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カテゴリー: 人間

世界自炊紀行

カテゴリー:人間

(霧山昴)

著者 山口 祐加 、 出版 晶文社

日本人の若い女性が世界 12ヶ国をまわって、38家庭を 取材。うち、各国2家庭ずつ 24組の自炊状況を突撃 取材した面白いレポートです。

料理と、それをつくり出した台所が紹介されていますので とてもイメージが湧き、さぞかし美味しいことだろうと、ついヨダレがたれそうになります。

この女性は人並み以上の強じんな胃腸の持ち主かと思うと、タイのカレン族の料理があまりの唐辛子の辛さに胃腸をやられてお腹を壊したと書かれていて、ああ、フツーの人だったんだねと、むしろ安心してしまいました。

台湾では共働きが当たり前で、男女の平等も当然のこと。台湾はベジタリアン人口の比率は13%で、インドに次ぐ世界二位。台湾のご飯は日本のご飯に比べて水分が少ない。パサパサとした炊き上がりになる。

学歴社会の韓国では、家族そろって食べるのが難しい状況。

ポルトガルでは、あらゆる料理に「バカリャウ」という干し鱈(タラ)が必ず入っている。

スペインでは、オリーブオイルをたっぷり使う、決してケチってはいけない。スペイン人は、1日に5回も食事する。夜ごはんは10時に食べる。それでも、寿命は世界第5位の長寿国。身体的ストレスの少ない生活ができるから…。

レストランの食事もいいけれど、美味しい家庭料理を食べると、心神ともに安心できますよね。

(2025年8月刊。2750円)

人間とは何だろうか

カテゴリー:人間

(霧山昴)

著者 酒井 邦嘉 、 出版 河出新書

 人間の意識は時間の流れのように常に直列的。ところが、心の大部分の過程は脳の領域のあちこちで同時にマルチタスクで進行していて、並列的。むしろ、自覚すらできない状態のほうがはるかに多い。

 これは私の実感にもよく合います。自覚的な意識としては一本線なのですが、実は無意識のうちにいろんなことを並列的に感じ、考え、事を起こそうとしているのです。たとえば、急に人前で話す必要があったとき、口をついて出てくるコトバは、その場の雰囲気をわきまえ、目の前にいる人の表情を読んで、その人の関心にあわせて無意識のものが意識としてあらわれるというのがフツーに起きるのです。人間の心とコトバの摩訶不思議です。

 AIを使っても真の対話・会話はできない。AIは、文字や音声で返答するか、それはコトバを合成しているだけで、意味や意図を推論しているのではない。だから会話にならない。

 「対話型」というのは大間違い。将来も「対話風」にとどまるだろう。要するに、AIは情報を処理しているだけで、自律的に思考しているわけではないのです。

AIを活用したら弁護士は不要となる。これは現時点では、まったくの間違いだと私は断言します。たしかに、過去の判例を集め、分析して、そこから得られるものは大きい。しかし、目の前の人間の抱える問題の、どこが最大の悩みなのか、コトバとして表出していない、最奥でうごめいている感情をどうやって引っぱり出すかというのは、生身の人間同士の対話でしか達成できません。

 だから大きな法律事務所としてパラリーガルとして判例検索などをしている人は失業してしまうかもしれません。

 人間は3歳児のころ、脳の重さが1キログラムを超える。このころ、言語獲得の転回点となり、一人前に話せるようになる。言語こそが人間の本姓(ほんせい)。言語が我々を人間にしている。言語は思考の道具である。

 人間とコトバ、そして意識の関係を対話形式で学ぶことができました。

(2025年12月刊。1100円)

人間の心が分からなかった俺が動物心理学者になるまで

カテゴリー:人間

(霧山昴)

著者 岡ノ谷 一夫 、 出版 新潮社

 著者は47歳で結婚したので、小学校高学年から47歳までが青春だとしています。初めて私は知りました。結婚するまでが青春だなんて……。しかも、そのうえ、小学1、2年生のころも十分青春だった気がする。そのころから好きな子がいたし……。というのです。驚きました。

 我が身を振り返ってみると、幼稚園に通っていたころ、朝は泣きながら通園していたのに、帰りは好きな女の子が園にいるので、いつもニコニコ手をつないで帰ってきていた。親から、何度も冷やかされました。その女の子の名前が「宮本さん」というのは、今でもはっきり覚えています。小学生のころには気になる女の子はいませんでした……。

 著者は小学3年生の夏休みに「巌窟王(がんくつおう)」を読み、10歳のとき、漱石の「草枕」を読んだそうです。早すぎますよね。そもそも、小学3年生のときに何を読んだか、よく覚えているものです。私は小学生のころは図書室で偉人伝を借りて読んでいました。それは覚えています。リンカーンやナポレオンなどです。

 著者は運動(スポーツ)が出来なかったとのこと。中学、高校時代に、スポーツができない男子には青春がないと書かれています。バレンタインのチョコレートが全然もらえなかったのです。私の中学・高校時代は、もっと前の時代ですから、そんなバレンタインなんてなくて幸せでした。私はスポーツでは困りませんでしたが、音楽は不得手でした。歌えないし、楽器は何も出来ません。せめてハーモニカぐらい吹けたらいいと思うのですが……。著者はギターが出来るというのですから、私はうらやましいです。

大学に入ったら、酒(アルコール)を飲めずに苦労したとのこと。私は、大学1年生のころ、寮でみんなで飲んでいて、ウィスキーを半分以上飲み、寮の廊下を「宇宙歩行」したことを今も覚えています。もちろん、翌日は二日酔いで、頭が痛くなりました。私の小学1年生のときから父が小売酒屋を始めていましたから、酔っ払いの醜態を散々見て、嫌だなと思っていましたので、その後は深酒することはなく、今日に至っています。酔っぱらうより、覚めた頭で本を読んでいるほうが、よほど私の性にあっています。

  1983年、著者は24歳のとき、アメリカに渡り、大学院生として勉強を始めます。たいした勇気です。TOEFLは515点でした(550点が最低ラインなのに…)。アメリカまでの片道航空券が54万円もしたそうです。今なら100万円以上という感覚です。講義は録音して、何度も聞き返して猛勉強。

 チャレンジャー号が打ち上げに失敗して、乗組員7人全員が死亡したとき、「アメリカは負けない。またやるんだ」という周囲の唱和に違和感を抱き、著者は日本に戻ることにした。なーるほど、ですね。

 日本のキンカチョウ(小鳥)は、ジュウシマツに子育てを委託して育っている。なので、親の声を聞かないで育っている。これは大きな影響を子に与える。子はオスの親鳥から隔離声を学ぶ必要がある。隔離声とは、鳥が仲間とはぐれてしまったときに出す、お互いを呼びあう声のこと。

 わが家でも、私が小学生のころ、ジュウシマツを飼っていました。店先に鳥カゴを置いていて、エサをやり、水を取り換えました。当時、よく見かける、あたりまえの光景です。そして、犬はスピッツがありふれていました。

 小鳥は、生後2ヶ月以内に父親の歌を音として記憶し、生後3~4か月のあいだに、いろいろな歌い方をためして、それが記憶された父親の歌と十分に似るまで練習を続ける。自分の歌を耳から聴いて、記憶と照合していく。そういうことなんですね。

 ジュウシマツでは、歌をうたう能力も歌を聴き分ける能力も、どちらも左脳に集まっている。これを実験で確かめるのです。すごいことですよね……。ジュウシマツの成鳥は、耳が聴こえなくなると、歌が劣化してくる。

小鳥そして動物たちの心を研究している学者の面白い青春記でした。

(2025年9月刊。1980円)

松本清張の昭和

カテゴリー:人間

(霧山昴)

著者 酒井 信 、 出版 講談社現代新書

 井上ひさしもすごい作家ですが、松本清張もまた、まさしく巨匠ですよね。

 私は、松本清張の書いたものはそれなりに読んでいますし、北九州にある記念館にも数回は行きました。映画「砂の器」なんて、傑作中の傑作ですよね。

 40歳を過ぎて文壇にデビューし、49歳にはベストセラー作家になったのです。学歴は高等小学校。いわゆる高校・大学には行っていません。ところが、英語の勉強はずっと続けていて、海外へ取材に行ったときには、通訳なくして現地の人と話しています。いやあ、すばらしいことです。私がずっとずっとフランス語を勉強しているのも、巨匠を目ざすという魂胆があるからなのです(嘘です)。

 松本清張にはゴーストライターがいると信じられたことがあります。少なくとも常勤の取材チームがいて、下原稿をつくっていると、まことしやかに言う人もいました。でも、ゴーストライターなんていませんし、下原稿を書く取材チームもいないのです。もちろん、取材に協力した人は何人もいるようです。

 松本清張の武器は口述筆記できることでした。それこそ専属の速記者がいたのです。私は、その人の書いた本も読みました。ともかくすごいのです。1日に30枚もの原稿を口述しています。しかも、同時に2つか3つの本を交互にやっていくのです。信じられません。

 文壇バーに飲みに行くこともなく、午前10時から夜10時まで、毎日、ひたすら口述していったのです。そのとき、話しコトバがそのまま文章(書きコトバ)になるよう自らを訓練していました。これは簡単なようで、実はかなり難しいことなんです。

10日で単行本が1冊できあがるというペースだったと聞くと、モノカキ志向の私でも腰を抜かしそうになります。

清張の小説には「悪女」が登場します。それを生々しく描けるほど、清張にも浮いた話はあったのです。

この本ではA子とC子が紹介されています。瀬戸内寂聴は両方とも知っているようで、A子については高く評価していて、C子については本気で悪女だと想っていたとのこと。そして、清張もC子との交際によって、「悪女というものを初めて識(し)った。それ以来、小説に悪女を書けるようになった」と書いています。C子との苦労を作家として小説に生かしているのです。残念なことに、私は、この方面の経験が圧倒的に不足しています。

 清張にとって、小説は満たされない旅情を埋めあわせる「現実逃避」の手段だった。思春期に本を読みあさり、見識を深めることで、独自の人生観を築き、作家となったあとの創作に生かした。その着想そして下調べ、文章構成、本当にどうやって自分のものにしたのか、不思議でなりません。

 それなりに知られていることですが、清張は戦前、治安維持法違反で特高警察につかまりブタ箱に入れられています。共産党の活動をしたということではありません。知人から雑誌(合法の左翼誌です)を借りて読んでいただけで、芋ヅル式に検挙されたのでした。

 十数日間、留置場に入れられ臭いメシを食べた経験は、江戸時代に無宿人が佐渡島で強制的に働かされるという「無宿人別帳」に生かされている。これまた、たいしたものです。

 松本清張は作家生活40年を送り、82歳で亡くなりました。

(2025年12月刊。1210円)

ピッケルの神様、山内東一郎物語

カテゴリー:人間

(霧山昴)

著者 工藤 隆雄 、 出版 山と渓谷社

 私は本格的登山はしたことがありませんし、しようとも思いませんので、ピッケルなるものの実物を手にとったこともありません。でも、山に登るならピッケルが欠かせない道具だということくらいは、もちろん知っています。

 ピッケルとは、雪山に登るときになくてはならない道具の一つで、突風が吹いたとき雪に突き刺して飛ばされないように体を預けたり、滑落したときにピックという尖った部分を雪面に噛ませて停止させるなど、命をも左右するとりわけ重要なもの。そのため、ピッケルは「雪山にのぼる登山者のシンボル」として大切に扱われてきた。

ピッケルはヘッドとシャフトを合体させる。シャフトは北海道産のアオダモ(モクセイ科トネリコ属)。

仙台に住む山内東一郎は、そのピッケルをつくり続けた類にまれなる鍛冶職人。ところが、山内はコスパが悪く、いつも貧乏だったので、息子は愛想を尽かして、後を継がないどころか、逃げていった。

 山内は注文した人と実際に会い身長などを確認して、その人の体形にあったピッケルをつくる。山内は昭和41年に亡くなるまでの50年間に2千本のピッケルをつくった。

 山内No1が言成したのは昭和4年、山内が39歳のとき。山内40歳のとき、ニッケル・クローム鋼のピッケルを年間20本つくった。昭和8年ころ、輸入もののピッケル20円以下では買えないとき、山内のピッケルは16円ほどした。

 憲法学者の樋口陽一(昭和9年生まれ)も山内のピッケルを愛用した。

 ピッケルを手抜きしてつくったものは、ヘッドとシャフトを溶接したもの。だからピッケルが折れて事故を起こした。

鉄を極めるには機械より鉄の心を聞く。鉄の心を知ること、鉄から、「今だ、叩いてくれ」と言ってくる。その声を聞いて、火床から引き上げる。なかでも大変なのは火加減。金属を火床に入れ、フイゴで炭の火力を強くし、金属が赤色から柿色になったとき、焼き入れ(素早く取り出して急冷する熱処理)をする。

それは、ほんのわずかな時間。瞬間といってもよい。すべては勘。焼き入れが熱すぎても低すぎても、硬くならず使いものにならなくなる。 

鉄と話をしながら鍛錬しないとうまくいかない。鉄の心を知ることが大切だ。鉄は一見すると同じように見えるが、人が一人ひとり違うように同じものは何ひとつない。しかも、天候や火加減などによって、叩いているうちに質が変わってくることもある。そんなときは、焼き入れの時間を早めたり、水をかけて調節したりする。それでもダメなら、惜しげもなくスクラップにする。ピッケル作りは、それほど手間のかかる仕事だ。

職人技のすごさを少しだけ知(識)ることのできる本でした。

(2026年2月刊。2420円)

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