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カテゴリー: 社会

戦争が遺したもの

カテゴリー:社会

著者:内田雅敏・鈴木茂臣、出版社:れんが書房新社
 前に『半世紀前からの贈物』(れんが書房新社)という本を紹介しました。1958年12月につくられた小学校2年生の文集『いつつぼし』を復刊したという本です。著者の一人は私より3歳年長の弁護士で、いま日弁連憲法委員会でよく顔をあわせます。この本は、前の本の反響を紹介する本でもあります。内田弁護士(さん)の出版意欲には、さすがの私もほとほと呆れるほどです。私も負けずにがんばります。
 内田さんたちの恩師が元気なころに語った録音テープが反訳され、紹介されています。恩師79歳のときの話です。
 ご主人を昭和20年6月9日の空襲によって亡くしておられます。1トン爆弾の直撃を受けたのです。その後、2人の子どもをかかえて小学校の教員となり、65歳まで勤めあげたのです。恩師は次のように語っています。
 戦争で有望な大勢の若い人たちが無惨にも散ってしまい、本当に残念に思います。二度と戦争の悲惨さを味わってはならない。平和な世界をみなさんで築いていただきたいと願っています。
 この願いに私たちはこたえなければいけません。
 久子先生(恩師の先生です)は、とにかくお優しく、いつもニコニコしていらしたという思い出が紹介されています。
 昔の先生は、今より心に余裕があったのでしょうか。今は上からのしめつけが私たちの想像する以上に厳しいようですね。学校の先生はもっと大切にされなければいけないと思います。子どもたちを立派に育てるという大切な仕事をしている教師を粗末に扱ったら、子どもに、そして、日本に未来はありませんよね。
 内田先生、ありがとうございました。日本と世界の平和を守るために、これからもがんばりましょう。
(2008年5月刊。700円+税)

限界自治・夕張検証

カテゴリー:社会

著者:読売新聞夕張支局、出版社:悟桐書院
 夕張支局の女性記者が追った600日、というサブ・タイトルのついた本です。夕張市が破綻していく実情を現地からリポートしていますので、迫力があります。
 ただ、国や企業の責任を追及しようとしていないのが気になりました。そこは、「右派」ヨミウリの弱点なのでしょうか・・・。
 ゆうばり、という地名は、アイヌ語のユーパロ、つまり鉱泉の湧き出るところ、に由来する。夕張市は、南北に細長い。そうなんです。一度だけ行ったことがある私も、奇妙な町だと思いました。奥行きはあるけれど、ほとんど幅のない町なのです。
 夕張市の65歳以上の高齢化率は42%。これは全国トップだ。夕張市は最盛期の1960年には人口11万7000人だった。市内に17の炭鉱があり、1万6000人の労働者が働いていた。最後の炭鉱となった三菱南大夕張炭鉱が閉山したのは1990年のこと。
 夕張市が財政再建団体になったのは、福岡県の赤池町が1992年に指定を受けてから、2番目。赤池町の負債は32億円で、2000年度に再建を終了した。ところが、夕張市の負債はケタ違いの何百億円にのぼる。
 ゆうばり映画祭が始まったのは1990年のこと。ふるさと創生資金1億円を活用した。それ以来、夕張は映画の町として知られるようになった。毎年の運営費は1億円。市が7割を補助した。中田元市長の観光政策のもので、1991年に観光客が1991年に230万人も来た。しかし、それがピークで、あとは減るばかり。
 1979年度から2005年度にかけて、夕張市の財政破綻の要因となった観光事業に施設整備費だけで150億円近くが投じられた。そのうち、国の補助が22億円ほどあった。そうなんです。夕張市の財政破綻に国も手を貸していたのです。
 夕張市は財政再建団体になるまで、財政のつじつまあわせをしてきていたから、市の広報誌で発表される決算は、ずっと黒字だった。市民はだまされ続けたのである。
 夕張市の6400世帯の半分近くは公営住宅に住み、民間アパートは少ない。4000戸の公営住宅の1300戸が空き家だ。公営住宅の多い夕張市では、不動産屋は商売にならないので、市内には不動産屋がない。ひえーっ、これには、さすがの私も驚きました。町にコンビニがないというのと同じほどのショックです。もっとも近い隣の地区のコンビニまで来るまで15分かかるという地区もあります。うひゃー、ですね。
 夕張市の再建のバロメーターが人件費削減の割合だった。それが、やる気を示すバロメーターとなった。目安となったのが島根県海士(あま)町の削減率28%だった。
 夕張市は、12人の部長、11人の次長の全員が退職した。32人いる課長職も、3人しか残らなかった。管理職のほぼ全員がやめて、行政機能は維持できるのか?
 夕張市と職員260人を126人と半減した。管理職57人を15人に減らした。夕張市長の給料は86万円から25万円と、全国最低になった。
 市議会は18人の定数を9人とした。議員報酬は42%減の18万円となった。これまた全国最低だ。
 1960年ころ、夕張市内にあった小学校は22校で、中学校は9校あり、3万人いた。現在は、わずか600人でしかない。
 15歳未満の年少人口は7%。これまた全国の市のなかで最低。年間出生数は50人。市営住宅に入居すると4000世帯のうち、家賃を滞納する世帯が20%をこえる。3億3400万円もの滞納額となっている。
 うひゃあ、夕張市の再建って、これでは本当に大変だなあ、とつくづく思いました。
(2008年3月刊。1600円+税)

子どもの貧困

カテゴリー:社会

著者:浅井春夫ほか、出版社:明石書店
 日本政府は1965年(昭和40年)に公的な貧困の測定を打ち切った。私が大学に入ったのは1967年でした。そのころは、まだ絶対的貧困と相対的貧困との異同が多少は問題となっていました。でも、それは、はっきり言ってかなりマニアックなテーマでしかありませんでした。
 現代の日本では、貧困というと、「飢え死にするかどうか」という基準でしか見ない、つまりホームレスとして路上生活をしている人々は貧困とは考えない人々が多い。私は、駅や公園に生活している人々こそ、現代の貧困を体現している人と思います。でも、今日の日本人の多くは、そうは思っていません。実に不思議です。
 相対的貧困とは、その社会の構成員として、あたりまえの生活を営むのに必要な水準を欠くということである。人とのつながりを保てる。職業や活動に参加できる、みじめな思いをすることのない、自らの可能性を大きく奪われることのない、子どもを安心して育てることのできる生活、つまり、ぜいたくではないが望ましい生活を営むには、一定の物的。制度的な基盤が必要なのである。
 貧困のもたらすものは、可能性の制限である。子どもの貧困の本質は、それによる発達権の侵害である。家族の経済的「ゆとりのなさ」は、子どもの活動と経験を制限する方向に作用し、同時に、親の社会的な孤立を招いている。
 子どもには、「負の経験」を回復するためにも、支えられる環境での「失敗する自由」が必要である。社会的な自立の困難は、それが奪われているところにある。
 「失敗する自由」とは、さまざまな可能性を試みること、自己の選択と決定を尊重できること、試行錯誤のなかで育つ時間を準備できること、それらの試みを支える人と制度が存在すること、などが含まれている。
 いやあ、この私的には目がさめる思いでした。子ども時代に、たくさんの失敗をして、それが許されるって、すごく大切なことなのですね。子どもの失敗をあたたかく大人が見守るという雰囲気が今の日本では薄れている気がしてなりません。ギスギスしてますよね、なんだか。
 貧困が問題なのは、単に欲しいものが買えないというのではなく、人生の機会と可能性を狭め、活動への参加を制限し、人を社会的に孤立させるからである。将来への見通しを奪い、誇りをもった人生を奪う。
 貧困は、個々の人生としあわせを壊す。そして、貧困が壊すものは個人の人生だけではない。貧困は、家族形成と子育ての困難を招き、少子化の要因となる。また、貧困は、人の可能性を制限する。子育て家族の貧困は、子どもの育ちの不利を招き、結果として貧困が世代をこえる固定的なものになる。世代にまたがる可能性の制限は社会を分断し、社会をすさませる。社会的公正を欠いた社会は、もろい。貧困は個人の自由と尊厳を奪うだけではなく、長期的にみれば社会の持続性も損ねる。
 児童虐待は、1990年に比べると、34倍の3万7000件である。これは2000年に比べても2倍だ。
 日本は、欧米に比べて大学の授業料が高い。日本で大学生活を送るためには、年に  200万円かかる。このうち170万円を学生本人が負担する。スウェーデンでは、学生の本人負担は6万円でしかない。
 日本は授業料が高いのに、奨学金は安い。日本の自公内閣は、「子どもの貧困」を減少、緩和するものではなく、むしろ増加させるものとなっている。
 大学の入学金・授業料についてみると、フランスやドイツは、ほぼ無償となっている。アメリカでも年に47万円ほど。
 奨学金が貸与だけだというのは日本のみ。EUでは無償ないし給付制をとっている。
 いま、東大をはじめ、いくつかの大学で低収入世帯の授業料を免除する動きが出ているようですが、大学に入るのときの入学金も授業料もタダにする、そして学生の生活費も親に頼らなくてもいいくらいに大幅な補助をするべきだと思います。日本人の知的レベルを上げたら、日本の産業も発展していくわけですから、税金の有効なつかいかただと私は思います。いかがでしょうか。
 子どもを大切にする国にするためには、思い切った財政の転換が必要です。道路や新幹線という大きな目に見えるものではなく、地道な人材育成にこそ税金はつかわれるべきだと、つくづく思ったことでした。
 論文集ですので、決して読みやすい本ではありませんが、この本に指摘されていることはすごく大切なことだと思います。多くの人に一読をおすすめします。
(2008年4月刊。2300円+税)

棟梁

カテゴリー:社会

著者:小川三夫、出版社:文藝春秋
 私とほとんど同世代(正確には、私のほうが一歳下)なのに、なんと、早くも隠退してしまいました。
 鵤(いかるが)工舎の小川棟梁が、引退を機に後世に語り伝える、技と心のすべて。
 これはオビに書かれている文章です。小川棟梁は法隆寺最後の宮大工だった西岡棟梁の後を継ぎ、徒弟制度で多くの弟子を育て上げました。すごいことです。そんな実績のある棟梁の語る言葉には、一言一句に重みがあります。ついつい耳を傾けてしまいます。
 師匠の西岡常一棟梁は、何にも言葉では教えてくれなかった。一緒に暮らして、一緒に仕事をした。それが教えだった。学ぶ側が何をくみ取るかの問題であって、言葉はない。だいたい、大工や職人には言葉はいらない。カンナ使いの手加減、体づかい、刃のつくり方、削ろうとする木の癖、柔らかさ、どれも体が覚えて判断すること。言葉では言いあらわせない。
 言葉で教えられないから弟子に入る。本や言葉ですむなら、10年もかかって修業する必要はない。やる前に考えて、できないと思うようなら職人として使えない。それでは、小さな体験からはみ出せない。
 弟子に入ったとき、師匠から1年間はラジオも聞かなくていい。テレビもいらない。新聞も読まなくていい。大工の本も何も読む必要はない。ただひたすら刃物を研げ。こう言われた。修業は、そうやってただただ浸りきることが大事なのだ。
 ものを教わり、覚えるのに一番必要なのは素直なこと。そのため、12、3歳までには弟子になる必要がある。遅くても14、5歳まで。うむむ、そうなんですか・・・。
 職人は徒党を組んではいけない。まして修業のときはそうだ。人は人。それぞれ生まれも育ちも性格も才能も違う。最初から違うものと思って扱うし、本人たちもそう思わないと共同生活は成りたたない。仕事のできない人間、遅い者が群れを組みたがる。
 うーむ、なかなか厳しい指摘ですね、これって・・・。
 現場で棟梁をするのが大工。その下が引頭(いんどう)。現場で大工を助ける。仕事の段取りをして、人を実際につかう。その次が長(ちょう)。道具づかいが一人前で、下の者に道具づくりが教えられるようになった人間のこと。一番下が連(れん)。
 アパートから通いたいという人間は、弟子にとるのを断った。体から体に技や考え、感覚を移すのが職人の修業なのだ。
 弟子入りして共同生活した新人に食事や掃除をさせるのには理由がある。掃除をさせたら、その人の仕事に向かう姿勢・性格が分かる。飯をつくらせたら、その人の段取りの良さ、思いやりが分かる。間は技だけ秀でてもダメ。バランスのいい人間である必要がある。そのためにも、一緒に暮らして学ぶことが大切だ。
 ふむふむ、なるほど、なるほどですね。すっかり納得しました。
 大工仕事は段取りが8割。段取りさえうまくいけば、仕事はできたも同然。 棟梁は、みんなより先を見なくてはいけない。全体を見渡せて、棟梁だ。個室に戻って、仕事のことを考えるのから解放されたいというのではダメ。共に耐え、忍ぶ心がなければ、一緒に暮らすのは無理。
 器用は損だ。器用な人は器用におぼれやすい。不器用の一心にまさる名人はいない。
 叱られるのが修業。叱られて身につけていく。叱られるのが大事。しかし、いつまでも叱ってはもらえない。親方に怒られて10年。この10年で基礎を学ぶ。
 檜(ひのき)は強い。法隆寺も薬師寺も、日本の1000年以上の建物は檜があったおかげ。檜は、鉄やコンクリートよりも強い。
 ところが、今の日本は肝心の木がない。
 未熟なうちに仕事を任せるのが肝心。任されるほうもできるとは思っていないけれど、親方がやれと言ったから、オレもできるかもしれないと思う。このタイミングが必要だ。
 頭の中をいつも整理整頓させておくこと。整理されていない頭では次のことが考えられない。これって、まったくそのとおりだと整理整頓の大好きな私は思います。
 健全な組織であるためには、組織を腐らせないこと。
 弁護士にとっても大変役に立つ指摘にみちみちていました。ところで、著者は引退したあと、何をするのでしょうか・・・?
(2008年4月刊。1524円+税)

ジバク

カテゴリー:社会

著者:山田宗樹、出版社:幻冬舎
 いまの勝ち組は、いつ何時、負け組に転落するかもしれない、そんな危うさをもっていることを立証するかのような寒々とした小説です。
 主人公は、初めは年収2000万円のファンド・マネージャーとして、格好よく登場します。年に1千億円を動かしている。住まいはJR恵比寿駅近くのマンション。賃料35万円。
 高校の同窓会でも勝ち組として誇らしげだった。ところが、昔あこがれの女性と不倫におちいり、いつのまにか禁じられたインサイダー情報に手を汚し、それが発覚してクビになる。
 ここから暗転が始まります。強いセレブ志向の妻に離婚を申し渡され、せっかくの預金はガッポリもっていかれてしまいました。そのときの妻のセリフは紹介するに値します。
 「あんな大学、行かなきゃ良かった。周りの友だちが、みんなお金持ちで、お父さんが大企業の社長だとか、外交官だとか、医者だとか、そんなのばっかり。学生なのにBMWやポルシェを乗り回して、ファッション誌でモデルが着てる服を当然のように着てきて、たまに家に遊びに行ったら、びっくりするような豪邸で、話をしてもわたしとは縁のない世界のことばかりで。わたしは必死に仲間のような顔をして愛想笑いするしかなかった。貧乏人なのを見抜かれやしないかってビクビクしながら・・・。そのときのわたしの気持ち、わかる?父親が普通のサラリーマンで、ずっと借家住まいの家庭に育ったわたしが、どんな思いで(大学生活の)4年間を過ごしたか、あんたに想像できるの!わたしは、もう、あんな惨めな思いをしたくなかったの!」
 この気持ち、私には理解できませんが、少しだけ想像することができます。私の身近にいた先輩の女性があこがれの学習院大学に入りました。きっと、こんな気持ちになったんじゃないかな、そう思いました。私は、大学生のとき、比較的に「貧乏人」のいる寮(今はない東大駒場寮です。6人部屋でした)に入りましたから、コンプレックスを感じることもなく、ぬくぬくと生活できました。『清冽の炎』第1巻(花伝社)に描かれているとおりの生活でした。
 主人公は次に未公開株を売りつけるインチキ会社に入って、電話でのアポ取り仕事に従事します。でも、なかなか営業成績は上がりません。そんなときに言われて、目を開かされたのが次のセリフです。
 「電話の向こうにいるのは、カモ。それ以外はゴミ。買ってくれるお客様はカモ。買わない奴はゴミ。短時間でゴミを見分けること。あいまいなことを言ってグズグズするだけのタイプはまず買わないので、ゴミ。声がいかにも不機嫌なのもダメ。こういうのは、さっさと切り捨てて、次に行く。ゴミに余計な時間は使わない。ゴミがいくら腹を立てようが、何を言おうが、我々の知ったこっちゃない。勝手にさせておけばいい。しょせんゴミだから、気にするだけバカバカしい」
 「日本には、300万円くらいなら、電話1本でぽんと差し出す金持ちがいくらでもいる。そういう客にあたるまで、ひたすら電話をかけまくる。50万円で臆病風を吹かすような貧乏人なんか、関わるだけエネルギーのムダ。そんなのは、さっさと捨てる。ゴミと分かったら、1秒でも早く捨てて次に行く。まずは数をこなす。1日250本を目ざす。大切にしなくてはいけないのは、おいしい肉をたっぷりと食べさせてくれるカモだけ。お金に余裕のある人なら、必ずもうけ話に興味をもつはず。そういう客にあたったら、ここぞと勝負をかける」
 「ほとんどの人間は、誰かに操られたがっている。人の心を手玉にとったときの快楽は、ほんとうにしびれるほど。その快楽を味わうためにこの仕事をしている」
 「相手が受話器をとっても、すぐにしゃべってはいけない。一呼吸おいて、様子をうかがう。相手の声のトーンに神経を集中し、想像力をフル回転させ、相手の状態を把握する。忙しいのか、ヒマなのか、元気なのか、疲れているのか。
 第一声では、決して早口になってはいけない。言葉を区切って、ゆっくりと相手を確認する。これで、ただの営業ではないかもしれないという印象を与えられる。
 いやあ、ホントなんです。この手の被害にあった人の相談をよく受けます。ところが、被害回復はなかなか難しいので、弁護士としてももどかしく思うことの多いのが現実です。
 仏検が終わって、みじめな思いをかかえて上京するため福岡の空港でチェックインしようとしたら、「予約ありません」という表示が出てきてびっくり。なんと、1日あとの便を予約していたのです。きちんと確認をしなかった私の完全なミスです。まったく厭になってしまいました。でも、なんとかキャンセル待ちで目ざす便に乗ることができました。
(2008年2月刊。1600円+税)

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