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野生動物カメラマン

カテゴリー:生物

(霧山昴)
著者 岩合 光昭、 出版  集英社新書ヴィジュアル版
ライオンとハイエナ。どちらが強いか・・・。2頭のハイエナを12頭のライオンが襲いかかったとき、ハイエナはライオンに殺されてしまった。
5頭のハイエナがエサを食べているところに1頭のライオンがやってきたら、ハイエナに追い払われてしまった。
獲物の横取りが得意なのは、ハイエナよりも、むしろライオンのほう。ライオンの狩りが成功するのは10回に1回ほど。決して狩り名人とは言えない。
ハイエナは獲物の肉や内臓だけでなく、骨もかみ砕いて食べる。胃腸は大丈夫なので消化ができ、カルシウムだけが残るので、糞は白い。
ライオンは軟らかくておいしい肉を食べるから糞は軟らかく、非常に臭い。
ザトウクジラは、暖かい海で子どもを産んで育てる。子育てのあいだ、親(メス)は何も食べない。南の暖かい海にはクジラの食べるものは何もない。
なぜクジラは海面を出てジャンプするのか、その理由は分かっていない。
ペンギンのヒナは夏が終わって産毛がすっかり落ちてしまうまで、海で泳げない。産毛が残っていると、海水がしみ込んでしまうからだ。
地獄谷のサルにとっては、人間にはちょっと熱めの42度くらいが一番心地よいようだ。
野生動物をよく見ていると、彼らもまたこちらをよく見ていることに気がつく。そして、あいつは危害を加えるものではないとして、警戒心を解いてくれる。そうすると、ライオンが狩りを見せてくれることもある。ええっ、それでも怖いですよね。
いわごうさんの写真は、どれも動物が生きています。生命の躍動感がありますよね。
(2015年12月刊。1200円+税)
フランス語の口頭試問を受けました。
3分前にペーパーが渡されます。一問目は天皇の生前退位をどう考えるかというものです。これは、日本語でも難しい問題ですからフランス語で話せる自信はなく、すぐにパス。二問目は子どもの虐待が日本で増えていることをどう考えるかというものでした。暴力とネグレクトの2種類あると話したのはいいのですが、親自身がその親から愛情たっぷりに育てられていないことも原因だと言いたかったのですが、フランス語になりませんでした。トホホ・・・。
3分間スピーチには、いつも苦労しています。

ラーゲリのフランス人

カテゴリー:ヨーロッパ

(霧山昴)
著者 ジャック・ロッシ、ミシェル・サルド 、 出版 恵雅堂出版
スターリン時代のソ連の収容所に24年間も入れられていたフランス人がいただなんて、知りませんでした。『ラーゲリ(強制収容所)註解事典』を書いた人物です。
ジャック・ロッシは、ソ連のたどってきた道、あまりに多くの犠牲について、その原因はレーニンの路線にあったと明確に指摘する。
スターリンの間違いではなく、レーニンの路線が間違っていたというのですね・・・。
大学生のころ、レーニンの歯切れのよい文章を一生けん命に読んで、なるほど、そうなのかと何度も思った身としては、いくらか違うような気もするのですが・・・。
ジャック・ロッシは、自分のグラーグでの苦難は、自分の選んだ主義、理論、行為の代償であって、当然の報いだとしている。
ヒトラーのナチズムと、レーニンのボリシェヴィキのいずれの責任が大きいのかという問いかけは、虎と狼のどっちが恐ろしいかというのと同じで、その問いかけには意味がないとする。
ジャックの母親はフランス人で、母親はポーランド人の貴族と再婚した。ジャックは16歳のときに非合法のポーランド共産党に入党したが、すぐに逮捕された。出獄すると、コミンテルンの秘密謀報員になった。スペイン戦争のときは、共和国軍のために働いた。このとき、モスクワに召喚されて逮捕された。28歳から、スターリンの死後まで20年間、ジャックはグラーグ(収容所)に入れられた。
グラーグとは、オーゲーペーウーの強制収容所のこと。グラーグの囚人をゼックとも呼ぶ。
ソ連の刑罰のシステムは、ヤクザが他の囚人を手荒く扱うことを奨励していた。もっとも強力なヤクザは、グラーグで支配的な階層をつくって、それを自慢していた。その階級的利害は、ソビエト権力のそれと混じりあっていた。
語学に堪能だったジャックはソ連の刑務当局から日本人の政治犯が入っていた監房に入れられた。そこには、近衛首相の長男の近衛文隆もいた。ジャックは、ここで内藤操(内村剛介)と、親しくなった。
すさまじいラーゲリの内情が静かに語られている本です。繰り返してほしくない歴史です。
(2004年9月刊。3000円+税)

ペンギンの楽園

カテゴリー:生物

(霧山昴)
著者 水口 博也 、 出版  山と渓谷社
 パンダも大好きですけど、ペンギンもまたいいですよね。
 旭山動物園の冬のペンギンの大行進をぜひ間近に見てみたいと思います。
 ペンギンと言えば、あのコウテイペンギンの子育てのすさまじさには泣けますよね。3ヶ月も飲まず食わずで、足の上でヒナを育てる。そして、極寒の地で、ブリザードを浴びながら身を寄せ集まって耐え忍んでいる光景なんて、まったく感動するしかありません。
海から帰ってきた親は、大勢のヒナ集団の中から、自分のヒナを声で見つけ出して、エサを与える。親が事故にあったら、ヒナは餓死するしかないのですね・・・。
 ジェンツーペンギンが大勢そろったところで、一斉に氷上に飛びあがるのは、氷縁に恐ろしいヒョウアザラシが潜んでいるから。危険地帯をみんなで一気に乗り越えようというのだ。
 アデリーペンギンが個体を減らすなかで、ジェンツーペンギンは圧倒的に個体を増やしている。その原因は、温暖化。雪による影響をアデリ―ペンギンは受けやすく、しかも、前シーズンに営巣した場所にアデリ―ペンギンはこだれるので、子育てがむずかしくなっている。
 ジェンツーペンギンは、場所のこだわりが少なく、エサにも融通性がある。
 ペンギン尽くしの楽しい写真集です。とても行き届いた解説があり、勉強になりました。
(2016年8月刊。1800円+税)

ゾロアスター教3500年の歴史

カテゴリー:ヨーロッパ

(霧山昴)
著者 メアリー・ボイス 、 出版  講談社学術文庫
ゾロアスター教というと、拝火教として、火を崇拝する宗教だと連想してしまいます。松本清張の本もありましたよね・・・。
ゾロアスター教は、イラン人であるゾロアスターが説いた宗教である。イラン人は、今でこそ、ほとんど全部がイスラム教徒だが、その前はゾロアスター教徒だった。
ゾロアスターは、善の原理の正しさとその究極的な勝利に深い確信をもったので、生命あるうちに善を選択してアフラの戦いに尽力した人間は、死後に裁判を受けて天国に行くことができるが、逆に邪悪に従った者には地獄の苦しみがあることを初めて説いた。信者たちの日々の悪との戦いを助けて善の勝利を招来すべく、未来には救世主が現われるという希望を与え信者たちの支えとした。
このようなゾロアスターの独創的な思想は、世界の宗教史上、画期的なものだった。世界の三大宗教たるキリスト教、イスラム教、仏教に大きな影響を与えた。
ゾロアスター教は、啓示によって開かれた世界宗教の最古のものである。
イラン人であるゾロアスターが生きていたのは紀元前1400年から1200年の間であった。
ゾロアスターによれば、人が死ぬと、その魂は、現世で善という大義を助けるために何をしたかについての審判を受ける。男も女も主人も召使いも楽土に行ける希望がある。このようにゾロアスターは教えた。橋を渡れるのは、それぞれの霊が生存中にもっていた権力や、豊富な供物をしたか否かではなく、倫理的な実績による。
ゾロアスターは、個々の審判、天国と地獄、肉体のよみがえり、最後の大審判、再結合された魂と肉体の永遠の生というのを、初めて説いた。
すべてのゾロアスター教徒は、男でも女でも紐を腰紐として身につけ、三度、腰のまわりをまわしたあと、前と後で結び目をつくる。入信式は15歳で行われ、その後は生きている限り毎日くり返して、信者は祈りのときに紐を解いて結び直さなければならない。一日に五度祈る義務は、すべてのゾロアスター教徒を拘束した。
人間は死んだ瞬間から死体は高い伝染性をもつかのように扱われ、職業的な葬儀人や死体運び人以外は近づけない。
葬儀は穢れた肉をすみやかに破壊すること、霊を自由にしてそれが天に昇るのを保障することを目的とする。
ゾロアスター教は、教義をもち、改宗をすすめた世界宗教の最古のものであるが、いろいろな力関係のもとで伝道活動が制限されたため、実質的にイランの民族宗教となってしまった。ただ、そのため、ヘレニズムの多神教とも平和的に共存することができた。
ゾロアスター教徒を苦しめる一つの方法は犬をいじめること。現在、ムスリムは犬を不潔な動物として敵意を示す。しかし、ゾロアスター教徒は、並々ならず犬を敬う。
1900年ころ、イランには1万人のゾロアスター教徒がヤズドとその周辺に住んでいた。
1976年には、総数12万9千人で、そのうち8万2千人がインドに、5千人がパキスタンに、そしてイランには2万5千人(テヘランに1万9千人)が住んでいた。
日本人にはあまりなじみのないゾロアスター教について、深く解説のなされている本だと思いました。
(2015年4月刊。1300円+税)

南朝研究の最前線

カテゴリー:日本史(鎌倉)

(霧山昴)
著者 呉座 勇一 、 出版  洋泉社歴史新書y
日本に二つの朝廷が併存していた時期が60年近くも続いたことがありました。鎌倉時代末期の南北朝時代です。後醍醐天皇が吉野に南朝を樹立したのが始まりです。
戦前は、この南朝が正統とされ、楠木正成や新田義貞が忠臣で、足利尊氏は逆賊とされていた。戦後になって、それが逆転してしまった。楠木正成は、むしろ「悪党」とされた。
この本は、最新の研究成果をふまえて、従来の通説をいくつもの点で覆しています。
後醍醐政権(南朝)には、旧幕府の武家官僚が多く参加し、その政権が崩壊すると、次に室町幕府に活躍の場を求めた。したがって、鎌倉幕府~建武政権~室町幕府のあいだには、スタッフの連続性が認められる。後醍醐天皇の人事は、良く言えば堅実、悪く言えば平凡なものだった。
朝廷の政治は、政権を担当する院・天皇と評定衆(議定衆)とが協力して進められていた。政権を勝ちとるために有効な方法と考えられていたのが訴訟制度の充実だった。
訴訟を扱う記録所に訴訟当事者が口頭弁論をする「庭中(ていちゅう)」と呼ばれる法廷を設けた。さらには、院への取り次ぎ役である伝奏(でんそう)を訴訟処理の中枢に起用することで、より早く裁許が出せるよう改善した。
どの政権も、徳政に取り組んでいることをアピールするため、訴訟制度の整備に心血を注いでいた。
日本人は昔から裁判を嫌っていたという俗説が一般化していますが、弁護士を40年以上している私は、決してそんなことはないと日々、実感しています。むしろ、日本人は、文章を書けることがあたりまえだったので、昔から裁判で決着をつけようと考えている人のほうが多かったのです。
鎌倉時代の後期、荘園社会の動揺などから、朝廷に持ち込まれる訴訟が増えていて、それを裁決する治天の君が果たす役割が大きくなっていた。
朝廷の公家たちにとって、多くの先例をうち破った後醍醐の斬新で意欲的な政治姿勢など、狂気の政道にすぎなかった。
天皇は、記録神話によると、最高の祭祀者として神聖視される存在であった。そのため、天皇は、退位して上皇になることで初めて、仏教に積極的に関わることが認められた。
南北朝の対立・抗争事件の実情をよく知ることのできる意欲的な新書です。
(2016年7月刊。1000円+税)

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