法律相談センター検索 弁護士検索
カテゴリー: 社会

白い土地

カテゴリー:社会

(霧山昴)
著者 三浦 英之 、 出版 集英社
あの3.11福島第一原発の事故から10年がたちました。もちろん、原発復旧工事は今も続いています。100年も200年もかかる仕事なのに、大変残念なことに多くの日本人が忘れてしまったかのようです。先日も大きな地震がありましたが、原発の怖さを多くのマスコミはスルーしていました。心配です。
その健忘症は裁判所のなかにもひろがっていて、ときに原発の危険性を自覚した裁判官がいるものの、大多数の裁判官は政府に育従するばかりで、決して自分の頭で考えようとはしません。目先の仕事に埋没してしまっているのです。
「白地」(しろじ)とは、帰還困難区域の中でも、特定復興再生拠点区域以外のエリアを指す。白地図に落とし込んだとき、そこには避難指示解除の予定日や感染の開始日が何も記されていない。つまり、「白地」とは、将来的にも住民の居住の見通しがまったく立っていない310平方キロメートルのエリアのこと。
福島県相馬市は全国有数の「馬の町」。ここは夏のはじめに開かれる祭礼「相馬野馬追(のまおい)」の町として名高い。市内で飼育されている馬は216頭。農耕用ではなく、「野馬追」のための馬であり、一般家庭で飼育されている。
福島県立相馬農業高校には馬術部がある。馬術は人ではなく、馬が戦う競技。馬術は減点競技。馬が障害のバーを一つ落とすと減点4。2度も障害を跳ぶのを止めると「失権」してしまう。
全国大会に相馬農業高校も出場した。首都圏の有名私立高校の馬術部員の多くは、英語科で、「夢は外交官」という高校生たち…。ここでは相馬農業高校は上位入賞はかなわなかった。
著者は朝日新聞の現役記者なのに、2017年秋から、なんと浪江町で新聞配達を始めた。浪江町で、たった一人で新聞配達している青年(34歳)とともに…。
浪江町は帰還した住民を490人と公表していたが、おそらく「虚偽」。そして、新聞を購読しているのは百数十人。実際には昼間だけ町内の畑や役所で働き、夜や週末には近隣市の「自宅」に帰ってしまう人々が少なくないのだ。
著者は新聞配達を半年間も続けた。それから、朝日新聞の全国面で15回にわたって「新聞舗の春」として連載した。すごいですね。とてもマネできません。浪江町長だった馬場有氏の取材の話もすごいです。
馬場町長は、ガンの闘病中で、自分の死が間近だと悟っていて、著者の取材に応じた。
東京電力(東電)は、原発事故によって避難を強いられた近隣の10市町村に一律2000万円の見舞金を贈った。しかし、浪江町は受け取りを拒否した。馬場町長は、人口2万1000人の浪江町では町民1人あたり1000円弱にしかならない。「一律」は「公平」ではない。
馬場町長は、自民党公認の県議として当選を重ねた「自民党」の政治家。
その馬場町長は、東電に対して紛争解決センターに慰謝料の見直しを求めて自治体が住民の代理人となって申立した。町民2万1千人の7割にあたる1万5千人が申立人になった。そして、紛争解決センターは、1人につき月10万円に5万円をプラスする和解案を提示したが、東電が拒否した。そこで、ADRは打ち切られ、町民109人が東電相手に裁判にふみきった。
馬場町長は、69歳で、現職町長のまま亡くなった。
3.11が決して終わった話ではないこと、「アンダーコントロール」なんて大嘘だということを実感させてくれる秀逸なルポタージュです。
(2020年10月刊。1800円+税)

やとのいえ

カテゴリー:社会

(霧山昴)
著者 八尾 慶次 、 出版 偕成社
多摩ニュータウンをモデルとして、大都市近郊のひなびた農村地帯が都市化の波にさらされて変貌していく様子を美事な風景画で再現しています。
「やとのいえ」という「やと」は、なだらかな丘と谷があるなかで、浅い谷のことをいいます。
もちろん人々は農業を営んでいました。家は草(茅)ぶきです。村の人がみんなで共同作業します。燃料になる炭も自分たちでつくります。人々は農閑期に大きな目籠(めかご)をつくり、大八車(だいはちぐるま)に乗せて町まで売りに行きます。
大八車は私も見たことはありません。リヤカーなら身近にありましたが…。どうやら大八車のほうが車輪が大きいようです。どちらも二輪車ですよね、きっと…。
戦争中も、遠くの町が空襲にあって赤い空が燃えているのを遠くに眺めるだけですみました。いえ、兵隊にとられて戦場に行った若者はいたのです。戦後、平和になって、村祭りがにぎやかにおこなわれ、子どもたちも歓声をあげていました。
戦後は、ベビーブームとなり、若者も子どももたくさんいて村には活気がありました。
十六羅漢さんのある家に花嫁さんが迎えられました。お祝いに集まった人々は、みな黒紋付きです。一瞬、お葬式なのかと錯覚してしまいました。
ところが、1967年(昭和42年)ころから開発の波が押し寄せてきます。村人に札束攻勢がかけられました。遠くの丘にブルドーザーが入って、たちまち丘陵地帯がなだらかな平地となっていきます。開発途中で遺跡の発掘調査もありましたが、それがすむと、たちまちブルドーザー、ショベルカー、そしてダンプカーが走りまわるのです。
ついに1981年(昭和56年)ころには、大きな広い通りに面して巨大なアパート群が次々につくられていきます。もう、かつてここが緑あふれる田園地帯だったことを偲ばせるものは何ひとつありません。いえ、十六羅漢だけは幸い残されました。
ともかくすばらしい。こまやかな描写の絵に人々の昔、そして現在の生活が見事によみがえっていて、驚嘆してしまいました。都市化の波によって失われたものが大きいことを改めて痛感させられます。
(2020年8月刊。1800円+税)

砂戦争

カテゴリー:社会

(霧山昴)
著者 石 弘之 、 出版 角川新書
全世界で高層ビルが次々に建てられていくなかで、コンクリートの原料となる砂が世界的に不足しはじめて、争奪戦が始まっていて、闇ビジネスが横行しているとのこと。ええっ、なんということでしょうか、信じられません。だって、世界中に大砂漠があちこちにあるじゃありませんか…。ところが、この本によると砂漠の砂はコンクリートの原料として使えないというのです。これはビックリ、です。どうして、でしょうか…。
砂漠の砂は、コンクリートの骨材として使えない。セメントに混ぜるには細かすぎるうえに、角がないために砂同士がからみあうことができない。そのため、セメントに混ぜても、コンクリートの強度が得られない。そのうえ、砂漠の砂には塩分含有量が多すぎる。海砂と同じように、アルカリ骨材反応を起こして建造物の強度や安全性が脅かされる。砂漠に植物が育ちにくいのは、水の不足だけでなく、塩分が多いため。
ドバイのような中東の湾岸諸国は、建設ラッシュが続いているけれど、ビル建築用の砂は、すべて海外からの輸入に頼っている。砂漠の国々が砂を海外から輸入する。このパラドックスは冗談でもなんでもない。いやはや、なんということでしょうか…。
世界の構想ビルのうち、300メートルをこえる超高層ビルは世界で178本もあるが、そのうち中国が88本を占めている。いやはや、これはすごいことですよね。世界中の超高層ビルの半数ほどが中国所有だったなんて…。
中国は年間25億トン近いコンクリートを消費している。そして巨大ビルの建設ラッシュによって、砂の需要は増え続けている。
ドバイの人口における自国民の割合は、白人が8%、外国人が9割以上を占める。
インドでは砂マフィアが暗躍している。砂マフィアは、インドの犯罪組織のなかでも、とくに強大。反対するジャーナリストやNGOの活動家、ときには取り締まる役人や警察官に対しても暴力をふるい、殺害もいとわない。インドでは、2020年までに48人のジャーナリストが殺害されたが、そのうちの44人は砂にからんでいる。
シンガポールは、政界最大の砂輸入国。そして周辺のインドネシア、カンボジア、マレーシアはシンガポールへの砂の輸出を禁止した。
ベトナムの砂埋蔵量は23億立方メートルで、あと十数年で枯渇してしまう。
再生プラスチックを道路舗装の砂の代替品として実用化されつつある。コンクリート中の天然砂の10%をプラスチック屑(くず)に置き換えると、年間8億トンの節約になる。
超高層ビルの4割が中国にある、その中国は年に25億トンものコンクリートを消費している。アメリカが20世紀の100年間に使ったコンクリートの総量は45億なので、中国の2年分でしかない。
世界中で巨大ビルの建設ラッシュが続くなかで、砂の需要は増え続けている。
地震国・日本で超高層ビルに居住して生活しようという人の気持ちが分かりません。少し前に川崎で超高層マンションの地下が水害にあって、エレベーターが止まり、水がストップしてトイレが使えないという事態がありました。どんなに近代的な設備にしたところで、電気と水道が止まらないという保障はまったくないのは明らかだと思うのですが…。
砂もいずれ枯渇するということ、すでに争奪戦が始まっていることを初めて知りました。
(2020年11月刊。900円+税)

県警VS暴力団

カテゴリー:社会

(霧山昴)
著者 藪 正孝 、 出版 文春新書
日本全国の暴力団員は最盛時に18万人いたのが、今は2万8千人になったとのこと。これには警察の取り締まりの成果も大きいと思いますが、それだけでもないようです。たとえば、暴走族は今ではほとんど見かけません。成人式での暴力的騒動も、すっかり影をひそめてしまいました。
北九州の暴力団「工藤会」とたたかってきた警察官による体験をふまえた暴力団取締の現場の話です。
工藤会が襲ったクラブ「ぼおるど」は、弁護士会の懇親会のあとの二次会の会場として、私も何回も行ったことがあります。
「ぼおるど」が襲われたのは平成15年8月18日(日)の夜9時すぎ。手榴弾が投げ込まれ、店の女性12人が重軽傷を負った。前年の4月には、営業中に糞尿をばらまくという威力業務妨害事件も起きていた。その店長も殺人未遂事件の被害者になった。「ぼおるど」は暴力団員の出入りを禁止する店であり、経営者は暴力追放に立ち上がった市民団体の代表をつとめていた(と思います)。
投げられた手榴弾はアメリカ軍の攻撃型手榴弾であり、たまたま不完全爆発したことで死者が出なかったけれど、完全爆発していたら何人か確実に死んだのは間違いない。うひゃあ、恐ろしい…。
「警察は命までとらないが、工藤会は命をとる」
これは怖いですね。実際、工藤会は漁協元組合長などフツーの市民を殺しています。暴力団担当の元刑事まで狙っていますから、やりたい放題でした。北九州は、ひところいわば無法地帯だったのです。
「ぼおるど」は、営業を再開したものの、実弾入りの脅迫状が送られるなどがあり、事件の翌月には休業し、ついに廃業に追い込まれてしまった。「逆らう者は許さない」という工藤会の目的は達成されてしまった。なんということでしょう。残念でなりません。これでひっこんでいたら日本の警察は顔がありません。
北九州市議会の議長宅、そして北九州県議会議員宅に拳銃弾が撃ち込まれる事件が相次いだ(平成16年1月から5月)。
工藤会が土木・建設業者からとっていたみかじめ料は、建築1%、土木2%、解体5%。
これは大きいですよね。大型公共工事は、全国どこでも暴力団と政治家がトータルで3~5%をまき上げていると言われています。ただし、昔からの「伝統」的な処理なので、警察が証拠をつかんで立件するのは難しいようで、これまた本当に残念です。
工藤会は平成10年に内部通達を出し、傘下の組員が警察と接触することを固く禁止した。違反したら破門・絶縁するというものだった。
暴力団を抜け出して、正業につくことを可能にする社会環境づくりも日本は遅れているように思います。どうなんでしょうか…。体験をふまえているだけに、とても説得力がありました。
(2020年5月刊。850円+税)

民主主義のつくり方

カテゴリー:社会

(霧山昴)
著者 宇野 重規 、 出版 筑摩選書
大変失礼ながら、学術会議の任命拒否問題があるまで、東大教授である著者を知りませんでした。略歴によると、私が大学に入った年(1967年)の生年なのです。私も、すっかり年齢(とし)をとってしまったというわけです。申し訳ありません。
著者は東大で法学博士を取得し、政治思想史、政治哲学を専攻していますから、古今東西の政治思想家が次々に登場し、論評が加えられるさまは、小気味がいい感じです。
さて、問題は日本に本当の民主主義はあるのか、育つのか、です。著者はその点、希望を捨ててはいけないという考えです。
現代日本社会においても、民主主義の「種子」(タネ)は少しずつ根を下ろしつつある。もちろん、その「種子」が今後も順調に発育をとげ、さらに相互につながって一つの「森」を形成するようになるかどうかは、予断を許さない。
未来とは、本質的に理解不能なもの。安易に未来を予測できるとする言説や理論のほうが危うい。未来とは、人間にとって本質的に他者なのだ。
現代のように「未来を見通せない時代」だからこそ、すべての個人が自らの信じるところに従って「実験」を行う権利があるというプラグマティズムの教えに希望がある。
みんながあきらめてしまって投票所に足を運ばなかったら、「種子」が「森」になるはずもありません…。ぜひぜひ、投票率を6割といわず、8割にまで上げたいものです。
この本は、民主主義への不信が募(つの)る現代にあって、あえて民主主義を擁護するために書かれている。自分たちの力で、自分たちの社会を変えていくことが、民主主義の本質のはず。誰かが何をやってくれることを期待しているのは、自らの運命を誰かに委ねてしまっていることを意味する。
近代政治思想史は、自己の熱い壁の内にこもった個人が、他者に依存することを何よりも恐れながら、それでも何とか共存をはかるための論理を模索してきた歴史であった。
習慣とは、定着・安定と修正・変化の両側面をともなった媒体である。
習慣は、まったく変化しないわけではなく、長い目でみれば、習慣は、つねに変化し、けっして同じ状態にとどまるものではない。社会に安定性をもたらし、社会の再生産を可能にするのは習慣である。
現代日本の各地で、新たな「民主主義の習慣」が生みだされていることに著者は注目しています。そして、その担い手は、地域社会に根ざした存在であること、若い世代に注目すべき新たな動きが生じているというのです。そんな新たな変革の「余地」は「ローカル」な場所に生まれ、存在しているという著者の指摘が生かされ、現実のものとなり、大きくなっていくことを私も大いに期待したいと思います。
難しい話なのですが、意外にも分かりやすい口調の本でしたので、スラスラと読むことができました。こんなすばらしい能力をもった学者を理由も示さずに学術会議のメンバーに任命拒否するなんて、スガ首相の罪悪はあまりにも大きいと改めて実感しました。
(2020年12月刊。1500円+税)

福岡県弁護士会 〒810-0044 福岡市中央区六本松4丁目2番5号 TEL:092-741-6416

Copyright©2011-2025 FukuokakenBengoshikai. All rights reserved.