(霧山昴)
著者 ティモシー・W・ライバック 、 出版 草思社
ヒトラーがヒンデンブルク大統領によって首相に任命されるまでの危っかしい状況を刻明に明らかにした本です。
そのころ、ヒトラーは決して順風満帆とは言えない状況にありました。むしろ、危機的状況というべきでしたが、ヒトラー自身は内心の動揺を隠して、大衆の前では相変わらず大言壮語、自信に満ちた様子で演説をぶっていました。
何が危機的だったのか…。まずは仲間割れです。ヒトラーに次ぐナチス党の大物シュトラッサーが離党しました。また財政的にも危機に陥っていました。お金がナチス党になかったのです。そして、選挙でナチス党の得票は減っていました。これは、どうみたってピンチです。
そこで、ヒトラーは起死回生の秘策に出ます。「天敵」のようなパーペンと秘密裏に会談します。ところが、情報が漏れていて、写真を撮られ、マスコミに報道されます。ヒトラーがパーペンにこっそり面会するなんて、ナチス党支持者からするとありえないことです。報道されてヒトラーがどうしたかというと…。「事実無根」だとうそをつくのです。嘘も百遍言えば真実になるというやり方です。
お金はどうしたか…・ドイツの財閥たちに無心したのです。すると、ドイツの財閥はヒトラーに気前よく大金を投資したのでした。社会党や共産党が議席・得票は伸ばしていることについての危機感からです。
そのとき左翼はどうしていたのか…。武力蜂起を画策していたようです。各地で、街頭で、ナチス党員と共産党員との暴力的な衝突が頻発しました。でも、やはり、軍隊には勝てません。国防軍のほか、ナチスは親衛隊も擁していました。
ヒトラーが首相になると、ヒトラーは国会を有名無実の存在とします。全権委任法です。国会を開かなくても決められるようにしたのです。国会議事堂放火事件がきっかけとされていますが、それこそヒトラーの自作自演です。
いま、自民党の高市政権が緊急事態条項なるものを設けて、同じことをやろうとしています。それこそ麻生副総裁の「ナチスの手口に学ぶ」を地で行っているのです。怖い話です。
当初、ナチ党員だというと、「嘲笑され、馬鹿にされた」ものの、今や笑う者は一人もいない。同じことがヒトラーについても言えます。当初は、それこそ馬鹿にされる存在でしかなかったのです。
ヒトラーの演説は、一般的な人々が理解し記憶できるように、重要な論点をしつこく繰り返す。この点、ヒトラーは演説についてプロからしっかり叩き込まれています。
ナチ党員は1925年に2万7千人だったのが、1931年には80万人となっていた。
シュトラッサーに勧誘されてナチ党に加入したのは、ヒムラー、レーム、ゲッベルスがいる。
ヒンデンブルク大統領は84歳だった。
ヒトラーの父は、未婚女性の私生児として生まれ、シックルグルーバー姓を名乗っていた。ハンブルグに暮らすヒトラーの兄は重婚や窃盗で有罪判決を受けている。ヒトラーの家系にはユダヤ人の血が混じっているという噂もあった。ヒトラーは純粋なアーリア人の家系であるという証拠を自らは提示できなかった。
ヒトラーは選挙に立候補したことがない。自身が市民権のない移民だったから。ヒトラーは、ドイツの市民権を獲得するのにひまがかかったのです。
ヒトラーが首相になるまでの過程については、今日の私たちも学ぶべき教訓が多々あると改めて
実感しました。
(2026年2月刊。3850円)


