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アウシュヴィッツの画家の部屋

カテゴリー:ヨーロッパ

(霧山昴)
著者 大内田 わこ 、 出版 東銀座出版社
ナチス・ドイツによるユダヤ人絶滅収容所として名高いアウシュヴィッツ強制収容所のなかにポーランド人画家が絵を描く部屋があった。なんて、まったく知りませんでした。音楽隊が組織されていて、ヨーロッパ各地から強制的に連行されてきた人を音楽で出迎えていたことは知っていました(暴動を起こさないように、嘘をつき通す道具として利用されていました)が、画家の部屋なるものは知りませんでした。そして、意外にも絵がいくつも残っているのです。
収容所美術館は、1941年10月から1944年2月まで、アウシュヴィッツ第1収容所24号棟に存在し、画家たちの工房だった「画家の部屋」は、地下にあった。画家たちはSS(ナチス)が発注する作品を描きながら、収容所の状況をひそかにスケッチして、今日に残した。たとえば1947年に収容所の焼却炉の近くで地中に埋められていたビンの中から、MMのイニシャルのついた22枚の小さな鉛筆画とチョーク画が見つかった。収容所の虐殺、虐殺が描かれている。
1941年の半ばごろ、ポーランド人政治犯フランシスチェクタルゴシュは中世の騎馬による戦闘シーンを描いているのをルドルフ・ヘス所長に見つかった。いつもなら、すぐに処刑されるところ、ヘスは三度の食事より馬が好きだったので、馬の絵を描くことで死罪を免れた。
そのタルゴシュは大胆にもヘスに収容所の描いた絵を集めた部屋をつくってはどうかと提案した。ヘスはその場で、この提案を受け入れて、収容所美術館が発足することになった。ええーっ、ウソでしょ…と思わず叫びたくなるような話です。世の中、本当に何が起きるか分かりませんね。
このタルゴシュは美術館の管理をまかされ、収容者の作品の保存につとめた。そして、無事に解放の日を迎え、1979年9月に故郷で亡くなった。うーん、そんな人もいたのですね。まさしく芸は身を助けるというわけです。
コルベ神父は、日本で6年のあいだ布教活動に従事して、ポーランドに帰国して5年後に、カトリック教徒だという理由で逮捕されてアウシュヴィッツ収容所に入れられた。
そして、1人の収容者が脱走した。その報復としてナチスは10人を餓死させることにする。ランダムに選ばれたその10人のうちの1人が泣き叫んだ。
「私は死にたくない。私には妻も子もいる。私は生きていたい」
当然の叫びですよね。この叫びを聞いていたコルベ神父は「私が彼の身代わりに」とすすみ出た。ナチスにとって頭数さえそろっていれば問題はない。このとき47歳のコルベ神父は、見ず知らずの人のために自分の生命を犠牲にしたのだった。
収容所のなかで描かれた絵を外に持ち出すために、大勢の善意の人々が協力した。鉄道の機関士、洗濯場の親子、パン屋の親子などなど…。その活動がナチスに発覚して処刑された親子もいます。収容所の内外がまさしく生命がけの仕事なのです。
人間の狂気は恐ろしいばかりですが、善意のほうも大がかりというより、根強い基盤を持っているように思われます。いいことですよね。人間って、ギリギリ信じられます…。
(2021年4月刊。税込1500円)

こう見えて元タカラジェンヌです

カテゴリー:人間

(霧山昴)
著者 天真 みちる 、 出版 左右社
タカラヅカの経営術の秘密を暴いた本を先に紹介しましたが、この本は、タカラジェンヌとして活躍した女性による宝塚ライフです。
2006年に宝塚歌劇団に入り、花組では主として「おじさん」役を演じました。また、余興でタンバリン芸ができるそうです。格好いいですね。トップスターにこそなれませんでしたが、舞台で大活躍して、2018年10月に退団し、現在ではフリーとして活躍中とのこと。
抱腹絶倒間違いなし、とオビにありましたが、たしかに笑いながら一気に読みすすめました。ただし、「関わらず」(正しくは、関ではなく拘)とか、適切な編集者がすべきミスが散見されたのは残念でした(私も編集者のハシクレなのです…)。
舞台の上でセリフをド忘れしてしまったことがあるという「告白」には驚きましたが、やっぱりそんなことって、あるんですね…。私が舞台に出て役者を演じたくないのは、まさにそれを心配するからです。大勢の前でマイクをもって話す機会は多いのですが、そして一瞬、頭が真っ白になったことが何度もありましたが、あらかじめ決められたセリフを言うのではありませんので、そのとき頭のなかで天から降っておりてきた言葉を口に出して、しのぎました。ですから、今では話の流れのメモは一応つくりますが、メモを見ながら話すことは、まずありません。そして、時計を見ながら、あと何分というのを計算しながら話すだけの余裕があります。要するに、それだけ場慣れして、度胸がついたということです。35歳のとき、NHKの朝の「おはよう広場」で生放送に出たときは最高に緊張しました。それでも、なんとか乗り切ったことも一つの自信になりました。前日、渋谷のホテルに泊まって、朝早くNHKに行ったときは、足がガチガチ震えていましたが…。
著者は、宝塚音楽学校の受験に1回目は失敗。それでも25時間ぶっ通しで寝続けて失地回復。2回目で運よく合格。ここって、受験は4回できるんだそうです…。
この宝塚音楽学校では、1年に3回も試験がある。
「おはよう。今日もいい天気だね。朝ごはんは何がいい?」
これを正しいセリフで演じることをあきらめ、気持ちを優先に演じる。すると、なんと、50人のうちで3番という成績。ヤッター、やりましたね。
宝塚歌劇団に入る前に、各人は芸名を提出しなければならない。生徒はみな、家族や師匠とともに、丁寧に芸名を考える。著者は、天満バレエ教室の発表会をみに行き、「鉄腕アトム」の天馬博士を思い出して、「テンマみちる」を考えついた。みちるは本名。テンマは天真爛漫の天真。
夢見る受験生時代は、もちろんトップスターを目指していた。しかし、自分がほれぼれしていた格好良さを自分で表現するのはたやすいことではないことを自覚せざるをえなかった…。そして、著者に与えられたのは、「脇役のトップスター」。いやあ、すごいじゃないですか、これって…。
著者は、自分の人柄なんか知らない、初めて見た人を爆笑させることを課題にさせられ、それを心がけたといいます。そして、見事にやりきったのでした。
タカラジェンヌの苦労話を、これほど笑いながら読める本にしたのは、これまたタンバリン芸と同じ、これも芸ですね。読みはじめたら途中で止まらなくなって、バスの中で読了してしまいました。今後ますますの活躍を楽しみにしています。
(2021年5月刊。税込1870円)

あしたの官僚

カテゴリー:社会

(霧山昴)
著者 周木 律 、 出版 新潮社
いまどきのキャリア官僚の苦労話を描いた小説です。
20代の若手官僚が次々にドロップアウトしているそうです。忖度(そんたく)させられ、先輩官僚たちのぶざまな国会答弁の様子を直近で見せつけられたら、やってられませんよね。
内閣人事局が官僚の幹部人事を一元管理して支配するようになり、クロをシロと言い替えさせられても、それに抵抗できず、ヘイコラ従うしかないなんて、プライドが許せませんね。
しかも、政権トップが平気でウソをつく(アベ前首相)、まともな日本語で政策を説明できない(スガ首相)の下支えをさせられるのですから、やる気なくしてしまいます。
東大法学部は官僚の一大供給源でした(です)が、今では、官僚志向が急減しているとのこと、当然です。でも、笑ってすませてはおれません。官僚の質が低下したら、日本の政治の質が悪くなる一方ですし、ますます権力的発想ばかりになって苦しめられるのは、私たち一般国民です。
この本の主人公は、厚生労働省の若手キャリア官僚です。
霞ヶ関には、ポンチ絵なる業界用語がある。A4版のペーパー1枚で、図表(マンガイラストとグラフ)と簡潔な文章だけのプレゼン資料のこと。日弁連執行部も、国会議員向けにポンチ絵を作成しています。うまくポンチ絵をつくれる人がいて、何度も驚嘆しました。
霞ヶ関の人間(国家公務員)は、国会答弁より以上に、質問主意書を嫌っている。国会法によって内閣は7日以内に答弁しなければならないと定められているからだ。閣議を通す必要があるので、官僚は大変な作業になる。
日本の政治の劣化はひどいと私は思いますが、それを許しているのは、実は投票所に足を運ばなくなった多くの日本人です。今では投票率は良くて5割前後でしかありません。半分ほどの日本人が、あきらめ、政治に期待せず、投票所に行っていません。それが、今の自民党の金権政治を許していること、庶民いじめの政治を野放しにしていることに気がついていないのです。本当に残念です。
コロナ対策にしても、PCR検査をまともに実施せず、ワクチン接種は遅れ、飲食店に自粛を強要しながら給付金の支給は遅れ、感染しても入院できる病院がない、ホテルも確保されていない。なのに、保健所も病院も削減・減少の方針は堅持し、高齢者の医療費も2割負担となる。とんでもない政治が続いています。オリンピックを強行するのも、どうせ投票所に行かない人が半分以上いるんだからと、権力側はタカをくくって笑っているのです。
投票率が7割以上になれば、もう少し日本もまともになると思うのですが…。
(2021年3月刊。税込2090円)

鳴かずのカッコウ

カテゴリー:社会

(霧山昴)
著者 手嶋 龍一 、 出版 小学館
盲腸のような役所であり、おおっぴらに廃止論が出ていて絶滅寸前だったところをオウム真理教が救ったと言われているのが公安調査庁。その長官は法務省の検察官の指定ポストであり、私の同期も長官になりました。
「オレたちは防衛省の情報部門のように最新鋭の電波傍受装置や大勢の傍受要員は持っとらん。外務省のように何千という海外要員を在外公館に貼り付けることもできん。警察の警備・公安のように全国に厖大な数のアシもない」
「公安調査官には、ヒトもモノもカネも満足にない。いわば三無官庁やな。なによりイギリスのMI6やMI5がイギリス国民からうけているようなリスペクトを受けとらん」
「オレたちは、みな戦後ずっと鳴かずのカッコウとして生きてきた」
これでタイトルの意味がやっと分かりました。公安調査庁の別名なのです。
この本では、「現場での地道な調査を得意とする公安調査庁」として、好意的に紹介されています。本当でしょうか…。
私が司法試験に合格したあと、司法研修所に入所するまでのあいだに、公安調査庁の調査官が私たちの身元調査をしていました。それは家族構成というより、政治的な思想信条の傾向を調べることに主眼があるものです。今は、もうやっていないのでしょうか…。
公安調査官の給与は、一般の行政職より初任給で2万5千円ほど多く、率にして12%も高い。
自分が何者であるが、公にできない職業。その代償として報酬が上乗せされている。
初対面の相手に堂々と身分を名乗れず、所属する組織名を記した名刺も渡せない。
携帯番号からアシがつかないよう、公安調査庁は調査官の身元が割れないよう、安全な携帯電話を確保している。
公安調査官による尾行の様子が次のように紹介されています。
一番手は、マル対(監視対象者)にぴったりと寄り添って尾行する。接近戦を担うものには瞬発力、さらに機敏な判断力が求められる。二番手の尾行者は一番手を常にフォローして、マル対を見逃さないのを主たる役目とする。尾行時間が長くなると、タイミングを計って一番手と交代する。三番手は、現場責任者をつとめる。ゲンセキと呼ばれ、全体の状況を見渡せる場所に身を置いて指揮をとる。プラス・ワンの4番手は、予備要員。前の三人が尾行切りにあったときの切り札だ。
著者は、9.11のとき、NHKワシントン支局長でした。その経験をふまえた、軽くさっと読める小説になっています。でも、公安調査庁って、本当に必要な役所なのでしょうか…。
(2021年3月刊。税込1870円)

花岡の心を受け継ぐ

カテゴリー:日本史(戦前・戦中)

(霧山昴)
著者 池田 香代子 、 出版 かもがわ出版
戦争中の1944年から翌年45年にかけて、中国から1000人ほどの中国人が強制連行されて花岡鉱山で働かされるようになった。ところが、激しい労働にもかかわらず食糧事情は劣悪、そして、指導の名のもとに激しい暴行が加えられた。ついに中国人たちは1945年6月30日、蜂起を決意。しかし、実際には蜂起どころか、やっとの思いで集団で脱走。土地勘なく、言葉も話せず、体力のない中国人たちは山中で次々に捕まえられていった。捕まった中国人たちは炎天下の広場に座らされ、次々に死んでいった。このとき100人あまりが亡くなった。これを花岡事件という。
この花岡事件のおきた大館市では1950年から現在まで慰霊祭が行政の主宰でとりおこなわれている。実は、中国人犠牲者の供養は戦中から行われていた。これはすばらしい、すごいことです。
集団脱走して中国人たちは武器は何ももたず、とにかく疲労困憊の状態だったから、山中で捕まるとき、何ら抵抗しなかった、いやできなかった。なので、憲兵も警察も一発も発砲することがなかった。
慰霊碑には429人の中国人の氏名が刻まれている。この花岡鉱山に連れてこられた中国人は総勢1284人なので、3分の1が悲惨な状態で亡くなったことになる。
毎年6月30日に盛大に挙行される慰霊式には、市長、市議会議長をはじめとする市議が半数以上は出席するし、中国大使館からも参加している。何年か前までは生存者(幸存者)も列席していた。
花岡裁判で和解した原告は1000人、西松の広島安野は360人、三菱は376人。
和解も立派な解決法です。ただし、この本には、裁判所が判決で企業の法的責任を認めたら、もっと良かったと書かれています。まったく同感です。
原告側弁護団としてがんばった新美隆弁護士(故人)、そして内田雅敏弁護士の話が紹介されています。さらに和解を提案した裁判官は、退官後、慰霊碑に手を合わせに現地まで足を運んでいます。偉いですね。
インタビュアー(ナビゲーター)の著者の聴き取りによって、花岡事件と慰霊式の全体がすっきり分かりやすく紹介されていて、胸を打つ内容になっています。
この弁護団で活躍した内田雅敏弁護士から贈呈をうけました。ありがとうございます。
保守・革新を問わず、歴代の市長が70年以上も慰霊式を存続・実行しているというのは実にすばらしいことです。心より拍手を送ります。
(2021年7月刊。税込1980円)

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