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脳科学者の母が認知症になる

カテゴリー:人間

(霧山昴)
著者 恩蔵 絢子 、 出版  河出書房新社
先日、アルツハイマー型認知症の患者が何十万円という大金であっても十分に管理できたという裁判所の判決をもらって腰を抜かしましてしまいました。もちろん認知症といっても程度の差はありますが、攻撃・徘徊が出ているレベルにまで達しているのに何十万円、何百万円という自分の財産をしっかり管理できたという裁判所の判断が示されたのでした。そんなことはおよそありえないということをカルテ所見にもとづき主張し、それを裏づける医学文献もいくらか提出していたのですが、その点についてはまったく触れないまま独断的見解が示されたのです。裁判官の劣化はここまでひどいのかと悲しくなりました。
アルツハイマー型認知症は、初期に、記憶をつかさどる海馬の委縮が起こり、新しいことが覚えにくくなるのが特徴。神経細胞の死滅を引き起こす。一度死んでしまった神経細胞は元に戻らないから、一度なってしまうと完全に元に戻すことは、今のところ不可能な病気と言われている。
細胞死が起こる領域の拡大にともなって記憶力以外に言語力、問題解決力など、日常生活を送るのに必要な認知能力、運動能力が徐々に衰えていく。アルツハイマー型認知症という病名が診断されたあとの患者の平均余命は4年から8年。
認知症をもつ人々は、自分なりに状況を理解し、その状況に必死で適応しようとし、症状が進めばまた適応し直そうとする。生に積極的な人々でもある。
彼らは、自分がしてしまうミスにより、また、それに対する他人からの反応により、自分が無能であると感じ、自我が傷つけられ、脅かされていた。そのように自覚的だからこそ、失敗を隠し、とりつくろっている。自覚があるからこそ、本人たちは必死で自分を守ろうとする。
現実には起きていない、筋の通らない、妙なつくり話が増えるのも、ときに無神経・無感覚のようになるのも、その人が必死で自己を保とうとしている証(あかし)なのだ。
海馬が傷ついても、新しく学べることはある。言語では忘れていても、体のほうはしっかり学習していることがある。体の反応は感情の一種なのだ。感情は、理性だけではとても対応できないような、不確実な状況で、なんとか人間を動かしてくれるシステム、意思決定をさせてくれるシステムなのだ。
私たちが理性と思っているものは、実は感情から生み出されている。感情の豊かさが私たちの人生の役に立っている。
アルツハイマー病の人たちには感情が残っている。感情は生まれつきの個性であり、また認知機能と同じように、その人の人生経験によって発達してきた能力であり、いまだに発達しつづけている能力である。
アルツハイマー病をもつ人々は、体を通して新しいことを学び続けることができる。その経験は、意識的に取り出せなくても、身体には積もっている。
 アルツハイマー病になった母親とともに生活して、観察し、分析し考え抜いた娘である脳科学者による貴重な体験記です。あまりの面白さ(著者には失礼な言葉で、申し訳ありません)に、車中で眠気を起こすこともなく、一心不乱に最後まで読み通しました。
(2018年10月刊。1650円+税)

道具を使うカラスの物語

カテゴリー:生物

(霧山昴)
著者 パメラ・S・ターナー 、 出版  緑書房
カラスは賢い鳥だということはよく知られていますが、カレドニアガラスは道具をつくってエサを取るほどの賢さです。そして、親鳥が赤ちゃん鳥に道具を使って木の中の虫を取り出す技術を伝授するのです。なにしろ、その証拠写真がバッチリありますから知能の高さを疑いようがありません。
この本で観察されているカレドニアガラスには、それぞれ名前がついています。
人間はカラスの個体を識別するのは大変むずかしい。けれども、カラスのほうはきちんと人間の個体識別をしている。
カレドニアガラスは、股状の枝を折ったり、形を加工したりすることで、フック付きの道具をつくる。フックの先を鋭くするため、削る。
赤ん坊カラスは、すべてのものに興味を抱く。新聞を与えると、ズタズタにしてしまう。どんなエサも必ずもてあそぶ。
1羽のカラスが何かを持っていると、他のカラスはそれを欲しがる。カラスたちは、恐ろしいほどイタズラが好きだ。
カレドニアガラスは、「ワァー、ワァー」あるいは「ワァッ、ワァッ」と鳴く。「カァー」とは鳴かない。
カレドニアガラスをめぐる楽しい写真集のようなカレドニアガラスの紹介本です。
(2018年2月刊。2200円+税)

ローズ・アンダーファイア

カテゴリー:ヨーロッパ

(霧山昴)
著者 エリザベス・ウェイン 、 出版  創元推理文庫
イギリス空軍(補助航空部隊)に所属するアメリカ人女性飛行士がドイツの上空を飛んでいると、ドイツ空軍機に見つかり、強制着陸を余儀なくされるところから話は始まります。そして、強制収容所に収容されるのです。
収容所のなかの生活、日々の殺人マシーンに慣らされていく様子が描かれます。そして、ついに収容所から再び飛行機に乗って航走するのです。
先日、天神で『ヒトラーと戦った28日間』というロシア映画をみました。ナチスの強制収容所の一つ、ソビヴル収容所からの集団脱走に成功したというすさまじい映画です。実話をもとに状況を再現していましたが、ナチスの大量殺人、非人道的な虐待行為もよく描けていました。やはり、脱走に成功する話という、少しは救いのある話がいいのですよね。
あとがきを読むと、小説ではありますが、本書も実際にラーフェンスブリュック収容所からの脱走に成功し生還した人々への取材にもとづいていることが分かります。
この収容所で人体実験に供されたポーランドじん女性74人全員の名前が「数え唄」として紹介されています。
収容所では、主としてフランス語、ドイツ語、ポーランド語が話されていました。
大勢の罪なき人々が共生収容所で即時に、また徐々に殺されていった事実がありますが、これを直視するためにも、例外的に生還できた人々の話をもとにした小説を読んでその苦しみを想像するのもいいこと、必要なことなのではないでしょうか・・・。
(2018年8月刊。1360円+税)

マジョリン先生、おはなしきいて

カテゴリー:人間

(霧山昴)
著者 土佐 いく子 、 出版  日本機関紙出版センター
私の子どもがお世話になった保育園が創立40周年の記念行事として著者を招いて講演会を開きましたので、参加して話を聞いたのです。
聞いているうちに、時代感覚が共通しているので、団塊世代じゃないかと思うと案の定でした。私と同世代の女性が小学校教員生活をつとめあげて大学講師をし、日本作文の会で活躍してきた薀蓄が詰め込まれた本です。
読んで楽しいし、うふふと笑いながら元気が出てきます。いえいえ、子育てをとっくに終わった私としては、反省させられることばかりの本でもあります。本当に子どもたちにどこまで向きあえたかな、そう思うと忸怩たるものがあります。
運動会。周囲の目が気になり、見栄えを気にして、教師が大声で子どもたちを怒鳴りまくる光景がありふれています。でも、主役は子どもたちのはず。怒鳴らない運動会を心がけよう。すると、見ていた地域の人々が、今年は、練習以来、先生の怒鳴り声もなく、とてもすがすがしくて良かったという声を寄せてきた。
うーむ、なるほど、そうなんですよね。子どもの主体性を生かすというのは、学校でも家庭でも忍耐心がいるものなんです・・・。
釣りの好きな小学校の校長先生が、退職の年、最後に学校のプールで子どもたちと一緒に魚釣りをしてみたいという夢を語った。いいんじゃないの、やってやろうよ。みんなで準備をして、実現させたそうです。
「火曜日の2時限から始めます。まず、3年1組がやります。3時限目は3年2組です」。魚たちには大変申し訳ないことをしたけれど、子どもたちは歓声をあげ、大喜び。
いやあ、いい話ですよね、そんな学校なら、行きたいですよね・・・。いま、公立小学校で、こんなことは出来ないのでしょうね、残念ながら・・・。下手な道徳教育より、よほど学校のプールで、校長先生と並んでみんなで魚釣りしたほうが、効果があがると思いますよね・・・。
明治12年の教育令には、およそ学校においては、生徒に体罰を加えてはいけないと明記されていた。
うひゃあ、そうだったんですか、ちっとも知りませんでした。
人間の眼には白目がある。ところが、食うか食われるかの競争と暴力関係の中に生きている動物には白目がない。白目があると、敵を狙っているのが即座に分かってしまうから。暴力関係ではなく、コミュニケーション関係のなかで、目と目を合わせて会話をすることで、人間は人間になってきた。
ふむふむ、人間は努力して人間になってきたのですね。
親と教師を結ぶ連絡帳のなかに、最近では、親が非常に感情的かつ攻撃的な文面を書き込むことが目立っている。
いやあ、ベテラン弁護士の私に対しても威圧的な態度をとる依頼者がたまにいます。男性とは限りません。女性にもいます。ほんのちょっとしたミスというか言葉尻をとらえて、激しく迫ってくる依頼者がいるのです。弁護士だったら辞任して返金したら終わりですが、教師は逃げ場がありません。世の中がギスギスしたら、こうなるだろうなという典型的な現象です。
アベ首相のように、平気でウソをつき、ウソをウソで塗り固めながら、学校では道徳を教えろ、点数をつけて評価しろと迫るし、それが「許されている」社会なのですから、モンスター・クレイマーが出てくるのも必然です。
そんな状況下でも、教育って、子育てって初心に戻ることが大切なんだよね、それを教えてくれる本でもありました。
(2018年2月刊。1700円+税)

本土空襲全記録

カテゴリー:日本史(戦前・戦中)

(霧山昴)
著者 NHKスペシャル取材班 、 出版  角川書店
日本の敗戦前に、日本全国がB29爆撃機による大空襲の被害にあいました。
その空襲の状況をアメリカ側の資料によって丹念に掘り起こしています。その典型が専用機に取り付けられていた「ガンカメラ」と呼ばれる特殊なムービーカメラです。ガンカメラが記録した映像は、被害にあった日本の都市や逃げまどう人々を生々しく描いているのです。
大分県宇佐市を拠点として活動する市民団体「豊(とよ)の国、宇佐市塾」が映像の収集・分析をしている。
九州はアメリカ軍による空襲被害が大きい。なぜか・・・。アメリカ軍のオリンピック作戦は九州南方の3地点から強襲上陸作戦を考えていたから。
アメリカ軍による本土空襲の被害者は46万人。
アメリカ軍は、軍関連施設と生産関連施設の両方を狙った「精密爆撃」を早くから緻密に計画していた。しかし、現実には「精密爆撃」というより「地域爆撃」、「無差別爆撃」が実施された。それは、都市労働者の能力に打撃を与えること、住民の戦意・抗戦意思を破壊するためのテロ(恐怖)効果を狙った。
しかし、実際にはドイツへの大空襲もロンドン大空襲も、狙われた住民の戦意喪失どころか、戦意の高揚を大々的にあおるものでしかなかった。都市への無差別攻撃を始めたのは、実は日本とドイツだった。日本軍は、中国の重慶を狙って壊滅させた。
アメリカ軍のF-13写真偵察機は、B-29を改造したもので、1回の飛行で7000枚ものネガを持ち帰った。17回の偵察旅行を繰り返し、写真撮影と気象観察を徹底して行った。
アメリカ軍の飛行機は、日本軍の迎撃を避けるため1万メートルの高度から爆撃を仕掛けていた。ところが、日本の上空は天候が不安定で、いつも嵐が吹き荒れていた。
東京大空襲を指揮したのはカーチス・ルメイ将軍。
「もしジャップが戦争を続ける気なら、奴らにはすべての都市が完全に破壊される未来しかない」
一連の爆撃で投下された焼夷弾は192万発。1944年11月からの4ヶ月間でアメリカ軍が失ったB-29は105機。兵員の死者・行方不明者は864人にのぼった。
実は、それまでアメリカ空軍は存在しておらず、アメリカ陸軍航空軍でしかなかった。陸軍の地上軍17万人、海軍14万人に対して、航空軍は2万人しかいなかった。航空軍にとって、太平洋戦争は、組織の独立戦争でもあった。
当時、前線での指揮権をもたない航空軍が手柄を立てるには、B-29をつかった日本への直接攻撃しかなかった。ルメイ将軍は、日本式の家には低空用の対空砲火がなかったことを知り、焼夷弾を有効活用することにした。
アメリカ航空軍は、1939年は最新型爆撃機を14機もっていた。ところが1944年には10万機、戦前の20倍も持つに至った。
カーチス・ルメイが当時38歳だったとは知りませんでした。道理でベトナム戦争でも悪役になれたわけです。それなのに、日本は戦後何十年もたってからルメイへ勲章を授与しているのです。呆れてしまいます。市民を大量無差別虐待していただいたことに敗戦国政府として感謝します、そんな意思表示したと同じです。私は許すことが出来ません。
いずれにしても、この本を読んでいろいろ貴重な情報を得ることができました。
(2018年8月刊。1500円+税)

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