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カテゴリー: 中東

イスラエルの変革とパレスチナの解放

カテゴリー:中東

(霧山昴)

著者 木村 公一 、 出版 自治研究社

 ユダヤ人が「先祖の地」に戻って建国したのがイスラエルだというのは科学的な根拠がないことを知りました。

また、ナチス・ドイツがユダヤ人を大量に虐殺したのに手を貸したユダヤ人評議会が、実はユダヤ人を区分していて、殺されても仕方のないユダヤ人がいるとしていたという驚きの事実が指摘されています。

著者は私と同じ団塊世代の牧師です。神学大学の教授でもありましたので、聖書に詳しいのも当然です。大変勉強になりました。

イスラエルのガザ侵攻はまだ終わっておらず、ガザ地区に完全な平和はありません。何よりガザ地区の住民が7万人も殺されたという痛ましい事実を忘れるわけにはいきません。このことから導かれる教訓として、ナチスのガス室で幾百万の同胞の犠牲を経験した被害者の子孫であっても、ひとたび大量破壊兵器をもつ国をつくれば、ユダヤ人国家の邪魔になる異民族は虐殺、追放する冷酷な加害者に転化しうるという、人間の悲しい経験則がある。

「父祖たちの地」というが、それは血族関係における父祖たちというのではなく、精神的な関係における「父祖たちの地」のこと。

シオニストは、タルムードの教えに反してユダヤ人国家をつくった。「メシアの到来」の前に、人間の軍事力でユダヤ人国家を建設するのは、神の教えに反している。

伝承によれば、アブラハムは故郷であるバビロニア(カルデアのウル)を旅立ち、メソポタミア北部のハラニに一時滞在し、パレスチナに移住してきた。つまり、アブラハムはシュメール人。アブラハムの子孫たちは「ヘブライ人」と呼ばれる。この「ヘブライ人」とは、「メソポタミアの川の向こうからやってきた人たち」という意味。アブラハム一族は、さらにヨルダン川を西へと超えて、パレスチナに定着した。

ヘブライ人(ユダヤ人)の父祖となったアブラハムはシュメール人であった。ユダヤ人の父祖であるアブラハムはユダヤ人ではなく、カルデア(バビロニア)人やアラム(シリアとメソポタミア北部一帯の)人なのであり、パレスチナはヘブライ人発祥の地ではない。

イスラエルという名は、アブラハムの孫にあたるヤコブと彼の12人の息子たちを祖とするに部族に始原を有する。

旧約聖書の伝承によれば、アブラハムと側女(そばめ)ハガルのあいだに長男イシュマエルが生まれ、サラとの間に次男(二男)イサクが生まれた。長男のイシュマエルはアラブ人の父祖とされ、次男のイサクがユダヤ(ヘブライ)人の父祖となった。

「イスラエル民族」が共通の祖先をもつ血族集団であるという概念は、現代の歴史批評学では否定されている。なぜなら、歴史的にイスラエルが民族として成立するのは、カナン侵入後のことであり、それ以外の部族時代までは、民族としてのイスラエルは成立していなかった。アブラハム、イサク、ヤコブからして部族へと続く系図はひとつの伝承であって、歴史ではない。

「イスラエル」とは、ヘブライ語で、「神は支配する」あるいは、「神の支配」を意味する。

「ユダヤ民族は、かの地から強制的に追放された」というのは伝承であって、歴史ではない。

ナチスが「ユダヤ人問題の最終的な解決」を実行に移すまで、シオニズム運動は、ユダヤ人のあいだで人気がなく、移住するとしたら、迫害のないアメリカかイギリスだった。それが、ナチスのユダヤ人弾圧によってパレスチナ入植にはずみがついた。シオニスト指導者たちは、ナチスを歓迎こそしないものの、運動のために利用した。

国家権力と領土を得たイスラエルは、第二次大戦後のフランスから余った大量の近代的兵器を周到に密輸入して、1948年5月14日の建国宣言の翌日、「自衛権」を盾(たて)に、「第一次中東戦争」を始め、アラブ軍を圧倒した。

全世界のユダヤ人の3分の1がイスラエル国に暮らしている。そのなかには「自分は神を信じない」というシオニストが多い。

ユダヤ人にも2種類いる。「強制収容所に送られても仕方のないユダヤ人」と、「パレスチナでユダヤ人国家の建設に貢献できる優秀なユダヤ人」と。ユダヤ人評議会は、ナチスの単純な協力者ではなく、ナチスの巧妙な支配戦略と、それに翻弄されたユダヤ人社会な複雑な状況を理解する必要がある。

世界中がヒトラー・ドイツの製品ボイコットしているとき、ユダヤ人評議会はドイツの優れた製品を欧米に輸出して大儲けしていた。この収益が世界シオニスト機構の運動資金として活用されていた。圧倒的多数の貧しいユダヤ人が強制収容所で死を待っているとき、エルサレムはバブル景気に沸いていた。彼らユダヤ人たちは、金持ちユダヤ人の富をナチスと分けあっていたのだ。エルサレムの検察が本気でブタペストのアイヒマンの屋敷とその巨万の裏金の出どころを調べたら、独立したばかりのイスラエル国は完全に崩壊していたことだろう。

アンナ・ハーレントも、アイヒマン裁判を傍聴していて、同じような感想をもち、それを文字にしましたが、直ちに、ユダヤ人社会から徹底的に非難、攻撃されたと聞いています。この点は、もっと詳細かつ具体的に明らかにしてほしいと私も思います。

大変本当に勉強になりました。とても貴重な労作です。

 

(2026年1月刊。1430円+税) 

 高市首相は、今度の解散・総選挙について、私(高市)が首相であっていいのかというのを選択する選挙だと言いました。

 では、高市首相は統一協会から何度も応援されていること、献金も受けていることを堂々と明らかにすべきです。そのうえで、国民に信を問うべきです。

 また、今回の選挙で高額の裏金をもらっていた議員を自民党は公認しています。企業献金はいくらもらってもいいんだということでしょう。それをはっきり言ってから、国民に信を問うべきです。

 この選挙は855億円もかかるそうです。

 こんな大金は、福祉や教育予算にまわしたら、みんなが喜ぶのです。政治の私物化を許してはいけません。

白い拷問

カテゴリー:中東

(霧山昴)
著者 ナルゲス・モハンマディ 、 出版 講談社
 自由のために闘うイラン女性の記録です。すさまじい弾圧の叙述に読んで圧倒されます。
 著者は2023年のノーベル平和賞を受賞しています。それだけ国際的な意義があるということです。
 巻頭言によると、著者は2021年11月に12回目の逮捕を経験し、人生で4回目の独房拘禁を言い渡された。今回の逮捕は、この本、『白い拷問』が原因で、この本はイランを世界中の前で汚したからだという。
 著者は、8年2カ月の禁固刑と74回の鞭(むち)打ち刑を科された。あとで禁固刑のほうは6年に短縮されたが、これまでの刑と全部あわせると30年もの禁固刑になる。うひゃあ、恐ろしいことです。
 著者は1972年4月の生まれですから現在52歳。イランの大学では物理学を専攻し、卒業後は検査技師としても働いていますが、一貫して人権擁護の活動を展開していきました。ノーベル平和賞の受賞は獄中にいたので、代わりに10代になった双子の子どもたちが代理で出席した。
 著者は28年ものあいだ、イラン国内の11のNGO団体の創設者ないしメンバーとして活動してきたそうです。
イランのイスラム体制は、法律や強硬手段を用いて、女性や民族的・宗教的マイノリティの移動の自由や、教育を受ける権利、就業の権利を制限する社会をつくり出した。政治結社をつくったり、国に反論したり、声を上げようとすれば鞭打ち刑になり、拘禁され、処刑される。
白い拷問は長い時間をかけて、囚人のすべての外部刺激を奪い去る。その手法は独房監禁と尋問で、主に思想犯や政治犯に対して使われる。
囚人は裁判なしで拘禁されているので、上訴できる裁判所はない。裁判を経ない拘禁は、イランでは拷問と抑圧の武器として使われてきた。
 囚人は独房の照明を操作されて昼夜の感覚を失い、睡眠パターンを妨げられる。
白い拷問は根本的に身体のあり方を狂わせ、健康をむしばむ。心の傷だけではなく、神経疾患、心臓発作までも引き起こす。
独房拘禁が長引くと、身体的、精神的ダメージは深刻。孤立は人の感覚を鈍らせ、心のバランスを狂わせる。先の見通しを立てることができなくなる。思考回路が支離滅裂で、途切れがちになる。
刑務所の生活は人間としてのすべての自然な欲求を全否定されることから始まる。
 人間の基礎は、社会生活。この大前提の上に成り立っている。それが独房で、すべて奪われる。なにしろ独房では、話すことも音を聞くこともない。
 イランの女性刑務所のなかに今も入っている人権活動家の手記、これまで同じように刑務所での生活を余儀なくされた人々の手記からなる告発の本です。思わず目をそむけたくなる内容ですが、真実から目はそらしてはいけないと思って、読み通しました。
(2024年4月刊。2200円+税)

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