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桜ほうさら

カテゴリー:日本史(江戸)

(霧山昴)
著者 宮部 みゆき 、 出版 PHP研究所
 江戸時代、江戸随一の料理屋として名高い「八百善」は、店で客に供する料理について、その四季折々の献立を文章だけでなく、図にし、彩色版画を添えた「料理通」なるシリーズ本を刊行していたというのです。圧倒されますよね。まるで、現代東京のレストランや寿司店をミシュランが評価してガイドブックに仕立てていようなものです。彩色版画つきというのですから、精巧なカラー写真で料理が紹介されているのと同じほどの効果があったことでしょう。
 もう一つ、文化文政時代の江戸では朝顔が大流行しました。いろんな朝顔を掛け会わせて、変わった色や形の朝顔の新種をつくり出そうと、人々が必死になったのです。もちろん、この本には、そんな朝顔の色や形は紹介されていませんが、別の本でみると、それこそ奇妙奇天烈、あっと驚くしかない朝顔の変種が次々に生み出されたのでした。
残念ながら、今日には残っていません。でも、私には、昔ながらの色と形が一番です。
主人公の父親は、ある日突然、藩の御用達(ごようたし)の道具屋から賄賂(まいない)を受けとっていたと訴えられました。まったく身に覚えのないことなのに、証拠の文書があった。本人が見ても自筆としか思えないもの。ついに、身に覚えがないことながら、白状するしかなかった。役職を解かれ、蟄居(ちっきょ)閉門を命ぜられた。屋敷の周辺には竹矢来(たけやらい)が巡らされ、見張りの番士が立った。
さて、この冒頭のエピソードがどのように展開していくのか…。さすが、宮部ワールドです。
話は、江戸での、のどかな長屋生活に転じたかと思うと、次第にミステリーじみてきます。
いやはや、いったい、これはどんな結末を迎えるのか、さっぱり見当もつかないうちに、どんどん人が殺されていき、事件の真相に近づいていくのでした。
相も変わらず、見事なストーリー展開です。600頁の大作ですが、読後感は、なるほど、そういうことだったのか…、と謎解きに感心しつつ、後味の悪さはあまりなく、読み終えることができました。パチパチパチ…。久しぶりの北海道旅行の機中・車中で読了したのです。
(2013年3月刊。税込1870円)

若葉荘の暮らし

カテゴリー:社会

(霧山昴)
著者 畑野 智美 、 出版 小学館
 40歳以上の独身女性というのが入居条件となっているシェアハウスに入居するようになり、そこでの生活にいつのまにか安らぎを覚えるようになる主人公の日常生活が描かれています。とくに何か大事件が起きるわけではありません。
 主人公は一度も結婚したことがなく、ずっと独身。それでも、彼氏はいたのです。ところが、なんとなく踏み切れないまま別れてしまったのでした。仕事は、洋食屋のウェイトレス。小さな店なので、正社員ということではなく、アルバイト。
 ところが、コロナ禍で客が激減し、店の存続が心配になる。オーナー夫婦はいい人だし、従業員同士の人間関係も悪くはない。シェフ見習いは、新しいメニューを開発しようとしていて、試作品を店員みんなに持ち帰らせて、意見を求める。主人公もシェアハウスに試作品のコロッケなどを持ち帰って、その住人に意見を求めてみる。
 飲食店はコロナ禍の下、客が減って大変だ。主人公は、かといって簡単に転職するなんて考えられない。まったく移る先の宛(あて)がない。
 主人公が5年前までつきあっていた彼氏は、別の女性とも交際していて、結局、そちらを選んだ。浮気とか二股とかとは、少し違う。なので主人公は怒ってはいない。彼氏が対等に生きていける女性を人生のパートナーとして選んだ。そのことをとがめだてするつもりはない。今は、洋食店に客としてやって来る男性と交際してもいいかなとは思うものの、なかなか踏み切れない。
 彼氏とは別れる直前までセックスもしていたけれど、それは特別なことではなくて、日常的な行為だった。セックスは、若いときほど貴重でないというが、そんなに大事にすることなのかなという感じ。経験した人数は、そんなに多くはないし、どちらかというと少ないとは思うけど、ひとりとしか寝ないということでもない。もっと色んな人と寝ておけば良かったと考えることもある。
 もう子どもを産むこともないだろう。そうすると、セックスになんの意味があるのか、悩んでしまう。これから彼氏ができたとして、なんのためにセックスするのか…。それが愛の証(あかし)と言えるような、重要なことには思えない…。
 これが40代の独身女性の心境なのでしょうか…。
 このシェアハウスは、もとは学生向けのアパートだった。それを改装して、台所と風呂場とトイレを共有スペースにして、40歳以上の独身女性限定のシェアハウスにした。
 学校でちゃんと勉強してきた人と、そうでない人で、ベースが違うと感じたことがあった。中学生や高校生のときに、まったく興味がもてないと文句を言いながらも暗記した日本史や世界史、なんの話をしているのか分からないと思いながらも考え続けた生物や化学や物理、見るだけで頭が痛いと感じながらも解き続けた数学。役に立ったとはっきり思えるような出来事があったわけではないけれど、たしかに覚える力や観察する力、そして考える力が養われていたのだ…。
 女性にも、男性にも、それぞれ抱える問題がある。本来は、政治がどうにかしていくべきことなのだろう。でも、それを期待できるような国でないことも、分かっている。声を上げることは必要だ。でも、変わることを待つばかりでなく、自分たちで助けあう方法も考えなくてはいけない。
 いろいろ、しみじみと考えさせられるストーリー展開でした。
(2022年9月刊。税込1980円)

猿蟹合戦の源流、桃太郎の真実

カテゴリー:人間

(霧山昴)
著者 斧原 孝守 、 出版 三弥井書店
 東アジアから読み解く五大昔話、というサブタイトルのついた、とてもとても面白い本です。まるで期待もせずに読み始めたのですが、なんとなんと、あまりに面白くて、電車の乗り過ごしに気をつけたほどでした(実際には終点まで行くので、心配無用なのですが…)。
 サルカニ合戦、桃太郎、舌切り雀(スズメ)、かちかち山、花咲か爺という、日本人なら誰でも知っている(はずの)昔話について、そこに登場するキャラクターや物語の構成、話の背景を東アジアの諸民族に伝わる類話と比較し、異同を明らかにして誕生の源を検討していきます。うひゃあ、こんなに似た話が世界各地にあるんですね。たまげました。
 サルカニ合戦に登場するカニは、実はハサミの毛が深いモクズガニ。モクズガニが水中にいるとき、そのふさふさした毛は、まるでサルの毛のようだという。その類似性から話が出来ている。そう言われて、彼らの写真を見ると、まさしくそうなんです…。
 舌切り雀は、もともと継母に舌を切られて殺され、鳥と化した継娘が異界に飛び去り、実父たる爺が異界に娘を訪ねていく話だったのではないか…。ふむふむ、そうなんですか。
 サルカニ合戦で、助っ人の面々の果たす機能は、かみつく、刺す、破裂する、滑らせる、圧迫するなど。これは海外でも同じパターンが認められる。中国には、助っ人の敵討ちが、待ち受け型もあれば、旅立ち型もある。
 中国西南部に住む人口20万人ほどの少数民増であるムーラオ族には、こんな昔話がある。
 ウサギが桃を食べ、その種を埋めると芽が出て桃の木になる。やがて、桃の実がなったので、ウサギはサルに桃の実をとってほしいと頼む。ところが、サルは自分ばかりが桃の実を食べる。それを聞いた亀がサルをやっつけてやろうという。また、ミツバチ、そしてリスとセンザンコウも同じようにサルをやっつけてやると言う。ウサギは信じられない。ところが、サルがやって来ると、亀の背中を踏んで、よろめき、リスとセンザンコウの掘った穴にはまる。サルが穴から出ようとすると、センザンコウがかみつき、樹の上のリスは松ぼっくりをサルに投げつける。そして、ミツバチがサルの尻を刺し、センザンコウがサルの長い尾をかみきってしまう。ついにサルは逃げ出してしまう。
 なるほど、これはサルカニ合戦とまったく同じようなストーリー展開ですよね。
 桃太郎のキビ団子の話については、助っ人に何らかの食物を与えることが、今の私たちの想像する以上に重要な意味をもっていたようだ。
 桃太郎の話には、役に立つ助っ人だけでなく、実は役に立たない「お供」がいることもある。なぜ、役に立たない「お供」をわざわざ登場させたのか…。
 舌切り雀(スズメ)に似たようなものとして腰折れ雀の話がある。雀が善良な者には富を与え、危害を加えた欲張りな者には罰を与えるという点で、この二者は共通している。東アジアから中央アジアにかけて広く伝わっている。なぜ、スズメなのか。中国やミャンマーでは、同じような話がスズメではなく、カラスになっている。ロシアのアムール河ぞいに住むツングース系の漁撈民ナーナイにも同じような話が伝わっている。そして、アイヌにも…。
 カチカチ山では、タヌキが爺に婆汁を食べさせる。アメリカ大陸中央部に住む平原インディアンに属するアラパホ族の伝承するストーリーがまったくよく似ている。それは、子どもを調理して母親に食べさせるところだ。中国南部の山中で牧畜をしている人口2万人ほどの少数民族であるユーグ族にも、子どもの肉を母親に食べさせるという「婆汁」の発想がある。
 桃太郎の話は、結局、サルカニ合戦の一種にすぎない。うむむ、なーるほど、そうかもしれないと思えるようになりました。少数民族の昔話を採集して、それらを比較し検討するというのは大変に苦労の多い作業だと思います。それをしっかりやっていただいているおかげで、本書のような深い意義のある本に出会えました。ありがとうございます。
 日中間に不穏な空気まで漂うなかではあり、平和的共存が大切なことも実感させてくれました。ご一読を強くおすすめします。
 
(2022年6月刊。税込3080円)

人質司法

カテゴリー:司法

(霧山昴)
著者 高野 隆 、 出版 角川新書
 カルロス・ゴーンの弁護人として、その保釈をかちとりました。保釈中に被告人が逃亡して裁判が中断してしまったのはご承知のとおりです。
 著者は2人目の弁護人になったとき、必ず保釈をかちとると決意していました。
 保釈をかちとるための秘策を本書で改めて知りました。私の想像を絶します。
 著者はアメリカ留学の経験もあり、英語は堪能です。
 拘置所での初回面会のとき、「あなたを保釈で釈放させることを約束します」と断言しました。すごい自信です。著者には、前に、こんな条件で保釈を裁判所に認めさせた経験があるとのこと。
 2週間で13人の証人尋問を行うという連日公判のとき、被告人と同じホテルの隣室に宿泊することを条件として、公判前に保釈を認めてもらった(百日裁判が適用される公職選挙法違反事件)。
 被告人を法律事務所の事務職員として雇い入れ、弁護人の貸与するパソコンとケータイ以外は使用しないこと。
 いやあ、すごいです。もちろん、どちらも否認事件でした。著者も、これらは「最後の切り札」であり「禁じ手」であるとしています。危険と隣あわせの手法です。カルロス・ゴーンについても、これを使って成功し、107日ぶりに釈放をかちとりました。
 そのときの保釈請求書は、添付資料をあわせて180頁という大部なものです。
 裁判官と何度も交渉し、説明し、ついに保釈保証金10億円で保釈が認められた。いやあ、すごいですね。初回面接のときの約束を果たしたのですから…。
 日本で、こんな厳しい条件を課さなければ保釈が認められないという司法の現状について、著者は鋭く批判しています。しごく当然です。まさしく、これは人質司法のカリカチュア(戯画)でしかありません。
 アメリカの司法だったら、工学の保証金を積んでさっさと身柄は外に出て自由の身となり、弁護人と思うように折合せができているはずなのです。
 著者は、「禁じ手」であることを認めたうえ、「非常手段」として選択したと強調しています。よく分かります。
 カルロス・ゴーンは、その後、再び逮捕されましたが、著者ら弁護人のすすめでほとんど完全黙秘を貫いたようです。
 著者は、黙秘権について「沈黙する権利」ではないと強調しています。ええっ、ど、どういうこと…。黙秘権は、単に「沈黙する権利」ではなく、強制的な専制手続、取調べ受忍義務を課したうえでの尋問を根絶するための制度だというのです。なーるほど、ですね。さすが、です。
 「ミランダの会」以来の実践活動に裏打ちされている指摘ですので、重みが違います。
 著者は人質司法を改善するためには、取調べ受忍義務を即刻廃止すべきだとしています。
 日本では、罪を争う被告人が第1回公判前に釈放(保釈)させる可能性は1割しかない。これに対してアメリカでは、重罪で逮捕された容疑者の62%は公判開始前に釈放される。保釈が拒否されるのは6%にすぎない。
 欧米でされている取調べは、ほとんど1時間以内で、通常は20~30分ほど。これくらいの時間なら、弁護人は取調べに立会して、捜査官が無理な自白を強要することを防止できる。つまり、取調べの弁護人立会を「権利」として確立するためには、取調べ受忍義務を否定する必要がある。
 著者は、むしろ自白した被告人の保釈を認めないようにしたらどうかと提起しています。自白しているから証拠隠滅の動機や危険性がない、という。その論理は、自白していない被告人には罪証隠蔽の動機や危険性があるという発想につながるので、よろしくないと言うのです。また、逃亡した被告人に対する欠席裁判は可能にすべきだと主張しています。
 カルロス・ゴーンの逃亡によって、日本の人質司法の問題は鮮明になったというのです。さすが、さすがです。大変勉強になりました。
(2021年6月刊。税込990円)

アフガニスタン・ペーパーズ

カテゴリー:アメリカ

(霧山昴)
著者 クレイグ・ウィッロック 、 出版 岩波書店
 アフガニスタンを軍事的に支配しようとして、アメリカは完全に失敗してしまいました。ソ連(ロシア)の手痛い失敗をアメリカもそのまま繰り返したのです。
 アメリカはオサマ・ビン・ラディンの無法な暗殺には成功しましたが、アフガニスタンという国との関わりにおいて失敗の連続でした。要は、軍事力とそれをバックとしたお金の力では国民を長く治めることはできないということです。ソ連の失敗がそれを証明していたのに、自分ならもっと軍事的にうまくやれるとアメリカは考えていたようです。でも、まったくそのアテは外れてしまいました。
 そこで、アメリカはどうしたか。徹底的に真相を隠し、国民に嘘をつき続け、多くのマスコミもそれに加担したのです。本当に残念な状況がアフガニスタンでは続いています。
 アメリカは20年以上のあいだに77万5千人以上のアメリカ軍兵士をアフガニスタンに配置した。そのうち2300人以上が現地で死亡し、2万1千人が負傷して帰還した。この戦争費用は公表されていないが、1兆ドルを超えているとみられている。
 著者はアフガニスタンに派遣された退役兵士600人以上にインタビューして、その成果をこの本にまとめました。
 当初のアメリカ軍は予測以上に勝利した。ところが、やがて、「終わりの見えない展開」に陥った。2001年12月の時点では、アフガニスタンにいるアメリカ軍兵士は、わずか2500人だけだった。アメリカは、誰と戦っているのかはっきししない(させない)まま、戦争に飛びこんだ。
 アメリカ軍はアフガニスタン現地で、一般のアフガニスタン人と悪者を区別するのに苦労した。だから、住民に向かって無差別銃撃も出来た(した)のですね。恐ろしいです。
 タリバーンの関心は完全に地元にあった。タリバーンの支持者のほとんどは、アフガニスタン南部と東部に住むパシュトゥン人に属している。
 アメリカがタリバーンの活動と呼んでいるものは、実際には部族的なもの、抗争、古くからの確執だった。
 アフガニスタンでの戦争がこんなに長引いた理由の一つは、何が敵に戦う動機を与えているのかを、アメリカは本当の意味でまったく理解していなかった。
 アメリカは、アフガニスタンにおいても、7万人から成る軍隊を創設しようと試みた。ところが、このプロジェクトは、その見かけとは真逆に、最初から失敗していた。
 アフガニスタン人の新兵は、数十年にわたる混乱のなかで基礎教育が受けられなかった。8割近くが読み書きできず、数を数えられなかったり、色が分からなかったりする。単純なコミュニケーションですら、支障をきたした。アフガニスタン人兵士には、基本的な戦闘スキルがなく、絶えず再訓練が必要だった。
 アメリカは、35万2千人のアフガニスタン治安部隊を訓練・維持し、22万7千人を軍隊に入れ、12万5千人を国家警察に所属させた。そのための資金を提供した。
 アフガニスタン軍を訓練するのは難しかったが、国家警察を創設する試みは、さらに大きく失敗した。その給料が少なかったこともあり、多くの警察官は、保護するはずの人々から賄賂を強要する、ゆすり屋になった。
 タリバーンには3種類ある。その一は、過激なテロリスト。その二は、自分たちだけのために参加している。その三は、他の二つのグループの影響を受けた貧しい無知な人々。
 かなりの数のアフガニスタン人は、タリバーンを軍閥と比較してよりましなほうだと認めた。
 ケシの根絶作戦は、政治的つながりや賄賂を支払うお金をもたない貧しい農民に打撃を与えた。疎外された極貧の人々はタリバーンの新兵になっていた。
 タリバーンの弟がアメリカのプロジェクトを爆破し、それから、何も知らないアメリカ人は兄にお金を支払って再建させる。
 アフガニスタンにおける腐敗の唯一最大の発生源は、アメリカ軍の広大な供給網。資金の18%がタリバーンと他の反乱勢力に渡っている。
 2009年から2011年のあいだに、アメリカ軍がアフガニスタンに増派されると、民間人の年間死亡者数は2412人から3133人に増加した。殺害された民間人は5年間で53%も急増している。アメリカと同盟国は、ひどく負けたのだ。
 アメリカ軍は、実のところ、敵を訓練しているようなものだった。ブッシュ・オバマと同じく、トランプはアフガニスタンで勝つという約束を果たすことができなかった。
それにつけても思い出されるのは中村哲医師とペシャワール会の偉業です。鉄砲や戦車ではなく、スコップとシャベル、そしてユンボなどの平和産業こそが国を再建する手助けになるということだと思います。
(2022年6月刊。税込3960円)

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