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カテゴリー: 司法

判事がメガネをはずすとき

カテゴリー:司法

(霧山昴)
著者 千葉 勝美 、 出版 日本評論社
典型的なエリート裁判官である著者の趣味の一つが野鳥の写真撮影なんですが、その出来映えは、たいしたもので、日本野鳥の会のカレンダーに何度も採用されているとのこと。たしかにすごいショットのカラー写真がカットで入っています。
しかし、厳冬期の野外での野鳥撮影だなんて、読んでいるだけでブルブル、身も凍えてしまいます。
冬の夜明け前の河原にブラインド(床のない簡易テント)を張り、重い三脚にすえつけた大砲のような600ミリ超望遠レンズだけを外に出し、夜明け前からじっと野鳥を待つ。ブラインドのなかにいても、寒さが足元からしんしんと全身に伝わってくる。ダウンを身にまとい、カイロを下着に貼りつけていても、吐く息の白さが、外気温が氷点下を下回っていることを視覚的に自覚させる。南極越冬隊が着るために開発された化学繊維で空気を取り込んで寒さを遮断する「魔法の下着」を着て、痛いほど冷たくなる足の指先を暖めるため、雪靴の中に使い捨てカイロを敷くが効き目はない。
身体に悪い趣味だ。ひどい寒さにじっと耐え続けるだけでなく、シャッターを押す瞬間は、胸の鼓動が早くなり、緊張感は高まり、精神的にも好ましくない状態になる。さまざまな苦しみ、悩みの連続。ただ、それでも、それが少しもストレスにはならない。
まあ、それは、そうなんでしょうね。強制的にやらされているのではなく、あくまで、自分が好きでやっていることなんですから…。
趣味は、このほか、バラの栽培もありますし、中島みゆきもあるそうです。
裁判官は、鳥類にたとえればフクロウに匹敵する希少種。一般の人々は、実像を身近に知ることもなく、裁判官とは何者か、あまり知られていない。
まさしく、そのとおりです。著者より数年は後輩になる私にしても、裁判官の私生活なるものはほとんど知りませんし、聞いたこともありません。
かなり前に、裁判官は日本野鳥の会に入ることだってためらっているんだって…と聞いたことがあり、ええっ、そ、そんな…と驚きました。どうやら、著者もその一人だったようですが、著者くらいエリートだと、その点は心配しないですむのかもしれません。なにしろ最高裁の局長を経て、最高裁判官を6年8ヶ月もつとめたほどですから。
大学生のころ、著者は平澤勝栄大臣と一緒にセツルメント法相に所属していました。
裁判官としては、紛争当事者、犯罪の加害者と被害者、それぞれの悩みや人間の弱さを分かろうとする姿勢が大切だ。これは、当事者の気持ちに同調する、あるいは同感するというのではなく、心から理解するということ。
この点はまったく異論がありませんが、ややもすると、理屈を先に立てて、その要件(型)にあてはめ、あてはまらないものはどんどん切り捨てていくというは発想が強い裁判官が多いという気がしてなりません。
私は、少し前に福岡地裁の若いエリート裁判官に対して、一般民事裁判で、よほど忌避しようかと思ったこともあります。ぺらぺらと要件事実は話すのですが、事案の本質とか解決の筋道を真剣に考え探ろうとする姿勢がまったくなく、涙が出てくるほど悲しく、腹立たしい思いをしたことを今もはっきり覚えています。
これでは裁判と裁判官に対して信頼できません。裁判の経験者のうち18%しか、裁判をやってよかったと回答しなかったというのもよく分かります。裁判の利用件数が増えないのは、決して弁護士だけの責任ではありません。
(2020年8月刊。2100円+税)

弁護士になった「その先」のこと

カテゴリー:司法

(霧山昴)
著者 中村 直人、山田 和彦 、 出版 商事法務
ビジネス(企業法務)弁護士として名高い著者が、所内研修で若手弁護士に話した内容がそのまま本になっていますので、すらすら読めて、しかも大変面白く、実践的に約に立つ内容のオンパレードです。
「企業法務の弁護士は、大半がつまらない弁護士である」、なんてことも書かれています。問われたことしか答えない、「それは経営マタ―だから、これ以上は、そっちで考えて」と知らん顔をして逃げる弁護士を指しているようです。
企業のほうからみると、大半の企業法務の弁護士は物足りない。上場会社の大半は、今の弁護士に満足していない。彼らは、常に優れた弁護士を探している。なーるほど、ですね。
昔は法務部に30年もつとめているという猛者(もさ)がいたが、今では法務担当も4年から5年でどんどん変わっていく。なので、新しい弁護士も喰い込む余地があるというわけです。
評価の低い弁護士は、結論を言わない、ムダにタイムチャージをつけて請求してくる。自己保身ばかり気にする、お金くれとうるさい…。
高い評価の弁護士は、仕事は速く、答えを明快に言い、その理由を説明してくれる。目からウロコの言葉をもっている。これまた、なーるほど、ですね。
法律論点は、事実関係の調査のあとに考えること。先に理屈を考えて、それに事実をあわせてはいけない。それでは説得力のない机上の空論になる。企業法務は、しばしばそれをやってしまう。頭のいい人の弱点。
血の通っていない主張は裁判官の心を打たない。先に法律ありきっていうのは、絶対にダメ。
楽しく仕事ができる弁護士が、一番良い弁護士。
弁護士、誰もが1件や2件くらい、気の重い事件をかかえている。いやだなあと思って逃げていると、犬と一緒で、追いかけられる。なので、気の重い事件は後まわしにしない。依頼者には正直に、そして正義に反する仕事はしない。
勝ったときには、しっかり喜ぶ。
毎日にスケジュールも中長期的なスケジュールも、自分で管理する。自己決定権をもつことが幸せの源泉。
会議は2時間以内。
書面を書き出したら一気に書く。途中で別の仕事をしない。文章が途切れてしまう。
起案するのは若手。それに先輩が深削する。そうやって学ぶ、
大部屋だと電話の受けこたえまで自然と身につく。
私よりひとまわり年下のベテラン弁護士ですが、さすがビジネス弁護士のトップに立つだけのことはある話の内容で、大変共感もし、勉強にもなりました。
(2020年7月刊。2000円+税)

ナリ検

カテゴリー:司法

(霧山昴)
著者 市川 寛 、 出版 日本評論社
オビに木谷明・元東京高裁判事が「ともかく面白い」と推薦の辞を書いていますが、ウソではありません。面白く読ませます。私は車中と喫茶店で一気読みしました。ええーっ、こんな次席検事なんて、いるはずないだろ…と、内心つぶやきながらも、青臭い次席検事の「挑戦」は、ずっと続いて、どうにも目が離せないのです。
事件は警察の無理な(杜撰)捜査を検察官が他の事件で多忙なことから、うのみにした冤罪もの。ところが、検察は起訴した以上は有罪に持ち込まなければならない。下手に無罪判決でも出ようものなら、世論から厳しく叩かれてしまう。
主人公は検事長の息子として育ち、いったんは父親のような検察官になるのに抵抗があって弁護士になるものの、10年たって検察官に転身。検察庁を内部から変えようという意気込みです。でも、組織として動く検察庁の内部で日々あつれきが生じます。当然です…。
弁護士にとって無罪判決は大きなお手柄の一つ。それに対して、検察官は毒づく。
「犯罪者を野に放って、そんなにうれしいのか。あなたに真の正義感はあるのか…」
無罪判決は、検察を揺るがす一大事。でも、それだけで起訴したり公判に立会した検事が処分されたり、出世が止まるわけではない。ただ、愚かな起訴をしたり、法廷で馬鹿げた立証をした検事の悪評は、ただちに全国の検事に知れわたる。そうならないように、つまり保身のために検事は無罪判決を避けようとする。
無罪判決が出たら、地検は控訴審議をし、検事正までの了解を得て、高検の了解を得る必要がある。このとき、警察は、常に暴走する機関であるが、その暴走のすべてに目くじらを立てて叩いてはいけない。警察が動かなくなるし、動けない。犯罪とたたかうためには、警察にある程度の行き過ぎは必要悪だ。検察庁は、こんな理屈で警察の蛮行をかばい続けている。
舞台となったS検察庁とは、どうやら佐賀のことらしいです。そして、福岡もチラッとだけ登場してきます。検察官だった著者の実体験をもとにして、体験者でなければ書けない描写がいくつもあり、勉強になりました。一読に値する本です。
ナリ検とは聞いたことがない言葉ですが、ヤメ検の反対で、弁護士から検察官になった人を指す言葉のようです。
(2020年8月刊。1700円+税)

日本の屋根に人権の旗を

カテゴリー:司法

(霧山昴)
著者 岩崎 功 、 出版 信毎書籍出版センター
長野県上田市の弁護士(17期)が、50年あまりの弁護士生活を振り返った本です。著者が折々に書いていたものが集大成されています。なんといっても圧巻は辰野(たつの)事件を回想した一章です。
辰野事件とは1952年4月30日に辰野駅前派出所など5ヶ所が時限発火式ダイナマイトなどで襲撃されたというもの。警察官が爆破状況を目撃していて、「導火線がシューシューと音を立てて燃えていた」と証言したのが有罪の有力な証拠の一つとなった。
しかし、発破工事にあたっている労働者は、導火線は「シューシュー」なんて音は立てないし、本当だったら、その燃えカスが現場に残っているはずだ、という。しかし、現場に燃えカスは残っていなかったから、警察官の証言はウソだった。
もう一つ、読売新聞の記者が事件直後に派出所内の写真を撮って新聞記事にのせたが、その写真では派出所には何も散乱していなかった。ところが、あとで撮った現場の検証写真にはマキが散乱している。
著者は東京高裁で、その記事を書いた読売新聞の記者を尋問した。記者は写真のとおりの状況だったと当然のことながら証言する。ということは、読売新聞の記者が写真を撮ったあと、現場検証があった時間までに、捜査本部側の誰かが室内にマキを散乱させたということになる。これは明らかに、犯罪のデッチ上げの常套手段だ。それでも裁判所はこのインチキを見逃してやった。
ひどいものです。著者は次のようにコメントしています。
弁護士は、科学者の意見や体験者の見聞などに謙虚に耳を傾け、現実の認識力を高める不断の努力が求められる。まったく、そのとおりです。
そして、控訴審でのたたかいをすすめるため、8日間の弁護団合宿が敢行されました。
いやはや、平日に弁護士が8日間も事務所を留守にして一つの事件のために合宿するなんて、とんでもないですよね…。ちょっと考えられません。今でもそんな弁護団合宿って、やられているのでしょうか…。
1972年12月1日、東京高裁で無罪判決が出ました。中野次雄裁判長は自白の信用性を細かく否定したが、警察による証拠のデッチ上げまでは踏み込まなかった。恐らく裁判官に勇気がなかったのです。いやあ、それにしてもぶっ通し8日間の弁護団合宿なんて、私には想像すらできません。
次の千曲バスの無期限ストの話にも刮目(かつもく)しました。
1988年1月のことです。35日間も労組によるストライキは続き、雇用確保とバス路線維持の二つの要求がみたされて解決したというのですから、すごいです。
このとき、株主総会で新株全部を第三者に譲渡しようとしたのを裁判所の仮処分決定で止めたというのですが、なんと裁判所は当日の朝8時半に手書きの仮処分決定書を渡したとのこと。いやはや、このころは、そんなことが出来ていたのですね…。
さらに税金裁判。1970年前後は、全国的にも、長野県でも、いくつもの税金裁判がたたかわれました。私も、いくつか福岡地裁で担当しました。
税務署は、とかく問答無用式に、具体的な理由を明らかにすることなく一方的に課税してきます。ちょうど、学術会議の推薦した学者6人の任命を拒否したのに、その理由を何も明らかにしようとしなかったのと同じです。申告納税制度の根幹を日本の税務署は守ろうとしていません。とはいえ、税金裁判は激減しているのではないでしょうか…。
長野県には、長野、松本、上田、諏訪、飯田、伊那と、いくつもの地域に分かれ、独自の生活文化圏を形成している。なので、「信州合衆国」と呼ばれている。
福岡県でも筑後・筑豊と北収集は文化圏が完全に異なります。それでも「信州合衆国」ほどではありませんよね…。
山の入会(いりあい)権をめぐる裁判も面白い展開でした。
戒能通孝教授は、未解放部落の人たちは生活共同体が違うので、入会権利集団は入らないと、本に書いている。それでは具合いが悪い。そこで、渡辺洋三教授と一緒になって研究をすすめ、生活共同体にもいろいろあることをつかみ、未解放部落にも入会権は及ぶと主張した。これを裁判所は採用してくれた。
著者は17期司法修習生。青法協会員を中心として同期の3分の1ほどが加入する「いしずえ」会を結成し、機関誌「いしずえ」を発行している。2016年4月に53号を発行しています。その活動の息の長さには圧倒されます。
著者が「いしずえ」に投稿した味わい深い随想も収録されていて、読ませます。
50年あまりの弁護士生活が380頁の本にまとまっていて、著者が弁護士としてとても豊かな人生を送ってこられたことに心より敬意を表します。実は、この本はパートⅡでして、パートⅠは1983年に発行されていて、私は翌84年に読んでいます。
著者より贈呈していただき、休日に車中と喫茶店でじっくり一気に読ませていただきました。ありがとうございます。今後ますますのご健筆、ご健勝を祈念します。
(2020年8月刊。2000円+税)

生きている裁判官

カテゴリー:司法

(霧山昴)
著者 佐木 隆三 、 出版 中央公論社
東大法学部卒で成績抜群だった裁判官が、東京地裁で違憲判決を主導したので、和歌山地裁へ転勤。そこで戸別訪問禁止は憲法違反なので無罪とするという画期的な判決を出した。すると、岐阜地裁そして福井地裁に転勤。そこで福井県の青少年保護条例は憲法違反の判決を出した。その後、横浜家裁へ異動し、次は浦和地裁川越支部に配属。さらに静岡地裁浜松支部へ飛ばされ、再び浦和地裁川越支部に配属された。
いやはや、意見判決を書いたりして、「上」からにらまれると、「シブからシブへ」ドサまわりさせられる見本のような歩みをした裁判官がいたのですね。この本では氏名が書かれていませんが、14期だというので調べてみると安倍晴彦判事のことでした。
最高裁判所というのは、このように露骨な人事差別をしたのです。それは俸給にも格差をつけるという、えげつなさでした。同期より5年半も昇給が遅れたというのですから、ひどいものです。
3人の裁判官が話し合うのを「合議(ごうぎ)する」と呼んでいて、かつては、それぞれ独自の立場で、事故の見解をはっきり主張して、議論していた。そして、ときどき「合議不適の裁判官がいる」と言われるほど、裁判官のなかに、他人の意見に耳を傾けない人がいた。
ところが、今では、若い判事補はあまりモノを言わなくなり、困っているとのこと。
なるほど、なんでも正解志向の世界で育ってきたエリートたちは、てっとり早く、「正解」を知りたがる。効率よく「正解」を知って、判決文を起案したいので、この事件の論点を早くつかみたいのだ…。
日本の司法は閉鎖的な体質をもっているので、その体質を改善する唯一の方法は市民が裁判に関心をもつことなのだ…。
そうなんです。なので、弁護士会による裁判官評価アンケートは大きな意義があると思います。
27年も前の本ですが、今にも生きる話ばかりなので、一気に読了しました。
(1993年6月刊。980円+税)

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