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長恨歌

カテゴリー:中国

(霧山昴)
著者 王 安憶 、 出版 アストラハウス
 かなり前のことですが、上海には2度から3度、行ったことがあります。超近代的な巨大都市でした。奇抜な格好の高層ビルが立ち並び、巨大な群衆がせわしなく街路を往来していました。上海の地に立って、ここが「共産中国」だとはまったく思えませんでした。東京以上に資本主義の街だと身体でもって確信したのです。
 この長編小説は、そんな上海が舞台です。いえ、舞台というより主役そのものです。これは著者が言っているのですから、間違いありません。
一人の女性の運命を描いたけれど、この女性は都市の代弁者にすぎない。描いたのは、実のところ都市の物語だ。
 第1部は、日本敗戦前の1940年代の繁華な上海を描いている。国民党政府の幹部の妾になるのです。そして、その幹部は国共内戦のなかで死にます。
 第2部は、1950年代の日常生活を描きます。中国は復興過程にあるわけですが、共産党の政治も、文化大革命も直接的には描かれず、毎日の生活が淡々と過ぎていきます。いえ、子育ての話はあります。
 そして、第3部は1980年代の上海です。人々は投機に夢中になっています。そんななかで、主人公の女性は悲劇的な死を迎えるのです。
 1954年に生まれた著者は、もちろん戦前の上海を体験しているわけではありません。すべては想像上のものでしょう。それでも1940年代ミス上海コンテストをめぐる描写は秀逸です。まるで眼前でミスコンテストが遂行されているかのようです。そこが著者の筆力というものでしょう。私も、あやかりたいと本気で願っています。
 著者は、この小説を着想するきっかけは、かつてのミス上海が若い男に殺されたという新聞記事を読んだことにあるとしています。似たような話は、日本の高名な作家も言っていました。なので、作家は、新聞の小さな三面記事も見逃すことはないのです。私も、毎朝夕、新聞を丹念に読んで、モノカキとしてのヒントをつかもうと努力しています。
 ハトは、この都市(上海)の精霊である。毎朝、たくさんのハトが波のように連なる屋根の上空を飛んでいく。
 ハトは、この都市を俯瞰(ふかん)できる唯一の生き物なのだ。1946年、空前の和平ムードのなかでミス上海コンテストが企画された。
 このコンテストで主人公の王琦瑶は、3等になったので「ミス三女」と呼ばれるのでした。
 ともかく、この小説のすごいところは、情景描写そして心理描写が、それこそ微に入り細をうがつほどの繊細さなのです。まさしく読むだけで圧倒されます。その情景の雰囲気にたっぷり、いえ、どっぷり浸ってしまいます。その感触が読む人を心地よくさせるのでしょう。
 そんな情感を味わいたい人におすすめの現代中国小説です。
(2023年9月刊。3200円+税)

イスラエル軍元兵士が語る非戦論

カテゴリー:社会

(霧山昴)
著者 ダニ・ネフセタイ 、 出版 集英社新書
 「抑止力」という考え方はもうやめよう。これは著者の呼びかけです。本当にそのとおりです。
 抑止力とは、「ボクはキミより強いぞ」「いやボクのほうがもっと強いぞ」「いやいやボクのほうがもっともっと強いぞ」と、虚勢を張りあう、幼稚な「いたちごっこ」でしかない。
 2023年の中国の軍事費は30兆円で、日本の4.4倍。日本の自衛隊員は23万人なのに対して、中国軍は9倍の203万人もいる。日本が軍事費をいくら増やしたところで中国にはかなわないし、日本が徴兵制を導入して自衛隊員を増やしても、中国軍の人数に到達できるはずもない。
 もし中国との全面戦争になったら、日本は海岸線に原発(原子力発電所)がずらりと並んでいるから、その一つでもミサイルで破壊されたら日本は壊滅的な打撃を受ける。そしてダムもある。日本の南端にある島だけが攻撃の対象になるなんていうのは考えが甘すぎる。そして、日本の食料自給率は4割を切っている。戦争なんかできないし、続けられない国になっている。
 軍隊は国民を守るためにあるものではない。「敵」と戦争するだけの存在なのです。
 現在、イスラエルの人口は980万人で、うち200万人のアラブ人が住んでいる。学校は別々。
 イスラエルには徴兵制があり、男性は3年間、女性も2年間の兵役につく。徴兵後も予備役があり(女性は原則として、なし)、男性は一般兵だと40歳まで毎年1ヶ月の兵役につく。
 愛国心とは、聞こえはいいけれど、それによってほかの国を嫌うように変えるのは実に簡単。それで、戦争を起こすものは常に愛国心を利用する。
 戦争は人間の本能ではない。「敵」とは、つくられた概念。権力者が「戦争しかない」と国民を洗脳し、扇動するには、非道な敵、憎むべき敵が必要なのだ。恨み続けたら、次の戦争につながる。報復(復讐)の連鎖を断ち切る必要がある。
 平和憲法と被爆体験を踏まえて国内、近隣諸国、ロシアやウクライナと全世界に向けて平和への取り組みの呼びかけを発信するのは日本の使命なのだ。
 「武器を捨てよう」と全世界に呼びかけることこそ、平和憲法を持つ日本の政治家の任務なのだ。
 著者はイスラエルに生まれ育ち、超エリート軍人であるパイロット養成学校に入りましたが、パイロットにはなれず、空軍のレーダー部隊に入りました。そして兵役を終えて、世界放浪の旅に出て、ひょんなことから日本にやってきたのです。初めて日本に来たのは1979年10月のこと。ヒッチハイクして、1ヶ月を所持金3000円だけで日本全国をまわったそうです。たいしたものです。
 いやあ、実にすっきりよく分かる、反戦・平和を自分のコトバで語った本でした。あなたも、ぜひ、ご一読ください。
(2023年12月刊。1100円)

溺れるものと救われるもの

カテゴリー:ドイツ

(霧山昴)
著者 プリーモ・レーヴィ 、 出版 朝日文庫
 アウシュヴィッツ絶滅収容所に入れられながら奇跡的に生きのびたイタリア人の作家による深い洞察文です。思わず姿勢を正しました。知らなかったことがたくさん書かれていました。
 ユダヤ人は強制収容所でやすやすと殺されるばかりではなかった。反乱が起きていたこと。それは、トレブリンカ、ソビボール、ビルケナウで起きている。そして、驚くべきことに成功したのもある。トレブリンカでは、ほんのわずかだけど、生きのびた人がいる。
 いずれにせよ、反乱は起きた。それは決意を固めた、肉体的にはまだ無傷の少数者が、知力をふりしぼり、信じられないほどの勇気をふるい起こして準備したものだった。そして、その代償は恐ろしいほど高いものになった。
 それでも、それは、ナチの収容所の「囚人」たちが反乱を試みなかったという主張が誤りであることを示すのに今も役立っている。
ユダヤ人たちがシャワー室だと騙されて入ったガス室に、特別部隊(ゾンダーコマンド)が立ち入ったとき、全員死んでいるはずなのに、16歳の娘が生きているのを発見した。娘の周囲に、たまたま呼吸できる空気が閉じ込められていたのだろう。ゾンダーコマンドは、彼女を隠し、体を温め、肉のスープを運び、問いかけた。しかし、彼女は瞬間・空間の感覚を失っていた。いま自分がどこにいるかも分からなかった。さあ、どうするか…。しかし、彼女は虐殺現場の目撃者。生かしておくわけにはいかない。
 医師が呼ばれ、医師は娘を注射で蘇生させた。そこにSSの兵士がやってきて、状況を知った。このSS兵士は自分では殺さず、部下に娘を射殺させた。そして、このSS兵士は戦後、裁判にかけられ死刑となり絞首刑が執行された。
 ドイツに住んでいたユダヤ人がなぜ殺される前にドイツを脱出しなかったのか…。彼らはほとんどが中産階級で、おまけにドイツ人だった。秩序と法を愛していた。体質的に国家によるテロリズムを理解できなかったのだ。
 最悪のもの、エゴイスト、乱暴者、厚顔無恥なもの、スパイが生きのびたというのが現実。
ユダヤ人である著者は前から宗教(ユダヤ教)を信じていなかったが、アウシュヴィッツを体験したあとは、さらに信じなくなっていた。
 収容所で死んだ人の多くは、その優秀さのために死んだ。
収容所でドイツ語を知らなかった「囚人」の大部分は入所して1日から15日のうちに死んでいった。情報不足のためだ。ドイツ語を知っていることは生命線だった。
ナチのSS部隊のメンバーとゾンダーコマンドのメンバーはサッカー試合を楽しむことがあった。両者は、対等か、ほとんど対等のような関係でサッカーを戦うことができた。
 「おまえたちは我々と同じだ。誇り高きおまえたちよ。我々と同じように、おまえたち自身の血で汚れている。おまえたちもまた、我々と同じように、兄弟を殺した。さあ、一緒に試合をしよう」
 人間とは、混乱した生き物である。人間は極限状態に置かれれば置かれるほど、より混乱した生き物になる。
SSにとって、「囚人」は人間ではなかった。牛やラバと同じ存在でしかなかった。とは言っても、すべてのSSが疑問なく任務を遂行していたわけでもないようです。
人間性について、人間とはいかなる存在なのかを深く考えさせられる本でした。
(2023年11月刊。840円+税)

老いの地平線

カテゴリー:人間

(霧山昴)
著者 樋口 惠子 、 出版 主婦の友社
 91歳で、今なお元気一杯の著者の本です。
 「91歳、自信をもってボケてます」とためらうことなく言い切る著者の言葉は、読む人に安心感を与え、生きる励ましを恵んでくれます。
 老いは多様。十把一絡(ひとから)げのように思われるけど、本当は、その人が使える残された感覚と能力は非常に個性的。いろいろな老い方がある。
年齢であきらめることはないが、次の6つが大切。①運動、②趣味と好奇心③会話、④食事、⑤睡眠、⑥主観的幸福感、幸せを感じる。
 過去を振り返って懐(なつ)かしさを感じることには、4つの効果がある。①脳の健康を維持し、認知症の進行を抑える。②未来に向かって生きる力をつける。③ストレスを解消し、気分転換を助ける。④主観的幸福感が得られる。
 脳の中では、過去のことを思い出しつつ、同時に未来のことも考えている。
 幸せや楽しさを分かち合う相手がいない社会的孤立は、脳にとっても良くない。
 認知症の予防にはモノを捨てないほうがいいと言われている。私は、これまで、たくさんの本を書庫から取り出し、捨てました。そして、書庫に置いた本はジャンル毎にまとめています(現在進行形です)。すると、意外な掘り出し物に出会うことが多々あります。
 そんな出会いは、それこそ心ときめく瞬間をもたらしてくれます。
 一般に視力よりも早くダメになるのが聴力。本当にそうです。私は、今でも新聞も本も裸眼で読みます。メガネをかけては読めません。ところが耳は遠くなりました。法廷で裁判官が小さな声でボソボソッと言うとほとんど聴きとれません。補聴器は使っていませんが、いいのは60万円もするようです。
 著者は、自分の財布は自分で管理したいと言っていますが、弁護士としての経験から、まったく正しいと思います。相続で子ども同士がもめるのは、親の育て方に問題があったと感じることが大半です。
 著者は山本周五郎、そして藤沢周平が大好きだとのこと。私も同じです。しみじみとした情感に心が惹かれます。
 著者は、大手メディアが世代間対立をあおっているのを厳しく弾劾(だんがい)しています。まったく同感です。
 トマホークやらオスプレイなんて百害あって一利ないものをアメリカからどんどん爆買いしていながら、福祉予算を削り続け、若い世代に高齢者の年金負担は過重だなんてウソ八百を並べ立てるのは絶対に許せません。
 91歳でなお元気いっぱいの著者からの心温まるメッセージを読んで心が熱くなりました。
(2023年10月刊。1500円+税)
 タラの芽をたくさんいただきました。テンプラと塩ゆでの両方で食べましたが、ちょっぴりホロにがさのある、まさしく春そのものの味わいでした。春到来を実感することが出来て、豪勢な気分に浸りました。
 庭のあちこちに植えているチューリップがぐんぐん伸びて、もう少しで花が咲きそうです。楽しみです。おっと、その前に雑草とりをしなくてはいけません。雑草に埋もれてしまったら、可哀想です。
 通勤途上の電柱にカササギの巣が4個もあります。本当に高いところによくも巣をつくれるものです。
 そして、歩道にはハクモクレンが咲いていて、やがてコブシの白い花も咲きだします。
 花粉症さえなかったら、春は最高なんですが…。

父がしたこと

カテゴリー:日本史(江戸)

(霧山昴)
著者 青山 文平 、 出版 角川書店
 ちょっと前、久しぶりに山本周五郎の『赤ひげ』を読みました。江戸時代の医療を扱っています。さすがに周五郎です。味わい深くて、本当に読みごたえがありました。
 この本も同じく江戸時代の医療を扱っていて、共通点があります。ただし、その対象は主人公の息子であり、藩主なのです。
 息子のほうは、肛門がない状態で生まれました。なので、肛門をつくり、排便させるために、毎日、朝夕2回、指を入れ、浣腸をしなくてはいけないのです。それを2年間ほど続ける必要があります。
 いやはや大変なことです。でも、可愛い我が子のためならやるしかありません。
では、藩主のほうは…。
 こちらは痔漏の手術。全身麻酔で手術するのです。江戸時代にも高名な華岡青洲のように麻酔して乳ガン手術した医者がいたのですよね。
 この本にはシーボルトがもたらした『薬品応手録』をはじめとする医書がたくさん紹介されています。よくぞ調べあげたものだと驚嘆しながら読みすすめていきました。
藩主の手術をする医師は失敗したら生命の保証はないし、その医師を世話した武士も同罪とされかねない状況が描かれています。
 しっとりとした展開の医療時代小説でした。
 著者は私と同じ団塊世代であり、医療畑の出身ではありません。たいした筆力です。
(2023年12月刊。1800円+税)

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