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凛としたアジア

カテゴリー:アジア

(霧山昴)
著者 伊藤 千尋 、 出版  新日本出版社
今の日本が失ってしまった圧倒的な人間のエネルギーや社会のパワーがアジアの国々にある。韓国では、2016年に100万人規模の「民衆総決起」が政権を倒した。権力者が身近な人物に便宜を図ったことに対して国民的な想いが渦巻き、街頭に出てきた。
日本だって、アベ首相夫妻が身近な人間に対する便宜供与が次々と発覚したのに、「民衆総決起」は起きませんでした。いったい、なぜ・・・。どこに違いがあるのか・・・。
韓国人は、ひどい軍政時代に市民が血を流して闘い、自らの力で民主主義を獲得した。だから、韓国人は自信をもっている。日本の歴史で、市民が自らの力で政権を獲得したことが一度でもありますか・・・。
うむむ、そんな根源的な問いかけを受けて、私は胸をはって「日本だって、あります」と答えることができません。残念です・・・。
韓国映画『タクシー運転手』、『1987、ある闘いの真実』は、私も福岡でみました。すごいです。生命かけての闘いに接し、頭が自然に下がります。
アメリカのベトナム侵略戦争反対は、私の学生時代にずっと叫んでいたスローガンです。
私が弁護士になった翌年のメーデーの日にアメリカ軍はみじめに撤退していきました。
南ベトナムの警察の事務局長は「北」の諜報員。政府顧問の補佐官も同じ。ベトナム空軍にも「北」の兵士がいた。
そりゃあ、そうですよね。アメリカ軍の支配に屈したくない人々は南にもたくさんいました。
そして、フィリピン。私も2度だけマニラに行きましたが、アメリカ軍の基地が撤去されて、今では広大なショッピングセンターや商工業施設に変貌して、地域経済を大きく支えています。軍事施設なんて不要という見本なのです。
基地をなくしたら、基地のときの2.5倍の10万人の人々が平和産業で誇り高く生きている。クラーク空軍基地跡には、500社の企業が進出し、日本企業も40社が操業している。
沖縄だって同じです。基地跡(おもろまち)が一大ショッピングセンターなどとして繁栄しています。
著者は私と同じ団塊世代です。大学生のときにキューバに行ってサトウキビ刈り国際ボランティアに参加したというのですから、大変な勇気があります。私の書庫には著者の本がいくつもあり、この本が6冊目です。いま、「九条の会」の世話人の一人として活躍しています。
ぜひ、手にとってお読みください。元気が湧いてくる本ですよ。
(2019年2月刊。1600円+税)

恐竜の卵の里をたずねて

カテゴリー:恐竜

(霧山昴)
著者 長尾 衣里子 、 出版  成文堂新光社
久しぶりに恐竜の本を読みました。鳥が恐竜の子孫であることは間違いないようです。
今朝は珍しく澄んだ甲高い小鳥の鳴き声を楽しむことができました。わが家の周辺は、いつもカササギ夫婦がカチカチ、シギシギ言いながら飛びまわっています。
中国、アルゼンチン、フランスそして日本と恐竜の卵の発掘現場を探訪した旅行記です。
とりわけ印象的なのが中国です。たくさんの恐竜の卵化石が発掘されていて、驚嘆しきりです。発掘現場には、砲丸投げの球そっくりの黒くて丸い卵化石が点在しています。日本では丹波竜の卵の化石が、見つかっています。
そして、フランス南部にもチタノサウルスの卵化石が発掘されています。ラグビーボールほどの大きさ、そしてずしりと重たいそうです。
今では、卵化石のなかの赤ちゃん恐竜の背骨の一本一本までがクローズアップして見えるようになっています。恐るべき科学技術の進歩のおかげです。
たくさんの卵化石の写真が紹介されていて、楽しく読めるエッセーになっています。
(2019年3月刊。1000円+税)

ナチスから図書館を守った人たち

カテゴリー:ヨーロッパ

(霧山昴)
著者 ディヴィッド・F・フィッシュマン 、 出版  原書房
リトアニアのユダヤ人・ゲットーでユダヤ人の図書を守った人たちの話です。
メンバーは「紙部隊」と呼ばれ、本や書類を胴体に巻きつけて検問所にいるドイツ軍警備兵の前を通過して、ゲットーにひそかに持ち込んだ。万一見つかったら、銃殺隊によって処刑される状況下でのこと。
ヴィルナはドイツ軍から解放されたあと、生き残った紙部隊は、隠し場所から文化的財産を回収した。ところが、次にヴィルナを支配したソ連当局はユダヤ文化に敵意を抱いていた。そこで、再び宝物を救い出し、本や書類を国外にこっそり運び出すことになった。
ユダヤ人の生活では、本が至高の価値をもっている。
ゲットー図書館は、もっとも残虐な行為のあった1941年10月、図書館への登録者は1492人から1739人に増え、7806冊の本を貸し出した。1日平均325冊のほんが借り出された。すなわち、つらいパラドックスがあった。大量検挙があると、図書の貸し出し数が急増したのだ。読書は、現実に対処し、平静さを取り戻す手段だった。
なるほど、しばし頭の中だけは別世界に生きることができますからね・・・。
読書は麻薬であり、一種の中毒で、考えることを回避するための手段でもあった。子どもたちは、図書館の熱心な利用者であり、他の年代よりも一人あたりの読書量は多かった。
閲覧室にやってくるのは、本を借りる人よりもエリート層が多かった。多くは学者と教育者で、図書館は、その仕事場になった。閲覧室は、静寂、休息、威厳を必要とする人々にとって、避難所だった。
ヴィルナのゲットーで読書が盛んな理由は・・・。
読書は生存のために闘うときの道具だ。緊張した神経をやわらげ、心理的な安全弁として働き、精神的肉体的に崩壊することを防ぐ。小説を読み、架空の英雄たちを自分に重ねあわせることで、人は精神的に高揚し、生き生きしてくる。
紙部隊のメンバーたちは、もうじき死ぬにちがいないと信じていたので、残りの人生を本当に大切なものに捧げることを選んだ。
本は少年時代に犯罪と絶望の人生から救ってくれたものだったから、今度は恩返しとして、本を救う番だ。
1943年7月半ば、ドイツ軍はゲットーのパルチザン連合組織FPDの存在を知った。とらえられたポーランド人共産主義者が拷問によって口を割ったのだ。ドイツ軍はFPDの司令官を知り、ユダヤ人評議会に対して引き渡しを求めた。さもないと2万人のゲットー住民全員を処刑すると脅した。1人の命か2万人の命かと選択を迫られ、FDPのヴィテンベルク司令官はドイツ軍に投降し、とらわれの身のうちに自殺した(らしい)。幻想だったわけです。
ゲットーの住人たちは、すぐに殺されるとは考えてなかったので、蜂起することを拒否した。強制労働収容所に移送されても生きのびられると期待していた。
ユダヤ民族の文化を守り、次世代への継承していこうと必死の覚悟で奮闘した人々の姿を知り、頭の下がる思いでした。やっぱり紙の本も大切なのですよね・・・。
(2019年2月刊。2500円+税)

アイヌの法的地位と国の不正義

カテゴリー:社会

(霧山昴)
著者 市川 守弘 、 出版  寿郎社
アイヌそしてコタンとは何者なのか、何なのか、本書を読んでようやく理解することができました。著者は北海道の弁護士ですが、アメリカに留学して、アメリカのインディアンの法的地位を学んでおり、それと比較しながら検討していますので、認識を深めることができます。
私は沖縄に、本土と異なる民族がいるとは考えていませんが、アイヌはたしかに本土とは別の固有の民族文化があったと思います。たとえば、アイヌは、死者の埋葬後、墓地に墓参りはしない。それは、静かに眠ってもらい、決してその眠りを妨げてはならないという決まりがある。埋葬時には、本でつくったクワ(墓標)を立て、クワは朽ちるにまかせ、故人の慰霊はコタン(集落)内でする。なので、「無縁墓」というような「放置され、誰も墓参りに来ない墓」という考えは出てこない。
「○○家」の墓地はなく、亡くなった順に埋葬していくだけ。死者を祀るのは家ではなく、コタン全体でする。遺骨を誰が相続するかとか、墓について相続人で協議するということもない。
先住民族としての権利を考えるとき、「アイヌ民族」という言い方は曖昧で、不適切だ。
日本政府は、自らがコタンという集団を壊しておきながら、もはやこのような集団は存在しないから、集団の権限は認められないというもの。そんなことを国が主張することに正当性(正義)が果たしてあると言えるのか・・・。
アイヌについて徳川家康は黒印状を発布している。そこでは、蝦夷(えぞ)のことは蝦夷次第、アイヌの人は自由と明記されている。すなわち、上下関係でなく、対立する関係と定められた。
江戸幕府は、幕藩体制の外にアイヌ社会を置いた。それによって松前藩の独占的交易権を確保した。
幕府体制下におけるアイヌは、一方で交易の相手方を松前藩に限定されながらも、他方では本土の和人のように人別帳(にんべつちょう)に記載され、移動を制限されたり、課税されたり、賦役(ふえき)を課されることはなかった。
アイヌは、幕府や松前藩による直接の法的規約を受けることはなく、コタンの長をトップにして自由な意思決定を行っており、この自由な意思決定は、一定の法規範をもって規律され、かつコタン内において強制力を有していた。つまり、対外的主権は制限されたものの、対内的には各コタンによる自由な意思決定が保持されていた。その意味で、対内的主権は維持され、それが明治になるまで存在していたと評価できる。
アイヌの人たちは、1869年(明治2年)まで、「化外(けがい)の民」として支配されていなかったにもかかわらず、その2年後に「日本国民」として編入され、明治政府によって直接支配されるようになった。したがって、支配者(権力者)に対して憲法の人権を主張することは当然に認められるべきである。
アイヌ集団としてのアイヌコタンとそのアイヌコタンが有していた先住権は、明治以降、日本政府によって侵略されながらも、依然として失ってはいない。なぜなら、それは、アイヌコタンという集団の意思にもとづいてのみ「失われる」ものであって、アイヌコタンという集団は、この権限を過去において放棄していないからである。
アイヌコタンは、日本という国からみれば、前国家的存在であり、アイヌ先住権とは、前憲法的権限なのである。
まず、基礎単位としての数家族からなる「小コタン」が存在し、それらを一つの河川で束ねる「河川共同体」としての集団(部落集団)があり、それら複数の河川共同体を束ねる「河川共同体連合」というものが成立していた。つまり、コタンというのは、単なる小さな集団だけを意味するのではなく、それらを束ねる大きな共同体のことでもある。さらには、コタンを束ねる大きな共同体をさらに連合させた集団もコタンということになる。このように、コタンという主権をもった集団が重層的に存在していた。
アイヌの亡くなった人々の頭骨などが北大をはじめとして各地に分散・保管されているが、それらの遺骨管理権もアイヌの先住権の一つとして認められるものである。
アイヌとコタンについての本格的研究書として大いに参考になりました。市川弁護士の今後さらなる健闘・健筆を心から大いに期待します。
(2019年4月刊。2100円+税)

候補者ジェレミー・コービン

カテゴリー:ヨーロッパ

(霧山昴)
著者 アレックス・ナンズ 、 出版  岩波書店
アメリカでサンダース上院議員が民主的社会主義者としてアメリカの若者たちに大きく支えられて躍進しているのと同じ現象がイギリスでも起きていることを知り、大変うれしく思いました。労働党の党首となったコービンの実像に迫った本です。
コービンを党首に押しあげたのは、一つの政治運動の流れであり、それがコービンの周囲に結集し、奔流となったのだ。三つの流れがコービンを支えたが、もっとも強い流れは緊縮財政に反対する運動だった。
コービンを2つの巨大組合ユナイトとユニゾンが支援した。これがコービン指示に正統性をもたらした。労働党では、2015年に1人の議員の票も一般党員の票と同じ価値をもつように変更された。そして、3ポンド払えば労働党の党首選に参加できるように変わった。
人々はコービンが勝つ可能性があるように見えたから加わった。そして、集まった人々が生みだした弾(はず)みがコービンの勝利を確実にした。
国の政治を実際に変えられる貴重なチャンスがあるという高揚感には伝染性があった。
いつもの顔ぶれの枠をこえて、ウィルスのように爆発的に広がり、初めて政治にかかわる若者、学生、アーティスト、反体制の運動家、オンライン署名者へと広がった。
新しい政治運動が誕生した。コービン運動だ。そこで際立っていたのは、自ら歴史をつくろうとする願いだった。運動は行動を望んだ。ボランティアに名乗り出る。メッセージを発信して説得する。電話で聞きとり調査する。友だちを勧誘する。イベントに参加する。政策を提案する。投票する。変化を求める勢力を築く。観察政治に嫌気がさしていた人々の集まりだった。これが、コービンとその選挙キャンペーンのもつ参加の精神と実践に共鳴した。
この運動には、前の世代にはなかった強力なツールがあった。ソーシャルメディアだ。
コービンは、キリスト教社会主義者、ただし、キリスト教抜き倫理的社会主義者。
コービンにはトニー・ベンのような人を鼓舞する演説の深さがあるわけではなく、トニー・ブレアの目端(めはし)が利いて人をそらさない表現力もない。しかし、心に深く抱いている共通の価値観を明確に表明して聴衆との結びつきを生む希有の能力がある。誠実さ、原則を守る姿勢、倫理的な力、コービンは一つの模範だ。そして、縁の下で助力を惜しまない。
ジェレミー・コービンは、何年もかかってつくられた大きな歴史的潮流によって労働党の党首へと押し上げられた。だが、必然は一つもなかった。労働党に投票した人の3分の2は国民投票でEU残留を支持し、3分の1はEU離脱に投票した。
コービンは宣言した。私たちは億万長者のための党ではない。企業エリートの党でもない。人びとのための党である。
若者の投票率が飛躍的に伸びた。18~24歳は52%が65%へ飛躍した。25~34歳は52%から63%へ上昇した。若者たちが労働党へ投票したのだ。
日本でも同じように若者に希望を与えること、世の中は変えられることを目に見える形で示すことが大切です。私は、最近つくづくそう思います。
私が20歳のころ、「未来は青年のもの」というスローガンに心がおどりました。東京・神奈川・京都・大阪と革新首長が次々に誕生していき、日本は変わる、変えられるという成功体験が今の私を根底で支えています。「アベ一強」の嘘つき放題のデタラメ政治が野放しにされていて、あきらめきっている若者に、そんなことはないよと呼びかけたいものです。
もりもり元気の湧いてくる本です。ぜひ、あなたもご一読ください。
(2019年4月刊。3700円+税)

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