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カテゴリー: 人間

民衆暴力

カテゴリー:人間

(霧山昴)
著者 藤野 裕子 、 出版 中公新書
思わず居ずまいを正してしまうほど大変勉強になりました。
まず第一に江戸の一揆。江戸時代の一揆の大半は暴力的なものではなかった。村には火縄銃がたくさんあったが、一揆勢の百姓たちが銃を代官所に目がけて撃つことは決してなかった。それは、まっとうな仁政を願う立場での統制のとれた行動をしていたから。
一揆が当局側と、殺し殺される暴力的なものだったのは、島原・天草の大一揆と幕末のころに限定される。島原・天草一揆が暴力的だったのは、宗教を背景としていることと、江戸幕府の支配体制が始まったばかりの時期だったから。これは仁政の回復を求める行動ではなかった。
19世紀の幕末のころの一揆は、貧富の格差が拡大するなかで、幕藩領主が有効な政策をうち出さず、飢饉などによって仁政イデオロギーが機能不全に陥っていたことによる。人々は、かつてのような蓑笠を着用せず、刀や長脇差しを身につけていた。もはや、百姓身分をアピールして仁政を求めるということではなかった。
次に、新政反対一揆。香川県で明治6年(1873年)に起きた名東県の一揆というのを初めて知りました。130村で放火があり、戸長や吏の家宅200戸、小学校48ヶ所などが放火された。この一揆の参加者として1万7千人が処罰された。
同年の筑前竹槍一揆は、参加者6万4千人で、このとき被差別部落1534戸が被害にあった。民衆は権力に対して暴力を振るっただけでなく、差別されていた民衆に対しても暴力を振るった。
そして秩父事件は明治17年(1884年)に起きている。国会開設と憲法制定を求める自由民権運動に物足りなさを覚えた人々の受け皿となっていた。一揆の要求としては、具体的かつ経済的な負担の軽減を求めている。
自由党は徴兵制度や学校を廃止してくれ、租税を軽減し、借金をなかったことにしてくれると思って、農民たちの多くは自由党を支持した。この秩父事件についての官憲による処罰者は4千人をこえた。
次に、関東大震災直後の朝鮮人虐殺です。1923年9月1日、マグニチュード7.9の大地震だった。このとき、震災直後から、警察は朝鮮人に関する流言・誤認情報を流した。
つまり、震災当初から政府や警察は流言と否定するどころか、むしろ広めていた。公権力の手によって、デマが流布していた。そして、軍関係者が民衆に暴力行使を許可したことが多くの朝鮮人の虐殺につながった。このときの犠牲者が正確に判明しないのは、警察と軍隊によって意図的に遺体が隠蔽(いんぺい)されたからだ。日本国政府は、この虐殺事件について、事実関係を認めず、謝罪や補償もしてこなかった。
虐殺行為をはたらいた日本人男性は40代までを中心としていて、朝鮮人に仕事を奪われているという感覚があった。そして、国家権力がその暴力を直接的、間接的に許可したことには大変大きな意味があった。
民衆が暴力に訴えたとき、被差別部落を襲撃した人々の考えはどういうものだったのかが解明されていて、大変興味深いものがありました。そのミニミニ版が他県ナンバー乗り入れに目くじらをたてるというものでしょうね。一揆などの民衆の暴力を歴史的に鋭く解明してある新書なので、最後まで一気呵成に読みとおしました。
(2020年8月刊。820円+税)

七人の侍、ロケ地の謎を探る

カテゴリー:人間

(霧山昴)
著者 高田 雅彦 、 出版 アルファベータブックス
日本屈指の傑作時代劇映画『七人の侍』は何年も前に映画館「中州大洋」でみたように思います。やはり映画館の大スクリーンは迫力が違いました。
映画が公開されたのは1954年4月。上映時間は3時間27分。観客700万人、2億9千万円の配給収益。撮影期間は10ヶ月間。製作費は2億Ⅰ千万円。これは通常の3~4千万円の5~7倍。
黒澤明監督43歳、志村喬(島田勘兵衛)48歳、三船敏郎(菊千代)33歳。いやあ、みんな若いですね…。
通俗アクション映画にして、アート(芸術)映画。人間の業(ごう。わざ)、つまり本質を描いた悲劇であり、喜劇。動と静、熟練と未熟、理想と現実、正と死が隣り合わせ、観念性とテーマ性が見事に融合した奇跡的な映画。
『七人の侍』は、世界中で「映画の教科書の一本」、あるいは「映画のなかの映画」として評価されている。あの『スター・ウォーズ』も『七人の侍』の影響を受けているとのこと。
この本は、『七人の侍』が撮影されたロケ地を探し求めて、ついに特定したという苦労話のオンパレードなのですが、撮影している光景の写真がたくさんあって、撮影当時の苦労がしのばれ、とても興味深いのです。
伊豆長岡、御殿場、箱根仙石原、そして、世田谷区大蔵の東宝撮影所でした。世田谷区大蔵は、当時は見渡すかぎり畑のみで、キツネや狸が横行する土地だったのです。
『七人の侍』のラストの野武士たちに対して侍と百姓連合軍による雨中の決戦シーンの大迫力は、思い出すだけでも身震いしてしまうほどの物すごさでした。これは、西部劇で雨が降ることのないことに対比させて、「雨で勝負しよう」という黒澤明のアイデアだったとのこと。そして、この映画で降らした雨の量は半端ではなかった。消防団のポンプ7台(8台か?)をつかって近くの仙川から汲み上げた水をたっぷりまき散らしたのです。
ところが、撮影直後の1月24日、東京は大雪が降った。30センチもの積雪となり、この雪を水で溶かすと、オープンセットの地面は、もとが田園だったため、セットはたちまち泥田に変貌した。
雨中の決戦シーンは9分間。4台のカメラを使って、一発勝負の撮影だった。さすがの三船敏郎も、このあと1週間も大学病院に入院したとのこと。
ロケ地を探る過程で現地を訪ねて歩いているうちに、映画に群集の子役で出演したという人に出会います。なんと1947年うまれ。私と同じ団塊世代です。出演料としてキャラメル1箱をもらったそうです(親は、お金をもらったのでしょうが…)。
御殿場ロケのときには、富士山が写り込まないように苦労したという。それは、映画の舞台が、日本のどこだか分からないという設定なので、富士山が見えたら興醒めだから…。なーるほど、ですね。
それにしても撮影終了(クランクアップ)して、1ヶ月後に公開するなんて、信じられませんよね…。黒澤明監督は、10ヶ月の撮影期間中に、ずっと編集もしていたということなのですが、それにしても、スゴすぎます。43歳にして1954年に2億Ⅰ千万円をつかう映画をまかされるなんて信じられません。
『七人の侍』を映画史上最高傑作と考えている人には、ぜひ読んでほしい本です。
(2020年7月刊。2500円+税)

ウィルスの世紀

カテゴリー:人間

(霧山昴)
著者 山内 一也 、 出版 みすず書房
ウィルスと細菌を区別するのは難しい。細菌は、もっとも原始的な細胞であり、独立した生物。ウィルスは、細胞に寄生しなければ増殖できない。
細菌は二分裂で増殖する。ウィルスの増殖方法は細菌とはまったく異なる。ウィルスは、まず粒子の表面にあるウィルスのタンパク質(鍵)を細胞の受容体(鍵穴)に結合して、細胞の中に侵入する。細胞は、いわばウィルスの生産工場。
ウィルスは、工場の機能をハイジャックして、ウィルスの設計図(核酸)の情報にしたがってウィルスの部品(タンパク質)を生産させる。そして、細胞の中でそれらを組み立ててウィルス粒子をつくりあげ、細胞外に放出する。このように、部品を大量生産する方式で、二分裂と比べて非常に高い高率で子孫粒子を生産する。
ポリオウィルスは、試験管内で、1日で1個のウィルスから数万ないし数十万のウィルスが産生される。
ウィルスは、ほかの生物に依存すれば、生物界にしか見られない仕事ができる有機体である。したがって、ウィルスは生物でもなければ無生物でもないとみるほかない。
天然痘ウィルスや麻疹ウィルスは、人間集団の中でしか生存していけない。
ヒトのウィルスの多くは、困ったことにマウスでは増えない。
人類は気づかないまま、ながいあいだウィルスと共生してきた。
コウモリのだ液、尿、糞便、交尾によって、コウモリのあいだでウィルスは受け継がれている。フィリピンのニパウィルスは、感染源のオオコウモリから、ウマを介してヒトに移り、ヒト―ヒト感染が起きた。コウモリは、いわばウィルスの貯蔵庫になっている。ある調査では、コウモリから137種ものウィルスが見つかった。そのうち61種はヒトに感染できる。コウモリの平均寿命は20年ほど。
中国では、伝統的に野生動物を食べると健康に良いと信じられている。とくに外国産の動物は高価で、接待につかって自分のステータスを示す。また、漢方薬の原料としても、野生動物の需要は増加している。
ウィルスには抗生物質は効果がない。ウィルスは細胞の機能を乗っとって増殖するため、ウィルス治療薬は細胞に影響を与えずにウィルスの増殖を阻止するものでなければならない。
新型コロナウィルスのワクチンが簡単にできるとは思えません。トランプ大統領は、風邪みたいなものだと言って、軽視しましたが、とんでもない暴言です。アメリカでは1日に10万人もの感染者が出て、死者も多数でていますが、それは、国民皆保険ではないからだと思います。
日本もGO、TO、トラベルで人々が全国を駆けめぐっていますが、それによって感染者が爆発的に増えないか本当に心配です。ウィルスとは何かを知るうえで、とてもタイムリーな本だと思いました。
(2020年8月刊。2700円+税)

蓼食う人々

カテゴリー:人間

(霧山昴)
著者 遠藤 ケイ 、 出版 山と渓谷社
蓼(たで)食う虫も好き好き、とはよく言ったものです。
カラスを食べていたというには驚きました。フクロウを囮(おとり)にしてカラスを捕り、肉団子にして食べたというのです。カラスは赤肉で、歯応えがあって味わい深いそうです。カラスって不気味な真っ黒ですから、私なんかとても食べたいとは思いません…。
サンショウウオは、皮膚から分泌する液が山椒(さんしょう)の香りがするとのこと。知りませんでした。
野兎(のうさぎ)は、各家庭でつぶした。肉だけでなく、内臓から骨、毛皮まで無駄なく利用できる。野兎は、「兎の一匹食い」と言われるほど、捨てるところなく食べられる。なので、野兎のつぶしは、山国の人間の必須技術だった。野兎は鍋に入れる。味は味噌仕立て。白菜・大根・ネギに、スギヒラタケやマイタケを入れる。そして、別に野兎の骨団子をつくって、子どものおやつにした。肉が鶏肉に似ていて、昔からキジやヤマドリの肉に匹敵するほど美味なので、日本では野兎を一羽、二羽と数える。
岩茸(イワタケ)は、標高800メートルほどの非石英岩層の岩壁に付く。山奥の比類なき珍味だ。ただし、岩茸は、素人には見つけるのが難しい。1年に数ミリしか成長しない苔(こけ)の一種で、キロ1万円以上もする。
鮎(アユ)は、苦味のあるハラワタを一緒に食べるのが常道。なので、腹はさかない。頭から一匹丸ごといただくのが、せめてもの鮎に対する供養になる。
オオサンショウウオは、200年以上も生きると言われてきた。実際には野生だと80年、飼育下でも50年は生きる。
ヒグマは、もともと北方系で、寒冷な環境や草原を好み、森林化には適応できなかった。
敗戦直前の1944年に新潟県に生まれ育った著者は、子どものころ、野生の原っぱで、ポケットに肥後守(ヒゴノカミ。小刀)をしのばせて、カエルやヘビ、スズメや野バトを捕まえて解剖して食った。そうして、人間は何でも食ってきた雑食性の生き物だということを痛感した。
よくぞ腹と健康をこわさなかったものだと驚嘆してしまいました。
(2020年5月刊。1500円+税)

世界の起源

カテゴリー:人間

(霧山昴)
著者 ルイス・ダートネル 、 出版 河出書房新社
知らないことは世の中にたくさんありますが、この本を読みながら、地球と人間(生命)の関係が深いことに今さらながら大いに驚かされました。
我らが地球は、絶え間なく活動し続ける場所であり、常にその顔立ちを変えている。地球が変化する猛烈な活動すべての原動力となるエンジンがプレートテクトニクスであり、それは人類の進化の背後にある究極の原因となっている。
過去5000万年ほどの時代は、地球の気候の寒冷化を特徴としてきた。長期にわたる地球寒冷化の傾向は、主としてインドがユーラシア大陸と衝突して、ヒマラヤ山脈を造山させたことによって動かされてきた。
東アフリカが長期にわたって乾燥化し、森の生息環境を減らして細切れにし、サバンナに取って代わらせたことが樹上生活をする霊長類からホミニンを分岐させた。
歴史上で最初期の文明の大半は、地殻を形成するプレートの境界のすぐ近くに位置している。現在、我々は間氷期に生きている。地球は存在してきた歳月の8割から9割は、今日より大幅に高温の状態にあった。南・北極に氷冠がある時代は、実際にはかなり珍しい。
地球がまっすぐに自転していたら、季節はなかっただろう。ミランコヴィッチ・サイクルは、北半球と南半球で太陽からの熱の配分を変えるので、季節の変化の度合いが変わる。
75億人もいる人間(ヒト)のあいだの遺伝的多様性は驚くほど乏しい。アフリカから6万年前に脱出したヒトは、恐らく数千人だっただろう。そして、アフリカを出てから5万年内に人類は南極大陸をのぞくすべての大陸に住み着いた。
地球が温暖化するなかで、1万1000年前ころに、ヒトは農業と定住に踏み出した。
恐竜は草がまったくない大地をうろついていた。ヒトは草を食べて生きのびた。草を熱と火をつかって栄養素を吸収できるようにした。
地球だけでなく、ヒトの体の分子までも、星屑(ほしくず)からできている。
金(キン)は、地球がその鉄の中心部と珪素のマントルに分離したのちに、小惑星の衝突によって地表にもたらされたもの。
地球の外核にある溶けた鉄の激しい流れが、ちょうど発電機のように磁場を生み出す。地球上の複雑な生命体の存在は、それ自体が鉄の中心部に依存している。ヒトの血に流れる鉄は、それを生み出した太古の星の核融合の鍛冶場(かじば)に結びつけるだけでなく、地球の生命を守って世界に張りめぐらされている磁場にもつながっている。
地球の生涯の前半において、世界には大気中にも海洋にも酸素の気体は存在しなかった。初期のシアノバクテリアが地球に酸素を送り出した。
地球の歴史の9割には、地上に火は存在しなかった。火山は噴火したが、大気には燃焼しつづけるだけの酸素がなかった。酸素の増加は、複雑な生命体を進化させただけでなく、人類に道具としての火を与えた。
地球は生きていて、変化し続ける存在であること、ヒトをふくむ生命はその変化に対応して存在しているということが、実に明快に説明されていて、声も出ないほど圧倒されてしまいました。大いに一読に値する本です。
(2019年11月刊。2400円+税)

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