法律相談センター検索 弁護士検索

恐竜学者は止まらない

カテゴリー:恐竜

(霧山昴)
著者 田中 康平 、 出版 創元社
恐竜学者になるには、オール優(A)の成績をとらなければいけないのだというのを初めて知りました。そして、その理由もしっかり理解しました。
御師である高名な恐竜学者の小林快次教授は学生の著者に対して、こう言った。
「恐竜を研究したいんだったら、授業すべてで優をとること。テストでは一番をとること」
なぜか…。成績が良くないと、奨学金にしろ、大学院進学にしろ、申請ができない。申請しても、認めてもらえない。
恐竜を研究している学生の生活費は奨学金に頼るしかない。それも給付型。すると、成績が良くなければ、もらえない。大学院に進学し、研究室に入りたければ、日頃の成績がモノをいう。なーるほど、そういうことなんですね…。
それから恐竜を研究するには、隣接科学の勉強も必要になる。恐竜の卵を知るためには、現生動物、たとえばワニの卵との比較が必要だ。なので、ワニの卵の研究もしないと、十分な比較ができない。
著者の主たる研究対象は恐竜の卵殻(らんかく)。小指のツメよりも小さな破片は、8400万年も前に恐竜たちが生きていた証(あかし)。卵殻は、恐竜の赤ちゃんが最初に触れるもの。
完全な形状を保った卵でも、卵の中身は、土砂に埋まって化石化する過程でなくなってしまう。卵化石は、骨化石とは別に、独立した命名法がある。恐竜の卵殻外表面には、こった装飾模様のついているものがある。これって、本当に不思議ですよね。誰が見るというわけでもないのに、模様が種によって違うのですから…。
卵の両端を極と呼ぶ。鋭くとがっている端を鋭極(えいきょく)、鈍い端は鈍極(どんきょく)。卵の一番太い部分は「赤道」。
オヴィラプトロサウルス類の恐竜は、1かいに2コずつ卵を産んだ。鳥のように、毎日か数日おきに卵を産み、巣を完成させた。
そもそも抱卵の起源は、親が卵を守る行動から徐々に進化したのではないか。巣の上で捕食者から卵を守る行動が誕生し、その後、翼を使って雨風や直射日光から卵を保護する行動へと変化し、最終的に親の体温を使って直接卵を温める行動になったのではないか…。
著者たちは、兵庫県丹波市での卵化石発掘調査において世界最小の恐竜卵ヒメウーリサスを発見しました。生きていた当時は10グラム、100円玉2個分の重さ。幅2センチ、長さ4.5センチの大きさ。いやはや、本当に小さな恐竜の卵です。よく見つけましたね…。
恩師の小林快次教授は恐竜の骨化石、そして著者は恐竜の卵化石と、同じ恐竜化石でも少し対象を異にしています。ところが、二人とも文章の面白さでは共通しています。この師にして、この弟子あり、というところです。恐竜に関心のある人には見逃せない本ですよ。
(2021年10月刊。税込1980円)
 「大コメ騒動」という面白い映画をみました。
 戦前、富山の女性たちが米価の暴騰に怒って米屋に提供を求めて押しかけたという米騒動を取りあげた映画です。
 女性たちが立ち上がったものの、分裂策動によって仲間割れが起きたり、首謀者が警察に捕まったりして、いったん下火になったものの、シベリヤ出兵のあおりで再び米価が値上がりしたもので、もう一回押しかけ、ついに目的を達したのでした。
 日本社会を動かしているのは、実は女性なんだということを改めて認識しました。

サンソン回想録

カテゴリー:ヨーロッパ

(霧山昴)
著者 オノレ・ド・バルザック 、 出版 図書刊行会
フランス革命を生きた死刑執行人の物語。
サンソン家は17世紀末から19世紀半ばにかけて、6代にわたって死刑執行人をつとめた家系。経済的には豊かだったが、最後の6代目は、生活に困窮したあまり、ギロチンを質し入れてしまい、執行人を罷免された。3代目のころは、工場労働者の100倍の収入があった。
5代目のシャルル・アンリは、フランス革命期だったことから、生涯に3000人を処刑した。シャルル・アンリの直属の上司にあたる革命裁判所長フーキエ・タンヴィルが処刑されるとき、「おまえも同類なので、いずれは処刑される」と言い放ったが、サンソンを死刑にしろという声はおきなかった。というのも裁判の審理にはまったく関与しておらず、受刑者に対して、できる限りの温かい配慮をしてきたことが広く知られていたからだろう。
バルザックは、死刑制度は人間の本性に反するものなので、廃止されるべきだと繰り返し述べた。
国をあげて死刑制度を維持しているのはG7のなかで日本のみ。遅れすぎですね…。
サンソンは、次のように言った。
「あらゆる人生のなかで最悪なのは、常に自分自身を忘れるように追い込まれる人生である。これが社会が私サンソンに用意した状態なのだ」
サンソン一族は、イタリアから渡来したのではなく、ノルマンディー地方の出が定説。
当時、拷問は「問い質し」と呼ばれていた。
このころ親殺しは死刑と決まっていた。ところが、その処刑に先立って手首が切断された。この慣例は、直接に悪事を働いた部位をまず罰するという考え方による。革命期に一時廃止されたが、ナポレオン時代に復活1832年の刑法改正まで続いた。
私は国家の刑罰制度としての死刑は廃止すべきだと考えています。
(2020年10月刊。税込2640円)

うんち化石学入門

カテゴリー:恐竜

(霧山昴)
著者 泉 賢太郎 、 出版 インターナショナル新書
ティラノサウルスといえば恐竜界の人気ナンバーワンでしょう。そのウンチの化石が見つかっているというのです。驚きました。
ティラノサウルスは白亜紀(1億4500万年前から6600万年前)の後期に陸上生態系の頂上に君臨した史上最大規模の肉食恐竜です。
鋭い歯をもつ、体長10メートルをえる超巨大な肉食恐竜。そのウンチは幅15センチ、長さ44センチという巨大サイズ。このウンチ化石を分析すると、骨の化石のカケラが見つかった。つまり他の脊髄動物を食べていたということ。
ウンチ化石としては、ハドロサウルスのほかにも、首長竜(恐竜とは別)のウンチ化石ではないかと調査中のものもある。
化石は、体化石と生痕化石の二つに大別される。
生痕化石とは、古生物の行動の痕跡が地層中に保存されたもののことをいう。足跡の化石も、その一つだ。
脊髄動物のウンチは鉱物化する。それは、ウンチが砂や泥に埋没したあと、かなり早く微生物の作用によって鉱物化するということ。
ウンチ化石は、化石の宝庫なのだ。
生痕化石は、肉眼で観察できるという魅力がある。しかし、漠然と眺めていてもダメ。
恐竜のウンチ化石を専門に研究している学者がいるっていうこと自体に驚いてしまいました。でも、もちろん、必要な研究ですよね…。
(2021年4月刊。税込880円)

ベトナム戦争と韓国、そして1968

カテゴリー:朝鮮・韓国

(霧山昴)
著者 コ・ギョンテ 、 出版 人文書院
アメリカがベトナム侵略戦争をすすめていたとき、韓国軍もベトナムに派遣され、ベトナムの人々と戦いました。韓国軍の兵士が5千人も亡くなり、1万人あまりが負傷したのですが、ベトナムの人々を5万人も殺したとのこと。
そのなかで、アメリカ軍がソンミ村で罪なき市民を大量虐殺したのと同じように、韓国軍も平和な村へ進攻して、何の罪もない非武装・無抵抗の村人たち(年寄りと女性・子どもがほとんど)を大量に虐殺したのでした。この事件は直後にアメリカ軍が駆けつけて証拠写真を撮り、アメリカ軍のウェストモーランド司令官が正式に書面で韓国軍に調査を要求したことで表面化しました。
1968年2月12日、ベトナム中部のフォンニャット村で74人の村人が虐殺された事件です。この本は、なぜ虐殺事件が起きたのかを、当時の韓国社会の状況、ベトナム戦争の実情、そして加害者である韓国軍元兵士、被害者のベトナム人遺族と生き残った人々へのインタビューによって多面的に構成されていて、とても読みごたえがありました。
韓国軍によるベトナム戦争時の民間人虐殺の犠牲者は9千人にのぼるといいます。韓国人兵士はベトナムの子どもたちに優しく接していたという報道があります。恐らくそれも本当のことでしょう。でも、ひとたび戦場に投入され、殺すか殺されるかの極限状況に置かれたら、タガが外れてしまって「動くものは皆殺せ」とばかり何も抵抗していない民間人に発砲していったのでしょう。恐ろしいばかりです。
1968年2月1日、南ベトナムの治安局長のロアン将軍がサイゴン(ホーチミン市)の街頭でベトコン将校の頭にピストルをつきつけて即決処刑した。この場面はあまりに有名です。何ら尋問することもなく、裁判によらず、カメラマンなどのマスコミもいる面前でベトコン容疑者の頭に向かってピストルを撃って殺すとは…。野蛮な行為そのものですが、それはベトナム戦争の本質をずばりあらわすものでもありました。
このときのテト攻勢によって、アメリカ大使館はベトコン特攻隊(19人)によって6時間も占拠されています。
このテト攻勢は、ベトコンと北ベトナム軍は3万人もの犠牲者を出し、軍事的には失敗したと言われている。しかし、政治的にみると、アメリカ国民のベトナム戦争に対する見方を根本的に転換させたという点で大きな意義があったことは間違いなく、軍事的失敗を上回る大きな成果を上げたと評価されています。私もそう考えています。なにしろ、強大なアメリカ軍の象徴であるアメリカ大使館がベトコンによって半日ほども占拠されたのですから、ベトコンの不屈の力をアメリカ国民に見せつけることに成功したのです。このあと、アメリカ国内にはベトナム戦争の行方に疑問をもつ国民が増え、ベトナム反戦運動が大きく盛り上がりました。私も大学2年生でしたが、ベトコンってすごーい、と驚嘆したことを今でもはっきり覚えています。
ちなみに、ベトコンというのは、アメリカ軍が南ベトナム民族解放戦線(NLF)を「ベトナム共産主義者」と軽蔑して表現するコトバです。日本でも韓国でも、マスコミが普通に使っていました。私も日常用語として深く考えもせずに当時は使っていました。
このロアン将軍は、3ヶ月後の5月5日に、ベトコンの狙撃手に狙われ足を撃たれたが、命だけはとりとめ、サイゴン陥落後にアメリカに渡って、1998年7月、68歳で亡くなった。
1968年1月21日(日)、北朝鮮の特殊部隊員31人が韓国の首相官邸である青瓦台を襲撃した。この襲撃は失敗に終わり、31人のうち1人だけが投降し、残る1人が北朝鮮に逃げ帰ったものの、残る全員が死亡した。
北朝鮮はベトナム戦争を支援するため、ミグ戦闘機とパイロット87人を北ベトナムに派遣した。うち14人が戦死したという。地上軍の派兵はしていない。
1月21日の青瓦台襲撃は、北朝鮮にとって、「南朝鮮革命」攻勢の一つであり、ベトコンへの側面支援でもあった。
朴大統領は北朝鮮への報復爆撃をアメリカに求め、ジョンソン大統領はそれを拒絶した。
「シルミド事件」は、このあとに起きた悲劇なんですよね…。
青瓦台襲撃事件で唯一生き残ったキム・シンジョは北朝鮮軍の特殊部隊の厳しい訓練状況を暴露した。その結果、韓国軍は服務期間が延長され、訓練内容も厳しいものに変えられた。
ベトナムに派遣された海兵第二旅団は4800人。対する敵兵力は8700人と想定されていた。これは北ベトナム軍第二師団7400人とベトコン地方軍1300人を加えたもの。
フォンニャット村はベトコンの解放区で、村長もベトコン。村の人口300人で、遊撃隊80人が活動していた。ベトコンの遊撃隊員は狙撃と監視が主たる任務であり、中隊規模の敵兵力に対峙するのは山中に身を隠す正規軍の役目だった。
韓国軍の海兵第二旅団は空軍に負けてはならなかったし、ベトコンに負けては、さらにいけなかった。
アメリカ軍司令官による調査要求に対して、韓国軍は、ベトコンが韓国軍偽装用の軍服を着て残虐行為をして、責任を転嫁して韓国軍についての悪宣伝に利用したものだと弁明した。
たしかに、朝鮮戦争のとき、韓国軍兵士が人民軍の服装をして北進し、人民軍の後方を攪乱することがあった。そのときの部隊長がベトナムに派遣された韓国軍司令官チェ中将だった。なるほど、自分の体験をもとに偽装事件をデッチ上げようとしたわけです。
戦争中に敵の軍服を着用して偽装するのは、ときにあったようです。第二次大戦中、ナチス・ドイツ軍がヨーロッパ戦線(たしかアルデンヌの森)で偽装してアメリカ軍の部隊を攪乱したことがあったと思います。
それにしても、ベトナムでベトコンが韓国軍兵士に偽装して村民を大量虐殺したというのには無理がありすぎます。わずかながら奇跡的に生存者もいたのですから、同じベトナム人が韓国軍兵士に偽装していたら、すぐに見破ったはずです。
ベトナムには自由射撃地帯と射撃統制区域があり、フォンニャット村は、何でも自由に撃ってよい自由射撃地帯ではなかった。なので、韓国軍の村民虐殺は許されることではありませんでした。しかし、韓国軍は兵士の士気低下を恐れて何も処罰しなかったのでした。
朴大統領が青瓦台襲撃事件の報復として対北軍事報復しようというのを、アメリカのジョンソン大統領は断固として阻止した。それは、北朝鮮の思うつぼにはまるだけのことだと考えたからです。
1968年2月というと、私が大学1年生の終わりころのことです。この年の6月から東大闘争が始まっていますし、ベトナム反戦のデモや集会にしばしば参加して、声を枯らしていました。1968年の1年を複眼的にみることのできる、いい本です。一読を強くおすすめします。
(2021年8月刊。税込3960円)

やさしい猫

カテゴリー:司法

(霧山昴)
著者 中島 京子 、 出版 中央公論社
日本にやって来たスリランカ人がビザの期限が切れているのが品川駅で警察官から不審尋問を受けて発覚。不法滞在者として身柄は東京入国管理局に拘束された。しかし、彼には日本人女性とのあいだで結婚の話があり、紆余曲折しながらも入籍していた。入管当局は、この結婚を偽装結婚として、国外退去を命じた。これに異議申立して、ついに東京地裁で裁判が始まる。
オビに「圧巻の法廷ドラマ」とありますが、まったくそのとおりです。入管行政の問題に詳しい指宿昭一弁護士に丹念に取材してこの本が出来あがったことがよく分かります。女性の訴務検事が、偽装結婚を認めさせようと、根堀り葉掘り、嫌らしく問い詰める様子は、まったくそのとおりで、この人(女性検事)は何が楽しくて、こんな尋問をしているのか、自問自答することはないのかと、小説ではありますが、とても気になります。
そして、法廷で証言することの大変さが、高校生の娘の心理描写で、ひしひしと伝わってきます。
入管行政の問題点が、この本を読むと、すんなり頭に入ってきます。要するに、日本政府は「優良外人」(モノを言わず、ただひたすら働くだけの人々)だけがほしいのです。少しでも当局に歯向こうものなら、たちまち本国に身ひとつ帰国するよう指示します。
そして、収容所での処遇は劣悪と言うほかありません。
茨城県牛久市にある入管の収容所(東日本入国管理センター)だと、東京から往復で4時間もかかってしまう。とても辺鄙な土地にある。
「小さな家族を見舞った大事件」とオビに書かれていますが、まったくそのとおりのストーリー展開です。本当に話の運びが自然ですし、読ませます。最後は、あえなく敗訴してしまうのかと心配していたら、なんとハッピーエンドでした。
来日した外国人の毎日の生活の実情について、詳しく紹介されてて勉強になります。
タイトルだけでは何をテーマとした小説なのか、さっぱり分かりませんが、読み出したら止まりません。いつもながら、さすがの著者の筆力に驚嘆し、圧倒されました。
(2021年10月刊。税込2090円)

福岡県弁護士会 〒810-0044 福岡市中央区六本松4丁目2番5号 TEL:092-741-6416

Copyright©2011-2025 FukuokakenBengoshikai. All rights reserved.