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カテゴリー: 社会

仲間を信じて

カテゴリー:社会

著者:小林明吉、出版社:つむぎ出版
 面白くて、とても勉強になる本です。読んでいるうちに、思わず背筋を伸ばして襟を正し、粛然とさせられます。でも、決してお固い本ではありません。
 大阪そして奈良で労働運動一筋に生きてきた著者を弁護士たちが何十回もインタビューし、苦労して一つの物語にまとめた本です。ですから、まるで落語の原作本を読んでいる軽快さもあります。
 著者は今年、満77歳の喜寿を迎え、今なお労働分野の第一線で活動しています。同じ年に生まれた、私の敬愛する大阪の石川元也弁護士から贈呈された本です。一気に読みあげてしまいました。
 労働組合運動の活性化を志すすべての人に、そして労働事件に関わる多くの弁護士に読んでほしいという石川弁護士の求めにこたえて、私はとりあえず5冊を注文しました。本が届いたら、身近な弁護士と労働運動の第一線でがんばっている人に届けて読んでもらうつもりです。
 著者は初め、大阪でタクシーの運転手として働きました。当時、ゲンコツというシステムがあったとのこと。水揚げの一部を会社に納めず、自分のものにしていたのです。
 制服の右ポケットは会社への納金用、左ポケットはゲンコツ用。会社に納金するよりもゲンコツの方が倍くらい多いこともあった。雨が降ったり、風が吹いたりすると、もっと多かった。いやあ、ひどい話ですね。まるで信じられない牧歌的な時代があったのですね。
 タクシーの世界は奥が深い。客と知りあって出世した人も多い。信用が大切で、ついに証券屋になった運転手もいる。当時のタクシー運転手は、よく稼げた。しかも、それも調子のいいときだけ。事故にあったりしたら、もうどうしようもない。そこで労働組合をつくらなアカンという話になった。20代の著者もその中心人物の一人になった。
 組合を結成した。1960年ころは、1年半のうちに22回も、全国統一行動に参加していた。苦しくてヒマだったから。毎日が退屈で仕方なかった。だから、今日は統一行動だというと、みんな目が輝いた。デモ行進で、往復8キロ歩いても平気だった。
 著者は1967年3月、警察に逮捕されます。ちょうど、私が大学に入る年のことです。会社の労務係をケガさせたというのです。石川弁護士らの奮闘で一審は完全無罪となります。この裁判闘争のとき、裁判所前に長さ25メートルもの横断幕をかかげたというのです。無罪判決を求める運動のすごさですね。6年間の裁判闘争でした。今も福岡地裁の前に横断幕をときどき見かけますが、そんなに大きいのは見たことがありません。
 著者は全自交大阪地連組織争議対策部長として、丸善タクシー事件に関わります。社長が夜逃げしたため、残された従業員が自主管理したのです。そのとき社会保険について、労働者負担分はちゃんと納付したものの、企業負担分は、保留しておいたのです。それが、なんと数千万円にもたまり、結局、争議の解決金として組合側がもらえたというのです。すごい発想です。
 オリオンタクシー事件のときは、会社が倒産したと聞いたニッサンはまだ従業員がつかっているのに、車を差押さえて執行のシールを車に貼っていった。トヨタはそんなことはしない。執行官から、車に貼ったシールをはがすと犯罪になると警告された。さあ、どうするか。運転手たちは車を一生懸命に洗ってピカピカにみがいたのです。ホースで水をかけてモップで洗っているうちに、なぜかシールは自然にはがれていく・・・。うむむ、おぬし、やるな、という感じです。
 著者は、大阪から奈良へ活動の舞台を移します。奈良のタクシー会社に労働組合をつくるために大阪から派遣されたのです。大阪の組合がずっと著者の給料を出したというのですから、えらいものです。いま、東京でフリーターの若者を労働組合に加入してもらおうという動きがあります(首都圏青年ユニオン)。それに弁護士もカンパしていますが、同じような発想です。
 労働基準法違反のひどい会社に対して正当な要求をつきつけたところ、会社は労基法は守る。その代わりに残業は一切させないと対応してきました。残業できなかったら、労働者にとって一大事です。でも、これくらいでヘコむようでは組合活動なんてできない。労基署に要請行動すると、署長は「組合に要求を突きつけられて残業させないのは違法だ」と明快な回答。そして、会社に対して是正指導した。ひゃあ、これってすごいことです。当時はホネのある労基署幹部がいたのですね。
 納金ストをしたという話が出てきます。初めて聞く言葉です。つまり、会社に納金せず、組合が料金を保管するのです。下手すると業務上横領という刑事事件になりかねない行為です。だから、組合はきっちり現金を管理しなければいけない。売上は組合の名前で銀行に預け、売上日計表をつくって会社に通知しておく。な、なーるほど、ですね・・・。
 労働組合の団結にも、強・弱と、上・中・下がある。 組合ができるときは、緊張と興奮が続き、感情が高ぶり、感情的団結がうまれる。社長はけしからん。賃金が低い。労働時間が長い。このような興奮状態から生まれる団結水準。しかし、いつまでも感情的であってはいけない。組合も時間の経過にともなって成長していく。勉強を積み上げてだんだんに意識が向上していく。つまり、努力次第で、意識的団結へと成長する。ところが、意識的団結に高まっても、何かの事情で勉強回数を減らしたり、止めたり、リードする幹部がいなくなると、その団結が揺らぎ出す。
 したがって、労働組合が目ざすべき団結は、思想的団結である。幹部は目的意識的に一般組合員との人間関係を大切にしなければならない。そして、幹部は人間としても信頼されなければならない。礼儀・恩義に無頓着、金銭にルーズ、サラ金の常連というのでは困る。労働態度(働き方)も大切。職場の模範である必要がある。
 孫子の兵法に学べ。著者はこのように言います。有利、有理、有節。有利とは、その要求と闘いに利益があるかどうか。有理とは、理屈と根拠が正当か。有節とは、要求が正当でも、社会的に支持されるものかどうか。
 私が弁護士になって2年目のときでした。日本のほとんどの交通機関で1週間ストライキが続きました。スト権ストです。当時、横浜方面に住んでいた私は、いつもより何時間もかけて苦労して出社しました。それ以来、日本ではストライキが死語同然になってしまいました。最近やっとマックの店長は労働者かということで労働基準法が脚光をあびるようになりましたが、まだ労組法は死んだも同然です。やはり日本でも労働者が大切にされる国づくりを目ざすべきだとつくづく思います。
 石川先生、すばらしい本をご紹介いただいてありがとうございました。元気をもらいました。
(2008年3月刊。1600円+税)

物語が生きる力を育てる

カテゴリー:社会

著者:脇 明子、出版社:岩波書店
 私と同世代の女性の書いた本ですが、すごいなあ、なるほどそうだなあと、同感の思いを抱きつつ読みすすめていきました。
 子どもがちゃんと育つために必要なのは、一にも二にも実体験だ。言葉という道具を身につけて、それでコミュニケーションを行うというものではない。まわりの人たちを相手に、音声や表情や動作のキャッチボールをたっぷり行うことこそが、生きるために不可欠な対人関係を育て、言葉をつかう力を育てる。
 赤ちゃんに必要なのは、全身をつかって可能な限り世界を探索し、それを通じて五感を発達させ、運動能力を高めていくこと。
 幼児には、喜んで耳を傾けてくれる人、この人に伝えたいと思える人が近くにいることが必要だ。子どもの発達にとって不可欠な二つのこと、すなわち身体をつかって世界を探索することと、まわりの人たちとコミュニケーションをとることは、密接にかかわりあっており、その両方が保証されてはじめて人間的知性が身についてくる。
 問題は、これほどまでに大切な実体験が、いま子どもたちから奪い去られつつあること。その元凶は、何よりもまず、近年大発展をとげた電子メディアにある。テレビ、ビデオ、DVD、ゲーム、インターネット、ケータイが子どもの成長発達を脅かしている。
 ところで、子どもの成長には、実体験が何より大切だが、物語による仮想体験にも、場合によっては、実体験では不足するものを補う大きな力がある。
 人間には、「物語」をもっているというユニークさがある。五感で世界をとらえただけでは、物語は生まれてこない。物語が生まれるのは、語感でとらえた事実と事実とのあいだに、目で見ることも耳で聞くこともできないつながりが感じられたとき。そのつながりは、語感でとらえた世界に実在するわけではなく、いわば人間の脳のなかにだけある。
 ヨーロッパの昔話の主人公は一般に若く、日本では、じいさんばあさんの話が主流だ。
 日本の昔話に目立つのは、花咲かじい、こぶ取りじいのように、2人のじいさんを対比させる。ヨーロッパでは、3人姉妹や3人兄弟だらけ。まず長男が失敗し、次男も失敗し、最後に末っ子が成功する。ところが、日本の昔話では、まず最初のじいさんが幸運に恵まれ、それをまねた2人目のじいさんが失敗して終わる。序列がまるで逆だ。
 うへえ、そんな違いがあるのですか・・・。
 子どもは残酷性に強い。幼児期の子どもは、まずは動物として生きる力を身につけようとしていると考えられる。私たちは、人間として育つと同時に、動物としてもしっかり育たねばならず、動物の部分を切り捨てようとすると、基礎工事を手抜きした建物のように不安定になる恐れがある。
 赤ちゃんとテレビのあいだには親密な交流は生じない。人間なら、赤ちゃんが笑えば自分もうれしくなって笑顔を返し、声をかけたり身体をゆすったりして、うれしさをさらに増やそうとする。そうされると赤ちゃんは、自分の感情を肯定されていると感じ、養育者との情緒的なつながりを強めると同時に、自信をもって感情を動かせるようになっていく。
 ところが、テレビが相手だと、赤ちゃんの感情に同調してくれないし、身体的な働きかけもしてくれない。それでは、赤ちゃんはあやふやな感情しかもてないし、他者の感情を推しはかる力をうまく身につかない。
 不快感情の体験にかぎっては、物語で味わうほうがいい部分もある。子どもにいろんな不快感情をわざわざ体験させるわけにはいかないけれど、物語なら、多様な体験ができるから。
 筋だけを追う読書では、情景や心情を想像してみるヒマなどないから、想像力が育たない。思考力も記憶力も育たない。想像力を働かさなければ、感情体験や五感体験はできない。ましてや、心の居場所など、見つかるはずもない。
 これは速読術への批判です。私も本を読むのは早いわけですが、なるべく、情感を味わうようにはしています。それで、どれだけ思考力が身についたのかと問われると心もとないのですが・・・。
 早くも、1本だけですが、ジャーマンアイリスが咲きました。ビロードのようなフサフサをつけた、気品のあるライトブルーの花です。ジャーマンアイリスを植えかえようかと思っていたのですが、しないうちにぐんぐん葉が伸びて、ついに花が咲いてしまったので、なりゆきにまかせることにしました。あちこちに株分けしていますので、それらに再会するのも楽しみです。福岡の弁護士会館の裏口あたりにもあります。
 チューリップは7〜8割方は咲きました。毎朝、雨戸を開けるのが楽しみです。チューリップの赤や黄色そしてピンクなど、色とりどり、また形もさまざまの花を眺めていると心がすーっと軽くなります。
(2008年1月刊。1600円+税)

「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・東京」(上下)

カテゴリー:社会

著者:楡 周平、出版社:講談社
 今から40年前の1968年に起きた東大闘争とは一体、何だったのか。そのとき活動家だった学生は今、何をしているのかを鋭く問いかけた小説です。当事者の一人でもある私の問題意識にぴったりあう舞台設定なので、大変興味深く、一気に読了しました。東大闘争の経緯については不正確なところが多々ありますが、さすがプロの書き手ですので、ぐいぐい魅きつけていくものがありました。最後まで、次はどういう展開になるのだろうかと、手に汗をにぎりながら読みすすめていきました。
 「当時は、本当に私たちの力でこの国を変えられると思っていた」
 「ああ、あの時代は、本気でそう思っていた」
 「だけど、何も変わりはしなかった。それが、私たちが行った運動は、すべて間違いだったってことの証明ってわけ。当時の仲間たちのほとんどは、あの頃のことなどおくびにも出さずに、安穏とした生活をむさぼっている」
 「プロの活動家なんて、もはや絶滅人種だ。デモに出かける人も、日頃は、思想信条を明らかにせず、一介の公務員として国家体制に寄生して糧(かて)を得ている。どこかの中小企業の労働者として、資本主義社会の恩恵に与っているのがせいぜい。私は、両手に手錠がはめられた時に、初めて目が醒める思いがした。権力に歯向かうことの愚かさ。屈辱と、全てを失うのではないかという恐怖を感じた」
 これは、それから30年後の元活動家同士の会話として語られています。たしかに私も、自分たちが大人になったときには世の中は根本的に変わっていると思いこんでいました。しかし、大きく変わったのは世の中というより、自分たちのほうでした。といっても、当時していたことが「全て間違いだった」などと私が思っているわけではありません。資本主義の片隅で、その恩恵を弁護士として受けていることは否定しませんが・・・。
 先日、高校の同級生だった医師と話していたとき、「あんたは、まだ弱者のためと思って(活動)しているのか?」と問いかけられました。私は、即座に、「そうだよ」と返事しました。弁護士になって35年になります。ずい分、安穏とした生活を過ごしていると自分でも思いますが、学生時代に抱いた理想、つまり弱い人のために役に立つ人間になろうということを主観的には忘れたことはありません(客観的に、どれだけのことができたか、しているかと問われると心苦しいのですが・・・)。
 体制を変えるためのもっとも早い方法は、権力の中に入り込み、その頂点に立つことだ。
 久しぶりにこのような文句に出会いました。そうなんです。学生のころ、よく聞いたセリフなのです。とりわけ、私のいたセツルメントでは、とりわけ法律相談部のセツラーのなかに、そのように言う学生セツラーが何人もいました。セツルメント活動を真面目にやっていた人のなかから、高級官僚や裁判官になった人は何人もいます。そしてセツルメント活動は、このセリフとのあいだの葛藤から成り立っている面があると言うと、いささか言い過ぎになるかもしれませんが、それほど重たく魅力的なセリフでした。だけど、多くの場合、結局のところ、このセリフにかこつけて権力に取りこまれて理想を喪っていくことになりました。もちろん、すべての人にあてはまるということではありませんが・・・。
 あのころ、セクトに属していた女性活動家に課せられた任務は熟知している。一般学生をセクトに誘うために、幾多の男たちと体を重ねた。
 うへーっ、まさかと、私は思いました。そんなセクトがあるなんて、当時、少なくとも私は聞いたことがありません。私の交際範囲の狭さからかもしれませんが・・・。もっとも、私の交友関係の大半を占めていた民青は、歌って踊って恋をしてという路線をとっていると批判されていましたし、私自身も女子学生が半数ほどを占めるセツルメントにいましたが、そんな「任務」なんて聞いたことはありませんし、あろうはずもないと私は考えています。
 アメリカのヒッピー学生のあいだでは乱交が常態化していたという本を読んだことがありますが、日本では、あったとしてもごくごく一部の話だと私は思います。もし、あっていたとするなら、ぜひ、どこの大学であっていたのか教えてほしいと思います。
 もちろん、男女学生が同棲生活をするというのは多数ありました。私自身は、残念なことに、そこまで至ることができませんでした。この本で最大の違和感があるのは、この「ドグマ」を前提としてストーリーが展開していることです。
 東大闘争とは言っても、実際のところ当の東大の学生活動家はそれほど多くはなかった。輝かしい将来を約束されている東大の学生にしてみれば、現体制が続くことが自分たちの安泰につながると考えこそすれ、その崩壊を望んだりはしないからだ。だから、東大生をオルグすることができれば、スリーパーとして権力の中に送り込むことだってできる。
 いやあ、これって完全な間違いだと思います。もちろん、その定義にもよりますけれど、あのころの東大のセクト・メンバーは、全共闘にしろ民青にしろ、どちらも数百人単位をこえていたと思います。なにしろ、東大の学内集会とデモにそれぞれ少なくとも500人以上は集まっていたのですから。私は、当時、駒場の学生(2年生)でしたが、6千人の学生のうち双方の活動家の合計は少なくとも1000人ほどいたというのが私の実感です(組織メンバーになっているか、強烈なシンパかはともかくとして・・・)。
 この本を読んで、東大闘争の事実経過を詳しく正確に知りたいと思った人には、『清冽の炎』(神水理一郎、花伝社)を一読されることを強くおすすめします。
(2008年2月刊。1700円+税)

自衛隊2500日失望記

カテゴリー:社会

著者:須賀雅則、出版社:光文社ペーパーバックス
 自衛隊に7年間いて、事務方をつとめていた著者が自衛隊で起きている信じがたいほど莫大な税金の無駄づかいを体験にもとづいて告発した本です。顔写真入りの実名(のよう)ですから、勇気がありますね。左翼の人間が自衛隊に潜入して実態を暴露するルポを書いたというものではありません。著者は、どちらかというと今も自衛隊賛美論者ですが、あまりのひどさに怒りを覚え、言わずにおかれないという気持ちに駆られたのです。
 洋の東西を問わず、軍需産業と高級軍人の癒着は昔からひどいものがありますが、日本の自衛隊もひどいものです。こんな莫大な税金ムダづかいをしているから、福祉予算の方が削られてしまうのですね。
 自衛隊の好待遇は建前上は本当だ。新兵は年間270万円の給料をもらえる。アメリカでさえ150万円。ところが、実際にお金を残すには、人間関係を犠牲にして付き合いをある程度絶たねばならない。自衛隊員には、飲む打つ(パチンコ)買う大好き人間が多数派を占める。だから、現実には、金欠病に苦しむ隊員が多い。家庭をもつと基地外居住となるので、衣食住費が自己負担になる。そのとき年収300万円で家族を養うのは厳しい。なーるほど、ですね。
 日本の自衛隊は、軍人数や国防予算額で軍事力ランキングで少しでも多く見せようとしている。軍事力でハッタリかませるのも抑止力の一方法なのだ。うむむ、そういうことができるんですか・・・。
 偏屈な自衛事務系の隊員が定年まで勤めあげ、なんと1億円も貯めたという話が紹介されています。そんなことができるんですか・・・。
 マルボウという言葉を知りました。法曹界では、マルボウというと暴力団をさしますが、ここでは防衛関連企業のことをさす。多くの防衛関連企業は自衛隊からの天下りを受け入れ、それまで以上に利益が出るよう製品価格をつりあげ、暴利をむさぼる。
 過去5年以内に防衛省と取引があった企業には、再就職2年前まで調達に携わっていた隊員は、営業職として就職できないので、製造管理者と名づける。通常の調達隊員は、上が気を利かせて退官数年前に閑職にまわす。そこで、ほとんどの調達隊員、調達事務官は利害関係の深いマルボウに堂々と再就職する。
 5兆円の防衛費にたかる防衛産業は非常においしい。ほとんど随意契約という悪質な契約がまかりとおる。この甘い蜜は、一度味わうとやめられない。こんな一大利権を官僚・政治家・自衛官が手放すわけがない。
 そこで、著者は、天下り職員をすべて例外なく禁止する法律を制定すべきだとします。その点、日本共産党が大嫌いな著者が、唯一、この点だけは日本共産党を評価しています。
 ミサイル防衛システム(MDシステム)は国防上ムダであり、即刻やめるべきだと著者は主張しています。なぜなら、MDシステムの主力であるパトリオットミサイルが実戦ではまったくあてにならないから。
 90式戦車が10億円以上するのについても、著者は疑問を呈しています。アメリカのより強力な戦車は1台4億円しかしない。そう聞くと、ええーっ、なんで・・・と思わず叫んでしまいました。日本の軍事企業がいかにボロもうけしているか、ということなんでしょう。
 日本の兵器国産主義の本音は、退職後の自衛官や防衛官僚に対する超高額の生活保障を維持するためだ。うむむ、いやあ、ひどい。これって許せませんよね。おかげで福祉はどんどん切り捨てられているのですからね。先日、ヨーロッパのある国で、教育費と医療費は全額無料にするという国民投票があり、可決したというニュースがありました。日本も、軍事費を削ったら、このようなことができると思いますよ。
 自衛隊の生命保険はこれまで協栄生命と東邦生命だった。今や、いずれもアメリカのGEエジソン生命とジブラルタ生命になってしまった。むひょー、そうなんですか。そこまでアメリカの言いなりになっているのですね。ひどいものです。
(2008年2月刊。952円+税)

葉っぱで2億円稼ぐおばあちゃんたち

カテゴリー:社会

著者:ビーパル地域活性化総合研究所、出版社:小学館
 アウトドア月刊誌『ビーパル』というものがあるそうです。私は読んだことがありません。でも、「ゲンキな田舎」という連載企画を連載したものをまとめた、この本は本当に読んで元気が出てきます。田舎だって、まだまだやることはたくさんあるということを実感できます。
 全国の直売所の総売上額は年間2500億円もある。といっても、農水産物の生産総額は9兆円あり、日本人の食料支出費にいたっては75兆円になる。日本最大級の直売所といわれるのは愛知県大府市の『げんきの郷』内にある「はなまる市」。JAあいち知多が建てた大規模複合施設。農産物を売る「はなまる市」は、1000平方メートル。700軒の農家が出品し、年間売り上げ高は15億円。
 珍しいものも売れるが、あんがい普通のものがよく売れる。スーパーになくて直売所にあるもの。それは、やっぱり安心感と鮮度。
 徳島県上勝(かみかつ)町は、山の多い谷あいに面した小さな町。人口2200人、半分近くが65歳以上。ところが、年寄りがやたら元気で、よく稼ぐ。70〜80歳で月収50万円はざら。年収1000万円という人も何人かいる。
 葉蘭、南天、もみじ(かえで)、松葉、笹の葉、柿の葉、椿の葉、ゆずり葉。春蘭、梅、ぼけ、桃、桜の花。どれも裏山や農家の庭先にあるものばかり。これらの葉や枝は、日本料理を彩る「つまもの」として、全国の料亭や旅館に流れていく。上勝町は、全国の「つまもの」市場の8割を占有する小さな大産地なのだ。
 たとえば、農家の庭に樹齢100年の柿の木がある。在来品種の渋柿だが、秋の紅葉がとくに鮮やかで、その葉っぱだけで売上30万円。スタート以来すでに数百万円を稼ぎ出している。す、すごーい。そうだったんですか。たしかに、高級料亭ではプラスチック製ではない、天然のものを添えていますよね。あれもビジネスになるのですね。
 三重県伊賀の農村に年間40万人もの人が訪れるアミューズメント施設がある。ゴールデンウィークには1日で1万人もの人々が押し寄せ、付近は大渋滞となる。売り上げ高が35億円。
 そこでは、体験事業する人が10万人、来る人の7割がリピーターになる。ソーセージをつくり、パンを焼き、ジャージー牛の乳搾りを体験する。
 阿蘇の黒川温泉の人気の秘密は雑木を植えたこと。中心はコナラ。コナラは、木肌に味があり、春の芽吹きも、葉が落ちたあとの佇まいも良い。虫に強く、いつ見ても飽きない。結局、人工美は自然美にはかなわない、ということ。普通の田舎が、今では一番の贅沢なのだ。まるで昔の農家のようだというのが人気になる。
 年に一度お客に来てもらうようり、何度でも来てもらえる地域にするには、どうしたらよいかを話し合ってきた。
 栃木県茂木(もてぎ)町の民宿『たばた』には、年間1万人がやって来る。一見したら、どこにでもある田舎の民家だ。ところが、ここは、体験型の民宿。年間の泊まり客は4000人。日帰り体験脚が6000人いる。宿泊料に1000円上乗せすると、ソバ打ち、農作業、生き物遊びが楽しめる。集落からインストラクターをつのった。時給2000円。多い人は、年間20回以上の指導をこなす。昔話の語り部だけでも、20人いる。
 うむむ、これはすごーい。こんなことは、全国各地でもっと試みられていいですよね。
 大分県宇佐市の安心院(あじむ)町は、農家民宿の草分け。いまや高校生の修学旅行先になっている。2005年には、22校、1600人がやって来た。訪れるのは平日なので、稼働率が上がった。
 なーるほど、ですね。いろんな工夫がなされているのですね。
 日曜日に久しぶりに山を歩いてきました。山のふもとに住んでいますので、お弁当をもって頂上を目ざします。桜が満開です。ソメイヨシノのピンクの花びらはいつ見ても色気を感じさせられます。春の山はウグイスをはじめ小鳥たちのにぎやかな鳴き声にみちみちていました。のぼり始めたころは少し曇り空でしたが、頂上に着くころは晴れあがり、少し春霞がかかっていましたが、汗ばむほどの陽気になりました。頂上の見晴らしのいいところで、お弁当開きをします。その前に上半身裸になって汗をふき、シャツを取りかえ、さっぱりします。はるか下界を見おろしながら深呼吸をして、まさに浩然の気を養いました。おかげで食もすすみ、ダイエット中にもかかわらず、おにぎりを2個とも食べてしまいました。体重は半年間で5キロ減り、今は64キロ台をなんとか維持できるようになりました。目標の62キロまで、あと少しの辛抱です。
 そろそろと山をおりて帰ります。山のふもとにツクシがたくさん出ていました。ピンク色の桃の花も咲いています。黄色い菜の花畑が少なくなったのが残念です。今年はじめてツバメが飛んでいるのを見かけました。
 わが家のチューリップは251本咲いています。あと半分はまだツボミにもなっていません。まだまだ当分じっくり楽しめそうです。
(2008年1月刊。1200円+税)

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