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ストーリー311

カテゴリー:社会

(霧山昴)
著者 ひうら さとる 他 、 出版  講談社
2011年3月11日、あの日、何が起きたのか、その後、福島で何が起きているのかを11人の漫画家が描いています。
いま、安倍政権は日本の原発を海外へ輸出しようと躍起になっています。先日はインド首相と話しましたし、トルコにも話をもちかけています。幸いベトナムのほうはベトナム側が断念したようです。戦場に近いトルコへ原発を輸出するなんて信じられません。
テロリズムの危険を一体どう考えているのでしょうか。ドローンを使ったテロ攻撃がなされたら、もう防ぎようがありません。そして、いったん「爆発事態」になれば、もう福島第一原発事故以上の大惨事になるでしょう。なにしろ誰も立ち入ることが出来ないのですから・・・。
「原発」輸出の話をマスコミがその危険性を明確にしないまま、まるで大型タンカーでも輸出するかのように気楽な調子で報道しているのに、私は驚きと怒りを禁じえません。それほど日本人は全体として健忘症にかかっているのでしょうか・・・。
この本は、マンガで描かれているだけに、かえってリアリティーがあります。
津波から走って逃げていて、うしろを振り返ってみると、うしろの人の姿が見えなくなっていた。津波にのみこまれた。
福島は放射能で危険だと思い、子どもも自分も逃げたい。しかし、周囲の人は、そんなの考えすぎだという・・・。そんな葛藤もマンガで再現されています。
津波にさらわれて亡くなっていった人、福島第一原発事故のため故郷に戻れない人々・・・。私たちは絶対にそのような現実を忘れてはいけません。
3.11をまざまざとよみがえらせ、思い出させてくれる貴重なマンガ本でした。
書店で注文したら品切れだったので、ネット注文して、ようやく手に入れて読みました。
(2013年3月刊。838円+税)
 日曜日に、フランス語検定試験(準一級)を受けました。やはり試験ですから落ちたくありません。この1ヶ月間は朝だけでなく、夜ねる前も書きとりしたり、10年分の過去問を復習しました。本番では、相変わらず不出来なのですが、自己採点では76点(120点満点)でした。なんとかギリギリ合格だと思います。1月に口頭試問を受けます。これがまた難しいのです。でもボケ防止のためにも精一杯がんばるつもりです。最近、フランスへ旅行していないのが残念でなりません。

戦地からのラブレター

カテゴリー:ヨーロッパ

(霧山昴)
著者 ジャン・ピエール・ゲノ 、 出版  亜紀書房
第一世界大戦の最前線で死んでいった兵士が家族に宛てた手紙が集められた本です。涙なくして読めませんでした。まことに戦争とはむごいものだとつくづく思いました。まだ10代、20代、せいぜい30代と若いのに、むなしく無惨に殺されてしまうのです。
そして、前線の兵士たちは、国の指導者、そして戦争をあおり美化するマスコミ・ジャーナリストを呪います。本当に、その気持ちがよく分かります。
戦争は4年も続いたが、全戦死者の実に6分の1が最初の2ヶ月で死んでいった。夏のわずか5日間で14万人もの死者。なかでも、熾烈を極めた一日、1914年8月22日だけで、なんと2万7千人が戦死した。
最初の夏(1914年)、まだ皆、甘く考えていた。激戦は長く続かないだろう。ウィルヘルム二世(ドイツ帝国皇帝)は、早々に兵を引くに違いないと思っていた。激しいプロパガンダ合戦は始まっていたが、ほとんど人たちは、そんなものに関わっていなかったし、兵士たちは、この先に何が起こるのか分からず、ただ不安を抱えたまま、家族や職場に別れを告げた。
兵営や塹壕の腐臭が、僕らの抵抗が、僕らの苦痛が正義や幸福をつくるとは思えない。
名誉とか軍の義務とか、犠牲とか、そんなものは見かけ倒しにすぎず、戦争というのは、結局、なかに隠された骸骨のことではないのか。
戦争という娼婦は、その戦争を支える多くの連中の快楽によって出来ている。
「隠そうとしても無駄だから言っておく。今ぼくらは危険な状態にあり、惨劇が予想される。でも、落ち込んだりしないでくれよ。どうせ、皆、いつかは死ぬんだ」
わずか5ヶ月間で100万人のフランス兵が死んだ。当初の召集兵の4分の1だ。
「ぼくらは、まるで一人の人間のように一丸となって進む。そう、ぼくらは、このとき、殺すこと、皆殺しにすることだけしか考えないけだものになっていた」
「人は知るべきだ。この酷すぎる事実を知るべきだと思う。神の力って、どんなものなんだろう・・・」
「わが軍と敵軍、どちらの歩兵部隊も疲弊しており、最初に仕掛けたほうが、先に死ぬのは目に見えている。実際、皆、重機で倒されているのだ。もはや、人と人との戦闘ではなく、人が機械に挑んでいる」
「新聞に書かれているような快進撃なんて、ありはしない。新聞は国民を奮い立たせようと嘘を書くペテン師だ。あんな記事を信じてはいけない。兵士を消耗させるだけなのが戦争だ。戦争はペテンだらけだ。ぼくらはあらゆる業種からかき集められた労働者で、上の奴らは安全な後方で爆弾をつくっている。上の奴らだけが大金を手にし、ぼくらの受けとる俸給はごくわずか。ぼくらはお人好しだな。要するに馬鹿なんだ」
「軍隊に規律なんてない。まるで囚人や奴隷のような扱いだ。若い将校は出世のことしか考えていない。攻撃で手柄を立てるが、陣地を護ることで手柄を立てるが、それしか考えていない。どっちみち、下っ端の兵士が犠牲になる。将校には計画性がない」
そして、映画にもなっていますが、最前線にいたドイツ軍とフランス軍がクリスマス休戦をしたのです。お互いの塹壕を訪問しあい、煙草や葉巻を交換しあった。
「こっちも泥だらけなら、向こうも泥だらけ。ぞっとするほど汚くて、ああ、あいつらもきっともう嫌になっているんだなと思った」
「敵兵もフランス兵もひきつった死に顔は同じだ。はぎとられ、暴かれ、まざりあい、風が吹きつける戦場に散らばっている。弔ってくれる新しい者も聖職者もいない。朽ち果てていく死体には敵も味方もいない」
「戦争が2年も続いているうちに、人々が徐々に利己的になり、戦争に無関心になってきたのを感じる。ぼくたち兵隊のことなど忘れてしまったかのようだ。故郷に帰っても、まるで無関心の人がいる。おまえ、まだ生きていたのかと驚かれる」
「ドイツ兵捕虜の手紙を読んだ。彼らの手紙はぼくらの手紙と同じだった。みじめな生活。和平を心待ちにする思い。あらゆる行為の馬鹿馬鹿しさ。つらい思いは、みな同じだ。あいつらも、ぼくたちと同じ人間なんだ。不幸せな人間であることに変わりはない」
「新聞は腐りきった財界人と政治家の言いなりだ。戦争支持者と残酷な勇者を讃えるばかり」
「ぼくらは獣によりさがっている。まわりの兵を見ていて、そう思うし、自分についてもそう感じる」
『聞け、わだつみの声』を思い出しましたし、第二次大戦で生き残った日本兵の手記を読んでいる思いがしました。
そして、いま、日本の自衛隊が遠いアフリカまで出かけていって、ついに「戦死」者を出そうとしています。とんでもない事態です。愚かな財界人と政治家たちの金もうけのためにアフリカの地で、日本の平和とは関係なく「戦死」させられる若者の生命がいとおしくてなりません。今に生きる貴重な本だと思います。
(2016年10月刊。1900円+税)

忍性

カテゴリー:日本史(鎌倉)

(霧山昴)
著者 松尾 剛次 、 出版  ミネルヴァ書房
鎌倉時代に、ハンセン病患者に挺身していた高僧がいたのですね。ちっとも知りませんでした。良観房忍性(にんしょう)という僧です。ハンセン病患者の患部に自ら薬を付けるなど、直接的な看護を目指していたというのです。すごいですね。
忍性たちの教団はその時代に10万人近くの信者を獲得し、1500の末寺を保有していた。鎌倉時代、最大の信者数を誇る新興教団だった。その規模は、当時の日本で最大の人口を有していた平安京が12万人ほどと推測されていることからも想像できる。
忍性の生きた時代、すなわち13世紀の後期・末期から14世紀初頭の鎌倉時代は、日蓮や一遍といった鎌倉新仏教僧が活躍した時代であり、また蒙古襲来という未曾有の危機に見舞われた時代でもあった。
忍性は、奈良や鎌倉で精力的にハンセン病患者の救済活動をすすめた。
当時、ハンセン病患者は、人間に非ざる存在(非人)とされ、筆舌に尽くしがたい差別を受けた。前世あるいは現世における悪業によって仏罰を受けた存在だと認識されていた。それは、ハンセン病患者の救済に従事した叡尊らも例外ではなかった。
ハンセン病患者たちは、もっとけがれた存在だと考えられていて、非人と呼ばれ、人々との交際も拒否されていた。そうした彼らに忍性らは救済の手をさしのべた。こうした慈善救済事業と戒律護持の態度などから、忍性は北条時頼、重時、実時ら鎌倉幕府の幕閣たちの尊敬をも集めた。
当時、僧侶の妻帯は一般化していたし、僧兵という、僧侶でありながら武芸を誇る者が多数いた。忍性は戒律を重視し、その護持を誓い、他者にもその護持を求める律僧であるとともに、密教僧でもあった。このころ僧侶の破戒は一般的だった。戒律復興を叫び、戒律護持を勧めた叡尊、忍性らが注目されたこと自体が、そのことを逆説的に証明している。
中世において、僧侶には、官僧と遁世僧という二つのタイプがあった。叡尊らは、不治の病とされたハンセン病患者救済をはじめ、橋・港湾の整備、寺社の修造、尼寺の創出など、さまざまな社会救済事業を行った。その結果、叡尊の教団は、10万をこえる信者を擁する鎌倉時代最大の仏教勢力の一つとなった。
叡尊や忍性らは行基の活動をモデルとしていた。彼らは行基信仰をもっていた。
忍性をライバル視し、激しく批判したのが日蓮だった。忍性と日蓮は、宿敵と思えるほど激しく対立した。その背景には、都市鎌倉での信者をめぐる獲得競争があった。
忍性は、1303年(嘉元元年)7月12日に87歳で亡くなった。
鎌倉時代の社会の実相を再認識させられる本でした。
長年の友人である裁判官からすすめられて読みました。いい本をすすめていただき、ありがとうございました。
(2004年11月刊。2400円+税)

ペルーの異端審問

カテゴリー:アメリカ

(霧山昴)
著者 フェルナンド・イワサキ 、 出版  新評論
16世紀の南アメリカはペルーでのキリスト教会での異端審問の実情を掘り起こした本です。ポルノグラフィーでしかありません。性を必要以上にタブーとした教会は、そのなかではおぞましいとしか言いようのない実情だったようです。
教会は教えのなかで、セックスを人々の不安材料へとゆがめ、おとしめることで、社会に対して抑制やタブー、暗黙の懸念を強いる。しかし、それは支配の道具にほかならず、欲求不満と神経症の源と化す。
1629年のある日、リマの修道院で暮らしていた修道女が異端審問所に出頭してきた。背教および悪魔との契約、その邪悪な悪魔と肉体関係をもったことの罪を審問官に自供した。
事件はペルーの首都リマに不安を巻きおこした。悪魔というものが形態のない存在だとすれば、恐るべき堕天使ルシャーは、女たちとの性行為に及ぶため、墓地から掘り起こした遺体に乗り移っていることもある。
わずか150ページの軽い本です。16世紀ころの南アメリカでの出来事ですが、ヨーロッパでも同じようなものだったのではないでしょうか。宗教に名をかりてインチキなことをするのは古今東西を問わないですね。
(2016年7月刊。1800円+税)

マタギ奇談

カテゴリー:社会

(霧山昴)
著者 工藤 隆雄 、 出版  山と渓谷社
私も一度だけ秋田の白神山地に行ったことがあります。ブナの林がありました。といっても車で行ったのです。本当は、自分の足で歩いて登るのでしょうか・・・。
明治35年(1902年)の八甲田山の雪中行軍にマタギが案内人にたったのです。青森連隊のほうではなくて、弘前連隊のほうです。
青森連隊は210人のうち、199人が凍死してしまいました。弘前連隊のほうは、同じころ、同じ場所を行軍していて、マタギのおかげで一人の死傷者も出していません。にもかかわらず、連隊の将校は世話になったマタギを途中で放り出してしまうのです。恩知らずもいいところです。日露戦争(1904年)の直前で、ロシアとの冬場の戦争に備えた雪中行動でした。
青森連隊のほうは、案内人を雇わなかったのです。
「お前ら案内人ごときより優秀な地図とコンパスがある。案内人を雇えというのは、お金が欲しいからだろう。案内人などいらぬ」と豪語し、結局は山の雪中で道に迷い全滅に近い状況に陥ってしまったのでした。その後の日本軍の行方を暗示しているような事件です。
新田次郎の『八甲田山死の彷徨』は、もとの報告書を参照しながらマタギの苦労に何ら触れていない。事実を追及した書物は歴史に埋もれてしまった・・・。
新田次郎の本は私も読みました。こんなエピソードがあったのですね。
マタギは、ただ獲物を獲るだけでなく、山の隅々までを知って大切にしている人のことを言う。もし好き勝手に獲物だけを獲っていたら、いまごろ白神山地には生きものが一匹もいなくなっていただろう。マタギは、ただのハンターと違って、白神山地の番人なのだ。
白神山地は世界遺産に指定され、さらに鳥獣保護区に指定された。そのため、白神山地では一切の猟ができない。マタギという文化は、当然に終わりを告げた。
マタギが何をしていたのかを知るうえで貴重な本になっています。
(2016年10月刊。1100円+税)

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