法律相談センター検索 弁護士検索
カテゴリー: 人間

知って得する、人間の体内時計のはなし

カテゴリー:人間

(霧山昴) 

著者 中村孝博 、 出版 中公新書ラクレ

人間は時計を見なくても、太陽を見なくても、自分の中で一日のリズムをつくりだしてしまう。

リズムとは、「生命があるから生まれる」のではなく、「条件がそろえば自然に立ち上がる現象」。エネルギーの流れがあり、非平衡状態が保たれると、化学反応であっても、物質の運動であっても、時間構造が生まれる。

女性の体と生活は、男性とは明らかに異なるリズムの中で成り立っている。体内時計にも性差がある。

女性の体内リズムは、男性に比べてはるかにダイナミックで、変化に富んでいる。女性の脳は複雑な処理を行うため、男性よりも20分間だけ長い睡眠が必要。

時差ボケの本質は、「体内時計の混乱」。

体内時計は、気合いや努力では動かない。

サマータイムの切り替え直後には、交通事故の増加、急な心筋梗塞の増加、うつ病の受診率の上昇が報告されている。夜

勤回数の多い女性には乳がんリスクが高く、男性のシフトワーカーは前立腺ガンのリスクが上昇する可能性がある。

体内時計の本質は、次に何が起きるのかを予測し、それに先立って体の状態を整えるための仕組み。

体内時計というのは、便利だから後で付け足された機能ではない。それは、地球という、常に周期的に変動する環境で生き残るために、生命が必然的に獲得してきた、根源的な仕組み。

大変に分かりやすい体内時計の話でした。

(2026年7月刊。1050円+税)

川崎のぼる伝

カテゴリー:人間

(霧山昴) 

著者 読売新聞西部本社文化部 、 出版 集英社

「巨人の星」の星飛雄馬はすごいマンガでした。ただ私は同時期の、ちばてつや「あしたのジョー」のほうをよく読んでいました。貧乏学生ですから週刊マンガ雑誌を自分で買って読むことは出来ませんでしたが、東大駒場寮(6人部屋です)にいると、誰かが購入して読み終わったのがまわってくるのです。発売日になると、誰か一目散に買ってきて、自分が読んだものをと次にまわしてくれるのです。便利な仕組みでした。同じようにして、「ガロ」の白土三平の「カムイ伝」「カムイ外伝」も読んでいました。

ちばてつや「あしたのジョー」は、1968年(昭和43年)1月10号に始まったとのことですから、私は、まだ純真そのものの大学1年生です。

川崎のぼるの「巨人の星」が先行していますが、この二つとも梶原一騎(高森朝雄)が原作を書いています。原作者と作画家とのあいだには、目に見えない闘いの火花が散っていたことをこの本を読んで知りました。原作者とキャッチボールをするという感覚だったとのこと。

ちばてつやのほうは、原作を変えてもいいという条件で引き受けたので、かなり自由に描けた。川崎のぼるは原作を変えず、絵の創意工夫で乗りこえた。

川崎のぼるは「ガーン」という擬音、目の中の星という表現、心象風景を絵として表現するのがうまい。

マンガ家は、お互いにみんな影響を受けている。

「巨人の星」第一回は、1966年(昭和41年)4月30日発売の週刊少年マガジンに掲載された。ということは、私は高校3年生で、大学入試の受験勉強に突入していて、マンガどころではなかったと思います。周囲に少年マガジン誌を購読している人もいませんでした。

ファンレターが殺到した。男子は主人公飛雄馬、女子にはライバル花形満に人気が集まった。

昭和42年1月8日号は、なんと少年マガジン誌は100万部突破。私にとっては入試直前なのでそれどころではありません。

野球マンガの形をとってはいるけれど、描かれるのはリアルな人間ドラマ。飛雄馬は普通の少年、むしろ体格は小柄で、投手としてのハンデを背負っている。悩み、もがき、独り狂いながらも厳しい鍛錬を重ね、ライバルとの戦いを通じて成長していく。読者である子どもが自分自身を重ねることができる。

「飛雄馬は、悩んだり、挫折したり、負けたり、友だちへのねたみやうらみ、人間の弱い面があらわれている。読者が身近に感じられる。今までにないリアルな主人公」 

梶原一騎は戦前の少年たちが熱狂した「少年倶楽部」の世界を、高度経済成長の時代によみがえらせた。梶原一騎は、少年マンガで人生論を語った。「巨人の星」の物語の力が読者層の上昇をもたらした。

川崎のぼるの絵には、比類のないリアリティーがある。キャラクターは、ほどよくデフォルメされながら、睫毛や鼻、口元やしわといったパーツは丁寧に描かれている。要は、アップに堪えうる顔だ。身体の骨格と筋肉については、すこぶる写実的で、投げる、打つ、走る、捕球するといったプレーには、先行する野球マンガにはない動的な迫力があった。

川崎のぼるは、内面の心情を表現できるマンガ家。その繊細さはたぶん、少女マンガでの経験が生かされている。私の大学生活は私も渦中にいた東大闘争をふくむ全国の学園闘争の時代でしたが、「右手に朝日ジャーナル、左手に少年マガジン」と言われても、決して言い過ぎではありません。といっても、「朝日ジャーナル」は露骨な全共闘支持でしたので私は嫌いでした。暴力賛美一辺倒なんて、当時も今も私は支持できません。

今、85歳の川崎のぼるは、妻の実家(熊本県天草)から遠くはない熊本県菊陽町に住んでいる。

大変面白く、一気読みしてしまいました。

(2026年6月刊。2530円)

死って、なんだろう?

カテゴリー:人間

(霧山昴) 

著者 エレン・ダニー、アン・ファニ・カンタベッラ 、 出版 創元社

子どもたちからの38の質問に答えている本です。質問したのは、世界中の5歳から15歳までの子どもたちです。 

死なないようにしてくださいって、誰にお願いしたらいいですか?そんな質問もあります。その答えのなかで、すでに液体窒素のなかで超低温で人体を保存している人が500人もいて、4千人が登録して待っているとのこと。でも、実際には脳を再び目ざめさせるのは不可能です。万一、人体の細胞が再生したといっても肝心の脳が動かないのなら、それはもう死んでいるとしか言いようがありませんよね。 

死ぬときは、体がいっぺんに死ぬんですかという問いに対して、人間の体はいっぺんに 死ぬわけではなく、死には段階があると回答されています。 あまり酸素を必要としない部位 は、少し長く生きていられる。血液のなかの白血球は、死後も2日から3日は生きている。 そう言えば、動物のなかには 頭を切られても、胴体だけでしばらく歩き続けるというのもいるそうですね……。

今の日本には、100歳以上の人が1万人いると聞きました。世界最長寿は、フランス人 女性のジャンヌ・カルマンさんで、122年と164日生きた。1997年に死亡。この122歳が長寿の限界だと科学者は考えている。というのは、120歳ころの体は、細胞の修復がほとんど出来ない体になっているから。 

死んだら、どこへ行くの、天国とか地獄に行くって、本当なの……。そんな疑問を誰だって 抱きますよね。自爆テロの犯人は「死んだら、天国に行ける、美女に囲まれて生活できる」と考えているんだそうです。でも、よく考えたら、その天国にいる「美女」は死なないのでしょうか。「犯人」に奉仕するのが本当に幸せなんですか、他にやりたいことがないのですか……。 この本の回答は、死んだらどこにもいかない。生まれる前はいなかったように、死んだあと もいなくなるだけ、というものです。 

すこし前ですが、伊藤栄樹という検事総長だった人は、人は死んだらゴミになると言いました。私は「ゴミ」になんかならないと思います。分子ではなくて原子レベルで空間を漂ったり、何かの物質を組成したり(再生ですね)変化していくのだと考えています。物質不変の原理にしたがって、形を変えてこの宇宙のどこかに存在し続けるのだと思うのです。でも、そのときには、もちろん「私」という意識はありません。なので、「無」ではあるわけです。

ヒンズー教では、魂は別の生き物となって生まれ変わるが、過去は覚えていない。前世の 記憶というものはない。

どうして死って怖いの?という質問があります。私も死ぬのは怖いです。死んだら、どうなる のか、誰にも分からないからです。自分がいつ、どのようにして死ぬのか分からないのが、怖くなる理由の一つです。私は、自分が死んだあと何万年も何億年も世の中は続いていくというのに、それにはまったく関わることが出来ないというのも怖さのひとつです。 

ところが、人間というか生物もしが死なないとなると、たちまち地球上はあふれてしまうというのも理論上は想定されます。新しい生命を受け入れるには古い生命は死んでもらうしか ありません。このとき、一部の人間や生命体だけを特別扱いなことなんて出来ませんよね。 

この本に、年をかさねていくと死が近づいているはずなのに、死に対する恐怖がうすれてくるとの指摘されています。たしかに、若いときのほうが死に対する恐怖は強烈でした。50年以上も前、司法研修所で、若くして病死した修習生、そして自死した修習生がいました。強烈な衝撃を受けました。いま、同期(26期)の人たちが次々に死んでいますが、それほどの 衝撃は受けなくなりました。

子ども向けの本というのですが、 立派な大人向けの本でもあると私は思いながら読了しました。

(2026年4月刊。2750円)

ギャンブルに脳がハックされる?

カテゴリー:人間

(霧山昴)

著者 帚木 蓮生 、 出版 合同出版

 著者は作家として高名ですが、ギャンブル依存症に長く取り組んでいる精神科の医師でもあります。

 日本は、ほかの国とちがって、ギャンブルを取り締まるのではなく、ギャンブルを国民に推奨する国です。6つの公営ギャンブルをしやすくし、パチンコ・パチスロも自由にさせ、これから2030年には大阪に維新のすすめで、カジノをつくります。大阪にできるカジノには、公営ではなく、民間のギャンブル会社がカジノを運営します。すべては吉村率いる維新の会の政策です。大阪万博も、カジノの地ならしでした。本当に罪つくりな維新なのですが、それでも今なお維新は大阪で人気があるというのですから、世の中は不思議としか言いようがありません。

2030年には、日本で初めて合法のうえで、ギャンブルを正業とする会社がカジノという賭博を運営できるようになります。恐らく、維新にもおこぼれが入っていくのでしょう。本当に薄汚い政治屋連中です。

日本でギャンブル禁止令が初めて出たのは689年です。「日本書紀」に書かれています。①悪の道に走る。②仕事を失う。③親孝行をしなくなる。まさしく、ギャンブルの弊害は昔から知られていたのです。

ニア・ゲイン、ニア・ミスと思わせるカラクリによって、もう一回、また一回と続けさせます。

 ギャンブルで大損した人が、損を取り戻そうと思って、大金をもってギャンブル場に駆け込み、やはり大損してスッテンテンになったという体験談は、私も何回も聞かされました。

 ギャンブルで大金を獲得したときの興奮・快感を人は忘れることができない。

 ギャンブルは、手を変え、品を変えて、次々に目まぐるしく場面を変えていく。

 ギャンブルにはまりやすい人は、単純なことにあきやすい性質。これは私にもあてはまります。なので、私は決してギャンブルには近づきません。

 先日、簡裁判事は刑事事件を起こしたというニュースが流れました。オンライン・カジノにはまって、大金を失ったあげくのようです。

 ギャンブルは、よくよく考えてみると何一つ生み出してはいない。持っているものをすべて奪いつくし、その生血までも吸ってしまうのがギャンブルの本質。

ギャンブルは、ちょっと手を出しているうちは、まだ引き返せる。しかし、とことんハマってしまうと、もう逆戻りはできない。これって、怖いです。

 ギャンブルにはまると、自分の姿が見えず、他人(ひと)の忠告を聞かず、心の中で何を思っているのか言われなくなる。鬼のような人間になってしまっている。

本人はそのことに気がつかない。決して自分の心のうちを他人に言わない。ひとりぼっちのさみしい人間になっている。金だけ、自分だけ、今だけという「3だけ主義」になっている。

 ギャンブルによって、いったんたくあんになった脳は二度と大根に戻らない。

 この回復は一人ではできない。自助グループは、手術や薬以上の効果を発揮する。

 GAのミーティングでは、ほかの人の批判はしないし、してはいけない。自分についてだけ述べる。言いっぱなし、聞きっぱなし。誰も話をまとめない。結論を出すこともしない。正直に言うと話すのが楽になり、一番楽だと分かる。ウソをつかないことが、どんなに楽なのかがやっと分かる。

 人の病の最良の薬は人。医師の提供できる最大の薬は、その医師の人格。

 自民党、そして維新というのが、どんなに罪つくりの政党なのか、この本を読みながら、つくづく思ったことでした。タカイチもヨシムラも、人間の顔をした「鬼」、いえ「ロボット」。今、自分され金もうけできればいいというのです。ああ、そんなの嫌です…。

(2026年5月刊。1870円)

地を耕し、人をつなぐ、農民.小林節夫の生涯

カテゴリー:人間

(霧山昴) 

著者 矢吹紀人 、 出版 合同出版

世の中には、こんな人もいるんですね。東大農学部を出て、牛を飼って酪農家になり、同じ酪農家が乳価値上げを求めて初めてのストライキを敢行。そして全国の農民運動と連絡を取りあい、農民連の代表として活動し、運動を辞めたあとは、再び米づくり農民に戻りました。

2016(平成28)年に91歳で亡くなった小林節夫の不屈な一生を生き生きと紹介した本です。長野県佐久市に節夫文庫があり、農と食に関する多くの本や資料が閲覧できますし、格安な農業用資材などの販売もしているとのことです。すばらしい活動です。

輸入されている食材が食品添加物まみれ、農薬まみれになっているのに、日本政府はアメリカの言いなりで、検疫もできない状況がありました。それを小林節夫は問題にしたのです。食品分析センターを設立して、検査を始めました。アメリカから輸入されたパンから、有機リン系殺虫剤としての農薬が検出されました。また、中国産冷凍ホウレンソウからも有害な農薬が検出されました。この本には、1997年から2000年のころの話として紹介されていますが、今は果たして安全と言えるのでしょうか…。

1961年2月、佐久酪生産者大会が開かれた。当時の乳価は1升45円。これを1升60円に引き上げることを要望した。これに対して明治乳業の回答は、わずか3円だけ値上げする1升53円6厘。そこで、酪農家は一致団結して1961年2月18日、前代未聞の「牛飼いのストライキ」に突入した。明治乳業にとって、1日くらい牛乳が入らなくても打撃はそれほどではないかもしれないが、社会的には全国的に知れ渡ることとして、社会的な影響力は大きかった。結局は、乳価は1升55円01銭に値上げされた。

「怒りの節夫」は、調査なくして闘いなしとして、乳価をめぐる調査を各方面にあたってすすめていた。近代化、大規模化にこそ農学の未来があると節夫は考えた。しかし、それは間違いだということを後で知った。牛を多頭化すると、耕運機、搾乳機、カッターなどの投資が増えるばかりで、借金は増えるばかり。多頭化すれば経営が良くなるというのはウソだ。1頭でもうからなければ、大規模拡大すれば良くなるというのは、頭のなかで、机の上で考えたことなのだ。節夫は結論づけた。

1974年3月、農業用資材が大幅に値上げされている。ビニールひもは7倍、イチゴパックは5倍、マルチ用ビニール4倍など。これらについて値下げを求めたのです。メーカーはモノがないというのを値上げの口実にしていたが、節夫たちは共産党の国会議員、国の協力も得てトラクターは既に日本に輸入されていて、「モノがない」というのはウソだということを明らかにした。すると、メーカーは「大変申し訳なかった」と謝罪するに至った。やはり交渉するには事実の十分な調査が必要なのです。

オイルショックのときにも、「千載一遇のチャンスだから、この際大いに儲けるべきだ」と、メーカーは仕掛けました。とんでもないことです。

小林節夫は、ヨーロッパにも出かけ、国際的視野から日本の農業の将来を考えました。価格保障があってこそ家族経営があり、家族経営の農学があってこそ環境が守られる。これがヨーロッパの考えだということですが、まったくそのとおりです。

食料自給率38%をそのままにして、減反ばかりして、家族経営の保護・育成をおざなりにする自民党農政を続けさせてはいけません。とても勉強になりました。

(2025年9月刊。1760円)

福岡県弁護士会 〒810-0044 福岡市中央区六本松4丁目2番5号 TEL:092-741-6416

Copyright©2011-2025 FukuokakenBengoshikai. All rights reserved.