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カテゴリー: 司法

取調室のハシビロコウ

カテゴリー:司法

(霧山昴)

著者 江口 大和 、 出版 時事通信社

 ハシビロコウは、先日、NHKの「ダーウィンが来た」でも紹介されましたが、アフリカにいる絶滅寸前の大型の鳥です。その特徴は、なんといっても餌となる魚(ナマズなどの大型魚)を捕まえるため、1時間ほども不動の姿勢でいることです。

 私は著者が狭い取調室で検察官から、いたぶるような取調を受けている映像を前に見ていましたので、この本の題名がまさしくしっくりきました。どんなに人格を侮辱することを検察官が言っても、著者は「黙して語らず」で、不動の姿勢を貫いている様子が録画されているのです。まさしく取調室のハシビロコウそのものでした。この取調の様子が活字になって再現されています。

「あなたの弁護士観っていうのはね、全然大間違いですよ。ガキだよね、あなたって。なんかね、子どもなんだよね。子どもが大きくなっちゃったみたいだね」

「本はたくさん読んでたみたいだけど。なんか、ちょっと、論理性がさあ、なんか、ずれてんだよなあ」 

「誰が、そんなあなたのことを信用するんだ、今後、そんな態度で。嘘に嘘を重ねることになりますよ。もともと嘘つきやすい体質なんだから、あなた。こんなにはっきり、取調においてね、明確な嘘をつくのって、ちょっとやっぱ特殊な人が多いですよね。やっぱ詐欺師的な類型の人たちですよ。あなたも、そこに片足つっ込んでると思うな」

「あなたのやっていることは空回りなんですよ。すべてが場当たり的。しかも、ゆがんじゃってるわけですよね。ちょっと考えると間違えちゃう。超、筋悪ですね。あなたの発想っていうのが、お子ちゃま的。残念ながら、物事を客観視できないっていうのは非常に悲しいですよね」

「完全に自己満足にしか見えないんだけどね、この黙秘」

「どこに逃げる余地があるんですか、1%もないんですよ。ゼロ%ですよ、あなたが逃げられるのは」。

これは横浜地検特別刑事部所属の川村政史検事の取調室のコトバです。私が恐ろしいと思うのは、この川村検事は55期なので、検事生活20年以上のキャリアがあります。取調状況が録画されていることを知ったうえで、弁護士に対して言っていること、しかも黙秘権という正当な権利行使をしている被疑者に対して一方的にまくしたてている。これは本当に怖いです。

検察官が被疑者である弁護士に向かって、これほど人格侮辱的コトバを数限りなく操り出しているのは、日頃から、こういう強圧的な取調をしていることの何よりの証明だと思います。

結局、著者は保釈がずっと認められず、250日間も勾留されました(裁判官もひどいと思います。大川原工機事件での、重病の被告人の保釈請求を却下した東京地裁の裁判官と同罪です)。そして、黙秘しているのに、57時間11分も取調べしたのでした。

 江口弁護士が逮捕された罪名は、犯人隠避教唆。関係者から聞いた話を書面にしただけで、代理人にも弁護人にもなっておらず、相談料も着手金ももらっていない。しかも、2年前のこと。ええっ、こんなことで逮捕・起訴され250日間も勾留のうえ、有罪となり、弁護士資格を奪われるなんて、理不尽な話だと私は思いました。

 黙秘を貫くことは、想像以上に苦しいもの。そのとおりです。私は弁護人として、完全黙秘を勧めたことは、警察による政治的な不当弾圧事件(共産党の選挙ポスターを電柱に貼っているところを現行犯逮捕しました)の被疑者に対しての1回しか記憶にありません。たいていの人はしゃべりたがりますので、それを止めるのはまず無理です。

 この本のオビに「人質司法のリアル」とありますが、まさしく、そのとおりです。

川村検事の著者に対する取調状況の録画はネットで閲覧できます。必見だと思います。あわせて本書の一読をおすすめします。

(2026年1月刊。2200円)

 日曜日のNHKの討論会に高市首相が直前ドタキャンしたのは大問題です。「逃げた」と言われても仕方ないと思います。だって、高市首相は直後の地方での演説会には行って演説しているのですからね。

 高市首相は、その前のテレビ討論会で統一協会との深いつながりを追及されたとき顔色が変わりました。ニセモノでないことは明らかな文書なのにインチキ文書だ、名誉毀損で訴えると開き直ったのです。その点をさらに追及されるのがよほど怖かったのでしょう。でも、今回の選挙は「信を問うもの」と言っていたのですから、逃げるのは、やはり卑怯としか言いようがありません。

 若い人に、「高市さんは何かやってくれそう」という人気があるとのこと。でも、「円安で輸出企業はウハウハもうかってます」なんて言われても、物価高に苦しんでいる私たちのことなんか何も考えていないんだなとしか思えません。

 アメリカのトランプ大統領の言いなりに高市首相は軍事予算をどんどん増やしています。すると、福祉・教育予算が削られるのは必然です。

 「何かやってくれそう」といっても、アメリカのために軍事費を増やしているだけです。そんなの止めましょう。

 それにしても、「自民党大勝」という選挙予測を出すばかりのマスコミって、ひどくありませんか。自民党政治が続いたら、国民生活がどうなっていくのか、もっと、足を地につけて、冷静かつ批判的な報道をしてほしいと思います。

ひまわりと羊

カテゴリー:司法

(霧山昴)

著者 内河惠一 、 出版 中日新聞社

 名古屋の内河惠一弁護士の自伝です。私より10歳だけ年長です。戦前に生まれ、空襲で家を焼かれました。両親が病弱のため、戦後は生活保護を受ける家庭でした。

 家庭が貧困のため中学校で生徒会長をつとめるほどの成績だったのに、普通高校には進学できず、高校は定時制に進学したのでした。働きながら高校を卒業したあと、中央大学法学部(夜間部)を受験して合格します。それでも入学するには4万円という大金が必要です。お金の貯えは本人にも家にもありません。両親は病気をかかえていて、あてに出来ません。そんなとき、相談すると中学校の校長が2万円を貸してくれました。ほかにも、友人やら親戚、そして働いていた書店主など40人ほどからカンパが集まりました。なんと借金2万円を含めて6万円になったのです。それで、母親の治療費未納分1万円を完済したうえで上京し、仕事をしながら中央大学で学んだのでした。

 盲腸炎にかかって苦しんだときも、治療費がないため手術は出来なかったといいます。注射だけしてもらって絶対安静で寝ていて助かったとのこと。

 1967年9月に司法試験に合格します。そして、内河弁護士はいくつもの集団訴訟に関わります。まず初めは、四日市大気汚染公害訴訟です。1972年7月24日に勝訴判決が出ました。次は、東海道新幹線走行差止訴訟。1986年4月28日に国鉄と和解が成立し、原告らの居住区間ではスピードを落として騒音を75デシベル以下にすることになりました。引き続き今もリニア中央新幹線の工事計画認可取り消し訴訟を担っています。

 名古屋三菱・朝鮮女子勤労挺身隊訴訟は裁判では敗訴が確定したが、裁判外での運動が続いています。

 名古屋高裁(青山邦夫裁判長)は2008年4月17日、自衛隊のイラク派遣は憲法9条1項に違反するという画期的な判決を下しました。このときの訴状は「ですます調」で書かれているそうです。私は長く弁護士をしていますが、訴状を「ですます調」で作成したという記憶はありません。市民に分かりやすい訴訟にしようとした工夫の一環でした。

 生活保護の基準額を国が強引に引き下げたのは違法だという訴訟で、2023年11月、名古屋高裁は、違法を認めて、国に対して1人1万円を支払うよう命じる判決を出しました。

 このとき、弁護団は「司法は生きていた」という垂れ幕を掲げたのです。ところが、国は自らの非を認めず、改めて減額しようとしています。あまりにもひどい冷たい仕打ちです。

 軍事産業ばかりを肥え太らせ、庶民生活を切り捨てている行政は根本的に改めさせる必要があります。

 85歳になっても現役の弁護士として活動している著者に対して、心より敬意を表します。

 

(2025年6月刊。1320円+税)

検事の心得

カテゴリー:司法

(中央倫新社)

伊藤鉄男

 元東京地検特捜部長の回想というサブタイトルの本です。最高検の次長検事が最終ポストだというので、あれ、どうしたんだろうと思うと、担当検察官が有名事件で証拠を偽造していたことが発覚して、この重大不祥事について検事総長と一緒に責任をとって退官したのでした。本人からしたら運が悪かったということですが、それにしても検事が証拠を偽造するなんて、まったく許せません。

 偽造ではありませんが、検事が被疑者・被告人に有利な証拠を隠すというのは、しばしばあり、ときどき発覚して問題になっています。むしろ、国の公正な運営を阻害するものです。

 この本を読んで、50年も前の私の司法研修所での生活をなつかしく思い出しました。著者は27期で、私は26期なので、登場人物の多くが共通するのです。

 なかでも村田恒検事です。「落としのムラツネ」という定評があったそうですが、その授業は理論的というより、いかにも熱血検事でした。その勢いで、検事志望者を多く獲得しました。私のクラスからは10人ほども検察志望が出て、村田教官の「人たらし」が成功しました。なかには、数年でやめた人もいるようですが、検事総長や高検検事長までのぼりつめた人がいます。

 著者に対して、この村田教官は検察を志望するよう猛烈なアタックをかけたようです。ついに著者の下宿に泊まり込んだとのこと。しかも、翌日、「今日も泊まるから」と言われて、「前向きに考えますから、帰ってください」と言ったというやりとりが紹介されています。そんなことをやりそうな村田教官でした。今も、それくらい熱烈な勧誘する教官はいるのでしょうか……。

 著者が仕えた検事正のなかには、あまり尊敬できない人、顔も見たくないような人がいたとのこと。正直に書かれています。私も弁護士として接した裁判官のなかに、二度と顔を見たくない人が何人もいます。たまに素晴らしい裁判官に出会うと、ほっとします。

著者は、検察官に「引き返す勇気」が必要だと強調しています。ぜひ、そうあってほしいものです。「今では、このような考えが検察部内に浸透していると思う」とありますが、果たしてそうでしょうか……。

 無理だと分かったら潔く撤退することが何より大切。これは、弁護士についても言えることです。というか、まず、無理な受任をしないことなんですけどね……。

 検察官が取調の任意性の立証のために法廷で尋問されることがあります。実は、私は一度もその経験がありません。取調警察官のほうは何回か尋問しましたが…。著者は「任意性の証人」として法廷に出廷したことは一度もないとのこと。立派です。ところが、「数回とか十数回出廷した」検事もいるとのことです。驚きますね。よほどひどい取調べを日頃しているということなのでしょう……。

 著者は東京地検で副部長と部長をあわせて6年半もつとめたとのこと。特捜、交通、刑事の各部です。こうなると、東京地検の「主(ぬし)」的存在ですね。副部長は、いわゆる決裁官です。部下の検察官に対して助言と承認をします。そのときの心構えとして、忙しいときでも必ず相談や報告を受けることがあげられています。「いま忙しいから、あとにして」と言って、つい受けないと、それが重なっていったりします。面白いのは、いつだって平常心を失わないこと、そして用もないのに長話をしないことが上げられています。なるほどなんですよね。

 警察との関係では、「警察は検事を使えなければ一人前ではない」し、「検事は警察を使えなければ一人前ではない」とされています。特捜部あたりではそうかもしれませんが、地方では、検察は警察にいいように使われているだけというのが実情ではないでしょうか……。

 部下が失敗したとき、まずガッハッハと笑い、そのあと一緒に対応を考えるという対応がすすめられています。なるほど、そのとおりですね……。まあ、言うは易くて、難しいことです。

 法務省は、重要事項を決める省議メンバーは、秘書課長、人事課長そして会計課長の「官房三課長」。そうなんですね。

 この本の最後に再審無罪判決が出て確定した袴田事件の無罪判決が間違っていると書かれています。私は無罪判決をきちんと読んでいませんので、コメントできません。検事総長の談話について、今なお袴田氏を犯人視しているとして再審弁護団が損害賠償請求訴訟を提起したと思いますので、そこで、どちらがおかしいのか明らかになるでしょう。

 それにしても再審手続は改められるべきです。検察官は、手持ち証拠の全部を開示し、提出するのが当然ですし、再審決定に対して検事からの異議申し立てを認めるべきではありません。

(2025年12月刊。1980円)

破天荒、新堂幸司の人生行路

カテゴリー:司法

(霧山昴)

著者 新堂幸司 、 出版 弘文堂

 新堂幸司といえば、今の若い弁護士にとっては日弁連債務研究財団の理事長かもしれません。でも、私にとっては争点効です。それまでの日本の既判力論ではうなくいかないところを埋める新しいアイデアとして争点効というものを新堂幸司は提唱したのでした。私は、授業でそれを学びました。

既判力は判決主文中の判断にのみ生じるものであって、判決理由中の判断には既判力は働かない。しかし、前訴で主要な争点として争われ、理由中で判断されていることについては、後訴で同一の争点が争われたときには、前訴の判断と矛盾する判断を禁止するというのが争点効だ。つまり、判決理由中の判断に何らかの形で拘束力を認めようという点に争点効の理論の特徴がある。紛争解決の一同性を徹底させるものとして新訴訟物理論と考えが共通する。

司法試験で争点効が出題されるのではないかという予想が学生のあいだで広く流布しました。そして実際に出題されたのです。もちろん、ずばり争点効が出たのではありません。出題されたのは「判決理由中の判断について説明せよ」という設問。判決の既判力を論じ、一事不再理の思念のあらわれとして紛争の最終解決の必要性から来る失権的効果をともなうものとして失権効がある。新堂幸司の授業を熱心に開いて必死にノートをとっていた私は自信をもって答案を書き上げたのでした。

 この年(1971年)の司法試験は東大生(在学中)が90人も合格しました。新堂幸司の争点効のおかげというつもりはありません。東大闘争で1年半ほど授業(講義)がなかったので、再開されるや大勢の法学部生が、全共闘支持でバリケード封鎖を支持し、授業再開粉砕を叫んでいた学生を含めて、一斉に猛烈勉強に突入したことの成果なのです。

 新堂幸司は、東大法学部を卒業したあと、会社に入った。ところが、1週間で辞めた。毎朝8時にタイムレコーダーを押すのが、自分の時間を切り刻んでいるようで耐えられなかった。ここは、自分がいるところではないと思った。いやあ、会社に入ったことが一度もない私(就職面接を受けたことが一度だけあります。丸の内の重厚そうなビルにある会社でした。こんなところに入ったら、それこそ息が詰まってしまうと実感しました。今でも、会社に入らずに良かったと考えています。上下関係の厳しさに耐えられそうもありません)ですが、その気分はよく分かります。

 新堂幸司が私の尊敬する映画監督の山田洋次と同期同クラスだったというのを初めて知りました。といっても、山田洋次は大学に来ていなかったから、個人的に話したことはなかったとのこと。

今の学生に対するアドバイスとして、いろんな体験をしたほうがいい。世の中の動きをよく見る。法律家になるなら世間のどうこうというものをつぶさに理解して、立法の必要性を常時考えなきゃダメだと思う。これはまったく同感です。弁護士たるもの、新聞をよく読んで、世の中の動きをいろんな角度から考えてみる必要があります。

 新堂幸司は学徒動員で、戦場ではなく勤労動員として軍事工場で動かされた。そして米軍B29の大爆撃を工場が受けたとき、危機一髪で命びろいした。それで、自分は運が強いと思うようになった。

 人生なるようにしかならない。先のことを心配したって仕方ない。何とかなるだろう。戦争を生きのびたことで、そのころから自分は幸運な人間だと思うようになった。その代わり、努力しなきゃダメだとも思った。努力していれば必ず幸運がまわってくると信じた。なーるほど、ですね。

(2025年10月刊。3740円)

修羅場の王

カテゴリー:司法

(霧山昴)

著者 大西康之 、 出版 ダイヤモンド社

 この本の主人公の瀬戸英雄弁護士は、私と同世代です。日弁連の倒産法関係の委員会でしばらく一緒させてもらったことがあります。

 短く刈り込んだ頭髪に銀縁のメガネ。その奥に光る細い目は、資産隠しに走る債務者や貸付金回収に血眼の債権者を射竦(いすく)める。

 なるほど、この人物形容はあたっていると私も思います。

 瀬戸弁護士は「倒産村」の弁護士として、大型倒産案件の管財人として有名です。引き受けるときは、十数名の弁護士と公認会計士からなるチーム「瀬戸組」を率いる。

 この本は、まずSFCG大島健伸との対決を描いています。「じん臓売ってカネ作れ」「目ん玉売れ」と脅した、あの商工ローンです。この大島は刑事事件で逮捕され、起訴されたのに、すべて無罪となり、海外へ逃避させた巨額のお金で、今、ラオスにおいて商工ローンを営んでいるとのこと。いやはや、許せません。ひょっとして、今ではラオスを拠点として特殊詐欺に片足を突っ込んでいるのではないでしょうか…。

瀬戸弁護士は、失敗できない社会は、挑戦できない社会であり、成長できない社会である。日本は、「失敗してはいけない」息苦しさを打破し、「やり直しのできる社会」につくり替える必要があると考えているとのこと。これは、私もまったく同感です。

ところが、現実には、会社更生法の申請は、年に1社しかありません。私は1回も申請代理人になったことがありません。いえ、田舎にいても相続を受けたことは何回もあります。でも、高額の予納金がまず用意できませんし、相応の利益を確保できる目途も立たないのです。それより、転職・転業したほうが、よほど生産的なケースがほとんどでした。

瀬戸弁護士は、あくまで「実務の人」。その武器は、卓越した事務能力と人心掌握術にある。すべてのステークホルダーが押し黙ってしまうような「落とし所」を見つけ出し、「ようござんすね」と納得させる。数字の裏付と胆力が可能になる技(わざ)だ。

 本書は日本航空の倒産・再生が話の舞台です。毎月のように上京している私にとって、日本航空は株主優待券も使っていたのですが、一瞬にして株券がゼロとなってしまいました。ええっ、そんなこと許されるの…と思いましたが、またたく間に復活・再生した日本航空ですが、前の株券の復活の話は残念ながら、まったくありません。

 日本航空再生に身を挺することになった稲盛和夫は、このとき77歳。今の私とほぼ同じです。出社は週3回で無給、そして期間は最大3年というのが条件だった。77歳になってから超大会社の再建の旗振りをするのは本当に大変だったと思います。しかも、それまでの企業とはまったく毛色の異なる航空会社ですからね。

JAL再生にあたっての稲盛の心構えは、「小善は大悪に似たり、大善は非情に似たり」というもの。私は聞いたことのないフレーズです。小さな善行はいいことをしているように見えて、大悪につながってしまうこともある。大きな善行は非情に見えることもあるという意味だそうです。

 会社更生法の適用は、まさしく非情。その一、従業員・保有材料・運航航路は3分の削減。その二、年金給付は現役社員2分の1、退職者は3割減。その三、一般の金融債権は87.5%カット。その四、44万人もの株主がもっていた株の価値はゼロ。私の保有していた株はこれでゼロとなったわけです。トホホ…。そして、その結果、JALは3年後の2012年度の営業損益は、2049億円もの黒字となったのでした。

 瀬戸弁護士は「倒産弁護士」と呼ばれ、同時に、「日本でいちばんベンツの似合う弁護士」と評された。いやあ、すごいものです。

 稲盛和夫に白羽の矢が立ったのは、「JALの改革は、既得権益の外にいる人間しか出来ない」ということから選ばれた。経団連で要職についているような経営者は、おおむね既得権益の側にいる。JALは既得権益の塊ともいうべき存在なので、それと本気で変えようとするのなら、既得権益と戦ってきた人間である必要がある。こういうことだったのです。

 なるほど、山崎豊子の『沈まぬ太陽』を読むと、日本航空が政・財・官の既得権益の塊だということが、外部にいる私のような人間にもひしひしと伝わってきます。それにしても、この本の著者はカネボーから来た伊藤淳二会長を無能な人間のように扱っているのについては、納得できません。労働組合無用論に立脚した論法ではないでしょうか。『沈まぬ太陽』の主人公のモデルとされた小倉寛太郎氏とは、石川元也弁護士(大阪)の東大同期ということで紹介されて挨拶したことがあります。古武士とはこんな人を言うのかと思った人柄でした。

瀬戸弁護士は、倒産弁護士になって30年、不可能の中に可能な見出す引き出しをいくつも持っている。「修羅場を経験したことのない者ほど、無用のリスクに怯(おび)えてしまう」

日本航空の再生は、再生支援手続と会社更生手続きを組み合わせ、しかも事前調整型の再生という、日本で初めての手続きですすめられた。商取引債権は従前どおりの条件で金額が支払われる。これによって、円滑な運航が可能となった。

稲盛が日本航空に乗り込んだとき、面従腹背の取締役も決して少なくはなかった。なので、荒療治は避けられなかった。

いやはや、瀬戸弁護士はたいした力技(ちからわざ)の持ち主なのですね…。改めて驚嘆・感嘆させたれました。よく調べてあり、一読する価値のある本です。

(2025年11月刊。2200円)

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