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カテゴリー: 人間

感じて歩く

カテゴリー:人間

(霧山昴)
著者  三宮 麻由子 、 出版  岩波書店
 シーンレスは著者の造語で、全盲という意味です。風景がないということです。
 「視覚障がい」とか「全盲」というマイナスイメージの強い言葉を使わずに、ただ目の前に視覚的な風景がないという事実だけを表現する。
 シーンレスになると、歩くと物にぶつかる現実に直面する。
 プラットホーム上では、シーンレスは極限の緊張状態にある。「欄干のない橋」とか「柵のない断崖」という表現は決して誇張ではない。
 シーンレスの3人に2人は転落経験があり、残りの3人に1人も、いつ3人に2人の側に行ってもおかしくない。鉄道、プラットホームに置いてシーンレスがさらされている命の危険が現実に恐ろしい結果となる確率は、健常者とは比較にならない次元で高い。
 シーンレスにとって、杖は命の次に大切な宝物だ。杖は世界への案内者になる。
 ときどき、道で自転車や車と接触して杖を折られることがある。杖を折られるのは、持ち主を命の危険にさらすこと。
 人より気をつけていても衝突が避けられないのがシーンレスである。白い杖は、そのことを知らせる目印である。
 白杖を折られ、地面との糸電話を断ち切られたら、シーンレスは一歩も歩けない。
 白い杖は単なる道具ではなく、使う人の身体の一部なのだ。
シーンレスにとって、曲線や斜めの角度をふくむ空間認識は歩行のなかでも最難関である。
 自立とは、自己決定できることであって、「ひとりでできる」ことではない。
全盲の女性が社会的に活躍していける時代にはなりました。しかし、シーンレスの人々にとって、やるべきことはこれからもますます多いようです。ぜひ今後とも元気にがんばってください。
(2012年6月刊。1800円+税)

羽生善治・闘う頭脳

カテゴリー:人間

(霧山昴)
著者  羽生 善治 、 出版  文春ムック
 私は囲碁も将棋もやりませんし、出来ません。それでも、名人の話は聞いてみたいと思って読んでみました。さすが名人の語りには学ばされます。
スケジュール調整は半年先まで進めている。しかし、将棋の戦術的な面は、日進月歩、ほんの2週間くらいで更新されて進化していくので、数ヶ月先の大局をいま考えても仕方のないこと。
ええっ、そ、そうなんですか・・・。日進月歩とは、恐れ入りました。
 30年間、ずっと棋士を続けてきた理由は、将棋の全容を少しでも解明したいから。
 将棋の局面の可能性は、10の220乗通りもある。そのうち、この目で見ることができるのは、0.1%もない。
 将棋の戦術の「賞味期限」は、かなり短くなっている。昔のように独自の研究成果を秘密兵器として、ここ一番の大局にぶつけてやろうというやり方は、今では不可能に近い。
 「今日は長くなりそうだな」くらいの心持ちで、先のことを考えずに自然にたたかっていると、時間のたつのを忘れていて、気がつくと夜中になっていたということがある。時間を忘れるくらい、集中できていること。
先のことを思い悩まない、深く考えすぎないということが、将棋の場合、集中力を高めるために、とくに大切だ。
 勝負にミスはつきもの。そう覚悟して、ミスを少なくするように努力していくしかない。
局面を「読む力」は、若いころのほうがあった。しかし、「読まない力」「大局観」は経験を経るごとについてきている気がする。
 勝負を決めているのは、実は、知識でも頭の回転でもなく、最後は「負けたくない」と思う気合いや、努力しても勝ちに恵まれないときにも持ちこたえる根性といった、泥臭い能力が大きい。
 一回の大局で、水を2リットルくらい飲む。
 日本の将棋の今のルールは、江戸幕府ができたころに確定した。
 「持ち駒の再利用」というのは、世界のどこにも例をみない、日本の大発明。
 今のコンピュータ将棋は、人間の指す将棋とは明らかに異質。棋譜を見たら、人間が指しているのか、コンピュータが指しているのか、すぐに分かる。それは、将棋という一つの題材に対するアプローチの仕方がまったく違うから。
 すごいですね、さすがは名人ですね、コンピュータ将棋がどうかすぐに分かるだなんて・・・。
(2015年3月刊。1000円+税)
 お盆休み、久しぶりに大雨が降りました。庭の手入れができます。コチコチに固まっていた土を掘り起こします。午後、まだ陽は高く、熱中症にならないように用心しながら、なるべく深く掘り上げ、そこにコンポストの枯草や生ゴミ(EM菌をふりかけているので臭いはしません)を埋め込むのです。
 いつにもなく、ヒヨドリがすぐ身近にやってきて、うるさく鳴いています。目の前の枝に止まったヒヨドリは口にエサの虫をくわえています。スモークツリーの木をヒヨドリが2羽しきりに、甲高く鳴きかわしながら、ぐるぐる2羽ともまわっています。今ごろが交尾の時季なのかな。求愛ディスプレイなのだろうか。
 枯れ草投入をしばし中断し、椅子に腰かけて眺めていました。それでも、2羽のヒヨドリはうるさく鳴き、せわしく木の枝を縫うようにして飛びかっています。求愛ダンスには長すぎるな・・・。
 しびれを切らして穴掘り、枯れ草埋めを再開します。
 娘が庭に顔を出して、スモークツリーの木の上のほうにヒヨドリの巣があるのを発見しました。初めてのことです。たしかに、葉にかくれるようにして巣がありました。
 巣があるのに、ヒヨドリが騒いでいる。まさか・・・。

パティシエ世界一

カテゴリー:人間

                       (霧山昴)
著者  辻口 博啓・浅妻 千映子 、 出版  PHP文庫
 いちど、私も自由が丘のお菓子屋さんに行ってみたいと思います。
 今から40年以上も前、私が大学生だったころ、東横線の自由が丘駅周辺は完全な住宅街で、寂しい雰囲気でした・・・。
 和菓子屋の息子として育った著者は、今やフランス菓子の世界的な第一人者です。
 世界的なお菓子のコンクールで何回も優勝しています。たいしたものです。
 コンクールに強いのは、食べていくため、成り上がるため、生活をつかみとるため、そういう明確な目的をもって取り組んできたから。「餓える」ことが、どんなに恐ろしいことか身をもって分かっていたから、必死だった。
 さすがに、第一人者は材料をよく選んでいます。
 つかっている卵は、秋田の比内鶏が産んだもの。
 バニラビーンズは、タヒチ産。牛乳は、低温殺菌。
 頭のなかにあるのは、基本的にお菓子だけ。お菓子づくりは仕事であると同時に、趣味でもあるし、遊びでもある。何を見ても、何を話しても、お菓子に結び付いてしまう。
 自由が丘に店を構える前、日本に帰ってから一文なしになっていたところ、スポンサーになってくれた女性から、1億5000万円を渡された。
 「これで、自分のつくりたいものがつくれる店をやってごらんなさい」
 すごい人が、世の中には、いるものなんですね・・・。今では、自由が丘駅から、この「モンサンクレーム」まで、人通りが絶えないというのです。
店で好きな菓子を選びたいんだったら、台風が直撃していたり、大雨のときに来店するようにすすめています。いやはや、すごいことです・・・。
店の面積は53坪。そのうち厨房が半分を占める。厨房のデザインは自分で手がけた。涼しいこと。2台の強力エアコンを入れた。そして乾燥厨房にした。床をホースで水をまかず、モップで拭いて汚れをとれるようにした。
 スタッフ同士はテーブルをはさんで対面で仕事をする。客は、半円形の窓から厨房でパティシエが働いている姿を見ることができる。
 毎朝、9時半にミーティングをする。15分から30分間。
 厨房のなかではムダなおしゃべりはなく、緊張した空気。
 スタッフの男女比は半々。
 さすが一流のパティシエの言うことは違います。フランス料理の楽しみの一つが、色と形と味の良さで驚嘆させるデザートです。
 ぜひぜひ、いちど、食べてみたいものです、著者のケーキを・・・。
(2015年4月刊。640円+税)

穏やかな死に医療はいらない

カテゴリー:人間

                                (霧山昴)
著者  萬田 緑平 、 出版  朝日新書
 医師や病院に任せきりにしている限り、自分らしい最期を迎えることはできない。自分らしく死にたいと思ったら、病院を出て自宅に帰るのが一番。
 外科医だった医師が、今では在宅緩和ケア医に転身して5年の経験をふまえて、このように断言しています。なるほど、なるほど、そう思いながら一気に読みすすめました。
治療を諦めるのではない。治療をやめて自分らしく生きる。治療をやめることで、穏やかに、自分らしく生き抜いて、死ぬことができる。もちろん、治る病気は治したほうがいい。
著者は43歳のとき、それまでの外科医から在宅から、在宅緩和ケア医へ転身しました。
食べることが苦痛だったら、それは食べないでくれという身体のサイン。上手にやせていくのがいい。亡くなる直前まで歩いている人は、やせてがりがりの身体になれた人たち。
 上手にやせていき、そのまま「老衰モード」にもちこめたら、なお、あっぱれ。
ほとんどの医療者は、自分や自分の家族なら胃ろうはしないと考えている。胃ろうを安易にしてはいけない。場合によっては、途中でやめることも必要。
 高齢になったら、安易に病院に行かないことを勧める。年寄りが入院すると、体力、筋力、ものを飲み込む力があっという間に奪われてしまう。
発熱しても、時期が来れば自然に下がることは多い。本人が食べないときには、「栄養のため」といって、無理に食べさせないこと。無理に食べさせずに我慢していると、また食べられるようになるもの。
抗がん剤治療は、がんとの戦いというよりも副作用との戦い。身体中に毒ガスをまくようなもので、がんだけでなく正常な細胞もやっつけてしまい、患者の身体は激しいダメージを受ける。
 抗がん剤の治療を受けて1~3ヶ月後の効果判定で効果が少なければ、さっさとやめたほうがいい。抗がん剤は、治療中止のタイミングがよければ、最大の延命効果がある。
 具体的な余命の数字を言うことはない。それは非常にむずしいことだし、患者がそれを知って、ひとつもいいことはない。むしろ、ウソをつかないで、状況を悟ってもらうことのほうが大切。
とても実践的な本だと思いました。私も、がんになったときには、抗がん剤で、あまり苦しみたくはないと考えています。といっても、悟りきれずに、じたばたするのかもしれませんが・・・。その可能性は、大です。
 がんに関心のある人に、広く一読をおすすめします。
(2015年2月刊。760円+税)

現実を生きるサル、空想を語るヒト

カテゴリー:人間

                              (霧山昴)
著者  トーマス・ズデンドルフ 、 出版  白揚社
 霊長類にとって、他者をじっと見るのは脅しのジェスチャーであることが多い。霊長類は、たいてい視線を合わせることを避ける。
チンパンジーの目には白目がない。人間の目は視線の方向を伝える。自分がどこを眺めるのかはっきりと表に出し、他者がどこを見ているのかを読む。霊長類は、視線の方向をカムフラージュしている。
 模倣は、正常な社会的発達と認知発達にとって欠かせない。
 人間は、しばしば知らないうちに、互いをまねる。相手の姿勢や動き、話し方を無意識のうちにまねる傾向がある。教育は模倣を裏返しにしたもの。
チンパンジーは、団結もし、争いがあれば、相互に助けあう。このような連帯が、チンパンジーの政治的闘争の基盤となっている。
人間と同じように、チンパンジーは、自分を助けてくれた者のほうをよく助ける。チンパンジーは、誰と協力するのが一番いいのかを知っている。
 チンパンジーは、表情で他者に合図したり、他者から何かをせびったり、服従や優越性を示したり、仲直りを求めたりする。
 心のなかでシナリオを構築する能力は、人間では2歳から急激に発達する。
 人間の子どもは、起きているあいだのかなりの時間を費やして空想して遊ぶ。子どもたちは、人形などをつかいながら、シナリオを思い描いて飽きもせずに、それをくり返す。
 思考とは、根本的に、行動や知覚を想像することである。
 子どもは、遊びのなかで仮説を試し、数々の可能性を検討し、因果推論をする。
 子どもは心のなかでシミュレーションすることを学ぶ。要するに、考えることを学ぶのである。
 他者を楽しませるヒトは、性選択で有利な傾向がある。芸術家や俳優・音楽家には、人を楽しませるのではないタイプの人に比べてパートナーが多くいることが多い。
 人間とは何者なのかを、サルやチンパンジーなどと対比させながら考えていった本です。
(2015年1月刊。2700円+税)

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