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訴訟に勝つ実践的文章術

カテゴリー:司法

 著者 スティーブン・D・スターク、 日本評論社 出版 
 
 裁判所に提出し、裁判官に読んでもらう書面の書き方について、原則をじっくり教えてくれる本として、大変参考になりました。私も、さらにやさしく、分かりやすい言葉で準備書面を書くように努めたいと思います。
 裁判官は、テンポの速い世界で生活しているので、文書は急いで読むが、まったく読まないのかのどちらかなのである。文章を書きはじめる前に、何が言いたいかについて明快な考えがなければいけない。自分のすすむ方向をまっすぐに定めるためには骨子が役に立つ。
 そうなんです。私も、まずメモ的に骨子を書きなぐっておきます。それなしで筆まかせに書きすすめるということは、まずしません。メモは出来たら白紙に書きます。
 法律文書を書くときには、最初に結論を書くことが大切である。結論をあとで示すと、最後まで書面を読まないと何が言いたいのか分からないし、それが正しいのかどうかを確かめるために、何度も読み直さなければならなくなる。
 大切なことは、まず結論を書く。次に、第一印象は強烈な印象を残すことを忘れない。第三に、初めて読む人が簡単に読める、分かりやすい文章にすること。
第四に忙しい読書も理解力に乏しい読者も理解できること。
弁護士は、ふつう自分たちのことをプロの物書きとは考えていない。しかし、法律家は文筆の一種なのである。
そうなんです。私は、いつも、作家ではない、モノカキだと自称しています。
 文書の作成は孤独な作業である。だから、一日の一定の時間は一人になれるようにすることを確保し、それを日課とする。書くことは運動することに似ている。毎日の習慣にすることで、容易にできるようになる。
 この本の著者は口述で書面を作成すべきではないとしています。
口述で作成した文書には、似たような文章がくり返して出てくる。長い引用があったり、表現が大げさになりがちだ。書くという行為は、口述するというより、自分の中の声を聞くというもので、どちらかというと口述を受けるようなものだ。原稿を見返すときには、必ず印刷したうえで、読み手と同じ読み方をする。パソコンの画面で読むと、印刷したものを読むときより集中力が落ちて、見落としが多くなる。
事件の9割は感情で決まってしまう。自分が気に入った結論に説得力を持たせるため、理性をもって書いている。判例は、その事件に当てはまる理論そのものではなく、その理論を支持するものにすぎない。事実から議論が生まれることはあるが、議論から事実が生まれることはまず、ない。事実が大切なのである。裁判官は事実を知ることなく、判断することはできない。
そして、相手の主張や非難のすべてに一つひとつ答える必要はない。相手の悪口は言わない。相手をけなしたり、倫理的・道徳的な欠点に言及すればするほど、裁判官の目にうつる自分自身の品性をおとしめる危険がある。
注目してほしい文章に下線を引いて強調するのは良くない。そして、脚注は控え目にすべき。具体的で説得力のある見出しを工夫する。見出しは、法律文書の中で唯一、ユーモアをこめると、内容が正確である限り、若干の誇張が許される場所である。
陳述書は、弁護士の書く文書ではあるが、それに署名した人自身の言葉で書かれるべきである。
スピーチのときには、原稿を見ながら話してはいけない。また、結論を先に言ってもいけない。聴衆が話し手を知り、信頼するまでに一定の時間を要する。はじめのうちは自己紹介や個人的なエピソードをゆっくり話すなどして、聴衆が親しみ感じたころに、主題を切り出す。
スピーチの最重要部分は、法廷では講義をするように話すのではなく、一対一で会話するように話す。そして、話しながら動いてはいけない。自信をもって、落ち着いて、協力的な態度をとって話す。どんなに難しい質問をされても、しかめ面などせず、あたかもチャレンジを楽しんでいるかのように見せる。
話す準備ができても、2~3秒間は、沈黙する。聴衆に聞く準備をさせるためである。
280頁ほどの本で2800円というのは高過ぎるかなという気もしましたが、こうやって読んでみると、決して高いとは思えません。文章には多少の自信がある私ですが、大変勉強になり、考えさせられました。
(2010年6月刊。2800円+税)

だれでも飼える日本ミツバチ

カテゴリー:生物

著者:藤原誠太、出版社:農文協
 セイヨウミツバチが大量死しているというニュースが流れるなか、日本在来の日本ミツバチは病気知らずで元気、しかも味わい深くて、一定の病気には薬効もあるというのです。
 そんなけなげな日本ミツバチを飼ってみよう。写真つきで紹介されていますから、私にも出来そうです。でも、やっぱり一度は現物を見てみたいなと思いました。
 日本ミツバチは野生種であり、人間に飼われているという意識はない。日本ミツバチは居住環境が良ければ居続けようとするが、あわないと思うとすぐに逃げ去ってしまう。
 日本ミツバチは病害虫に強く、甘み以外に酸味や複雑な香りもあって、古酒のような味わい。
 外勤の働き蜂が集めてきた花蜜は、貯蔵係の働き蜂に口移しされて巣房に蓄えられる。貯蔵係は、その後も口から出し入れを繰り返して、蜜中の水分を蒸発させて濃縮する。同時に、唾液中の酸素によって花蜜のショ糖がグルコースなどに変えられ、さらに有機酸も生成して、保存・貯蔵性の高い蜂蜜がつくられる。
 祖先がアジアの森林うまれの日本ミツバチは、木々の間をぬってジグザグ飛行するのが得意である。その行動範囲は西洋ミツバチよろ狭く、1~2キロ程度。集団行動よりも、単独行動による訪花が多く、いろんな樹木・草花から、こまめに蜜や花粉を集めてくる。
 日本ミツバチは、押しつぶされるとか、髪の毛に入って身動きとれなくなるなど、よほどのことがない限り、人を襲い、刺すことはない。
 女王蜂の寿命は、自然状態で2~3年。働き蜂の寿命は、成虫になって20~30日。オス蜂は女王蜂との交尾に成功すると、そのまま空で即死する。失敗して巣にもどっても冷遇され、追放されて野垂れ死にする。ミツバチ社会は女系社会なのである。無情です。オスは、どこの世界でも辛いものがあります。
 西洋ミツバチと比べて日本ミツバチは繊細で、脅えやすい。
 オオスズメバチが侵入してきたとき、西洋ミツバチは一匹ずつで迎え撃つため、次々に殺され全滅する危険が大きい。日本ミツバチは集団で迎撃する。何十匹が一斉に取り囲み、45度以上の熱で殺してしまう。ただし、10匹以上のオオスズメバチが侵入してくると、さすがに日本ミツバチもかなわない。
 群れの運営設計をしているのは女王蜂ではなく、働き蜂である。
 ミツバチは急激な温度変化に弱い。暑いときは水を汲んできて羽で風を送り、温度を調整し、常に34度に群内の温度を保っている。
 ミツバチは羽がぬれると起き上がれない。
 ミツバチを扱うとき、手の感覚を鋭くするため、基本的に手袋はしない。
 できる限り白いものを身につけ、髪の毛は帽子で隠す。昆虫は全般的に白い色に敵対反応が鈍く、ミツバチもあまり攻撃的にならない。逆に、ミツバチは黒色に反応する。ミツバチは乱視なので、比較的コントラストの強いものに反応する。
 ミツバチに刺されたら、ヨモギ汁を塗るとよい。
 女王蜂はセイヨウミツバチと交尾することがあるが、それは受精せず、オス蜂を多く生んでしまう。
 よくぞここまで観察したものです。感心しました。
(2010年7月刊。1700円+税)

邪馬台国と狗奴国と鉄

カテゴリー:生物

著者:菊池秀夫、出版社:彩流社
 邪馬台国は、やっぱり九州にあった。九州(福岡)出身の私は、声を大にして日本全国に向かって叫びたいのです・・・。
 弥生時代末期の鉄器の出土状況は、圧倒的に九州が多い。権力の象徴ともいえる軍事力や農耕に使用されていた鉄器の普及は、弥生時代末期に急速に九州北部(福岡県)から中部(熊本県と大分県)に拡がった。そして、九州中部が北部を凌駕するほどにまでなった。
 弥生時代末期から古墳時代初期にかけて鉄器生産の技術が九州北部から畿内に拡がっていった。畿内では、弥生時代の末期に鉄器生産の技術はほとんどなかった。
 いろいろ考えあわせると、邪馬台国は山門郡瀬高町(現みやま市)にあった、ことになる。
 うむむ、これはいいぞ。なるほど。なるほど、そうなんだ・・・。思わず膝を打って、立ち上がったものです。
 弥生時代の九州には、鉄の武器をもつ強力な勢力が存在していた。これは、鉄器(武器)の出土数が九州は1726点(54%)、近畿は390点(12%)にもよる。
 大型の武器(鉄刀、鉄剣、鉄戈)は、北部九州に集中している。鉄刀の87%、鉄剣の77%が北部九州に集中している。
 弥生時代の末期、いわゆる古墳時代の前夜、九州には、大きく分けると5つの勢力が存在していた。九州北部のほとんどを支配していた卑弥呼の女王国連合の国々。熊本県北部の菊池川流域の勢力と熊本県中部の白川流域の勢力。大分県西部の大野川流域の勢力。宮崎県中部の勢力。そして、宮崎県中部の勢力は、後に畿内の大和王権となった。
 宮崎県中部の勢力が北に存在した狗奴国や女王国連合の国々を飛びこえて畿内へ移動したとは考えにくい。したがって、宮崎県中部の勢力も狗奴国の一員であり、狗奴国が女王国連合の勢力を破り、畿内へと移動したと考えるほうが自然である。
 著者は歴史を愛する素人ではありますが、鉄剣等の出土状況から邪馬台国を探るアプローチをするというところは、さすがゼネコン出身だけはあります。
(2010年2月刊。1900円+税)

ソルハ

カテゴリー:アラブ

著者:帚木蓬生、出版社:あかね書房
 著者の『水神』は福岡県南部を舞台とする感動的な本でした。今回は、ぐっと趣きを変え、遠くてアフガニスタンの地が舞台となっています。タイトルの「ソルハ」とは、アフガニスタンの言語の一つであるダリ語で「平和」を意味します。
 アフガニスタンのカブールに生活する、普通の庶民の家庭で育つ少女が主人公です。少年少女向けの物語ですが、実際には、私たち大人にも面白く読むことが出来ます。私も、最後まで一息で読み通しました。
 著者も恐らくアフガニスタンの現地に足を踏み入れたことはないと思うのですが、実際にそこで生活していたかのような臨場感にあふれています。その筆力は、いつもながら感嘆してしまいます。さすが、たいしたものです。
 そして、著者の優しい目線と柔らかい語り口にも、ほとほと感嘆します。
 今、アメリカはイラクから軸足をアフガニスタンへ移そうとしています。オバマ大統領はアフガニスタンへアメリカ軍の増派を決めていますが、それを批判した司令官を更迭してしまいました。アフガニスタンへ少々増派してもどうにもならないという現実を前にして、アメリカの支配層のなかにも隠しきれない矛盾があるわけです。
 他民族を力で抑え込もうとしても、うまくいくはずがありません。アメリカの野蛮な力の政策は必ずみじめに破綻すると思います。
 そうなんです。どこの民族だってプライドがあるのです。この本は、民族のプライドが子どものころより育まれている現実を思い出させてくれます。そんなアフガニスタンへ日本が自衛隊を派遣するなんて、とんでもないことですよ。武力の前にやることがあります。
 アフガニスタンで今もがんばっておられる、ペシャワール会の中村哲医師のがんばりには、本当に頭が下がります。ときどき西日本新聞に掲載されるアフガニスタンにおけるペシャワール会の活動ぶりに大きな拍手を送ります。最新のレポートは、砂漠で米づくりが出来たというものでした・・・。中村先生、安全と健康には、くれぐれもご注意くださいね。
 子どものころの気持ちを忘れそうになっているあなたに、強く一読をおすすめします。
(2010年4月刊。1400円+税)

されど

カテゴリー:朝鮮・韓国

 著者 洪 盛原 、 本の泉社 出版 
 
 日本の植民地支配を受けていた朝鮮では、一人の人物が独立の志士として評価される時期があり、また民族反逆者として罵倒される時期もあるという複雑な様相をもたらすことが起きる。
 万歳事件とも呼ばれた1919年の3.1独立運動のころには、日本の帝国主義に対して命がけで戦っていた愛国的な独立運動の志士たちが、アジア・太平洋戦争の末期には日本の帝国主義者に積極的に同調して媚を売る親日派、民族反逆者に心変わりして、彼らに心を寄せていた後世の人たちに、裏切られたという惨めな思いを味わせることがある。
いやあ、これって厳しい現実をふまえると、しかも迫害した日本側の子孫として、なかなか難しいところですね・・・・。この本は、そのような歴史的事実をふまえ、現代に生きる我々は、そのような重たい歴史的事実をどう受けとめたらよいのか、このことを改めて問いかけるものとなっています。
日本の帝国主義支配に改めて反対した人物が、その後、どのような生活をしていたのか、その子孫は今どこで何をしているのか、そして先祖についてどう評価しているのか、巧みなストーリー展開でぐいぐいと読ませます。
ただ、日本の植民地支配が韓国の近代化に役立ったという「日本人の主張」については、たしかにそのようなことを声高に言いつのる日本人は少なくないと私も思いますが、決して多数派でもないと私は信じています。一国の主権を奪うことをそんなに簡単なものと考えたらいけないと思うからです。
それは、たとえばアメリカのおかげで戦後の日本は発展してこられたのだから、今なお首都・東京に広大なアメリカ軍の基地があるのは当然なんだというような論法でしょう。でもこれって、まったくすりかえの論理であって、私にはとうてい承服できません。
 戦中・戦後の日朝・日韓関係を考えるうえで貴重な素材が提供されたと思える、読みごたえ十分の小説です。
 
(2010年4月刊。2800円+税)

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