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カテゴリー: 社会

昆虫未来学

カテゴリー:社会

著者  藤崎 健治 、   出版  新潮新書  
 
 フランス語のクラスで、ちょうど人類の未来の食料は昆虫だというテーマを扱っていたときに、この本を読みました。いま、日本はTPPに参加して強い農業をつくるとか言っていますが、食料自給率を維持しておかないと近い将来の日本人は大変な食糧不足に泣くことになるのは必至だと思います。そのとき、昆虫を食べればいい、なんてことにはならないのではありませんか・・・・。それはともかくとして、昆虫類を知っておくことは大切なことです。昆虫類の最大の特徴は、肢が三対、すなわち6本あること。
昆虫は赤道付近の高温多湿の環境で誕生した。系統的に昆虫にもっとも近い節足動物は、エビやカニなどの水生甲殻類である。その次は、ムカデなどの多足類だ。
昆虫種の数は100万を数え、全生物種の3分の2を占める。植物種は30万種。魚類は3万種。哺乳類は4000種である。しかも、毎年、新種の昆虫が3000種も追加されており、将来は500万種から1000万種に達する可能性がある。そうなると、地球上の全生物種の5分の4以上を占めることになる。地球が「虫の惑星」と呼ばれる所以である。
 昆虫は翅を発明して、空中という三次元の世界に進出した。昆虫のもつ開放血管系は酸素を取り込みやすいシステムであり、飛翔筋の活発な代謝のためには酸素が不可欠なのである。
ハエは、光の明滅を1秒間に300ヘルツまで感知できる。ハエは人間の10倍のスローモーションで映像を見ていることになる。
成長過程で形態を大きく変化させる変態を行うのは昆虫の大きな特徴のひとつ。完全変態の昆虫は成長のステージによって生息場所を買えることで、生息場所の悪化のリスクを分散させることができる。たとえ環境変動があっても絶滅せずに生き抜く確率が高くなる。
体サイズの小型化こそ、昆虫類の繁栄のもう一つの要因である。体サイズの小さな生物ほど、世代時間が短く、個体群の増加率が高い。
 昆虫では、全神経細胞の90%が体表の感覚細胞となっている。センサーとして働く感覚毛には、音や触覚などを感じる受容器、嗅覚や味覚の受容器、湿度や温度の受容器もある。同波数特性の異なる毛を持つことによって、空気の振動を感知し、逃避行動をとることもできる。
昆虫の不思議な能力と人間社会との関わりを知ることのできる驚きの本です。
(2010年12月刊。1200円+税)
熊本で弁護士会が主催した道州制についてのシンポジウムに参加してきました。パネリストとして熊本市長が出席していて、国保税の負担が地方自治体にとって大変になっているので、国にもっと負担してもらいたい、市の一般会計からお金をまわすのは問題だという発言をしていました。それに対して民主党の参議院議員(弁護士)が、公共下水道は一般会計で負担しているし、見直すなら全面的にすべきだとコメントしていました。
私は、福祉面では国が全面的に責任を持つべきではないかと思います。ただし、そのために清算税率の引き上げが必要だというのは短絡的です。その前に大企業の法人税率や軍事予算、大型公共工事など、取るべきところから取り、不要不急の支出は抑えるという方策が必要だと考えています。
いずれにしても、地方分権とか地域主権は福祉の充実のために必要なものだとしないと変な論議になりかねないなとシンポジウムに参加して思ったことでした。
チョコさんが元気にご活躍の様子で、安心しました。

池袋チャイナタウン

カテゴリー:社会

著者  山下 清海 、  洋泉社  出版 
 
 今の中国を知りたければ、東京は池袋駅北口に出かけてみてほしい。福岡市生まれの著者は、このように呼びかけています。
 池袋駅北口に広がる町は、1980年代以降に日本へやってきた「新華僑」たちによって形成された新しい町である。池袋チャイナタウンは、観光地化する前の化粧気なしの素顔のチャイナタウンである。
 日本の三大中華街は、横浜中華街、神戸南京街、長崎新地中華街。いずれも観光地であり、日本人が中華を味わうために訪れる場所になっている。
 横浜中華街には、中華料理店が200軒。500メートル4方の広さに600軒ほどの店があって、日本最大のチャイナタウンである。
 私も司法修習生として横浜に1年ほどいましたので、中華街には、よく出かけました。
ところが、池袋駅北口はチャイナタウンらしく見えない。それは、新華僑経営の店の多くが雑居ビルのなかにはいっているから。そして観光客を相手にしているわけではないので、横浜のようなきらびやかな店構えは必要ない。そこで出される料理も、日本人向けにアレンジされていない香辛料は油をたっぷり使ったもの。ここには中国の東北料理店が多い。
 現在の在日中国人は69万人弱。全外国人の3割をこえる。その4分の1が東京に集中している。日本人国籍を取得した元華僑が12万人に近いので、在日中国人は80万人にもなる。
 中国人が日本に渡ってくるときには、親戚縁者を中心とした資金援助を受けている。これには、常に何らかの「見返り」の期待が込められている。単なるカンパというより、投資みたいなものとなっている。もし、義理を欠くと、あとで親戚中から総スカンをくらいかねない。
新華僑は、一定の峻別をくぐった人たちであり、実は中国の農村に色濃く残る強固な地縁血社会を体現している。かつては、日本への航海には、蛇頭などの犯罪組織が介在し、200万円もの大金を要した。今は、そんな危険な橋を要した。今は、そんな危険な橋を渡って出国する人はほとんどいない。そうなんですか・・・・。時代は変わりましたね。
 埼玉県川口市にある川口芝園団地には、2400世帯のうちの3分の1が新華僑世帯となっている。その多くが大学卒以上の学歴で、IT技術者を中心とするエリート層が多い。
 不良中国人グループは、自分たちを実際以上に大きく見せて威嚇しようとした。そこで、警察、マスコミ、犯人グループという三者の思惑が一致し、チンピラ中国人が「中国マフィア」になってしまった。
 うむむ、なるほど、そういう見方もあるのですか・・・・。それにしても、東京都の石原知事なんて、いまだに「第三国人」なんて差別用語を平気でつかい、マスコミもそれを糾弾しないのですから、本当に日本って変な国ですよね。
 日本における中国人の地位と状況の一端を知ることができました。
(2010年11月刊。1400円+税)
 東京は神楽坂の路地にある小さなフランス料理店(ビストロ)で食事して来ました。初めにキールロワイヤルで乾杯します。シャンパンの泡立ちも爽やかで甘い香りが食欲をそそります。初めての店ですから、アラカルトではなく、コース料理を頼みました。フランスだとコース料理は食べ切れないほどのボリュームがありますが、ここは日本ですから、そんな心配はいりません。実際、最初のデザートまでちょうどいいボリュームでした。メインの肉は牛肉の煮込みです。舌にとろける美味しさです。ワインはブルゴーニュの赤です。一級のメルキューレそしてニュイサンジョルジュを選びます。味わいの良い、コクのある赤で食事がすすみました。食べ終って店の外に出たとき、マスターフランス語で少しだけ会話をして、フランスに住んだことがあるのかと尋ねられました。もちろん、お世辞とはいえ、ちょっぴりうれしく思いました。「シェ・ブルゴーニュ」というお店です。

その後の不自由

カテゴリー:社会

著者  上岡 陽江・大嶋 栄子、  医学書院 出版 
 
 大変勉強になり、また目を大きく開かせる本でした。
いい嫁をやりたい人ほど自分の子どもたちには我慢させて、夫の家族や親戚に尽くす。そのように真面目に嫁をやりすぎたら、突然、子どもが摂食障害になってしまったというケースは多い。
 家族のなかで、自分の子は二の次になってくる。その子たちは、自分のことはずっと我慢し、たえず他人(ひと)のことを優先させるという形で育つ。ところが、高校、大学を出たあたりで段々、身動きがとれなくなってしまう。
薬物やアルコール依存症の女性は、原家族のなかに問題があった例が多い。父のアルコール依存症や暴力、両親の不和などのため、家庭内に緊張感がある。
 家族のなかで、問題が大きかった人ほど、大人になってからも、しょっちゅう自分からトラブルのなかに入っていく。危ない男の人のところに行ってしまう。この人、いつも大変な目にあっているから、私が支えなきゃ、と思う。できたら、そのトラブルを自分がかかわる形で解決させたいと思うのだ。そのような人にとっては、日常が危険で、非日常が安全なのだ。攻撃と密着を愛情と勘違いして教えられてしまった人たちでもある。だから、ヤクザや暴走族のほうを安全と感じてしまう。
ニコイチの関係とは、相手と自分がぴったり重なりあって、二個で一つという関係のこと。このニコイチとDVは表裏一体の関係にある。相手と自分とのあいだに境界線がないときに暴力が出てくる。言葉じゃなくて、すぐに行動化するのは、言葉がつながっていない人たちだから。
相手が試すような行動をしているときに、「死ぬな!」と言ってやめさせようとするのは、ヒモの両端をお互いに引っ張りあっているようなものだ。ところが、身体の手当てをする行為によって、このパワーゲームから別のところへ行ける。自分の病気を受け入れると、回復とは回復しつづけることなんだということが分かってくる。回復するときに乗り越えるべきものがある。それは、変化することを受け入れられるかどうかということ。変化しつづけることが一番安定することなのだ。
 ところが依存症の人は、変化したくない。不安だから、今日のままでいたいと願う。回復には長い時間がかかる。回復とは、どこかに到達することではなく、むしろ変化しながら、より安定した暮らしを維持すること。だから、一つの機関、一人の援助者がずっとその過程を伴走できるとは限らない。むしろ、そんなことはきわめてまれなこと。自分の出来る支援を精一杯して、次の援助者にバトンを渡せばいいのだ。
眠いとか、おしっこしたいとかいう生理的要求というのも、実は、その表現の仕方を教えられて初めて表出できることなのである。
 専門職のなかには、グチを聞くことをひじょうにネガティブにとらえる人が多い。しかし、相談するというのは誰にとっても難しいことなのである。本人には、何が問題なのか分からなくなっている。グチを聞くのも、専門家の大きな役割なのではないか。心の痛みが静かな悲しみに変わるためには、数え切れないくらい同じ話を誰かに聞いてもらわないといけないのだ。
リストカットする(手首を切る)ような人には日常がない。普通の生活というのは、抽象的なものでしかない。だから、実際の普通ってこういうものだというように具体化することが大切。たとえば、料理や掃除が大事なのだ。
 回復途上の男性が働いて給料をもらうと、なぜか車やオーディオなど、不釣合いなくらい高価なものに多額のお金をつぎ込んでしまう。それは誰かと楽しむための道具というより、自分ひとりで満足するためのもの。そこには、他人とつながっている感じが希薄である。これは「ただ遊ぶ」という体験の乏しさの裏返しではないか。
 暴力に関していうと、被害者は加害者意識にみちて、加害者は被害者意識にみちていることがある。被害者は、「自分が相手に暴力をふるわせるようなことをしたのではないか」という罪悪感をもつ。そして、加害者は、「むしろ自分こそが被害者だ」という思いを抱いている。そして、意識だけでなく、実際に被害者が加害者であること、加害者が被害者であることもある。
 重い暴力、激しい暴力にさらされた人ほど、被害体験だけでなく加害体験をもっていることがある。まわりから、「客観的」にみれば加害者とみなされている人たちは、自分たちこそ被害者だと思っていることが多い。
 切迫した恐怖と焦燥感に転じる人を人間関係のテロリストという。人が集まって、なごやかに談笑する場面でマイナスの感情に支配され、その場をぶち壊すような発言をする。その現象を自爆テロと呼ぶ。その場をぶち壊すことには成功したが、自分自身も、その場に受けいれられるチャンスを失ってしまった。彼らは、いつも関係を壊そうとするエネルギーに満ちている。また、長く続けてきた関係を突然、切ろうとする。心からそれを望んではいないことが言葉ではなく伝わるか、次々と周りとトラブルと起こすし攻撃性を向けるので、次第にまわりから人がいなくなるし、援助者もそんな彼らから距離を置こうとする。すると、ますます人間関係のテロリストたちはいきり立つ。そして、自分たちに関心を向けてくれる人たちや手助けをしようとする人たちがようやく現れたのに、そこへ一気に「試し行為」のテロ攻撃を集中的に行う。
そんなとき、共感はするが、巻き込まれないという援助では、何もできない。一定の距離を置いたのでは、問題の核心に触れることができない。でも、これってなかなか難しいことですね。一人でしょいこまないようにするしかないのでしょうね。
セックス「依存症」の女性にとっては、セックスが快感というよりも、相手から一瞬でも必要とされる存在である自分を確認する行為なのである。その背景には、度重なる被害体験のなかでできあがってきた自己肯定感の低さがある。
小児ぜんそく、摂食障害、アルコール依存症という自分の体験にもとづくアドバイスなので、とても説得力があります。250頁、2100円の本ですが、価値ある一冊です。
(2010年9月刊。2000円+税)

白日夢、素行調査官2

カテゴリー:社会

著者 笹本 稜平、   光文社 出版 
 
 このコーナーでは久しぶりに紹介する警察小説です。潜入捜査員が自死を選ぶ場面から始まります。ええーっ、このあと、どんな展開になるのだろうという大いなる期待を込めて序幕が上がります。
 警察という役所は、実は隠れた利権の巣密だ。うしろ暗いことをやっている連中は警察が握っている情報が気になるから、それが手に入るなら、いくらでも金を払う。マル暴(暴力団)からみの部署ともなれば、得意先の業界とは持ちつ持たれつだ。便宜を供与すれば見返りがある。暴対法が施行され、理屈から言えば広域暴力団は壊滅していいはずなのに、大半が今も立派に生き残っているのをみれば、その癒着のほどは想像がつく。なーるほど、そうなんですねー。警察の裏金づくりは、いつのまにか曖昧になってしまいました。マスコミが報道しなくなったのは、警察の裏金作りをスクープとして連載した北海道新聞が警察の仕返しに負けたからだという人がいます。きっとそうなんでしょうね・・・・。
 パチンコ機やパチスロ機の検定を委託されている協会(保通協)は警察トップの天下りの受け皿で、前会長は元警察庁長官、元会長は前警視総監だ。そこがパチンコ業界の首根っこを押さえているわけだから、OB、現役を問わず、この役所の官僚たちが業界から甘い汁を吸っているのは間違いない。警察庁が指定したパチンコやパチスロの用のROMを扱う業者、プリペイドカードの業者も警察官僚の天下りの受け皿だ。たとえ正義感や使命感に燃えて入庁しても、その後の出世競争が人の性格を変えていく。それ以外のことが眼中にないほど集中しないと、あっという間にふるい落とされる。官僚としての職務より出世競争が優先する。それだけシビアな競争社会だ。いくつかある派閥のどこに属するかその選択を一つ誤れば、一生、冷え飯を食わされることになりかねない。
警察を取り締まる警察はないんだ。人事の監察といえども警察内部の一部署に過ぎない。自分たちこそ警察のなかの警察だと見得を切ったところで、警察機構の巨大なピラミッドのなかで発揮できる職権は高が知れている。そのことを思い知らされた。
こんなセリフが登場します。ふむふむ、恐ろしい現実ですね。
 キャリア警察官の腐敗が追及すべき一つのテーマとなっている本でした。
(2010年10月刊。1700円+税)

政治とカネ

カテゴリー:社会

著者   海部 俊樹、   新潮新書 出版 
 
 日本の政治がいかにカネまみれであるか、この本を読むと、その一端が首相にもなった当事者自身が吐露していて、嫌になってしまいます。
 表向きはキレイゴトを言っていても、裏ではお金にモノを言わせて何事も進んでいたのが自民党の政治でした。そして、今、それを批判して誕生したはずの民主党の政治が、まったく同じ道を歩んでいます。その典型例が、月に1億円を自由気ままに使って、その使途をまったく明らかにしなくていい内閣官房機密費です。民主党はその廃止が公約だったと思うのですが、政権をとった今は月1億円をこれまでと同じように使って、その使途を公表しようとはしません。自民党政権とまるで同じです。そして、マスコミは、そのおこぼれにあずかっているからなのでしょうね。深く追求することもしません。月1億円を内閣官房長官の主宰で自由に使ってよくて、その使途も明らかにする必要がないというシステムは、どう考えても民主主義に反すると思います。
首相にもなった村山富市について、著者は許し難い人物だと厳しく批判しています。
 村山富市は長いあいだ社会党の国対委員長をつとめていたが、約束は破る、八百長はする、本会議はめちゃくちゃにするといった許し難い人物であった。
そして、小沢一郎も厳しく批判します。物事がまとまりかけると、自分の存在価値が低くなるから、つぶす。つぶすためには、横車でもなんでもゴリゴリ押して、荒れるなら荒れるでよろしい。小沢一郎はそれを繰り返した。何かがちょっと育ってくるとゴツン、すこし芽が出はじめるとゴツンと叩いてしまう性癖がある。だから、「壊し屋」という異名がついた。
 小沢一郎が幹事長で、著者が党首という新進党をつくったが、このとき、小沢一郎と腹の底から信頼しあう関係を築こうとは思わなかった。小沢一郎の問答無用なやり方、会議に出ない、密室政治、人を呼び出す傲慢さ、反対派への報復人事など・・・・。小沢一郎ほど、側近の出入りが激しい政治家はいない、小沢一郎は、誰にとっても心の通い道をつくれない相手である。
 こんな政党に税金で助成金をだすなんて間違いだと思います。企業献金も禁止して、個人献金のみにすべきです。民主党政権は、この点でも公約違反です。
 政党助成金の主要なつかい道は選挙公報です。大手PR会社である電通やら博報堂が私たちの税金でキレイゴトのPR作戦をして国民を欺いているようなものです。郵政改革を最大の焦点とした小泉選挙の負の遺産に今、私たちは苦しめられているように思うのです・・・・。
それにしても、著者の近影は痛々しさを感じました。政治家というのは、心労がひどい職業なんですね。まともな人にはとてもできない職業です。だから差別発言を繰り返す石原慎太郎がのさばる世界なんでしょうね。残念です。
(2010年12月刊。680円+税)

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