弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2024年4月19日

「劇場国家」北朝鮮

朝鮮・韓国


(霧山昴)
著者 権 憲益 ・ 鄭 炳浩 、 出版 法政大学 出版局

 北朝鮮の政治体制は長続きするはずはない。まもなく自壊するに決まっている。こんな見方が日本でも有力でした。私もそう考えていました。ところがどっこい、今なお存在していますし、まだまだ当分の間、続きそうです。
 国民が食うや食わず、いえいえ、大量の餓死者すら出したというのに、一見すると、盤石の政治体制であるかのようです。
 ではなぜ、そんな矛盾をかかえながらも存続しているのかを探った本です。この本を読んで驚かされたことの一つとして、北朝鮮には朝鮮戦争で亡くなった兵士や市民のための墓地がないという事実です。あるのは1954年につくられた革命烈士陵。しかし、ここは朝鮮戦争の戦死者ではなく、金日成と一緒に戦った100人の満パルチザンを讃(たた)えるための場所。いやあ驚きました。
 金日成と満州パルチザンのグループが権力を掌握する過程で他のグループが次々に粛清されていった血なまぐさい歴史は知っていましたが、この革命烈士陵は、北朝鮮社会のもっとも特権的な層を形成していることのシンボルでもあるのでした。
そして、「苦難の行軍」です。これは、北朝鮮政府当局の無策・無能によって、少なくとも数十万人の市民が餓死していった時代の状況を示す言葉です。1994年に金日成が亡くなり、その後の1995年から1998年までのあいだのことです。
この食糧危機によって一般市民の間で朝鮮労働党の道徳的権威が墜落した。党の威信は果てしなく墜落した。それはそうでしょう。ともかく大量の餓死者を出すまでに至ったのですからね。
党中央が無為無策のため、下部の党幹部たちでさえ、女性たちの国境を越えてまでの出稼ぎ労働を事実上支援していたというのです。みんな生きるための必死の努力をしていたからです。この餓死との闘いにおいても、人民より軍を優先するという先軍政治がすすめられたのでした。
現地指導についても、これが北朝鮮指導者のカリスマ政治の重要な部分を占めていたことを認識しました。
現地指導によって、国家というものが遠く離れた公的な独裁権力から、父のような存在へと豹変する。父子関係がすべての人間関係を支配する主軸を成している。
これは日本の明治天皇が北海道から九州まで日本中のほとんどをまわったこと、同じく昭和天皇も戦前・戦後、日本各地を訪問しているのと、同じ意義を有する。なーるほど、ですね...。
北朝鮮の2400万人国民と平和共存するのがいかに大変なことかと思いつつ、でも共存するしかないと思い直し、苦労して読みすすめました。
(2024年1月刊。3400円+税)

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