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カテゴリー: 社会

バカ親って言うな

カテゴリー:社会

著者:尾木直樹、出版社:角川ワンテーマ21新書
 いま問題のモンスターペアレントの謎に挑んだ問題提起の本です。
 小学校の教師が相次いで自殺する事件が起き、その背景にモンスターペアレントがいると指摘される社会の現実があります。いったい何が学校と家庭に起きているのか?
 モンスターペアレントとよばれる保護者が増えてきたのは古いことではなく、2000年代に入ってからのこと。かつては、クレーマー親とよばれていた。クレーマーについては、権利主張タイプと不正糾弾タイプの2つがあり、その主張には理解できるところがあった。ところが、いまや、ある保護者が何かのクレームをつけてきたときには、その正当性があるか否によらず、ほかの保護者がクレーマーの意見に同調して学校や教師を非難するケースが増えている。
 モンスターペアレントが学校や教師に突きつけてくる無理難題には想像を絶するものがあり、どんな場面で何を言い出すのか、まったく予想できない。
 モンスターペアレントの5つのタイプ。
1 我が子中心型
2 ネグレクト(育児放棄)型
3 ノーモラル型
  深夜でも早朝でも、教師に電話をかける。教師からお金を借りようとする。
4 学校依存型
  毎朝、子どもを起こしに家へ来てほしい。体操着は学校で洗ってほしい。こんなことを教師に要求する。
5 権利主張型
 このほか、なんでも「いじめ」にしたがるモンスター、お節介モンスター、子どもの言うことのみ信じるモンスター、文書でクレームをつけてくるモンスター、凶器で脅したり、暴力団をちらつかせてくる暴力・恐喝モンスター。そして、一見すると常識的な人が想像を絶する非常識な脅しをかけるケースが増えている。
 子どもの学力が世界一のフィンランドでは、自分のつきたい仕事に教師がずっと第一位を占めている。教員養成大学の倍率も10倍を切ったことがない。ところが、日本では 2000年度は4倍にまで下がった。うへーっ、これは困りましたね、今の大分の汚職事件は全国どこにでもあることで、氷山の一角にすぎないと思いますが、これでは日本という国の将来はありません。道路や橋など、ゼネコンと自民党政治家のための大型公共事業にばかりお金をつぎこみ、人材養成のお金を削ってきた日本政治の積年の誤りが今になって劇的な形であらわれています。
 格差社会の進行とモンスターペアレントの急増と見事に一致している。というのは、格差社会は地域の人々の連帯意識を破壊し、一人ひとりが地域の中で攻撃的な生活を営んでいるからである。今は、地域の人的なつながりのなかで大人として、親として成長していくことが困難になっている。
 学校を単なるサービス機関としてみる風潮が強まっている。保護者にとって、学校はデパートと変わらない存在になった。
 うひゃー、ま、まさか、と思いました。この指摘こそ、この本のなかで私がもっともショックを受けたところです。
 学校を「託児所」か「なんでも屋」のように考えている保護者がいる。「過剰サービス」を受けるのに慣れた人は、自分の要望はおよそ通るものだという感覚をもっている。そして、今の学校は、保護者にとって商品と変わらない存在になっている。
 そのうえ、マスコミの報道による「後押し」があって、教員はバッシングしていい存在だというムードがある。
 社会全体にストレスがみちみちているので、日頃からストレスをためている人間にとって、好き勝手な要望を押しつけられる相手がいたら、その絶好のはけ口となる。相手に言いたい放題いって、うさ晴らしができる。しかも、教師は基本的に反撃してこない人種だという安心感がある。最初の一歩さえ踏み出してしまうと、その後の攻撃は、とくに過激になりやすい。
 しかも、攻撃される教師をフォローしてくれる存在がいなくなった。校長や教頭は「穏便にすませるように」としか言わないように変質してしまった。
 親自身が幼い。大人として自立していない。
 モンスターペアレント問題は、単に学校内の問題ではなく、日本社会全体の危機を象徴する問題である。今や教育の世界は流動化し、見事に二極化しつつある。平和で安定し、みんな仲良く、みんな平等という、かつての学校理念から、階層化というもっとも激しい津波が押し寄せる流動的世界へと一変した。財力と学力によって、勝ち組にも負け組にもニートにもなれる時代である。
 日本の心であった相互扶助の精神や他者への優しいまなざし、思いやり、心づかいなど、モラルと品格そのものをメルトダウンさせてしまった。
 教育の市場化は、そのまま日本的品格やモラルの崩壊に直結している。競争と結果責任を取ることを突きつけられたら、誰でも他者にはかまっていられず、厳しい姿勢で生きるように変化してしまう。今や誰でもがモンスターペアレント化するような日本になってしまった。病んだ日本社会が生んだモンスターペアレントです。金もうけと経済効率最優先の御手洗・日本経団連ばりの政策を見直すときです。決して遅すぎることはありません。
 南フランスのエクサンプロヴァンスに行ってきました。ここは私がまだ40歳前半のころ、3週間滞在したことのある町です。外国人向けフランス語集中講座を受講したのでした。大学の寮に寝泊まりしながら、午前中は授業を受け、午後からはミラボー大通りをぶらぶら散策したり、映画をみたりしていました。ここからセザンヌのよく描いたサント・ヴィクトワール山がよく見えます。
(2008年4月刊。686円+税)

すてきな田舎、元気なふる里

カテゴリー:社会

著者:田中勝己、出版社:かもがわ出版
 読んでいると、なんだかふんわりあったかくなってきて、元気の出てくる本です。残念ながら、私は木曽町にまだ一度も行ったことがありません。この本によると、町おこしに成功した、なかなかいい町のようです。私も、ぜひ一度いってみたいと思います。
 木曽町は、日本で最も美しい村連合に加盟しています。この連合はフランスにあるものを日本に取りいれたものです。田舎だって、いえ、田舎にこそ美しい自然・文化風景はあると主張し、都会に住む人々にそれを再認識してもらおうという取り組みです。
 木曽町は音楽祭にも取り組んでいます。日本のトップレベルの演奏家が集まり、1週間のあいだ続きます。第1回は1975年ですから、もう33年にもなります。
 そして木曽馬の保存会があります。馬に乗って登山するという試みもなされているそうです。西欧から入ってきたサラブレッドではなく、日本古来の丈夫な馬です。馬というと、今の私たちは競馬場に登場するサラブレッドを思いますが、日本古来の馬は、日本人と同じで、ずんぐりむっくりの体型をしていたようです。
 そして、木曽は、あの木曾義仲と巴御前の出身地でもあります。義仲は31歳で亡くなったので、1年間のテレビ・ドラマは無理とのこと。いやあ、そういうことなんですね・・・。
 さらに、木曽福島町は世界のケータイの3割、そしてターボエンジンの9割を生産している町でもある。ひぇーっ、そ、そうなんですか・・・。
 著者は30歳のとき、木曽町の町会議員に当選(日本共産党)し、その後、30年間にわたって町議をつとめた。町長選に出馬することになったのも、他に適任者がいなかったことによる。運動期間が短かったのに、現職を負かしての当選だった。
 町長として、オウム真理教と生命をかけてたたかい、勝利しました。そして、町づくりに町民の知恵と力を吸い上げていく様子は、読んで、すがすがしさを覚えます。
 この本は、町長が職員向けに「町長ほんねとーく」を書いていたのをまとめたものです。大変よみやすい内容で、さらっと読めますが、同時に、大変こくのある内容でもあります。
 著者は、いま町長2期目、70歳を過ぎて元気にご活躍のようです。今後とも、さらに町づくりにがんばってくださいね。大いに期待しています。
 ニースからバスに乗って1時間かけてサン・ポールという町へ行きました。小さな丘全体がお城みたいに古い建物でぎっしり埋まっています。まるで古代の空中都市です。宮崎駿監督のアニメ映画でも見ている気分になりました。古い中世時代の建物がそっくり残っていて、それが観光客を誘引しているのです。日本でも、そういう発想がもっと大切にされたらいいと思いました。おじさん、おばさんの5人ほどが広場でペタンクに興じていました。カフェーでコーヒーを飲みながら、しばし眺めたことでした。
(2008年4月刊。1700円+税)

小林多喜二、時代への挑戦

カテゴリー:社会

著者:不破哲三、出版社:新日本出版社
 小林多喜二の「蟹工船」が今、大変なブームになっているというので、私も最近よみ返してみました。大学生のとき以来のことですから、実に40年ぶりに再読したことになります。実に暗くて重たい小説です。いったい、どこに光明があるのか疑わしいほど、野蛮で不潔で、強欲の資本家の犠牲にされ、のたうちまわらされている人間像が次々に出てきます。いったい、こんな本のどこに今の若者が魅かれるのか不思議なほどです。
 でもまあ、今どきの無意味かつ無惨な街頭での凶悪犯罪の横行をみると、今の若者たちの置かれている状況が、今から80年も前に小林多喜二の描いた「蟹工船」(1929年)とよく似ているというわけです。これって、実に恐るべきことではありませんか。
 そして、今や「資本主義、万能とか万歳!」なんて誰も言わなくなり、その行き詰まりの解消策として日本共産党に目が向いているというわけです。まさしく時代は大きく動いているのですね。
 私も、大学生だったころですから、今から40年も前のことですが、貧困化に興味をもち、少しだけ勉強したことがあります。ただ、そのあと好景気が続き、さらにバブル時代にまで突入したため、誰も貧困化なんて問題にもしませんでした。ところが、今、再び現代日本で餓死者が続出するという、恐るべき絶対的貧困が問題とされています。ホント、信じられない事態ですよ。
 小林多喜二が本格的に仕事をしたのは、「1928年3月15日」を書いてから、東京の築地警察署で拷問によって生命を奪われた1933年2月までの5年間でしかない。
 「満州事変」の始まった1931年、小林多喜二はプロレタリア作家同盟の書記長となり、日本共産党に入党した。ところで、この社会民衆党や労働総同盟は満州事変が始まったとき、戦争賛成の立場をとった。満蒙は日本の生命線だという見地からである。いやあ、やっぱりそれはありませんよね。
 「蟹工船」は1929年9月、戦旗社から発行されたが、すぐに発売禁止となった。
 1930年3月に出た改訂普及版は発売禁止を免れ、3万5000部も出た。
 多喜二は「蟹工船」を植民地や未開地における搾取の典型的なものとして書いた。今日の多くの若者が、現代日本の大企業のなかに、そうした原始的で野蛮な搾取が再現していることを実感して共感しているのだろう。
 多喜二は、「蟹工船」のなかで、労働者の状態をリアルに書くと同時に、体験を通じて目覚めていく過程をも的確にとらえた。たとえば、労働者は北洋で日本の軍艦を近くに見て仕事をしていながら、その軍艦が戦争準備の活動をしていることを知らない。軍艦が接近してくると、船長の音頭に応じて無邪気に「万歳」を叫んだ。ストライキに立ち上がったときも、軍艦の接近を見て、大部分の労働者は自分たちの見方が来たと思い込む。その期待が裏切られ、帝国海軍の実態を体験するなかでことの本質が分かってくる。
 多喜二は、豊多摩刑務所に1930年8月から31年1月まで半年間ほどいて、多くの本を読むことができた。
 80年の日本と今の日本と共通するところがあるというのも少し怖いですよね。でも、今は、当時と違って平和憲法があり、労働基本権があり、合法的な革新政党や各種団体があります。大いに自由にモノを言うこともできるわけなんです。
 今の日本は80年と同じで、進歩していない、なんて思わないようにしましょうね。
(2008年7月刊。1200円+税)

スシ・エコノミー

カテゴリー:社会

著者:サーシャ・アイゼンバーグ、出版社:日本経済新聞出版社
 20年前、世界のどこでもマグロは見向きもされず、もっぱらペットフードの原料だった。1970年にがらっと変わった。今や、その金額は1万%も上昇し、マグロは海のダイヤモンドと言われるようになった。アメリカで定期的に寿司を食べている人は3000万人にのぼる。ひゃー、そ、そうなんですか。まさに世の中は変わりましたね。
 1970年代半ばになると、夏の日曜日の夜に大西洋で捕獲されたクロマグロが水曜日に東京でランチとしてごく普通に出されるようになった。「東京の台所」と呼ばれてきた築地市場は、寿司に関しては、「地球の台所」となった。
 今日、寿司は、日本以外でも人気の高いごちそうだ。アメリカでは、ほぼあらゆる街で寿司を味わうことができ、スーパー・マーケットの惣菜売り場では売り切れになり、野球場のスナックとしても定着している。むむ、日本と同じですね。
 築地市場での商いにのぞむ者は6万人。年間60億ドルもの水産物を動かしている。築地市場の広さは東京ドーム6つ分である(23ヘクタール)。
 マグロの良し悪しは姿形で見分ける。骨にそった盛り上がり、腹のふくらみ加減が大切。頭のすぐ下から尾に近づくにつれて腹のラインが涙の滴のような末広がりのラインを描いているマグロは、大きさの割にトロの部分が多い。トロは赤身の4倍の値がつく。
 マグロの空輸は1972年、カナダのプリンスエドワード島から始まった。
 おや、あの赤毛のアンの故郷ですね。
 日本に回転寿司店が、今3500店ある。東京に食べ物屋が30万軒あるうち、   1万5000軒が寿司屋だ。私は、回転寿司は入ったことがありません。なんだか人工ものの寿司しかない気がしてならないからです。行列のできる回転寿司まであるというのですが、私には信じられません。
 日本人が脂分の多いトロを好むようになったのは、ステーキを食べるようになってから。それまで、トロは脂っぽいという意味で、あぶと呼ばれていた。
 寿司職人の世界は、厳しい階層社会であり、厳然とした序列がある。まずは毎日の雑用をこなす。それから、ご飯を炊く。魚のうろこを取る。やがて魚を切ることが許され、ようやく寿司を握れるようになる。奉公人として修業に入って初めて魚に触れるまでに何年もかかる。うひょー、そうなんですね。3週間で寿司職人を養成する講座の授業料は40万円だそうです。
 マグロを養殖場で太らせる作業は一見したところでは割のあわないビジネスだ。マグロ一頭と大きくするためにかかるエサ代は体重1キロあたり20ドル。良質の養殖ミナミマグロに築地でつく価格は1キロ20ドル。輸送費と販売費を加えると、得るお金よりも大きい額を飼育につかっていることになる。しかし、はじめ20キロだったマグロが養殖場で60キロ体重を増やし、それから市場に出るので、割はあう。
 マグロはマイナス65度で数時間のうちに凍結される。そして、すばやく冷水に浸し、表面を氷でコーティングする。養殖マグロの総量の3分の2以上は冷凍される。
 寿司、とりわけマグロの生きた価値を伝えてくれる本でした。これからますますマグロ(とりわけトロ)を大切に味わって食べることにします。
(2008年4月刊。1900円+税)

プロ法律家のクレーマ対応術

カテゴリー:社会

著者:横山雅文、出版社:PHP新書
 いま、多くの企業が一般人(暴力団など、いわゆる反社会勢力に属さない人をさします)による悪質クレーマー対応に頭を悩ませている。このごろのクレーム事案は、1年以上にわたって交渉をつづけていることも珍しくはない。
 悪質クレーマーは、あくまでフツーの人。フツーの人が病んでいるのだ。思考やロジックが極端に自己中心的である。人格障害といえることも多い。
 悪質クレーマーが増加したのには、3つの背景がある。
 その1。消費者保護保制ができて、権利意識が高まっていること。
 その2。度重なる企業不祥事と、それに対する一般社会の激烈な反応。
 その3。インターネットの普及により、一般人でも企業や行政に対する攻撃が可能となった。
 悪質クレーマーと対応させられている窓口の社員や職員は地獄におかれている。
 悪質クレーマーは、合理的な説明とか常識的な対応では納得しない。必ず堂々めぐりとなり、いつまでたっても平行線である。
 そんな悪質クレーマーに対しては、速やかに法的対応をとるべきだ。
 悪質クレーマーに対して、マニュアルにそって形式的に対応するのは危険だ。具体的ケースをもとにしたマニュアルをつくるのは重要だが、現実のケースでは固定化せず、臨機応変に更新していく工夫が求められている。
 たとえば、クレーマーに念書をとられないようにする。念書をとられたときの要因は、迫力負けによる混乱と長時間の拘束(軟禁状態)にある。
 言質をとられないためのコツは、「自分には決裁権はないが、事実調査については自分が責任者だ」ということを明確にする。そして、会う場所は不特定多数の人がいる喫茶店やファミリーレストランを指定する。クレーマー対応では、事実確認が最優先事項。
 悪質クレーマーの要求には、損害の回復とは関連性のない要求が非常に多い。
 悪質クレーマーは4つのタイプに分けられる。その1は、性格的問題クレーマー。良心の呵責(かしゃく)がなく、反省することもない彼らにたいしては、要求をキッパリ拒絶し、弁護士に交渉窓口を移管する旨の書面を郵送する。
 その2は、精神的問題クレーマー。その真の目的は、担当者との心理的密着によって、自分の心の欠損を埋めることにある。このときには、できるだけ紋切り型の言葉をつかい、型どおりの接客・対応をする。
 その3、常習的悪質クレーマー。攻撃性はなく、安易に金銭を渡したり返品に応じると、味をしめて次に何回でも登場する。そこで、クレームの事実関係を根ほり葉ほり質問していくこと。
 その4、反社会的悪質クレーマー。このときには、決して「秘密の共有」をしない。
 その1の性格的問題クレーマーは、経済的損得勘定はなく、自分の有能感を感じることが目的である。
 通知を出すときには、メールではなく、書面で郵送すること。普通郵便でもいい。そして、その通知文のなかに不当な要求行為であることを具体的に書くべきだ。
 悪質クレーマー対応の巧拙は、従業員の士気、ひいては企業の文化に影響してくる。
 話し合っていくうちに2時間たったら、辞去の言葉とともに腰を実際に上げるのが効果的だ。
 インターネット掲示板に書きこみがなされたときは、無視するのが一番。それでも無視できないときには、法的措置をとる必要がある。
 ネットの誹謗中傷に対しては、プロバイダーとネット主宰者の双方を相手方として、差止仮処分を裁判所に提出する。
 「お客様相談室」における2007年問題というのがあるのを初めて知りました。私たち団塊世代を対象とした、面白くない事態です。定年退職した団塊の世代がヒマをもてあまし、その知識と経験を生かして厄介なクレーマーになるのではないか、という予測が立てられたのです。でも、よく考えてみると、当然なのかもしれません。むしろ、団塊世代はクレーマー世代になって、最後のひとはなもふた花も咲かせるべきです。おとなし過ぎるといって、私たち団塊世代は世間から(若い人たちから)バカにされているのです。
 私よりひとまわりも下の中堅弁護士による、クレーマ対策にあたっての実際的な経験を集約して文章化した本ですが、とても読みやすくコンパクトにまとまっていて大いに勉強になりました。
(2008年5月刊。720円+税)

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