法律相談センター検索 弁護士検索
カテゴリー: 社会

戦争のリアル

カテゴリー:社会

著者:押井 守、岡部いさく、出版社:エンターブレイン
 イギリス空軍の爆撃機兵団をボマーコマンドといい、1939年から1945年までの6年間に、爆撃機搭乗員だけで5万5000人が死亡した。イギリスの各軍種のなかで、いちばん死者が多かった。陸軍の歩兵より死ぬ確率が高かった。
 いやあ、そうだったんですか、そんな事実をちっとも知りませんでした。ドイツの高射砲弾が飛行機にあたってパイロットがやられたら、相当な確率で爆撃機が落ちて、搭乗員は全員死亡した。
 戦闘機乗りのエースというのは、何度でも不時着できたこと、生還できたからのこと。エースは例外なしに何度も何度も撃墜されている。一回も落とされなかったエースなんて存在しない。
 いやあ、そうだったんですか。道理で日本のゼロ戦などのエースがあまり知られていないのですね。だって、すぐに死んでしまうのですからね。
 この二人は、かなりの軍事オタクのようです。戦車もヘリコプターも、絶対に故障するものだと強調しています。本当なんでしょうか・・・?
 日本の90式戦車は、あらゆる意味で中途半端だ。市街戦を想定すると、明らかにオーバースペックだし、シャーマン戦車のように移動トーチカとして考えると、あの程度ではダメだし・・・。
 ヘリコプターはメンテナンスが多くて面倒だし、燃料をバカ食いして、すぐ落っこちる。そのうえ、運べる兵士もたいした人数ではない。ヘリコプターは、ものすごく脆弱なもの。
 日本の軍事技術で世界に売り物になるのは、護衛艦とヘリコプターと潜水艦だけ。ライフルも戦車も全然ダメ。
 陸上自衛隊の64式小銃は命中精度がよかった反面、よく装弾不良を起こした。
 世界の軍隊で自国の拳銃をつかわないところは、いくらでもある。まともな拳銃をつくれるのは、オーストリアとチェコ、イタリアそして北欧くらいのもの。それくらい拳銃というのは複雑な機械なのだ。
 猟銃もバカにならない。その信頼性は抜群である。クマを撃つような銃は、弾が出なかったら、即、命とりになるのだから。最初の一発が、すぐ撃てるのが絶対条件だ。
 北朝鮮のテポドン1発に対してPACー3を100発用意したって、そんなものはなんの役にも立たない。動いている目標にあてるってことは不可能。
 戦車で何かを得た国なんて、ひとつもない。
 日本の自衛隊は、携行糧食として200万食を用意している。賞味期限の切れたものは、一体どう始末しているのか? 私も、知りたいですね、これって・・・。
 軍事オタクの2人が勝手気まま気楽に放談した対談集です。軍事に疎い私の知らないことがたくさん登場してきました。
(2008年3月刊。1700円+税)

貸し込み(下)

カテゴリー:社会

著者:黒木 亮、出版社:角川書店
 日本の裁判がいかにあてにならないものか、いやというほどあからさまに見せつけられます。どうやら著者自身の実体験にもとづく小説のようです。少し前の新聞に著者インタビューがのっていて、それで知りました。
 ファックスの日付なんて、ファックス機の入力データを変えれば、いくらでも操作できるじゃないか。
 うひょー、そ、そうだったんですか。ちっとも知りませんでした。デジタル・カメラによる写真はあてにならないというのは聞いていました。フィルム・カメラによる写真だと、そう簡単に合成はできませんが、デジタル・カメラだと、パソコンをつかえば合成写真なんて簡単なのです。
 この本は銀行の貸し手責任があるのかないのかを厳しく追及しています。日本の銀行はコンプライアンス、つまり法令にしたがった貸付と回収をしていない。そんな銀行はまともじゃないという叫びです。
 ところが、それを国会で激しく追及した議員は女性スキャンダルで蹴落とされてしまうのです。いやあ、これもよくある話ですね。銀行からいいようにあしらわれた被害者は、銀行との裁判の過程で、自分の弁護士を何回も変えていきます。要するに、その弁護士に能力があるかどうかというより、自分の主張をどれだけ法廷で陳述・敷衍してくれるかどうかという基準で変えていくわけです。その結果、どうなるか?
 長い準備書面に書かれているのは、何の論理も、説得力もない、感情の赴くままの罵詈雑言(ばりぞうごん)の羅列であった。目を三角に吊り上げた依頼者の喚き(わめ)き散らしを、そのまま文章にしただけ。
 いやあ、たしかに、これと同じような弁護士がたしかにいます。依頼者の言うことを 100%、いや120%裁判所に伝えることが弁護士の役割だと思いこんでいるのです。私は、決してそうは思いません。社会正義というのは、依頼者の思いとは少し違ったところにある場合もあると思うのです。依頼者とは十分に話し込みますが、ときには辞任するしかないということもあります。
 脳梗塞患者に21億円も融資し、その大半が両建て、しかも、保証人の署名は偽造、借入申込書は銀行員が書いた。これは、明らかに犯罪行為だ。
 大銀行のなかに犯罪がまかりとおっているのですね。
 ところが、被害者が勝つべき事案なのに裁判所は敗訴判決を下します。大銀行を救済したのです。法廷で重要証人の尋問途中に居眠りをしていた裁判長による判決です。
 とにかく常人の理解を超える判決だ。こんなんだったら、最初から裁判なんかやっても意味はないよな。なんだか、日本はダメな国だね・・・。
 35年間、日本で弁護士をしている私も、この指摘にはかなり同感です。国、行政、大きいところには弱いのが日本の裁判所なんですね。まったくいやになってしまいます。
 ところが、勝ったはずの大銀行が昨今の企業買収により、別の大銀行の傘下に入ることになり、裁判担当は早急に和解して決着することを命じられます。悪は長続きしないものですが、いつもそうなるとは限らないのが残念ながら現実です。
(2007年9月刊。1400円+税)

我らが隣人の犯罪

カテゴリー:社会

著者:宮部みゆき、出版社:新潮社
 すごいですね、さすが宮部みゆきです。
 最初期の作品群だそうです。いやあ、まいりましたね、これが宮部みゆきの駆け出しのころの小説だなんて・・・。すごいのです。いえ、すご過ぎます。
 推理小説なので、その展開をここで紹介するわけにはいきません。なーるほど、なるほどと、ひたすら感心するばかりです。
 タウンハウスの隣人が愛人稼業の女性。ところがキャンキャンと、うるさく吠えるスピッツを飼っている。やがて、そのスピッツを黙って始末してしまおうということになり完全犯罪を企みます。そして、そこで起きたことは・・・。予期せぬ結末です。
 次の「この子誰の子」も、すごいです。特別養子という、誰が父親なのか分からないシステムを破る、そんな話です。その着想と展開がすごいですね。
 読み終わってみると、なーるほど、と思わせる顛末を不自然さを感じさせずに、次はどうなるのだろうかと、ぐいぐいひっぱっていく著者の筆力には感嘆するばかりです。
 ジャーマンアイリスの爽やかな青紫色の花が次々に咲いています。茎がすっくと伸びて華麗な花を次々に咲かせて目を大いに楽しませてくれます。隣に純白の花も可憐に咲いていて、お互い同士で引き立っています。福岡県弁護士会館の通用口のそばに咲いているジャーマンアイリスは私が持ち込んだものですので、一度みてやってください。
 黄色のアイリスが気品にみちみちて咲いています。その隣には小さな紫色のシラーの花がここぞとばかり美しさを誇っています。ただし、もうすぐしたら、エンゼルストランペットの日陰になってしまうのです。
(2008年1月刊。1400円+税)

携帯電話はなぜつながるのか

カテゴリー:社会

著者:中嶋信生、出版社:日経BP社
 私も、もちろんケータイは持っていますが、実のところ一日一回もつかいません。自分でかけることもないし、かかって来ることもありません。依頼者には絶対教えないし、知っている人でもほとんどかけては来ません。いつもカバンの中に入れていますので、鳴っていても気づかないことが多くあります。それでもケータイを持ち歩くのは、公衆電話がすごく少なくなったからです。小さな裁判所からは公衆電話が撤去されてしまいました。福岡地裁本庁にもいくつかしかありません。相手方と交渉するときには私のケータイ・ナンバーを知られたくないので、必死で公衆電話を探します。ホント、苦労します。
 そんなケータイですが、いったいなぜこんな薄っぺらな機械ですぐに全国にいる人と通話ができるのか、不思議でなりません。それに、最近よく目立つケータイ用のアンテナ塔。低周波公害が問題となりましたが、電磁波公害はどうなんでしょうか。なぜ、あんなに高密度にあちらこちらにアンテナ塔が必要なのでしょうか・・・。
 ケータイは、多くの装置やノードビルを経由してつながっている。
 NTTドコモのFOMAは、屋外に3万5000局、屋内にも1万の無線基地局がある。郵便局は全国に2万、小中学校は3万4000校ある。それと同じくらいの多さだ。
 ケータイの特徴は、音声とデータの2本立て。ケータイの本質は次の3つ。移動すること。電波をつかうこと。
 ケータイがどこにいても瞬時に相手を見つけて着信できる秘密はホームメモリーにある。
 ケータイは、途中に大きなコア・ネットワークという有線のネットワークが介在している。ケータイは、音声を5K〜10Kbpsという低速で送る。
 ケータイは、いつでも送受信できる状態にしておくと電池がすぐになくなってしまう。そこで、待ち受け時には着信に必要な最小限の機能だけを動作させておいて、送信機には通電しないように工夫している。つまり、ケータイは必要なときだけ通電し、あとは通電せず、電池の消耗をおさえる間欠受信と呼ぶ技術をつかう。
 ケータイと無線基地局との間は電波で接続している。しかし、無線基地局から先は、光ファイバーなどでつないで、いくつかの装置をつかって、相手の最寄りの無線基地局まで音声を伝送している。
 ケータイで音を送るときに欠かせないのが音声コーデック。アナログの音声をデジタル・データに変換する機能・装置のこと。
 音声通信は、会話が不自然にならないように、送信から相手に届くまでの遅延を0.1秒以下におさえたリアルタイム通信が必須条件。データ通信では1秒や2秒遅れても差し支えない。そこでデータ通信はパケット通信をつかう。パケット通信は、待ちの時間をつかうので、リアルタイムの通信はできない。
 音声データをブロックに分割したあと、特徴を抽出して音量や波形を分類する。符号化装置は、さまざまな波形を記録した辞書をもっており、送信しようとする波形にもっとも似た波形のパターンを波形情報のかわりに相手に伝送する。音量など、ほかの 情報も並列に伝送する。
 受信側は、送られてきた波形コードにしたがって辞書を引き、元の波形を復元する。この方法によって、伝送すべき情報量は非常に少なくてすむ。音声品質の良さは、辞書の良さにかかっている。
 結局のところ、よく分かりませんでしたが、なんとなくイメージがつかめたところもあります。基礎的な知識がないと分からないという典型ではありますが、それでもあきらめずに、今後とも、この種の本にも挑戦します。
(2007年7月刊。2400円+税)

読む力は生きる力

カテゴリー:社会

著者:脇 明子、出版社:岩波書店
 ほんとうにすばらしい本は、読む人を自分だけの世界に閉じこもらせるのではなく、書き手と読み手とを人間的な共感でつなぎ、何か大切なものを受け取ったことによって開かれた新しい目で、まわりの世界を見直すように促す。
 人間の生存に不可欠な衣食住だが、人間は、それだけでは生きていけない生きものだ。
衣食住に加えて何が必要かというと、それは自尊心である。自尊心とは、自分には生きていくだけの価値があると思うこと。この世のなかで、いくらかの場所を占領し、食べものを食べ、水を飲み、空気を吸っていきていてもかまわないのだ、と思うこと。そう信じられなくなったとき、私たちは生き続けるために必要な気力を失い、ときには生命を絶つことさえある。
 私たちに一生にわたる自尊心の基盤を与えてくれるのは、幼いときに育ててくれた親や、それにかわる人々の、無条件の愛情だ。ところが、幼稚園や保育園などの集団に入ると、親の愛の上に築いた自尊心は、もろくも崩れてしまう。自分にとっては絶対であった親が、世の中のたくさんの人たちの一人にすぎないことが見えてくる。そうだとすると、その親に保証してもらった自分という存在の値うちも、ちっぽけなものにすぎないことが明らかになってしまう。そこから、子ども自身による、自尊心回復のための戦いが始まる。それは、なんでも自分が一番だと言いはじめたりすることにあらわれる。しかし、それは、子どもなりの自尊心回復の手段なのである。
 うむむ、なるほど、なーるほど、そういうことだったのか。この指摘に、私は思わずうなってしまいました。
 想像力をトレーニングしていけば、やがて、言葉による描写から人物や情景を思い浮かべることもできるようになる。これは、本を読むのに不可欠な力であって、読書が苦手だという子どもの大半は、この力がうまく身についていない。
 想像力は、とっぴな空想をめぐらす力なのでは決してなく、現実の世界で先を予想して計画を立てたり、さまざまな人とうまくコミュニケーションをとったりしていくうえで、万人に必要な能力なのである。そ、そうなんですね・・・。
 子どもには旺盛な好奇心とともに、臆病さもあって、一度何かでつまづくと徹底してそれを避けようとし、そのために世界を狭めがちになる。子どもは、柔軟であるかと思うと、ささいなことが原因で、とんでもない偏見をいだくことも多い。
 子どもが狭い世界に閉じこもろうとしているようなら、うまくその偏見をときほぐし、新しい出会いのチャンスを増やしてあげるべきだ。それもまた、冒険の付添人としての、身近な大人の果たすべき役割だ。
 なーるほど、これは、偏食についても言えることではないでしょうか。大人が、何でも、おいしい、おいしいと言って食べていると、子どもも安心してどんなものでも食べるようになると私は思います。
 いまの子どもたちを取りまく娯楽の多くが、情報満載の型である。子どもたちは、たっぷりと盛り込まれた情報を読みとって楽しんでいるのではなく、情報が満載されたにぎやかさを、感覚として喜んでいるにすぎない。
 情報量の多さを子どもを喜ぶようになったのは、映像メディアつまりテレビの影響だ。 映像は本に比べて、はるかに大きな力で見る者をとりこにする。映像を見ながら、物事を筋道立てて考えるというのは、非常に困難である。
 読書力は、全体を見渡して論理的に考える力を身につける。
 なーるほど、そうですね。そうだよね、と思いながら読んだ本です。
(2005年1月刊。1600円+税)

福岡県弁護士会 〒810-0044 福岡市中央区六本松4丁目2番5号 TEL:092-741-6416

Copyright©2011-2025 FukuokakenBengoshikai. All rights reserved.