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カテゴリー: 社会

仏教、本当の教え

カテゴリー:社会

著者  植木 雅俊  、 出版  中公新書  
 目からウロコの仏教の本です。
 歴史上の人物としての釈尊はまったく女性を差別していなかった、釈尊在世のころの原始(初期)仏教の段階では、女性出家者たちが男性と対等にはつらつとした姿で修行に励んでいた。ところが、中国に入ったとき、男尊女卑の儒教倫理を重んずることから、女性を重視した箇所が翻訳改変されていった。
インド人はみんな北枕で寝ている。北枕で寝るのは日本と違って、生活習慣なのである。中国には北枕という言葉自体がない。
結婚式に、インド人は蓮の花を持参する。もっとも目出たい花として。
現在のインドには、仏教徒は人口の0.8%しかいない。
仏教の三つの特徴。
第1.仏教は徹底して平等を説いた。
第2.仏教は迷信やドグマや占いなどを徹底して排除した。
第3.仏教は西洋的な倫理観を説かなかった。
   仏教徒は最後までカースト制度を承認しなかった。これがインドに仏教が根をおろせなかった理由の一つになっている。釈尊は、人を賤しくするのも、貴くするのも、その人の行為いかんによるとして、「生まれ」による差別を否定した。
釈尊の弟子のなかに女性出家者が13人、在家の女性が10人いた。これらの女性の名前が、中国そして日本に伝わることなく削除された。教団の権威主義化にともない、在家や女性は軽視されはじめた。
  仏教は「道に迷ったもの」に正しい方角を指し示すものであって、道を歩くのは本人であるという前提がある。仏教は暗闇のなかで燈火を掲げるようなものだ。なーるほど、これだったら、仏教を信じたくなりますよね。
 ところが、日本には、分からないことイコールありがたいことという変な思想がある。そうなんですよね。わけの分からない教えだからこそありがたいというわけです。いわば呪術的に信仰するのです。これでは広がりがあろうはずはありません。だって、要するに分からないのですから。
釈尊は王制ではなく、共和制を重視していた。日本では仏教用語や哲学用語が、安易でおかしな方向に引きずられてしまいがちだ。哲学的・思想的対決を真剣にやろうという姿勢があまりない。
 サンスクリット語の原典からひもといて、中国の訳そして日本語訳を比較して論じられています。すごい学者です。巻末の著者紹介をみると、ほとんど同世代ではありますが、私より若いということに衝撃すら覚えました。学者は偉いです。
 あなたもぜひ手にとってご一読ください。仏教を語れなくて日本人とは言えませんからね。
(2011年11月刊。800円+税)

暴力団

カテゴリー:社会

著者   溝口 敦 、 出版   新潮新書
 私の住む町では、暴力団員のことをヨゴレとも言います。まさに、社会の汚れた部分です。でも、大企業を先頭として、日本人は暴力団をすぐに「利用」したがります。もちろん、財界だけではありません。政治家も芸能界も暴力団との結びつき(汚染度)はとても濃厚です。ゼネコンは暴力団抜きには存在自体がないのではないかと思えるほどです。
 日本社会の暴力団とアメリカ社会のマフィアとの最大の違いは、公然性と非公然性にある。アメリカの組織犯罪は、まさしく徹底した秘密組織である。ところが、日本では、暴力団が事務所を町の一等地に堂々と開設している。
 アメリカのことは知りませんが、日本では暴力団事務所は町なかに堂々オープンしています。神戸にある山口組本部の事務所は神戸地裁のすぐ近くにあるようですね。
 私の住んでいる町でも、天下の大企業が戦前より一貫して暴力団を養ってきたことで有名です。労働争議の起きたときには、子飼いの組員がドスを持って労働者を脅しまわり、ついには殺傷事件まで起こしました。
 この本にも指摘されていますが、公共事業の結合も暴力団が裏で取り仕切っているのが実態です。市長と市議会議長そして警察署長が肩を並べて暴力追放パレードを時折していますが、ほんの形ばかりです。決して本気で談合を取り締まったり、暴力団を壊滅させようとはしていません。残念です。
 暴力団が強いのは、なんといってもお金を持っているからです。この本は、暴力団は今や青息吐息としていますが、不景気の続く私の町でも暴力団だけは、なぜか依然として金まわりが良いのです。覚醒剤だけでなく、みかじめ料そしてヤミ金などのあがりがあって、さらに夜の街を支配しているからなのでしょう。
 この本によると、産業処理業も、うまい事業のようです。
暴力団員は長生きできない。たとえば、刺青を入れると、そのためC型肝炎に感染することが多い。針やインクを使い回すからだ。肝臓病や糖尿病も多い。
 暴力団は辞めたい、抜けたいという者をあっさりとは認めない。脅し、難題を吹っかけて、お金を巻きあげようとする。組員の暴力団からの離脱は、脱サラの何倍も困難だ。
 組長でさえ、なかなか引退せず、組を抜けたがらないのは、実は抜けるのが恐ろしいから。組を抜けるともとの若い衆は寄りつかないどころか、逆に元の親分からお金をむしり取ろうとする。元組長は、お金をよほど巧妙に隠していないと、元子分の若い者に食われ、丸裸にされてしまう。
 組を辞めた者に対しては徹底的に踏みつけにして、びた一文残さないほど、むしり取る。これが日本の暴力団の流儀である。やめた者は裏切り者だという認識がある。うへーっ、これって怖いですね。元組長って、安穏と隠退生活を楽しんでいるものとばかり思っていました。
 日本の暴力団対策法は、暴力団と警察が共存共栄を図る法律ではないのか。なぜ、暴力団は違法だと国会は頭から決めつけなかったのか・・・?
 暴力団という組織犯罪集団の存在を認める法律を持っているのは、世界広しといえども日本だけである。
 うむむ、暴対法って、やっぱり暴力団の存在を前提とした法律なのですね。おかしなことですね。暴力団とは関わりたくはありませんが、仕事上で、どうしても時折、接触せざるをえません。チンピラのすご味もそこそこ脅威です。暴力団の実態を知る手引書として一読の価値があります。
(2011年6月刊。760円+税)

おれたちの青空

カテゴリー:社会

著者  佐川 光晴       、 出版  集英社   
 親に見捨てられた子どもたちが世の中にたくさんいます。児童相談所も児童養護施設も残念ながら大繁盛しています。
 そして、中学生までしか児童擁護施設にはいれません。ではどうするか?
中学を出たら自活するしかない。そうはいっても、16、7歳の若者がつける仕事なんて、世の中にはほとんどない。そこで、職員は、なんとか高校へ進学させて、18歳まで施設で面倒をみようとしている。
 この本は、そんな児童養護施設が舞台となっています。どんな背景を持った子どもたちなのか。その親は何をしていたのか。そして、養護施設を運営している大人(女性)は、いったい、なぜ、どんな思いで、このしんどい仕事を毎日続けているのか・・・・。
いろんなストーリーがからみあって話は多面的に進行していきます。日本の社会が有名な大学に入るだけでは幸せな将来を約束するものではなくなっていることも強く示唆されています。それでも、やっぱり学歴偏重の社会です。
 子どもたちにとって、真に自立して生きていく力を身につけることがもっとも大切なことだと、みんなで、もっと強調する必要があるように思います。
 橋下徹は、きっとこんな教育現場なんて、まったく無駄だ、不要だと、バッサリ切り捨ててしまうのでしょう。恐ろしいことです。それは、みんなで支えあう社会づくりと真向うから対立するものです。橋下徹流の「自己責任論」は、結局、日本という国の力を全体として弱めるものでもあります。だって、強い人だけが富めばいいというのでは、おおかたの国民はしらけてしまうばかりでしょうし、国民のまとまりがなくなりますからね。
(2011年11月刊。1200円+税)

カジノ解禁が日本を亡ぼす

カテゴリー:社会

著者   若宮 健 、 出版   祥伝社新書
 今後、大阪市長になった橋下徹は府知事のとき、次のようにいってギャンブルを礼讃しました。
 「日本はギャンブルを遠ざけるがゆえに、坊ちゃん、お嬢ちゃんの国になった。小さい頃からギャンブルをしっかり積み重ね、国民全員を勝負師にするためにも、カジノ合法化法案を通してください」
 信じられない暴言です。子だくさんで有名な橋下徹が、自分の子どもをギャンブル漬けにするのは勝手でしょうが(我が子を本当に勝負師にしようと考えているのでしょうか・・・?)、子どもをみな勝負師になんて正気の沙汰ではありませんよね。
ギャンブル依存症はパチンコ依存症をふくめて病気なのである。パチンコ依存症による被害は恐ろしいものがあります。橋下徹は、そのことに故意に目をつぶり、ギャンブル業界のために笛吹きピエロになっています。
 大阪にカジノをつくることを呼びかけるなんて、一見目新しいようですが、実はいかにも古くさい政治手法です。自分と、その取り巻きだけでよければいいという、エゴむき出しの発想を感じます。
 マカオは、ラスベガスを抜いて世界一のカジノ王国となった。しかし、世界一といっても、売上高は2兆円にみたない。日本のパチンコ業界の売上高20兆円の1割でしかない。パチンコ店で業界トップのマルハンの売り上げは2兆円を超しているので、一社でマカオを陵駕している。日本は、すでに世界一のギャンブル大国である。
 カジノをつくって日本人が幸せになれるはずはありません。カジノ解禁は日本社会に今以上の混乱と貧困そして犯罪をもたらすだけでしかありません。韓国でもパチンコやカジノは規制されました。日本でもパチンコ店の規制は強化すべきなのではないでしょうか。
 著者から贈呈していただきました。引き続きのご健闘を期待しています。
(2011年11月刊。760円+税)

権力VS調査報道

カテゴリー:社会

著者  高田 昌幸 ・ 小黒 純     、 出版  旬報社   
読んでいるうちに久々に血の沸き立つ思いがしました。さすがプロの言うことは違います。マスコミ人は、ここまで徹底したプロ意識をもって権力と対峙してほしいと強く思ったことでした。西山太吉記者は国会議員をうっかり信用してしまって、大変なことになりました。
 アメリカの有名なボブ・ウッドワード記者はディープスロートが名乗ったあと、彼が情報源だと認め、さらに本まで書きました。このことについて、著者は厳しく批判しています。取材源の秘匿がなっていないというのです。本人が認めても、ときと場合によっては知らぬ存ぜぬを貫き通すべきことがあるというのです。
 20年前、朝日新聞社の広告収入は年2000億円、読売しんぶんは1500億円。ところが、発行部数は朝日800万部で、読売は1000万部と、200万部の差がついていた。朝日の広告単価は読売に比べて非常に高かった。
調査報道に国民が共感すると、内部告発に結びつく。内部告発がもっとも多かったのは談合である。
 取材するときには、録音テープを必ずとる。それも隠しどりである。ニュースソースの秘匿とオフレコは必ず守る。
 今、朝日新聞は、政治部と経済部と社会部の合同チームをつくった。著者は、そんなことは「ナンセンス」と言い切る。
 当局は、ジャーナリズムを使って情報を操作している。
いま、しんぶんは未曾有の危機にある。アメリカでも調査報道はまったく衰退している。インターネットによる広告収入はペーパー広告の1割にしかならない。紙をやめて新しいサイトで飯食っていくには言葉でいえても、実際に計算してみれば、きわめて難しい。
訴えられることに、社内の上級幹部はあまりに臆病になりすぎている。
一つのものを徹底的にすべて掘り尽くせば、調査を徹底すれば、そのこと一つですべての真実を尽くせる。世界を知るのに、世界を回る必要はない。自分が立っているそこを深く掘れば、真実はそこに全部ふくまれるものだ。なーるほど、そういうことなんですよね・・・・。
 大阪地検特捜部であった証拠のフロッピー書き換え事件をどうやって調べていったのかは迫真の出来事でした。証拠の改ざんなんて、「想定外」のことですからね。
 ほかにもリクルート事件、沖縄の地位協定関連の秘密文書、高知県のカラ出張と解同ヤミ融資が調査報道されるまでの緊迫した状況が語られています。
 いまでしたら、原発がらみでもっとインパクトある報道をしてもらいたいものです。「今すぐには人体への影響はない」という大本営発表ばかりをマスコミ、とりわけテレビがたれ流ししているようでは、責任を果たしたとは言えません。なにしろ、国家の政策として、本当は危険な原発を推進してきたのにマスコミは応援してきたわけですからね。もう少し、ざんげの意味をこめて、本質と問題点を深く掘り下げていいように思います。そうしない限り、依然として電力会社の御用新聞じゃないとはいえませんよね。一読に値するいい本です。
(2011年10月刊。2000円+税)

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