法律相談センター検索 弁護士検索

細胞とはなんだろう

カテゴリー:人間

(霧山昴)
著者 武村 政春 、 出版 講談社ブルーバックス新書
この世のすべての生物は、みな、等しく細胞からできている。
ウィルスは細胞ではない。細胞からできていないので、生物でもない。巨大ウィルスも、ふつうのウィルスと同じで生物(細胞)ではない。
細胞の三つの条件、はたらき。その一は、細胞膜で覆われ、外界と空間的に分け隔てられていること。その二は、自己複製すること。その三は、代謝をすること。
ウィルスが細胞ではない理由の第一は、膜で覆われていないから。膜がないものは細胞ではなく、ウィルスは膜がなくてもウィルス。
ウィルスは自分ひとりの力だけではタンパク質をつくることができない。ウィルスは、タンパク質の合成装置であるリボソームをもっていないから。生物の細胞には、タンパク質を合成できるリボチームが存在する。リボソームの存在こそが、細胞が細胞たるゆえんである。
生物にとって、リボソームだけは「決して失ってはならない」ものである。
ウィルスは生物ではない。何よりもリボソームをもたないから。
リボソームは、RNAとタンパク質からなる複合体である。
ミトコンドリアは、酸素と有機物を利用してエネルギーをつくり出している。ミトコンドリアの機能が一瞬でも止まると、細胞は死んでしまう。酸素を利用して生きている真核生物にとって、ミトコンドリアは重要な存在だ。
コロナウィルスは、呼吸などを通してヒトの体内(とくに気道)に入り、粘膜の層を通り抜けることに成功すると、Sタンパク質を細胞表面のACE2という受容体に結合させる。やがてエンドソームの中に包まれて、細胞室内にRNAゲノムを放出する。
この世界の主役は、昔も今も、変わらずウィルスだったのではないか…。
いったい、ウィルスが生物ではないなんて、どういうことなの…。そんな疑問をますますかきたててくれる新書です。世の中の闇、知らないことは深く、大きいのです。
(2020年10月刊。税込1100円)

ダニが刺したら穴2つは本当か?

カテゴリー:生物

(霧山昴)
著者 島野 智之 、 出版 風濤社
ダニについて書かれた本です。本のオビには世にも美しいダニの電子顕微鏡写真を多数掲載とあり、実際、その見事にグロテスクかつ美しいダニの姿がとらえられています。
私は自然豊かな田園地帯に住んでいますので、夜になると窓にヤモリが張りついていますし、すぐ近くをタヌキが夜だけでなく、昼間、堂々(悠々)と闊歩している姿を見ることができます。そして楽しみの庭仕事をすると、腰が痛くなるばかりでなく、腕やら脚を何かにかまれて発赤し、痒(かゆ)みを覚えてしまいます。大自然の近くで生活すると、そんな苦労がつきまとうことになります。それはさておき、ダニの話に戻ります。
ダニは世界に5万種、日本には2000種いる。血を吸うマダニのようなダニは日本には20種類ほどしかいない。多くのダニは人間には被害を与えることなく、人間とは関係のない自然の中で暮らしている。人間の血を吸うダニ種は、世界中にいるダニの1~2%でしかない。
たとえば、アナタカラダニは花粉食であって、人間の血は吸わない。そもそも、その口器は人間をかめるような構造になっていない。また、このカベアナタカラダニにはオスがおらず、メスがメスを産む単為生殖。
ダニは、熱帯はもちろん、南極大陸から北極圏まで、地球上のあらゆる場所に生殖している。高山から海岸そして7000メートルの深海底にまで生活している。
ハモリダニは、60度の熱にも耐えられる。
身体の大きさを抜きにして、ササラダニは、かの凶暴で名高いティラノサウルスの6倍から10倍ほどアゴの力がくわえているとのこと。
島には、たくさんのダニがまとわりついている。ダニは風で吹きとばされる。
マダニは、光、酪酸、体温という3つの感覚がまだ残っている、
毎日毎日、ダニたちを研究対象にしている学者って、本当に大変ですよね。本のタイトルの疑問の答えは、本当ではないということのようです。
(2021年6月刊。税込1980円)

アウトロー・オーシャン(上)

カテゴリー:アメリカ

(霧山昴)
著者 イアン・アービナ 、 出版 白水社
タイの遠洋漁業の漁船の乗組員は、まさしく奴隷。ひんぱんに暴行され、ときには殺害されてしまう。この本は、こんな記述から始まります。驚きました。洋上でのんびり釣りをしている光景とはほど遠い悲惨な状況があるのです。
違法操業船「サンダー」の乗組員40人の大半はインドネシア人。幹部船員はスペイン人が多く、船長はチリ人。スペインの犯罪組織は、魚の密漁にも手を染めている。
水産物の違法取引は年間取引額が1600億ドルと推定され、今やビジネスとしてグローバル化している。それにはテクノロジーの向上が背景にある。高性能のレーダー、漁網の大型化、漁船の高速化により、水産資源を驚くほど効率的に略奪できるようになった。
1970年代初頭にグリーンピースが結成され、海の環境保護活動を始めた。そして、そのなかからシーシェパードという過激で攻撃的な組織が生まれた。
公海を定期的に巡礼して違法行為を取り締まる組織は、グリーンピースとシーシェパード以外にはいない。彼らは、目的は手段を正当化すると考えている。
シーシェパードは、5隻の大型船と数艘の高速硬式ゴムボート、ドローン2機、24ヶ国から集まった最大120人の即時対応可能な乗組員をかかえている。その活動資金は著名人たちの寄付に頼っている。年間予算は400万ドル。
シーシェパードは、世界中の海洋生物を守るためなら、法律のあやなど気にせず、「直接行動」する。日本の捕鯨船などへの体当たり攻撃も繰り返している。
シーシェパードの船上生活は厳格に管理されている。午前7時にミーティング、そのあと、各自が割り当てられた雑用(トイレ掃除など)をこなす。水の節約のため、シャワーは1日3分以内。すべてのメールは、船のメインサーバーを介して行われる。海賊の襲撃を招きかねないからだ。酒とタバコは禁止。トレーニングルームがある。夜には読書会。
乗組員の半数は女性で、ほぼ全員が大卒以上の学歴をもつ20歳から35歳までの若者。洋上での労働時間は、人並み以上。
海洋資源は無尽蔵だという思い込みのもとに、水産物の乱獲がすすんでいる。
海では、法の力は及ばない。海事法では、その船舶が船籍登録している国の法律のみが適用される。海の上では、法律は船舶の乗組員ではなく、その積み荷の保護に重きを置いている。積み荷を重視し、乗組員を軽視する傾向は、会場で共通している。
保険金詐欺も横行している。悪徳運搬会社が船を沖合に出させ、そこで故障して航行不能になったので、自沈させたという「事故」を起こす。もちろん、実際には沈めない。そして得た保険金を運搬会社と整備しで折半する。そして沈めたはずの船は船名を変え、掲げる国旗も変えて、別の船に生まれ変わる。
海の世界では、ギリシアは超大国だ。ギリシアの著名な海運王一族のほぼ半数が、幅7キロの海峡を挟んでトルコと向かいあうヒオス島の出身だ。
フィリピンほど多くの船員を世界の海に送り出している国はない。フィリピンの人口が世界人口に占める割合は1.2%ほどなのに、商用船舶の乗組員でみると25%になる。2016年の時点で、40万人のフィリピン人が幹部船員や甲板員、漁船乗組員、クルーズ船の船員などとして働いている。
世界の海が今どうなっているのか、知らないことだけで、大変勉強になりました。
(2021年7月刊。税込2640円)

藤原仲麻呂

カテゴリー:日本史(奈良)

(霧山昴)
著者 仁藤 敦史 、 出版 中公新書
藤原仲麻呂は藤原家のなかでも一番の出世頭。55歳で太政大臣となり、正一位となった。臣下としては異例の極位極官に達した。なにしろ、その上の位はないのです。
ところが、2年後には一転して逆賊とされ、敗軍の将として斬首されてしまいました。
それでも同世代の人々からは、非凡な学者的秀才として、その学識文才を高く評価された。ただし、一般的には逆臣・謀叛人という評価が定着している。
仲麻呂が施行した養老律令は江戸時代まで機能した。
藤原仲麻呂が参謀になってまもなく、743年に墾田永年私財法が発布された。これは、開墾した田の私有を認めるというもので、それまでの政策を根本的に変更するもの。723年の三世一身法では墾田は孫のまでの三代の間は私財化が認められていたが、それを徹底され、農民の耕作意欲を高め、国家の税収を確保しようというものだった。
聖武天皇から孝謙天皇にかわるなか、仲麻呂は大納言正三位となり、紫徴中台(しびちゅうだい)の長官(紫徴令)となり、また中衛大将を兼任した。
この当時、重要な政治は仲麻呂ひとりの判断ですすめられていた。そのため、他の豪族や名門の家柄の者は、みな仲麻呂の勢力を妬(ねた)んだ。
東大寺の大仏の開眼供養の儀式が752年4月におこなわれた。
757年、仲麻呂は、藤原氏を天皇と同等に扱い、氏族のなかで、藤原氏を特別扱いさせようとした。
律令制の前は、支配は機構化されておらず、生身の王(天皇)の存在と、そこから口頭で発せられる大命がすべてだった。そして、抽象化された権力を示す器物の確保が重要視されるようになり、仲麻呂の乱では、生身の人間よりも鈴印の争奪のほうが争点となっていた。
橘奈良麻呂の乱は、いわば計画段階で話がもれて一網打尽になってしまった。
768年に淳仁天皇が即位した。仲麻呂は淳仁天皇を擁立し、擬制的な親子関係により皇親に近い一族として積極的に位置づけた。仲麻呂は東北経営にも新羅討伐にも積極的だった。
仲麻呂は20年にわたって、叔母である光明皇太后の権力に頼っていた。その光明皇太后の死は仲麻呂に大きな打撃となった。仲麻呂政権が自分の身内を優遇する人事策をとると、反対派そして、昇進の機会を奪われた中間派から反感をもたれるようになった。
孝謙上皇と淳仁天皇の対立が顕在化するなかで、仲麻呂の正妻が死去したのも大きな痛手となった。仲麻呂は妻の死去により淳仁天皇との太いパイプも失った。そのうえ、仲麻呂の有力な側近たちが相次いで死去してしまった。さらに、764年6月に、仲麻呂の娘婿・藤原御楯が死去したことで、仲麻呂の権力が大きく揺らいだ。
そして、孝謙上皇側が先手をとり、鈴印・内印を奪取し、確保した。そして、淳仁天皇は警固の名目で孝謙天皇側の兵士によって拉致・監禁された。
このようにして鈴印も淳仁天皇も奪われ、仲麻呂の正当性は一挙に喪失してしまった。そして、仲麻呂は太政官印をもって近江に逃走した。仲麻呂は敗走し、ついに捕えられて斬首された。59歳だった。
仲麻呂が打倒されても、藤原氏は貴族のトップとして以降もずっと君臨していきました。それは、藤原氏が国家第一の臣下であるという位置が仲麻呂によって定着したからです。
藤原仲麻呂(恵美押勝)の乱なるものが、要するに朝廷における人脈の派閥抗争のようなものだということ、ある個人の死亡が大きな意味をもつ社会だったことを知り、大変勉強になりました。
(2021年6月刊。税込946円)

第七師団と戦争の時代

カテゴリー:日本史(戦前・戦中)

(霧山昴)
著者 渡辺 浩平 、 出版 白水社
北海道にあった第七師団の生い立ちから敗戦のときに解放するまでを追跡した労作です。
北鎮という言葉を初めて知り(聞き)ました。北方の脅威から自らを護るという意味だそうです。北とはロシア(ソ連)を指します。
第七師団は屯田兵を前身とし、中国・満州に渡ってノモンハンで戦い、また沖縄でも戦っています。師団というのは1万人あまりの兵力をもち、聯隊(れんたい)は2千人ほどの将兵がいる。師団長は中将があたる。
第七師団の歩兵第二十五聯隊は屯田兵を母体とし、1896(明治29)年に札幌の東の月寒(つきさむ)の地で誕生した。そして、この第二十五聯隊は、1945年8月17日に樺太の逢坂で聯隊旗が焼かれて消滅した。
第七師団の本来的任務は一貫して北方の護り。
屯田兵は、正式名称は屯田憲兵。ええっ、これまた初めて知りました。憲兵だったのですか…。屯田兵は、シベリアのコサック兵を模して、黒田清隆が進言してできた制度。
第七師団の用地は540万坪。そこに3個の歩兵聯隊(26、27、28)と騎兵、工兵、野戦砲兵、輜重(しちょう)兵がそれぞれ1個聯隊、師団司令部、病院、監獄、憲兵隊、兵器廠や官舎、それに火力発電所もあった。もちろん、練兵場や演習場も。
日露戦争のときの旅順港を見おろす203高地の攻略戦にも第二十五聯隊は出動しています。このとき、63人のアイヌ兵がいて、うち51人が戦功により勲章を授与された。この戦闘で、第七師団は、3割強、6206人の死傷者を出した。
ロシア(ソ連)の二コラエフスク市(尼港)における日本人虐殺事件にも第七師団は関わっている。1917年にロシアで革命が起こり、ソビエト政府が誕生した。そこへ、英仏、米日がシベリアに出兵して内政干渉を試みた。その名目は、チェコ軍団の救出ということだった。1918年8月に第七師団がシベリアに派兵された。
尼港事件は、1920(大正9)年5月24日に発生した。
尼港の日本軍守備隊はわずか300人。包囲するパルチザンは2000人。日本軍の救援は遅れ、日本の将兵と市民はパルチザンに処刑された。このころの日本人居留民は500人。うち、天草・島原出身者を主体とする娼妓が90人いた。また、パルチザンのリーダーは、直後の7月に赤軍によって処刑されている。
シベリア出兵したのは、当時21個師団のうちの10個師団。24万の兵力を送り出し、死者5千人、負傷者2600人、戦費は9億円にのぼった。日本はシベリアの資源を開拓して得ようとしていた。
ノモンハン事件のときにも、1939(昭和14)年5月から9月にかけて、満州(チチハル)にいた第七師団が出動した。
その第26聯隊長だった須見新一郎は、火焔瓶によってソ連軍の戦車と戦った考案者として名高いが、ノモンハン戦記のなかで、「御粗末なる作戦屋」として日本軍高官たちを痛烈に批判している。関東軍の植田謙吉司令官、辻政信らの参謀、そして小松原道太郎・第23師団長らを激しく非難した。
ノモンハン事件では、ソ連軍も莫大な被害を出したことが今では判明していますが、ジューコフ将軍が最大限の物量を集中させて日本軍を圧倒したこと自体は事実です。この戦果によってジューコフ将軍はスターリンに認められて、ソ連赤軍のトップにのぼりつめました。
そして、第七師団は沖縄に渡ってアメリカ軍と戦い、また樺太ではソ連軍と8月15日のあとまで戦ったのでした。
第七師団の歩みは、日本軍の歩みでもあることがよく分かる貴重な労作だと思いました。
(2021年11月刊。税込2750円)

福岡県弁護士会 〒810-0044 福岡市中央区六本松4丁目2番5号 TEL:092-741-6416

Copyright©2011-2025 FukuokakenBengoshikai. All rights reserved.