法律相談センター検索 弁護士検索
アーカイブ

新・雨月

カテゴリー:日本史(江戸)

船戸 与一  著 、徳間書店 出版 
 江戸時代最後、幕末の日本の状況を実感させてくれる貴重な小説だと思いました。
  明治維新というのは、幾多の多大なる犠牲なしには実現しなかったのです。
明治維新に反抗したのが、たとえ後世になって「反動」と呼ばれようとも、薩摩や長州勢の言いなりにはならないという日本人も多かったのではないでしょうか。そして、新政府をかたちづくった薩長土肥その他の内部にも、また皇族や公じ家の中にも大いなる矛盾と激しい抗争が存在しました。
 この本は、その点を多面的な角度から描こうとした意欲的な小説です。私も、こんな本を1968年の「大学紛争」について小説として書いてみたいと思ったことでした。
 上巻1冊で500項もある大作です。かなり強引な飛ばし読みをしましたが、それでも丸2日間、3時間はたっぷりかかってしまいました。それだけ読みごたえのある本なのです。
 よく調べて書かれていますので、幕末から明治維新にかけての日本各地の雰囲気を知りたい人には絶好の本だと思いました。
(2010年3月刊。1900円+税)

たった独りの引き揚げ隊

カテゴリー:日本史(戦後)

著者:石村博子、出版社:角川書店
 ロシア人(コサック)の母と日本人の父のあいだに生れた10歳の少年が終戦(日本敗戦)後、満州(中国の東北部)をたった一人で1000キロも4ヶ月歩いて、ついに日本(柳川)へ帰国できたという体験の聞き語りの本です。その状況がよく描けていることにほとほと感心しつつ、車中で読みふけってしまいました。
 満州と言えば、私の叔父(父の弟)も、敗戦後、八路軍に徴募して技術者として何年も転々としました。そのことを叔父の書いた手記をもとに少し調べて小篇にまとめてみました(残念ながら、力不足で本にまでは出来ませんでした)。また、母の異母姉の夫(中村次喜蔵)が満州の日本軍の師団長として敗戦直後に自決していたことも少し調べて、母の伝記に取り入れてみました。このときは、東京の偕行社に依頼して調査に協力してもらいました。旧軍の将校クラブが生きていることに少しばかり驚いた覚えがあります。
 主人公のビクトルは1935年、満州国ハイラルで生まれた。父親は日本人の毛皮商人、母親は亡命コサックの娘。その父はロシア皇帝ニコライ2世の直属コサック近衛騎兵をつとめていた。
 父・古賀仁吉は、1910年に、柳川で生まれた。満州事変(1931年)ころに中国大陸へ渡り、会社を営んでいた。
 敗戦後、両親と生き別れ、日本への帰国団から、ロシア人の子どもとして2度も排斥されてしまった10歳のビクトル少年は、一人で歩きはじめ、日本への帰国を目ざすのです。その旅行の描写は、体験した者ならではの迫真力にみちみちています。すごいです。
 左に線路、上に太陽、前方に木。これだけあれば前に進める。雨にうたれると体力を急速に奪われるから、気をつけていた。
 野宿で重要なのは、眠っている間に身体の熱が奪われないようにすること。ねぐらを決める前にまず確認すべきなのは天候。夜中に雨が降りそうなら、身体全体がすっぽり隠れるくらいの場所があって、足元には水を吸収しやすい砂地っぽいところを探す。次に、風向き。それから、オオカミや野犬などが来ないところ。そして、土地の人にも見つかる恐れのないところ。
 だから、ねぐらにしたのは、窪みや岩陰など、身を隠せるところが多かった。そこなら、風が当たらないし、体の熱も逃げない。首には必ず毛布を巻いておく。
 夜は怖い。月や星がなければ、あたりは漆黒の闇。音も匂いも、昼間よりずっと鋭く伝わってくる。怖いけれど、バタバタするな、落ち着けって、自分で自分に言い聞かせる。暗いときには、身動きしてはいけない。じっとして、夜の音を用心深く聞きとらなければいけない。耳はすごく敏感になる。聴覚は良かったから、相当地小さな音も聞き分けることができた。風に鳴る木の葉の音、草の揺れる音、虫の声・・・。全部が生きている。すごいなと思いながら聴いていた。一番怖いのは息を殺して近づいてくる気配だ。
 食べ物探し。草も食べた。よく分からないものがあったときは、茎を折って、出てくる汁で見分けをつけた。みずみずしくて水分が豊かなら、食べても恐らく大丈夫。すぐにしおれるものは危ない。うへーっ、そ、そうなんですか・・・。知りませんでしたね。すごい野性児ですね・・・。
 『花はどこへ行った』というアメリカのフォークシンガーであるピート・シーガーが歌ったものの原詞がコサックの子守唄だったことを初めて知りました。
 少年ビクトルはロシア語を忘れないように歌ったのでした・・・。
 あしの葉は、どこへ行った?
 少女たちが刈り取った
 少女たちは、どこへ行った?
 少女たちは嫁いでいった
 どんな男に嫁いで行った?
 ドン川のコサックに
 そのコサックは、どこへ行った?
 戦争へ行った
 11歳になっていた少年ビクトルは日本人の引き揚げ隊を見て、こう思ったといいます。
 日本人って、とても弱い民族だ。打たれ弱い。自由に弱い。独りに弱い。誰かが助けてくれるのを待っていて、そのあげく気落ちして、パニックになる。
 巻末に主要参考文献のリストがのっています。かなり本を読んできたと自負する私ですが、こんなリストを見ると、まだまだだと思わざるをえません。
 とても面白い本でした。
(2002年3月刊。1600円+税)
 駅前で選挙運動をしていた人が、ポスターを近くに仮留めしていたところ警察に逮捕されるという事件が発生しました。なんと20日間も拘留され、家宅捜索までされたというのですが、不起訴で無事に決着しました。
 それにしても、こんな事件で20日間の拘留を認める裁判官というのは常識はずれではないでしょうか。もちろん、警察が一番ひどいのですが……。
 インターネットの自由な使用も認められない今の公職選挙法のなんでも禁止というのは、まさに時代錯誤の法律です。戸別訪問の解禁を含めて、一刻も早く選挙のときこそ国民が大いに政治をのびのび語りあえるように法改正してほしいものです。
 ちょこちゃん、いろいろ情報提供ありがとうございました。

ヤノマミ

カテゴリー:アメリカ

 著者 国分 拓、 NHK 出版 
 
 アマゾン奥地で1万年来の生活習慣を守って住み続けるヤノマミの人々と150日間にも及ぶ同居生活を過ごした日本人による、驚きのルポルタージュです。まずもって、その勇気に敬服します。そして、大病もせず、なんとか無事に帰国できたことにさらに敬意を表します。ヤノマミとは、彼らの言葉で「人間」を意味する。ヤノマミは、「文明」による厄災から免れている奇跡的な部族である。
 アマゾンの奥深く、ブラジルとベネズエラにまたがる広大な森に生きる先住民であり、推定3万人ほどが200以上の集落に分散して生活している。
 ヤノマミはシャボノというドーナッツ型の巨大な家に住む。家の直径は60メートル、中央部分は空地になっている。家族ごとの囲炉裏があり、柱にハンモックが吊られている。囲炉裏と囲炉裏の間に間仕切りはない。だから、食べているときも、寝ているときも、そして性行為の最中でさえ、他人から丸見えとなる。シャボノには「プライバシー」がまったくない。うひょお、こんなところに日本人が入り込んで3ヶ月間も生活していたんですか・・・・。もちろん、初めのうちは現地のコトバもまったく通じません。そんななかで、よくぞ生きのびたものです。
祝祭のための狩りを除いて、腹が空かない限り、狩りにはいかない。好きなときに眠り、腹が減ったり狩りに行く。起きて、食べて、出して、食糧がなければ森に入り、十分に足りていれば眠り続ける。「富」を貯めこまず、誇りもしない。
 女たちは集団で畑仕事をする。そのときには、いつも笑い声が絶えない。ヤノマミの人々は性に大らかだ。いわゆる「不倫」は日常茶飯事で、身体だけの関係や遊びにしか思えない性交渉も多い。
 ヤノマミの話は、反覆が非常に多い。文字を持たないヤノマミにとって、必要な情報は言葉で伝えるしかない。だから大切なことは、すべて記憶しなければいけない。それで、情報は何度も何度も繰り返して伝えられる。
 ヤノマミの男は、1歳にならないうちから玩具の弓矢を親からもたされ、使い方を身に着ける。10歳になったら親や兄弟の狩りについていって、狩りの仕方を覚えていく。
 ヤノマミの社会では、一人で獲物をとれないうちは男として認められない。
 ヤノマミは、動物の胎児を決して食べない。そのまま森に置かれ、土に還される。
 ヤノマミのしきたりでは、死者に縁のあるものは、死者とともに燃やさなければならない。そして、死者にまつわるすべてを燃やしたのち、死者に関するすべてを忘れる。名前も、顔も、そんな人間がいたことも忘れる。ヤノマミは、死者の名前を決して口にしない。
 死者の名前を口にしないのは、思い出すと泣いてしまうからだ。その人がいなくなった淋しさに胸が壊れてしまうからだ。ヤノマミは言葉にせず、心の奥底で想い、悲しみに暮れ、涙を流す。死者の名前を忘れても、ヤノマミは泣くことを忘れない。年に一度、死者を掘り起こして、その骨をバナナと一緒に煮込んで食べる祭りがある。死者の祭りと呼ばれている。だから、ヤノマミには墓がない。遺骸は焼いて、埋めて、掘り起こして食べてしまう。ヤノマミにとって死とは、いたずらに悲しみ、悼み、神格化し、儀式化するものではない。われわれには見えない大きな空間の中で、生とともに、ただそこに有るものなのだ。
ヤノマミの長老にも、長老会議にも、国家権力や法律のような、暴力や報復装置をともなう強制力はない。ここでは、残ることも出ることも、結局のところ、個人の自由である。
 妻の不倫が発覚したとき、三つのルールがある。一つは、制裁を受けるとき、間男は抵抗してはならない。二つは、間男を殺してはならない。三つは、妻は制裁を受けない、ということ。すごいルールですよね、これって・・・・。
 ヤノマミの男にとって理想の女とは、身体つきが豊満で、よく働き、よく笑う女である。そして、ヤノマミの女は、おしなべて気が強い。
 ヤノマミの女は必ず森で出産する。あるときは一人で、あるときには大勢で、しかし必ず森で出産する。ヤノマミにとって、生まれたばかりの子どもは人間ではなく、精霊なのである。ヤノマミの子どもは、4歳から5歳になるまで、名前がない。
 ここには、「年子」はいない。なぜか?精霊か人間か、ここでは母親が決める。どんな結論が下されても、周りはそれを理由も聞かずに受け入れる。そして人間として迎え入れた子どもを両親は生涯をかけて育てる。男も、何も言わず狩りの回数を増やす。ヤノマミの男は、出産には一切関わらない。関心をもたず、立会いもしない。人間の血を大量に見ると、男がもっとも大切にしている勇気が失われると思っている。
 2007年11月から、2008年9月まで、3回にわけて、合計150日間もヤノマミの人々のなかで生活した体験記です。すごい本だと感嘆してしまいました。人間とは何かを考えさせてくれる本です。それにしてもヤノマミに不倫が多いなんて、現代日本とよく似ているので、つい笑ってしまいました。
(2010年3月刊。1700円+税)

ブラック・トライアングル

カテゴリー:司法

著者:谷 清司、出版社:幻冬舎
 新聞に大きな広告がのっていました。交通事故の被害者が保険会社、国、そして裁判所から切り捨てられている衝撃の告発。そんなショッキングなタイトルの本です。それでは、早速、読まねばなるまい。そう思って読みはじめたのです。
 タイトルの衝撃度に反して、しごくもっともな主張で貫かれています。少なくとも、交通事故の被害者代理人として損保会社と毎日のように交渉し、今も裁判を担当する弁護士として、まったく同感だというところが多々ありました。損保会社は、交通事故被害者を泣かせて不当にもうけているというのが私の実感です。
 ところが、残念ながら、交通事故の被害者・遺族は弁護士に依頼せず、ましてや裁判なんてとんでもないという人がほとんどだというのが悲しき現実です。弁護士に頼んだらいくらかかるか分からず不安だ。裁判なんて、何年もかかるので耐えられないと思い込んでしまうのです。著者も、ここらあたりをなんとかしようと頑張っています。
 現在、日本では1年間に80万件の交通事故が発生している。死亡者も、ひところよりは減ったとはいえ、5千人に近い。交通事故の被害者にとって、保険会社、自賠責システムを担う国、そして裁判所の三つが中心の担い手となる。しかし、これらが本当に被害者の保護・救済にあたっているかというと、残念ながら、そうとは言えない。
 保険会社は被害者の入院している病院に対して電話攻勢をかけ、早々と退院せざるをえないように仕向ける。これは交通事故の二次被害というしかない。医師は保険会社からいろいろ言われると、面倒くさくなって、いわれるがままに症状固定の判断をしがちである。
 保険会社は被害者から、症状照会の同意書をとる。これが保険会社にとって、被害者の治療に介入する「免罪符」になっている。
 ある裁判官が、「痛みをこらえて頑張って働く誠実な被害者」という言い方をしていた。これは、裏を返すと、「痛みに耐えきれずに休んで働かないのは不誠実な被害者だ」という認識だということである。うへーっ、それはないでしょう・・・。
 後遺障害の等級認定にあたる損害保険料率算出機構の理事には、民間の損保会社の社長がずらりと顔をそろえている。むむむ、そうなんですか。ちょっと考えものですよね。
 ムチ打ち症については、医学的に統一された確固とした診断名は今もって存在しない。その定義と治療法は、いずれも決定的なものはない。
 裁判所は、保険会社の方を向き、保険会社との調整を図っているのではないかとさえ疑われる。裁判所は、いつも保険会社と同じ論法で被害者に対する。
 この本には、裁判所でそのまま通用する青本や赤本というものがあって、保険会社の呈示する金額はそれらの本で示されている水準の良くて7割、悪くて5割というレベルであることの紹介がありません。その点は、残念でした。それはともかくとして、交通事故による損害賠償請求の交渉と裁判について、基本的な問題点が分かり易く、よくまとめられていると思いました。
(2010年5月刊。1200円+税)

亡国の中学受験

カテゴリー:社会

 著者 瀬川 松子、光文社新書 出版 
 
 いまの日本では、中高一貫校が大人気ですし、公立中学・高校の不人気は定着しています。公立学校は暴力の支配する恐ろしいところというイメージが世間にすっかり根づいているからです。いったい、どうしたら、こんな状況を打破できるのでしょうか・・・・。
 中学受験に関するアドバイスの指摘の大半は、利害関係のある人によってなされている。つまり、決して中立の立場から語られているわけではない。
 ある中高一貫の女子高では、中一から高校卒業までのあいだに30人がいなくなった。いなくなった理由は、拒食やリスト(手首)カットとか、精神的限界であった。私立の中高一貫校を退学にさせられる理由は、成績不振。心の問題を抱えている生徒がいることなど・・・・。
 学校では、ハイレベルの問題を雨あられのように降らせておけば、そこそこできる生徒は吸収するだろう。残りは知らない。こんな環境が、中位より下の子にとって本当にいいのかは疑問である。高校側は、はじめから、上澄みの生徒(成績優秀者)以外には、達成できそうもない目標地を描いている。
 中高一貫校でも、仲間はずれはふつうにある。そして、多くの生徒は、無礼や仲間はずれを軽いいじめと捉えていない。教師のなかにも、見て見ぬふりをする教師がいる。
小学校の授業は「つまずき」をかかえて「理解」の積み重ねが出来ないままとなってくる。その結果、子どもに寄りそう前に、子どもをとりまく変化について正確に理解しておく必要がある。その現実を理解したら、多くの親は、成績の伸び悩むわが子に対して、あせりや苛立ちではなく、同情を覚えると思う。なーるほど、ですね。
 現在の大手塾のシステムは、こうした「つまずき」を抱える子どもの原因治療にやくだっていない。塾にとって、塾の合格実績に貢献してくれる上位2割が大事で、残りの8割は「お客様」と呼ばれている。
 この商売は、本気でやったら、絶対にもうからない。教育というジャンルでビジネスをやっているだけで、教育そのものはそれほど重視しているわけではない。なるほど、そういうことなんでしょう。でも、これって、寂しいことですよね・・・・。
 子どもが「ついていけなく」なってしまう原因は、子どもの努力や能力だけでなく、システムの限界にある。
 九州にも全寮制の中高一貫校がいくつもありますが、私は中学生のときから家を出て親と離れて生活するのがいいことなのか、少しばかり疑問を感じます。もちろん、思春期の一番むずかしい年頃なのですが、自分の父親がどういう行動をするのか、父親と一緒に暮らすことによって少しはつかんでいくし、それって大切なのではないかなと思います。その意味で、寮に入って、親と共同生活しなくなることに不安を感じるのです。
 たしかに荒れる中学校があり、大量に退学していく高校があります。それらの人々は、完全に脱落していたのでしょう。しかし、これらの人々を単に取り残された存在のままにしておいて本当にいいのでしょうか。
 中高一貫校にいる同級生は、家庭環境も大同小異でしょうから、住み心地はきっといいことでしょう。その結果、異質な人間が世の中には少なくないことを実感することが出来なくなります。私自身は、市立中学校そして県立高校に行きましたが、それはそれで良かったと今でも思っています。私の中学には番町グループがいて、すぐ隣にあった中学校の不良グループとよくケンカなどしていました。それでも、1学年に13クラスありましたので、そんな乱暴者だけではなかったのです。それこそ、いろんな中学生がいました。必ずしも暴力が支配していませんでした。それほど人数が多かったのです。
 中高一貫校に入って、その授業進度についていけなくなった子どもは、どうしたら良いのでしょう。そのことについて、親をふくめて、みんなが真剣に考えていないような気がしてなりません。
(2009年11月刊。740円+税)
 この夏、二度目のハゼマケを体験しました。1回目は腕の所だけだったし、原因もはっきりしていましたが、2回目は原因不明のうえ、胸からあご、そして逆に顔にまで被害が及びました。日曜日にハゼの木の汁に触ってのでしょうが、顔に発疹が出たのはなんと木曜日の夜のことです。小学生の時には学校を1週間も休んでしまいましたが、今回はそんなわけにもいきません。自生していたハゼの木は切り倒すことにします。残念ですが仕方ありません。

福岡県弁護士会 〒810-0044 福岡市中央区六本松4丁目2番5号 TEL:092-741-6416

Copyright©2011-2025 FukuokakenBengoshikai. All rights reserved.