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ノマド

カテゴリー:アメリカ

(霧山昴)
著者 ジェシカ・ブルーダー 、 出版 春秋社
映画「ノマドランド」は見ていませんが、その原作本です。
ノマドとは、流浪の民のこと。まさか自分が放浪生活をすることになるとは思いもしなかった人々が、続々と路上に出ている。
彼らをホームレスと呼ぶ人もいるが、現代のノマドは、そう呼ばれるのを嫌う。避難所と移動手段との両方をもつ彼らは、ホームレスではなく、ハウスレスを自称している。
彼らの多くは、遠目には、キャンピングカーを愛好する気楽なリタイヤ組に見える。
しかし、ガソリンタンクとお腹を満たすために、骨の折れる肉体労働に長時間労働している。賃金が上がらず、住宅費が高騰する今の時代に、家賃や住宅ローンのくびきから自由になることで食いつないでいる。彼らは、日々、やっとのことでアメリカを生きのびている。
賃金の上昇率と住居費の上昇率があまりに乖離(かいり)した結果、中流クラスの生活をしたいという夢をかなえるなんて逆立ちしても無理になってしまった人が、続々と増えている。
収入の半分以上を住居費に費やしているアメリカ人家庭の6世帯に1世帯は、待ったなしの状況にある。住居費を支払うと、食料品、医薬品、その他の生活必需品を買うお金がほとんど、あるいはまったく残らない定収入の家庭が少なくない。
キャンピングカーにないのはシャワーとトイレ。トイレはバケツで代用する。そのふたの上に食料品を置く。
アマゾンは、従来型の派遣社員を何千人も採用しているが、配送量が劇的に増える繁忙期、つまり3ヶ月から4か月間続くクリスマスセールの時期には、ノマドを追加投入する。
アリゾナ州では、2000人ほどのノマドを採用した。そして、繁忙期が終わると、用済みとなり、契約は切られる。
かつて年100万ドル以上の暮らしをしていた人が、今や週に75ドル(7500円ほど)で暮らす。中流層の労働者の半数近くは、定年退職のあとは、1日わずか5ドルの食費でやりくりすることになる。公的年金だけでは、あまりにぎりぎりで、やっと食いつなげるかどうかというレベル。これを「定年の消滅」と呼ぶ。
ところが強欲老人というイメージがつくりあげられた。現役世代の血税を飲み干しつつ、ゆたかなレジャーを楽しみながら老後を過ごす、老人病の吸血鬼。これは、ロナルド・レーガンの言った「福祉の女王」と同じもの。
車上生活を安全に過ごすには工夫と注意が必要。日中と夜間で、車の停泊場所は変える。日中は日常の行動がすべて問題なくできる場所を選ぶ。夜間の停泊場所には、暗くなってから移動する。そこは眠るだけの場所なので、朝になったら、すぐにまた移動する。
もう一つ大事なのはカモフラージュ。車は、いつもきれいにしておく。座席に洗濯物などを散らかしておかない。人の興味をひきそうな装飾はしない。ステッカーなんて貼らない。
そして、警官は、避けるに限る。
車上生活者の圧倒的多数は白人。白人であってさえ、アメリカでノマドでいるのは並大抵のことではない。黒人が車上生活するのは、危険すぎる。
アメリカでは、社内泊を禁止する都市が増えている。2011年から2014年まで37から81都市へ43%増えた。ニューヨーク、サンフランシスコ、ロサンゼルス、ワシントン、ホノルルなどで、警察が検挙している。
だけど、ノマド同士の連帯も生まれている。
立派な建物もお風呂もないセンターステージだってありゃしない。だけど、キャンプファイヤーで友情が生まれる。だれもかれも安っぽいつくりだけど同じ人は一人もいない。
現代アメリカの知られざる現実が紹介されています。著者は大学で教えてもいる女性ジャーナリストです。
(2021年5月刊。税込2640円)

古代日本の官僚

カテゴリー:日本史(古代史)

(霧山昴)
著者 虎尾 達哉 、 出版 中公新書
こういう本を読まないと歴史の真相というか実態は分からないものだと、痛感しました。
古代日本の朝廷は、厳粛な規律が守られ、よく統制のとれたものとばかり思い込んでいましたが、実際には、平気で遅刻し、無断欠勤が横行していて、しかもそれを上は黙認というか、放任していたというのです。ええーっ、そ、そんなバカな…、という驚きの事実がオンパレードなのです。
古代日本の官僚機構では、実は官人たち、とくに下級官人たちによる怠業、無断欠勤、無断欠席が横行していた。古代の日本では、律令官人は、規律正しくもなく、勤勉でもなかった。
下級の律令官人は、官僚編成に手こずった、かつての伴造(とものみやつこ)たち、つまり中下級豪族層の末裔(まつえい)だ。冠位十二階は、施行して40年以上たってもなお、中央の上級豪族層と一部の中下級豪族の冠位にとどまった。
聖徳太子の憲法17条は、法ではなく、「官僚の心構え」を説く訓令。
大化の改新のころ、中下級豪族層の官僚化は、はかばかしくすすんではいなかった。
壬申(じんしん)の乱(672年)というクーデターによって誕生した天武天皇(本当は大王。まだ天皇とは呼んでいなかった)のとき、律令官人が大量に生まれた。
天武天皇は、クーデターで挙兵したとき周囲にいた20人ほどの手勢を大舎人(とねり)を天皇の身近に仕えさせ、忠良なる官人に育て、能力に応じた官職につけた。そのころ、下級官人は、冠位(位階)を、あまりありがたがらない、そういう人々だった。
それでも、下級官人は、一般庶民とは違い特権があった。調、庸、雑徭(ぞうよう)が免除された。犯罪でも、救済措置があった。
上級官人は150人前後で、位階が昇進していくと、物理的にも天皇に近づいていく。これに対して、六位以下は儀式に参加することもなく、天皇を見ることもない。そして、下級官人は、儀式に無断欠席するものが多かった。ところが、欠席しても「代返」(だいへん)によって出席したと扱われた。この状況に対して、政府の対応は寛容だった。
8、9世紀の律令時代を返して、六位以下の官人たちは、不断に無断欠席を繰り返していた。そもそも、六位以下は、儀式に出席することを期待されず、また強制されない人々だった。なので、彼らは、したたかに、堂々とサボタージュした。
儀式があるときには、遅刻して参列し、天皇からの下賜品だけはちゃっかりもらうという厚かましさがあった。
「不仕料」(ふしりょう)。これは、各官庁で員数分を請求して得た人件費を精勤者に手当として支出したあと、残った不支給分のこと。官人たちが、怠業・怠慢によって欠勤すると、その分の人件費が浮き、官庁の運営経費が多少とも潤うという仕組みになっていた。
このように古代日本の律令国家は、官人の怠業・怠慢をある程度は織り込みながら、無駄なく効率的なランニングコストで官僚機構を動かしていこうという、合理性を重んじる現実的で、したたかな、専制君主国家だった。
いやはや、なんということでしょう。古代の官僚の世界の実態に大きく目を開かされました。
(2021年3月刊。税込924円)

交響曲第6番「炭素物語」

カテゴリー:宇宙

(霧山昴)
著者 ロバート・M・ヘイゼン 、 出版 化学同人
炭素は、私たちの身の回り、どこにでもある。人間の身体も同じ。皮膚や毛髪、血液、骨、筋肉、腱は炭素原子からできる。どの細胞も、細胞内の成分も、炭素原子の強い骨格があるので働く。乳児の心臓は、母乳の炭素からできる。
炭素と炭素化合物こそが、かけがえのない物質世界と宇宙の進化を促す。しかし、この平凡な元素には謎が多い。地球に炭素がどれくらいあるかも、深部の炭素がどんな化学形かも、よく分かっていない。人間の体をつくっている炭素原子には、恒星が生んだもののほか、ビッグバンが生んだものも少しある。カール・セーガンは「人体は星の産物」と言ったが、「ビッグバンの産物」でもある。
太陽をふくめ、星はほぼ水素の集まりだ。太陽は水素を「燃やす」核融合でヘリウムに変え、過去45億年、輝度をわずかに変えてきた。水素の大半がヘリウムになったときにヘリウムも燃えはじめ、やがて炭素ができていく。炭素は宇宙で4番目に多い元素だ。
130億年以上も前、宇宙の誕生から数百万年たったころ、岩の惑星も生命も気配すらない宇宙空間で、最初の恒星が輝き始める。今の宇宙には、1000個の水素原子あたり1個の炭素原子がある。宇宙空間に向けた炭素の盛大な「種まき」は、巨星が寿命を終えるときに起こる。並サイズ恒星の太陽で、中心部で生まれる元素の最終産物は炭素になる。
炭素鉱物の種類は多い。400種をこす。しかも炭素鉱物は多彩きわまりない。多種多彩な炭素鉱物と合成品がなければ、今の社会は成り立たない。高圧の深部で生じる炭素鉱物のうち、その筆頭はダイヤモンドだろう。30億歳より古い炭に埋まっていたダイヤモンドもある。ダイヤモンドは、数十億年のうちに地球内部で進んだ変化を語る。ダイヤモンドの内包物は、地球が150億歳のころにプレート運動を始めたことを教えてくれる。
地球の炭素は、みな宇宙空間から飛来してきた。その主な源は3つ。その一は、太陽風に混じった炭素系の気体。二つ目は、炭素質の隕石(いんせき)。3つ目は、一酸化炭素や二酸化炭素に富む彗星(すいせい)。地球の地殻には2兆トンの1万倍の炭素がある。炭素という元素が地球を守ってくれている。
地球上の元素は、みな循環している。炭素も例外ではない。炭素は大気から地球深部へ向かい、また大気に戻る。このサイクルが続く。
炭素と地球、そして私たちの身体とのかかわりを全面的に考えさせてくれる新書でした。
(2020年5月刊。税込2640円)
 大牟田市民を長く苦しめてきた暴力団事務所が解体されました。7月20日にその前を通ったら、大きな重機が2台動いていて、3階建の建物はすでになく、敷地に残骸が残って片付け中でした。
 この3階建の建物には、ひところは「村上一家」という大きな代紋がかかっていたように思いますが、ともかく、公然たる暴力団の事務所が町中(まちなか)の目立つところにあるなんて許せないことだと前から思っていました。「悪」の拠点がなくなったのはいいことだと思いますが、いったい今は、どこで総会などはやっているのでしょうか…。

アウシュヴィッツの画家の部屋

カテゴリー:ヨーロッパ

(霧山昴)
著者 大内田 わこ 、 出版 東銀座出版社
ナチス・ドイツによるユダヤ人絶滅収容所として名高いアウシュヴィッツ強制収容所のなかにポーランド人画家が絵を描く部屋があった。なんて、まったく知りませんでした。音楽隊が組織されていて、ヨーロッパ各地から強制的に連行されてきた人を音楽で出迎えていたことは知っていました(暴動を起こさないように、嘘をつき通す道具として利用されていました)が、画家の部屋なるものは知りませんでした。そして、意外にも絵がいくつも残っているのです。
収容所美術館は、1941年10月から1944年2月まで、アウシュヴィッツ第1収容所24号棟に存在し、画家たちの工房だった「画家の部屋」は、地下にあった。画家たちはSS(ナチス)が発注する作品を描きながら、収容所の状況をひそかにスケッチして、今日に残した。たとえば1947年に収容所の焼却炉の近くで地中に埋められていたビンの中から、MMのイニシャルのついた22枚の小さな鉛筆画とチョーク画が見つかった。収容所の虐殺、虐殺が描かれている。
1941年の半ばごろ、ポーランド人政治犯フランシスチェクタルゴシュは中世の騎馬による戦闘シーンを描いているのをルドルフ・ヘス所長に見つかった。いつもなら、すぐに処刑されるところ、ヘスは三度の食事より馬が好きだったので、馬の絵を描くことで死罪を免れた。
そのタルゴシュは大胆にもヘスに収容所の描いた絵を集めた部屋をつくってはどうかと提案した。ヘスはその場で、この提案を受け入れて、収容所美術館が発足することになった。ええーっ、ウソでしょ…と思わず叫びたくなるような話です。世の中、本当に何が起きるか分かりませんね。
このタルゴシュは美術館の管理をまかされ、収容者の作品の保存につとめた。そして、無事に解放の日を迎え、1979年9月に故郷で亡くなった。うーん、そんな人もいたのですね。まさしく芸は身を助けるというわけです。
コルベ神父は、日本で6年のあいだ布教活動に従事して、ポーランドに帰国して5年後に、カトリック教徒だという理由で逮捕されてアウシュヴィッツ収容所に入れられた。
そして、1人の収容者が脱走した。その報復としてナチスは10人を餓死させることにする。ランダムに選ばれたその10人のうちの1人が泣き叫んだ。
「私は死にたくない。私には妻も子もいる。私は生きていたい」
当然の叫びですよね。この叫びを聞いていたコルベ神父は「私が彼の身代わりに」とすすみ出た。ナチスにとって頭数さえそろっていれば問題はない。このとき47歳のコルベ神父は、見ず知らずの人のために自分の生命を犠牲にしたのだった。
収容所のなかで描かれた絵を外に持ち出すために、大勢の善意の人々が協力した。鉄道の機関士、洗濯場の親子、パン屋の親子などなど…。その活動がナチスに発覚して処刑された親子もいます。収容所の内外がまさしく生命がけの仕事なのです。
人間の狂気は恐ろしいばかりですが、善意のほうも大がかりというより、根強い基盤を持っているように思われます。いいことですよね。人間って、ギリギリ信じられます…。
(2021年4月刊。税込1500円)

こう見えて元タカラジェンヌです

カテゴリー:人間

(霧山昴)
著者 天真 みちる 、 出版 左右社
タカラヅカの経営術の秘密を暴いた本を先に紹介しましたが、この本は、タカラジェンヌとして活躍した女性による宝塚ライフです。
2006年に宝塚歌劇団に入り、花組では主として「おじさん」役を演じました。また、余興でタンバリン芸ができるそうです。格好いいですね。トップスターにこそなれませんでしたが、舞台で大活躍して、2018年10月に退団し、現在ではフリーとして活躍中とのこと。
抱腹絶倒間違いなし、とオビにありましたが、たしかに笑いながら一気に読みすすめました。ただし、「関わらず」(正しくは、関ではなく拘)とか、適切な編集者がすべきミスが散見されたのは残念でした(私も編集者のハシクレなのです…)。
舞台の上でセリフをド忘れしてしまったことがあるという「告白」には驚きましたが、やっぱりそんなことって、あるんですね…。私が舞台に出て役者を演じたくないのは、まさにそれを心配するからです。大勢の前でマイクをもって話す機会は多いのですが、そして一瞬、頭が真っ白になったことが何度もありましたが、あらかじめ決められたセリフを言うのではありませんので、そのとき頭のなかで天から降っておりてきた言葉を口に出して、しのぎました。ですから、今では話の流れのメモは一応つくりますが、メモを見ながら話すことは、まずありません。そして、時計を見ながら、あと何分というのを計算しながら話すだけの余裕があります。要するに、それだけ場慣れして、度胸がついたということです。35歳のとき、NHKの朝の「おはよう広場」で生放送に出たときは最高に緊張しました。それでも、なんとか乗り切ったことも一つの自信になりました。前日、渋谷のホテルに泊まって、朝早くNHKに行ったときは、足がガチガチ震えていましたが…。
著者は、宝塚音楽学校の受験に1回目は失敗。それでも25時間ぶっ通しで寝続けて失地回復。2回目で運よく合格。ここって、受験は4回できるんだそうです…。
この宝塚音楽学校では、1年に3回も試験がある。
「おはよう。今日もいい天気だね。朝ごはんは何がいい?」
これを正しいセリフで演じることをあきらめ、気持ちを優先に演じる。すると、なんと、50人のうちで3番という成績。ヤッター、やりましたね。
宝塚歌劇団に入る前に、各人は芸名を提出しなければならない。生徒はみな、家族や師匠とともに、丁寧に芸名を考える。著者は、天満バレエ教室の発表会をみに行き、「鉄腕アトム」の天馬博士を思い出して、「テンマみちる」を考えついた。みちるは本名。テンマは天真爛漫の天真。
夢見る受験生時代は、もちろんトップスターを目指していた。しかし、自分がほれぼれしていた格好良さを自分で表現するのはたやすいことではないことを自覚せざるをえなかった…。そして、著者に与えられたのは、「脇役のトップスター」。いやあ、すごいじゃないですか、これって…。
著者は、自分の人柄なんか知らない、初めて見た人を爆笑させることを課題にさせられ、それを心がけたといいます。そして、見事にやりきったのでした。
タカラジェンヌの苦労話を、これほど笑いながら読める本にしたのは、これまたタンバリン芸と同じ、これも芸ですね。読みはじめたら途中で止まらなくなって、バスの中で読了してしまいました。今後ますますの活躍を楽しみにしています。
(2021年5月刊。税込1870円)

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