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見えない雲

カテゴリー:ヨーロッパ

著者   グードルン・パウゼヴァーグ 、 出版   小学館
 1987年(昭和62年)に発刊された本を初めて読んだのです。
 ロシアのチェルノブイリで原発事故が起きたのは、その前年の1986年4月のことです。同じような原発事故がドイツで発生したときにドイツ国民にどんな影響をもたらすのかが、実によく分かります。先に、この本のマンガ版を紹介しましたが、その元になった本があると教えられて読みました。すでに黄ばんでいましたが、内容は古くなっていないどころか、まさにフクシマのあと日本が直面している事態が描かれていると感じました。
 そして、何より大切なことは、役人を信じないということだ。
そうですよね。政府も東電も信じられませんよね。「今すぐには健康に影響はない」なんてことしか言わなかったのですからね。そして、日本国民には知らせなかったデータを、いち早くアメリカには通報していたわけです。日本って、アメリカの属国でしかないというのは、悲しい現実です。
主人公の女の子は放射能のせいで頭の髪の毛が抜けてしまいます。夏の真っ盛りなのに、帽子やスカーフをかぶっている。そんな被爆者が周囲から差別され、誰も近寄らない。離れたところから好奇の視線を投げる。軽蔑したり、意地悪したり、心を傷つけることは誰もしない。隣に座ろうとする人もいない。こうやって被爆者は罪もないのに社会的に孤立させられるのですね。
 目には見えない放射能の恐ろしさですから、立ち入り禁止の生まれ故郷に戻る人々がいます。日本の福島でも同じことが起きています。この本では、故郷に戻った祖父が次のように孫に話す場合があります。
 「知らせなくてもいいことまでマスコミに知らせたのが、そもそもの間違いだった。連中は、なんでも大げさに書きたてる。そんなことさえしなければ、こんなヒステリーが生じることもないし、誇張やプロパガンダにまどわされることもなかった」
 今の日本の政治家の多くが同じ考えなのでしょうね。本当に嫌になります。民は由らしむべく、知らしむべからず、というわけです。でも、病気になる確率は若い人ほど大きいのが現実です。そして、年寄りだから、もう病気にならないということでは決してありません。
 脱原発の運動がもうひとつ盛り上がりに欠けるのが残念です。原発を推進してきた政治家が「身を削る」と称して、比例定数削減を狙うなんて、火事場泥棒のようなものですよね。まずは政党助成金を廃止して、国民(個人)の浄財(カンパ)以外に政党はお金を受けとれないようにすべきではないでしょうか。私たち日本人は、もっと怒るべきだと思います。
 この本がベストセラーになったおかげで、ドイツは脱原発へ大きく舵を切りました。それほどのインパクトのある本です。
(1987年12月刊。780円+税)

贈与の歴史学

カテゴリー:日本史

著者   桜 井  英 治 、 出版   中公新書
 年貢契約説というのを初めて知りました。
領主には百姓を保護する義務がある。それに対して、年貢は百姓がその御恩に対する忠節・奉公として納入したもの。だから、年貢の減免要求はあっても、年貢そのものを廃棄しようという動きはまったく見られなかった。
 調(ちょう)の本質は、氏族や官人に分配することではなく、神に対する贈与にあった。
 初穂を特徴づけるのは額の少なさだった。まさしく寸志だった。収穫の3%という低率だった。古代の税は人への課税から土地への課税へと大きく変化した。そのとき、神への捧げ物としての本来的性格は失われた。
 室町幕府の意思決定は、評定会議にせよ、大名意見制にせよ、有力大名の全会一致を原則としていた。専制的な将軍として知られた足利義教でさえ、この原則は無視できなかった。
 有徳銭(うとくせん)は、金持ちにのみ賦課された富裕税のこと。一定以上の財産をもつ者にのみ賦課された。
 いま、アメリカでオバマ大統領が試みている金持ちへの課税ですね。日本でも共産党が提唱していますが、民主党も自民党も強く反対しています。私は必要だと考えています。
 有徳人に徳行を求める民衆意識こそ、中世後期において有徳銭を支えていた主要な倫理的基盤であった。
 有徳銭が民衆に対する間接的贈与であったとすれば、土倉・酒屋などの金融業者に責務の破棄を求めた徳政一揆は、いわば民衆に対する直接的贈与を求めた運動に位置づけられる。富める者は、その富を社会に還元しなければならない。本当に、そのとおりです。アメリカでは大金持ちが自分たちに適正な課税(税率アップ)を求めていますが、日本の超大金持ちから、そんな声は聞けません。残念です。
 中世の日本は、文書の発給や訴訟など、さまざまな場面で、礼銭(非公式の手数料)が求められた社会だった。このような非公式の礼銭収入が実質的に役職に付随する唯一の収入源となっていた。
 中世の人々は、損得勘定、釣りあいということに非常に敏感だった。損得が釣りあっている状態を「相当」、釣りあっていない状態を「不足」と呼ぶ。
 手紙の末尾は、相手の身分に応じて書き分けねばならなかった。謹言、恐々謹言、恐惶謹言、誠恐謹言。ちなみに、拝啓とか前略という書き出し文言は中世日本にはない。
 13世紀後半、それまで米で納められていた年貢が、銭で納める形態に変化した。これを年貢の代銭納制という。この出来事は、中世日本の経済にとって、最大の事件だった。
 年貢の代銭納制は、日本列島に膨大な商品の流れを発生させ、本格的な市場経済が展開するようになった。
 中世後期の日本では、銭を贈答に用いることに抵抗を示さなかった。今日の日本でも現金が平気で贈答されるが、これは日本の特殊性だ。
 ええーっ、そうなんですか。たしかに、結婚式その他で、私たち日本人は全く平気でお金を包んでいますよね。そして、その相場表がマナーの本にのっています。
 中世とは、年始から歳暮に至るまで、一年を通じて際限なく贈答儀礼がくり返されていた時代である。
 私たちが、今日、平気でしていることって、意外にも世界的には珍しいことのようです。しかし、それは中世以来の伝統でもあるというのです。いろいろ知らないことって多いですよね。
(2011年11月刊。800円+税)

60年代のリアル

カテゴリー:社会

著者  佐藤 信 、出版 ミネルヴァ書房
 このコーナーで取り上げている本は、わたしが読んで面白かったもので、あなたにも読んでほしいな、ぜひおすすめしたいなというものばかりなのです。でも、この本はちょっと違います。歴史認識としての間違いが定着するのを恐れて、あえて取り上げました。つまり、読んでほしいというのではなく、こうやって誤った歴史認識が定着していくかと思うと悲しいという意味で紹介します。まあ、私がそう言うと、かえって読みたくなる人が出てくるかもしれません。それはそれで、お好きなようにしてくださいとしか言いようがありません。
 この本は『朝日ジャーナル』バックナンバーを読んで東大闘争を語るというものです。ところが、私の学生のとき、『朝日ジャーナル』は、いつも一方的に全共闘の肩を持ち、いかにも偏見に満ちていると感じていました。少なくとも『朝日ジャーナル』だけ読んで東大闘争を分かったつもりで語ってほしくないと心底から思います。
 当時(1968年から1969年ころのことです)、「ジャーナル全共闘」という言葉がありました。大学に出てこなくて下宿や自宅にひきこもっていて、『朝日ジャーナル』を読んで東大闘争の本質をつかんでいる気になった全共闘シンパ層を指した言葉です。彼らは、たまに大学に出てくると、それこそ「革命的」言辞を吐き、「東大解体」そして試験粉砕を叫んでいました。そのくせ、授業粉砕に失敗して再開された授業には乗り遅れないように出席したのです。「東大解体」を叫んでいた東大生が、授業再開後に東大を中退したという話を私は聞いたことがありません。それどころか、全共闘の元活動家で東大教授になった人が何人もいます。
 この本で「『朝ジャ』は、そもそも新左翼に同調的なわけでもなんでもない」と書かれていますが、これは明らかな誤りだと思います。「同調的」どころか、「新左翼」(全共闘)をあおりたてていたと私は理解しています。
 1968年11月12日、東大の総合図書館前にあかつき部隊の黄色いヘルメットをかぶった500人が石段に並ぶ。そこに全共闘が殴りかかっていく。だが、いくら勇ましくとも、最前列の者しか相手を殴ることはできない、やがて殴る手が止まると、あかつき部隊の笛。あかつき部隊というのは、東大民青支援のためにつくられた「外人部隊」、つまり他大生の部隊のことだ。
 これは、まるでマンガです。当時の写真も何も見ないで、見てきたような嘘の典型です。そのとき、その場に居たものとして、本当に残念です。もちろん、この本の著者がこんな場面を想像したのではなく、きちんとした出典があります。宮崎学の『突破者』と島泰三の『安田講堂』です。「あかつき部隊」なるものが存在したことは私も否定しません。しかし、島泰三は、その場にいなくて、写真だけを見て、その場にいた私たち駒場の学生を「あかつき部隊」と、『突破者』をうのみにして見なしているのです。
 当日は「500人が石段に並ぶ」なんていう規模なんていうものではありません。数千人の学生が、院生、教職員ともに現場にいました。石段ではなく、池の周辺の平地です。全共闘も数千人規模、民青・クラ連その他もいて、数千人の壮絶なぶつかりあいがあったのです。素手で殴りあったのでもありません。長い長い木のゲバ棒そして鉄パイプ、さらには薬品まで投げかった凄惨な修羅場だったのです。そんな、あかつき部隊のリーダーの笛一つでどうこうできる状況でもありませんでした。その一端は小熊英二の『1968』は紹介されています。このような現場状況を示した写真も、島泰三の本だけではなく、何枚もあります。
 こんな大嘘が堂々と定着して、それが歴史的事実になるとしたら、その場にいた学生の一人として、本当に耐えられない思いです。ぜひとも『清冽の炎』(花伝社)を読んでください。
(2012年3月刊。1800円+税)

法廷弁護士

カテゴリー:司法

著者  徏木  信  、 出版   日本評論社
 いい本でした。なにより、弁護士にとって大切なことが盛りだくさんで、弁護士になって
40年近い私も、必死で読みすすめました。著者は私よりひとまわり年下の大阪生まれの弁護士です。初めて小説に挑戦したようですが、その割には、本当によく描けていました。
弁護士の苦労もさることながら、少年(ここでは少女のことを指します)の立ち直りがいかに至難なものであるか、実感をもって描かれていて、さもありなん、そうだよね、と思いながら読みすすめていきました。
 手間を惜しんではいけない。手間をかければかけるほど、事件の理解は深くなる。事件の理解が深まれば深まるほど、仕事のモチベーションは高まり、さらに事件の理解が深まる。事実の理解の深さは、そのまま事件の成果の大小に直結する。
 これまで司法試験の受験生として解いてきた問題は、すべて正解のあるものだろう。でも、実務は違う。実務は正解のない世界なんだ。だから、自分の考える答えが正解であると、相手方、裁判所を説得する仕事が弁護士の仕事なんだ。借り物ではなく、自分の価値判断と論理構成を信じること、それが正しいと分かってもらうために努力することなんだ。
 顧問先をもたないことの意義は何か。いったん顧問契約を結んでしまえば、弁護士はもはやクライアント(依頼者)から自由・独立の立場でいることは難しくなる。しかし、事件を受任するかしないかの自由を、そのつど留保しておきたい。
 依頼者にも、事件を誰に委任するかしないの自由が、そのつど保障されるべきだ。いつでも、どちらからでも関係をつくることも、関係を切ることもできる。そんな緊張感が、ぼくとクライアントの健全な関係を形成する。
 安定が手にはいってしまうと、努力しなくなる。依頼者がワラにもすがる思いで事件を依頼しているのに、弁護士の方はぬくぬくと安全なところにいるのでは、その温度差が大きすぎる。不労所得で食べていこうとする保守的な姿勢で、人のケンカを引き受けて勝てるのか。不安定な状況におかれた方がすっと努力するし、その分成長する。太った家畜でいるより、腹をすかせたライオンでいる方を選ぶ。
うむむ、これは、なかなか難しい指摘です。
 私自身は狭い地域で弁護士活動をしていますので、商売上、顧問先を断ることにしています。この断る理由には、かなりの違いがあります。
 もともと感動的な事件があるというわけではない。どんな事件でも、その事件を扱う弁護士によってつまらなくもなり、感動的なものにもなる。だから、どうすれば感動的な事件になるのか、それを常に考えて事件に取り組むべきだ。
 即時起案。よほど難しい書面でない限り、相談中に書面を起案する。依頼者の面前で即時に書面を起案するほうが、きちんと確認しながら完成させられる。そして、書面は正確かつ臨場感あふれたものになる。目の前で自分の思いが文書化されていく。このことは、自分の考えや気持ちを依頼者が整理するのに役立つ。頼んだ弁護士が自分の話をきちんと受け止めてくれている。このことを実感できる。即時起案の過程は、胸のつかえが溶けていく。加えて、即時起案は依頼者が紛争解決過程に積極的に参加する過程でもある。この過程をたどることで、紛争解決のときの依頼者の達成感や満足感は、より大きくなる。弁護士の力をかりながらも、自分自身の力で、紛争を解決したという実感を味わうことが新たなスタートを切るうえで、大きなエネルギー源となる。
 タイミングは、とても大切なんだ。直ちに、その場で仕事を終えること。それを心がけるようにしないと、どんどんしなければいけないことが積み重なってしまう。
 弁護士も、もっとも必要とされる能力は勝つ能力だ。弁護士は勝たなければならない。勝つことが求められている。依頼者は勝つことに期待して高額な弁護士報酬を支払っている。負けることは許されない。依頼者は、自分では戦っても勝てない相手だったので、自分の代わりに相手とたたかって勝ってほしいとお金を支払って頼んだ。
 説得力、交渉能力、書面作成、能力、事務処理能力、そして尋問能力は、すべて戦いに勝つという最終目標に至る手段としての技術であって、それ自体が目的ではない。手段としての技術レベルがたとえ高くても、目的である勝利が得られなければ、無意味・無駄ということになる。
 ええっ、これって、私には大きな違和感が残りました。なんでも依頼者が勝てばいいというものじゃありませんよね。
正義・公平・原理原則・良心。こちらの主張が、これらの要件をみたしていることが交渉に勝つために必要なこと。そして、交渉には真実性が伴わなければならない。小手先だけの姑息な手段には一切頼らず、正攻法で真正面から突破することだ。
 依頼者の希望・要望を実現することが、その基本的な人権を擁護することになるのか、そして社会正義を実現することになるのか、それを判断することが弁護士には求められている。
 弁護士は借りものではない自分の体験から、豊かに相手方と裁判所の良心に訴えかけることができる。
わずか186頁という薄っぺらな本ですが、私にとってはずっしり重たい本でした。若手弁護士にとっては必読の書だと思います。それだけでなく、司法界に関心ある人には、強く一読をおすすめします。
 
(2012年3月刊。1500円+税)

なぜメルケルは「転向」したのか

カテゴリー:ヨーロッパ

著者   熊谷 徹 、 出版   日経BP社
 10年後に原発は全廃することを決めたドイツの歩みを詳しく紹介した本です。私たち日本人にとっても大変参考になります。
日本人はドイツ人ほどリスクに敏感ではない。原発反対運動は地域的に限定され、ドイツのように国全体を巻き込む社会運動にはならなかった。
日本のメディアは、福島原発事故が起きるまで原発や環境問題、エネルギー問題について、ドイツのメディアほど鋭い問題意識をもって詳しく報道してこなかった。
 原発の危険性を指摘した国会議員がいたにもかかわらず、日本政府は「地震や津波で原発の冷却機能が失われた例はない」という楽観論に終始し、十分な対策をとらなかった。
 日本人は、目先の細部の完璧さを追及するあまり、人命や安全という根本を見失うことがある。日本人は、木を見て森を見ない民族だ。
 日本人は、見事を前向きに考える方向が強い楽観主義者である。不幸な事態が起きても、その原因を徹底的に分析して、政府や企業の責任を追及するよりは、不快な過去は水に流して正体に希望をつなごうとする。悲観主義者が多く、何事にも批判的な状態をとるドイツ人とは対照的だ。
チェルノブイリ事故は社会主義国だから起きたという認識が使えた。しかし、福島第一原発事故が起きて、リスクがこれまで考えられていたより大きく、ドイツ政府は欧州でも大事故が起こり売るという結論に達した。
 結党以来一貫して原発廃止を求めてきたドイツの緑の党は前回選挙より2.6倍に増えて、46万票と大幅増を示した。
ドイツの原発廃止は突然に決まったのではなく、そこに至るまで40年に及ぶ推進派と反対派の戦いがあった。この経験の蓄積があったからこそ、福島第一原発事故のあと、わずか4ヶ月間で国民的合意をまとめ上げ、脱原発を法制化できた。
 ドイツで最初の反原発運動は、突然の恵みに寄って生活の糧をえている農民のあいだから生まれた。そして、ドイツの反原発運動の特徴は、個々の地域で原発に反対していたグループが地域をこえ、全国に広がるネットワークを作っていたこと。
 ドイツの州政府には、日本の県とは比較にならないほど大きな制限が与えられている。原発が地域に立地しても、日本のように多額の補助金がふり注ぐということはない。
 ドイツの行政裁判所は反原発派に対して理解を示すことが多く、原告の訴えを認める傾向が強い。ここらあたりは、日本とはかなり状況が違っていますね。
 チェルノブイリ事故のあと、1987年に『見えない雲』という本が159万部というベストセラーになったことも大きい。今後、本を紹介します。
 ドイツの原発には、航空機による自爆テロ攻撃に備えて煙幕発生装置を設置しているところがある。なーるほどですね。今回の福島第一原発事故によって、原発はテロ攻撃にいかに弱いかも如実に証明されてしまいました。いったんやられてしまったら、もうどうにも止められない怖いもの、それが原発です。
原発で過酷事故が再び起こることは確実だ。唯一確実でないのは、それが、いつ、どこで起こるか分からないということだけ。
 本当にそうなんですよね。「楽観主義」もいいですけれど、やはり安全対策抜きに手放しで「楽観」していたら、とんでもないことになってしまいます。そうなってから後悔しても遅すぎるのです。
 ドイツには学ぶべきところが大きいと改めて考えさせられました。
(2012年1月刊。1600円+税)
 すっかり陽が長くなりました。庭に午後6時半まで出ています。
 日曜日、庭にチューリップが8割方、咲いて、春らんまんをじっくり実感させてくれます。形も色とりどりのチューリップたちがカラフルに華やかに咲き誇っています。私の個人ブログで写真を紹介しています。
 赤い豆粒のような花をぎっしり付けたハナズオウ、生命力旺盛なじゃがの花も咲いています。黄色と白色のアイリスが高貴さを感じさせながら早くも咲きはじめました。
 地植えにしているアスパラガスが3本、地上に伸びていましたので、早速、食べてみました。春の香りを満喫することができました。

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