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刑務所で当事者研究をやってみた

(霧山昴)

著者 向谷地 生良・掛井 靖彦 、 出版 医学書院

つながりを喪失した「避難者」を受け入れてきた刑務所や精神科病院が、さらなるつながりの喪失と孤立を生み出す社会的循環の歯車となっている。なるほど、言われてみたら、そうなんだよね、とも思いました。

この本は「もっとも関わりが難しい」と言われていた受刑者Aさんを対象とする当事者研究を記録している。Aさんは、6歳で万引きを覚え、16歳で少年院、20歳以降は断続的に刑務所で暮らし、現在40代半ば。当事者研究にAさんが協力することは、Aさんにとって、自分が何かしら社会に貢献できるかもしれないと思えることだった。

累犯をしてきた人たちは、犯罪行為をなすことによって、罰せられたり、注意されたり、批判されることを通じて「つながりらしき」を味わってきた。

「出所してみたけれど、あまり刑務所と変わらない。シャバのほうは食いぱぐれがあるぶん、不自由だけど、刑務所のほうがいい」

「死刑になりたい」人が、なぜ他人を巻き込む人かというと、自分だけがこっそり死ぬことに無念さがあるから。死ぬなら、社会的に何らかの影響を与えてから、という発想になる。なので、死刑は犯罪を抑止せず、むしろ犯罪を助長している。

刑務所の中は、「自分がこうしたい」という思いが封じ込められた世界。

当事者研究の基本中の基本は、その人が主体的に試行錯誤を始める第一歩、その踏み出しを徹底して大事にすること。教育をさせるのではなく、その人から学ぶ。

再犯率は、近年では50%前後。つまり、受刑者の2人に1人は、ふたたび犯罪を犯してしまう。

Aさんは旅へのこだわりが強い。旅行はAさんにとって、無になれる機会。旅に出ることは、現実のモヤモヤからの逃避であり、かつ、「これからどうします」という不安からの逃避でもある。旅先で観光するという目的はない。あくまで一人で社会から離れることが快楽。

私も、たまに一人旅をすることがあります。たとえば、福島の「大内宿」には、レンタカーを借りて一人で行って江戸の宿場町の雰囲気に浸り、大きな一本のネギが載っているネギそばをもちろん一人で食べました。それは、でも、一人で社会から離れるというより、旅先の風景に目的を浸らせることに意味がありますので、Aさんとは違います。

刑務所で長く生活を管理されていることに慣れると、実社会で独り立ちして生きていくのが難しい。

Aさんは、自分や俺といった一人称をほとんど使わず、自分、しかも、自分は、自分と主体として使うことはさらに少ない。そして、人と人とのつきあい方がAさんにとって社会に出てからの生活の難しさ。「自分が誰に何を、どうしていいか、分からなくなってしまう」

劣等感のなかで、「自分」で主体的に人生をつくり出していくチャンスが閉ざされる。就労や金銭管理も含めて、生活をどのように組み立てたらいいのかが分からないので、そして困難を誰にも相談できないので、犯罪に走ってしまう。犯罪は、生きのびるための自助的な方法となっている。

彼らは、決して本音を語らないことで自分を保ち、生き抜いてきた。彼らは、どのようなトラブルがどのような量刑につながるのか、計算しながら犯行を重ねている。

弁護士として50年以上やってきましたし、今も2件、国選弁護人として刑事事件を担当しています。刑務所を出たり入ったりする人に何人も出会いました。この本によって彼らの心情をさらに理解することができました。

(2024年3月刊。2200円)

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