスが5人も接触してきた。この名簿は高く評価されて、評判になった。成功率が9割だから、なるほど・・・。
番頭は名簿屋から、500万円で100人分の名簿を受けとった。高齢者の住所・氏名・電話番号だけでなく、その家族構成や職に至るまで完備した豪華盛りの情報は、一件あたりの値段が法外に高い。しかし、その分、ヒット率も高い。
被害者(マト)は、架け子のトークに最初こそ怪しんでも、息子の職場や所属、孫の名前や幼稚園の名前まで聞かされるうえ、架け子たちが醸し出す臨場感と切迫感にコロッと騙される。
番頭のケータイは、全部で7台ある。黒が各店舗の架け子リーダーとの専用電話で3台、青が受け子リーダーで2台、白は道具屋。相互連絡の専用ケータイをつかうのは、詐欺組織が芋づる式に検挙されないための防御策である。
受け子は、直接ターゲットと接触する重要な仕事であるにもかかわらず、パクられたって刑務所送りになることはない。刑事には知らぬ存ぜぬを貫き通したらいい。ただ、ネットで見つけた高額バイトに応募しただけだと言う。でも、受け子リーダーの存在を口に出したら、アウト。詐欺組織の一味と見なされ刑務所行き。言わなければ、留置場に1週間ほど放り込まれて終わり・・・。
スリーマンセルとは三人組を指す。横領ネタは息子が会社のお金を横領したというシナリオ。
鉄道警察を名乗り、コトの家族が痴漢行為をしたとして示談金をせしめる詐欺は鉄警という。つかっている名簿は、名簿屋から大金を出して購入した貴重な「道具」だから一度や二度の失敗で捨てることはない。別のシナリオで可能かどうか番頭たちが検討する。
この本は悪徳詐欺商法の内幕を紹介するものとして一読に値する警察小説です。
(2016年6月刊。800円+税)

エンゲルス

カテゴリー:ヨーロッパ

(霧山昴)
著者  トリストラム・ハント 、 出版  筑摩書房
 大学生のころ、マルクスやエンゲルスの本をむさぼるように読みました。そして、ぐいぐいと目を開かせてもらったものです。
この本は、生身のエンゲルスをたっぷり紹介しています。理想像ではなく、等身大の人間として、紹介されています。エンゲルスだって、生身の人間ですから、いろいろ問題はあったのです。それでも、彼がなしとげた理論的功績が、そのことによって帳消しになるわけでは決してありません。
エンゲルスは、自らはイギリス産業革命の揺籃地であるマンチェスターで家業の綿工場を経営していた。そのお金で、40年にわたって友人のカール・マルクスとその家族の生活を支えた。マルクスが亡くなったあと、その生前に刊行できなかった『資本論』の2巻と3巻を完成し、刊行した。
エンゲルスはヴィクトリア朝中期にマンチェスターで綿企業を経営し、南アメリカの大農園からランカシャー州の工場やイギリス支配下のインドにまでおよぶ世界貿易の経済連鎖に日々たずさわっていたため、グローバル資本主義の仕組みに関する経験をもった。それが、マルクスの『資本論』に盛り込まれた。
エンゲルスは、マンチェスターではチャーチスト運動に関与し、1848年から49年にかけてドイツでバリケードによる市街戦に加わり、1871年にはパリ・コミューン支持者たちを鼓舞し、1890年のロンドンではイギリスの労働運動の難度を目の当たりにした。
人生の盛りの20年という長い年月にわたって、エンゲルスはマンチェスターの工場経営者としての自己嫌悪に陥る立場に耐え、マルクスが『資本論』を書きあげるための資金と自由を保障した。
エンゲルスは、プロイセン(ドイツ)の裕福なカルヴァン派貿易高の御曹司として生まれ育った。軍人であると同時に、知識人でもあったエンゲルスは、まさに将軍だった。
資本主義の最大の罪は、それが人間の楽しみを否定することによって、人の魂を傷つけたことだった。より具体的にいうと、快楽が金持ちだけのものとなった。
エンゲルスが24歳のときに書いた『イギリスにおける労働者階級の状態』は、20世紀になって都市化するイギリスの恐怖、搾取、それに階級闘争を簡潔に記した読み物となっている。この本は、共産主義理論の草分けとなる文献だった。
マルクスとエンゲルスは、プロイセン(ドイツ)のライン地方出身という同じ背景をもち、ひどく異なる点はあるものの、二人は相互に補いあう性格として認めあった。エンゲルスのほうが明るく、歪みの少ない、協調性のある気質であり、身体的にも知的にも、エンゲルスのほうが利いて回復力に富んでいた。
1848年2月の『共産党宣言』は、発刊された当時は、なんの衝撃ももたらさなかった。
エンゲルスが最後にいちばん期待をかけていたのは1861年のアメリカ南北戦争だった。
マルクスとエンゲルスは手紙をやりとりしていた。その手紙から、マルクスが『資本論』に関する考えを、エンゲルスと相談しながら発展させていったことが分かる。『資本論』の初期の推進力の多くは、エンゲルス自身によるものだった。
久しぶりにマルクス・エンゲルスの本を読み直してみようと思ったことでした。
(2016年3月刊。3900円+税)

刑罰はどのように決まるか

カテゴリー:司法

(霧山昴)
著者  森 炎 、 出版  筑摩選書
 日本では、「犯罪者は刑務所行き」という定式はまったく成り立っていない。検察庁が受理する「犯罪者」は年間160万人前後で、そのうち6割が不起訴となり、刑務所に入るのは3万人弱、比率として2%弱でしかない。有罪になってもその6割は執行猶予となっている。
 刑務所に入れた場合であっても、早く仮釈放すればするほど、それだけ再犯は少なくなるという関係にある。満期までつとめたほうが再犯率は高い。
刑務所生活が長ければ長いだけ、社会への適応は困難になる。
日本の再犯率は40%。治安の維持にとって、初犯者よりも再犯問題の占めるウェートは大きい。近年、初犯者の数は順調に減り続けている。
刑務所では、衣食住、医療費、光熱水道費すべてを刑務所がまかなっている。一人あたりの年間費用は46万円。
日本で定められている法定刑は必ずしも合理的ではない。日本では、10年前まで殺人よりも現住建造物放火のほうが重かった。
殺人罪の受刑者の平均刑期は7年。殺人罪の量刑相場は、20年前は懲役8年、10年前は懲役10年、そして現在は懲役13年となっている。
アメリカの調査によると、殺人の3分の2は親しい知人間で起きていて、そのうちの8割は家庭内で発生している。女性は寝室で殺され、男性は台所で殺される。日本では、行きずりの殺人は稀。
コンビニ強盗が強盗犯の主流になっている。日本で銀行強盗は少なく、銀行から預金をおろして帰る人を途中で襲う「カモネギ待ち」強盗が多い。
被告人は裁判所の法廷で「反省している」と述べさせられる。しかし、法廷で良心にしたがって本心を言うと刑を重くされる。裁判所に迎合する虚飾の演技が強要される。日本の裁判所は欧米の教会のようなもので、裁判官は説教師で、被告人がざんげないし改悛の情を述べると、罪一等が減じられる。
元裁判官による本なので、裁判所の内部の動きを垣間見ることが出来ます。
                                    (2016年1月刊。1600円+税)

あたらしい憲法草案のはなし

カテゴリー:社会

(霧山昴)
著者  自民党の改憲草案をひろめる有志連合 、 出版  太郎次郎社エディタス
 著者のフルネームは、自民党の憲法改正草案を爆発的にひろめる有志連合です。
 1947年に文部省が中学生向けにつくった教科書『あたらしい憲法のはなし』と同じ体裁で自民党の改憲草案の時代錯誤であり、危険な内容をとても分かりやすく解説しています。 
ウソでしょ、まさか、今どきそんなこと言わないでしょ・・・、と突っ込みを入れたくなる場面ばかりなのですが、アベ首相もイナダ政調会長も、頭の中には、ここに書かれていることを本気で信じ込んでいて、実現しようとしているのです。
先日の参院選のとき、この本が国民に、とりわけ若い人に爆発的に読まれていたら、投票率が10ポイントも上がり、野党統一候補が圧勝して、自・公政権を覆すことができたと思います。
 本文60頁、800円ほど、一気に読めます。本書がとりわけ若い人に読まれることを願っています。
自民党の改憲草案の三原則は、
 一、国民主権の縮小
 一、戦争放棄の放棄
 一、基本的人権の制限
自民党の改憲草案の前文では、主語が「日本国民」から「日本国」に変わっている。これは、国民を必要以上につけあがらせてはいけないという考え方による。主語を変えて、国の中心が「国民」ではなく、「国」そのものであることをはっきりさせている。国があってこその国民なのである。国民主権という名のもとで、国民が調子に乗りすぎるのを防ぐために、国民主権を縮小する。
 憲法9条を変えて、日本は正々堂々と、自衛のための戦争ができるようになる。しかも「自衛権の発動」には、制限がもうけられていないので、自分の国を守るためなら、どんな戦争でもしてよいことになる。これを「積極的平和主義」と呼ぶ。国防軍が守るのは、あくまでも「国」であって、「国民」ではない。国の安定のためならば、軍隊は国民にも銃を向ける。どこの国でも、今も昔も、軍隊というのは、そういう組織なのだ。
 しかし、みなさん、心配は無用。国防軍に殺されたくないなら、政府に反抗したり、騒いだりしなければよい。
これまでの憲法では、たくさんの権利が国民に与えられている。これでは国民がつけあがって、権利、権利と騒ぐのもあたりまえ。だから自民党は国民が勘違いしないようにする工夫をこらした。国をつかさどる大きな仕事に比べたら、個人の権利などは小さな問題でしかない。
民主主義は平和なときはいいかもしれないが、非常時には邪魔なだけで、ひとつもいいことはない。憲法草案の三原則は「日ごろのそなえ」で、緊急事態条項は「いざというときの切り札」。この両面からのまもりで、日本はますます強い国になる。
民のくせに国のリーダーに命令するなんて、おこがましい。
まだまだあります。たとえば、基本的人権は日本の国土にあわない、個人より家族を大切にする、などです。こんなことを主張している自民党の改憲草案をぜひ一度、手にとって読んでみてください。あなたは、それでも自民党を支持しますか・・・。改めておたずねしたいです。
もっと早く刊行されて、参院選の前に爆発的に読まれてほしかった小冊子です。いえ、今からでも決して遅くはありません。
(2016年6月刊。741円+税)

南部百姓・命助の生涯

カテゴリー:日本史(江戸)

(霧山昴)
著者  深谷 克己、 出版  岩波書店
 『殿、利息でござる』は、いい映画でした。江戸時代も末ころの百姓・町民が自分のことのみ考えるのではなく、マチやムラ共同体全体のことを優先して考え、必要なら自分を犠牲にするのもいとわないという生き方をしていた実践例です。
この本の主人公も、同じく江戸時代の末ころに生きていました。
奥州・南部藩の城下町、盛岡の牢内で、1人の百姓が安政6年(1859年)に3冊、文久元年(1861年)に1冊、合計4冊の「帳面」を書き上げた。この4冊は、今も子孫筋の手元に保存されている。
 この帳面を残した百姓の名は命助(めいすけ)。文政3年(1820年)に生まれた。肝煎(きもいり)格の家とはいえ、生活はそれほど楽ではなく、天保の飢饉のときは17歳で秋田藩院内の鉱山に出稼ぎに行った。
命助は身長174センチ、体重112キロという巨漢だった。
ペリー来航という「外患」をかかえた嘉永6年(1853年)、南部三閉伊(さんへい)地方に一揆が起きた。命助34歳のときである。この一揆は仙台藩領への越領(えつりょう)強訴(ごうそ)という方法をとり、8千余の百姓が南部藩領を出た。そして、やがて45人の総代だけを残して帰国した。命助はこの一揆の頭人(とうにん。リーダー)の一人として活躍した。
 一揆のあと命助は村役人となるが、代官所の追及があって、家族を残して村を出て、仙台藩領内で、修験者(しゅげんしゃ)として暮らした。そのあと、京都へ上がり、公卿二条家の臣となった。そして、朝廷の権威を借りて南部藩に戻ったところ、南部藩に命助だと見破られ、牢に入れられた。
 獄中生活は6年8ヵ月に及び、命助は45歳のとき牢死した。それまでの牢生活のときに書いた帳面が4冊残っている。
 百姓の子が習学するのは、江戸時代も後期になればそれほど異例ではなく、命助も10歳をこえたら四書五経を素読で学んだ。
 一揆というと、勝手放題の打ちこわしというイメージがありますが、実際には、きちんと統制のとれた行動をしていたようです。そして、45人もの総代がいて、犠牲者を出さない工夫をいくつもしていたのです。
 すごいですね。現代日本人のほうが、負けているんじゃないかという気がします。やっぱり自分の納得できない社会状況に置かれたら、声を上げるべきなんです。安倍首相の言うとおりにしておいたら、いつか良いこともあるだろう、とか、政治家なんて誰も彼も同じようなものだから、投票所へ足を運んでもムダなんて思い込んでいると、もっとひどいしっぺ返しがあるのです。やはり、目を見開いて、いやなことはノーと言い、平和なニッポンに生きたいという自分の要求を声をあげるべきです。
 1983年に発行された本が30年ぶりに復刊されました。江戸時代の一揆の実際を知る有力な手がかりになるものです。
(2016年5月刊。420円+税)

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