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江戸城御庭番

カテゴリー:日本史(江戸)

(霧山昴)
著者 深井 雅海 、 出版  吉川弘文館
将軍直属の隠密(おんみつ)集団として有名な「御庭番」の実情に迫った本です。その人事や報告書を丹念に紹介していますので、なるほどそうなのかと納得できます。
御庭番は将軍吉宗が始めたもので、和歌山から引きつれて来た武士の一団だった。御庭番の家筋は、吉宗が将軍家を相続するにともなって幕臣団に編入した紀州藩士205人のうち17人を祖とする。紀州藩で隠密御用をつとめていた薬込役を幕臣団に編入した。
御庭番は直接、将軍に報告することもあった。つまり将軍御目見の存在だった。しかも、仕事ができると見込まれたら、異例の昇格を実現していた。御庭番出身で勘定奉行にまで大出世した者が3人いる。そのほかの奉行になった者も4人いる。
御庭番は、紀州藩主徳川吉宗が八代将軍職を継いだとき、将軍独自の情報収集機関として設置された。この将軍直属の隠密という点が、他の隠密とは異なる最大の特色だった。
御庭番は、将軍やその側近役人である御側御用取次の指令を受けて、諸大名や遠国奉行所・代官所などの実情調査、また老中以下の諸役人の行状や世間の国聞などの情報を収集し、その調査結果を国聞書にまとめて上申し、将軍は、その情報を行政に反映させていた。
御庭番の偵察は老中などの幕府内を対象とすることもあり、町奉行の無能を報告すると、その奉行は左遷された。
薩摩藩を対象としたときには町人になりすましたようだが、さすがに薩摩藩への潜入はせず、熊本・長崎・福岡などの周辺で聞き込みをしている。
御庭番の結束は固かったが、それは、報告するときには上司(先輩)の了解を得て書面を作成していたことにもよる。
大変興味深い内容なので、途中の眠気も吹っ飛び、車中で一気読みしてしまいました。
(2018年12月刊。2200円+税)

藤原 彰子

カテゴリー:日本史(平安)

(霧山昴)
著者 朧谷 寿 、 出版  ミネルヴァ書房
藤原道長の長女で、後一条・後朱雀(すざく)天皇の母として、藤原氏の摂関政治を可能にし、藤原摂関家の繁栄に大きく貢献した。
「この世をば死が世とぞ思う 望月の欠けたることのなしと思へば」
道長が歌いあげたのは1000年前の1018年(寛仁2年)のこと。
道長は三后を自分の娘で独占し、史上例を見ない快挙を成し遂げた。三后とは、右皇太后、皇太后、皇后のこと。
道長の幸運は、兄二人が相次いで病死したことによる。その結果、30歳の病弱な道長は右大臣に就任することができた。そして、道長の姉の詮子が一条天皇の母であったことから、道長は摂政・関白に準ずる内覧に就くことができた。
道長は事を行うに先立って長女・彰子の指示を仰いでいた。それほど彰子は政界へ大きな影響力を有していた。
彰子の87年間の生涯のうち、後半の半世紀は、子と孫の天皇の時代であり、幼帝の行幸のときには同じ輿(こし)に乗っていた。
父の道長の亡きあと、彰子は関白頼通から何かと相談を受けることが多かった。
一条天皇の中宮彰子は、一条天皇が亡くなった翌年、妹の研子が三条天皇の中宮となったことで皇太后となり、31歳で右皇太后となった。そして39歳で出家して上東門院と称した。その翌年、父の道長が62歳で亡くなった。
彰子は出家してから13年後、法成寺で再度、剃髪した。最初は肩のあたりで髪を切りそろえる一般の出家であり、二度目は髪をみんな剃り落とす、完全な剃髪だった。完全剃髪することで初めて、男性と同等の「僧」となった。
紫式部は彰子に出仕していた。
彰子は87歳と破格の長寿を保ったことから、夫の一条天皇、子と孫の4人の天皇、同母の3人の妹と1人の弟の死と向きあうことになった。
父の道長が亡くなったあと、政治は関白を中心に動いていたが、女院(彰子)の存在は関白をしのぐものがあった。
彰子は弟である頼通の死を悲しみ、次に彰子が亡くなると関白教通は大打撃を受け、翌年、関白在任のまま80歳で死亡した。
彰子は長命を保ったことによって、一条から白河まで七代の天皇にまみえた。
つまり、自分の娘が天皇の子、それも男子を産んだかどうかで、大きく変わったのですね・・・・。なんだか偶然の恐ろしさを感じます。王侯、貴族の世界も楽ではありませんね。
(2018年5月刊。3000円+税)

プロ弁護士の「勝つ技法」

カテゴリー:司法

(霧山昴)
著者 矢部 正秋 、 出版  PHP新書
弁護士経験は十分だが、世間知が足りない。
なんだか、ドキッとさせられる言葉ですよね、これって・・・。
フランスのラ・ロシュフーコーは、太陽と死は見つめることができないと喝破した。
弁護士にとっては、太陽とマイナス情報は見つめることができないと言い換えられるかもしれない。たしかに、マイナス情報は見たくないものです。でも、マイナス情報こそ、貴重な視点を提供するものである。
世の中にウソは多く、真実はわずか。ウソは一人歩きする。その場限りにとどまらず、後を引く。
いま、国会で、官庁で、ウソがはびこり、堂々とまかり通っています。そんな大人の「見本」が子どもたちへの道徳教育の押しつけに熱心なのですから、まるでアベコベです。
民事裁判において、事実とは、自分の視点から切り取った事実にすぎない。そんな事実を主張するだけでは、裁判に勝てない。相手も、こちらと同じように彼らのストーリーを仕立ててくる。それを論破しなければいけない。そのためには、相手の視点を理解することが必要になる。
観察と分析によって、人となりを判断する。そのとき目つきは大事。目つきの悪い人は性格もよくない。目つきにケンがある人は、ストレス漬けが疑われる。目が笑わない人は、サイコパスの疑いが濃厚。目が座っている人は、本当に危ない。相手をののしるような人は隠れた劣等感の持ち主である。
相手を知りたいときは、ジョークをいって笑いを誘い、反応を見る。笑ったときには心が見える。素のままの自分を出せるか、それとも隠すか。そこに本性が出る。
相手を観察し、三類型(赤・黄・青信号)に分け、類型に応じた距離をとる。
仕事にとりかかるときは見通しを立て、仕事が終わったら見直しをする。
未来は思考力によって決まる。未来はやって来ない。未来は創り出すものである。
著者のビジネス書は体験に裏づけられていますので、いつも感嘆しながら読みすすめています。
(2018年10月刊。900円+税)

オウム真理教事件とは何だったのか?

カテゴリー:社会

(霧山昴)
著者 一橋 文哉 、 出版  PHP新書
先日、民放テレビが「坂本弁護士殺害事件の真相」を描いた特集番組を放映していました。いつもテレビは見ませんので、録画してもらったのを見ました。久しぶりに坂本弁護士の笑顔に接することができました。そして、妻の都子(さと子)さんと3歳の長男(龍也君だったかな)と親子三人で楽しそうに公園で遊んでいる映像も流れました。
何の罪もない弁護士一家を、オウムは活動の邪魔になるといって殺したのです。しかも、弁護士だけでなく、妻と3歳の子どもまで・・・。オウムの男たち6人で就寝中の一家3人に襲いかかって殺害しました。途中、都子さんは子どもだけは助けて、殺さないでと叫んだというのですが、男たちは一家3人をその場で殺し、なんと3人の遺体はバラバラにあちこちの山林に埋めてしまったのでした。本当にむごいことをするものです。
そんな殺人教団に、今も信者が2千人はいるというのには驚かされます。信じられません。
この本の後半では、1995年3月30日の朝に起きた国松孝次・警察庁長官狙撃事件の犯人が今なお捕まっていないことを問題としています。
21メートル離れたところから動いている人間に3発の銃弾を命中させるというのはスナイパーとしてきわめて優秀でなければありえない。犯人として疑われた男たちにそんな能力があるとは思えない。オウム信者だった元巡査長の自供は客観的に疑わしいのに、なぜビジネスホテルに監禁して取調したのか。そもそも国松長官が、長官になる前に億ションとも呼ばれる超高級マンションを即金で買えたのは例の裏金(または餞別金)の成果なのではありませんか・・・。いろいろ疑わしいことだらけのまま、結局、迷宮入りしてしまいました。世界一優秀なはずの日本警察の親分(トップ)が狙撃されて瀕死の重傷を負ったというのに、その犯人を捕まえることができず、今もって犯人像すら不明というのでは、「優秀」だという看板が泣きます。
この本の前半には、教祖の麻原がオウム真理教をたち上げるに際して、3人の男の力を借りていることを紹介しています。「神爺」と呼ばれる70代の老詐欺師、阿含(あごん)宗のときから行動をともにしてきた「長老」、そして、インド系宗教団体にいた「坊さん」の3人が、麻原とともにオウム真理教の基礎を築いた。
なるほど、麻原は弁舌さわやかに人をたぶらかすことに長(た)けていたようですが、それは老詐欺師によって磨きをかけられていたということのようです。
私はオウム真理教事件を絶対に風化させてはいけないと考えています。まして、今なお殺人教団の教えを「真面目に」実践している信者が2千人もいるというのですから、彼らの「教え」の本質が詐欺であり殺人教団であったことを、事実でもって明らかにしていく必要があります。
その意味で、今回の死刑執行は間違いだった、少なくとも早すぎたと私は考えています。
今でもたくさんの解明すべき疑問点があるのです。時がたてば分かってくることもありうるのです。彼らを死刑執行するのではなく、生かして、もっと事実を語らせるべきだったと思います。それは裁判が有罪で確定したから不要だということにはならないのです。
いろんなことを考えさせてくれるタイムリーな本でした。
(2018年8月刊。920円+税)

憲法について、いま私が考えること

カテゴリー:社会

(霧山昴)
著者 日本ペンクラブ 、 出版  角川書店
日本ペンクラブが憲法について語る本は、これが2冊目。1冊目は、1997年に井上ひさし選で『憲法を考える』(光文社)でした。
それから21年たって、今や日本国憲法の運命は大変な危機に直面しています。
アベ流のごまかし改憲が現実化する心配が強まっているなかで、ペンクラブの面々が、思い思いに憲法を語っているこの本は、大きな意義が認められます。
それにしても、アベ流改憲を狙っている人々は、そろいもそろって根っからの対米従属、対米屈従の人たち。歴代自民党政権の背後には、常にアメリカの指図があり、その世界戦略に都合のよいように自衛隊を位置づけ、そして日本という国のありようも変えようというのです。
ほれぼれするように立派で美しい憲法である。でも、この憲法には脆弱性がつきまとってきた。違憲であるものに常に足蹴(あしげ)にされてきた。この平和憲法を守るのは簡単でありながら、大変至難に思える(志茂田景樹)。
私たちは、すこぶる滑稽な時代を生きている。だって、そうではないか。大臣や高級官僚が、明らかに嘘とわかる大嘘を、平気で堂々と述べるのである。肝心なことは記憶にない、の一言ですますのである。嘘つきと健忘症たちが、国政をになっている(出久根達郎)。
私にとって、家庭とは父親がいないものだった。明治生れの父は外に女をつくり、家にはめったり寄りつかなかった。父の横暴と、ただ泣くしかなかった母の記憶は、私の世界観の基本である。力で人を従わせる人間への嫌悪。弱者を思いやる気持のない政治への怒り(赤川次郎)。
2017年の10~20代の行方不明者は3万3000人。ここ数年、10~20代の自殺者は毎年3000人。15~29歳の引きこもりは38万人(2015年)。
金子みすずと入選順位を競った詩人の島田忠夫は、戦時中は軍国詩人になったにもかかわらず、疎開先で文学をしていて地元民からスパイと疑われて警察に密告され、官憲から拷問を受け、終戦の一週間前に若くして急死した(松本侑子)。
安倍晋三や麻生太郎ならぬ阿呆太郎をふくめて、壊憲派(改憲派)は山口組の組長以下の歴史認識しかもっていない。侵略戦争をしたことへの痛烈な反省から9条は生まれているのに、それが分からないから、9条を壊して、また侵略戦争をしようとしている(佐高信)。
かつて「家族」とは、「戸主」が扶養すべき人々のことであって、戸主本人は家族の一員ではなかった(中島京子)。
「梅雨(つゆ)空に 九条守れの 女性デモ」
これが公民館だよりへの掲載が拒否された俳句です。ここまでアベ流改憲が押し寄せてきているかと思うと、暗然とします。それでも、日本ペンクラブって、がんばっているんですね。励まされました。
(2018年9月刊。1700円+税)
 帰宅したら、先日の仏検の結果を知らせるハガキが届いていました。どうせダメだったんだよな、暗い気持ちで開いてみると、意外にも合格していました。120点満点で62点とっていて、基準点60点をクリアーしていたのです。自己採点では61点でした。これまでは80点前後をとっていましたから20点も下まわって不合格したと思っていたのです。要するに、問題のレベルがいつもより難しかったということでしょう。
 1月末に口頭試問を受けます。気を取りなおして、毎朝のフランス語学習にこれまで以上に力をいれるつもりです。

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