弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

人間

2018年6月11日

極夜行

(霧山昴)
著者 角幡 唯介 、 出版  文芸春秋

太陽が昇らない、暗い冬の北極を犬とともに命をかけて歩いた極限の体験記です。
いわば、『空白の五マイル』の続編なのですが、この冒険旅行も次々に必殺パンチが繰り出されてきて衝撃度は極大です。
ところはカナダより北のグリーンランド。ここは、太陽が地平線の下に沈んで姿を見せない、長い長い漆黒の夜、極夜(きょくや)がある。
世界最北の村であるシオラパルクは、世界で一番暗い村でもある。
極夜という異常環境の下では、白熊対策の番犬として、犬は絶対に必要。犬なしで極夜の旅をするのは、目隠しで地雷原を歩くようなもの。シオラパルクでは、各家庭で10頭から20頭の犬を飼っていて、日常的に犬ゾリを移動の手段としている。
極夜病というものがある。関心の欠如、不脈、かんしゃくなどの心理的な症状が特徴だ。
人間は、あまりに暗い環境が長々とつづくと憂うつになり、何もする気がなくなってしまう。著者は、この極夜行に4年間もの歳月をかけて準備した。
冒険旅行では、GPSを使いたくない。機械の判断に自分の命をまかせたくないからだ。
極夜行のときには、身体に脂肪分をたくわえるように努力する。72キロの体重を80キロ近くにまで太らせた。
テントは、冬の極地の旅では、コンロとならぶ最重要装備だ。風で飛ばされることのないようにする。したがって、強風時のテント設営は、手順を守って慎重にすすめる。
氷点下20度台と30度台とでは、かなり明確な断絶がある。氷点下30度台は、明らかに人間の生理的限度をこえていて、このままでは肉体が消耗して、そのうち死ぬなという予感を無理なく持つようになる。氷点下30度の壁を乗りこえるには、1週間ほどの期間が必要だった。
1日の行動を終えてテントに入ると、必ずコンロに火をつけた。コンロで手を温めてから、防寒衣の内側にこびりついた霜をたわしでこそぎ落とし、毛皮靴についている雪を丹念に払い落す。
食糧は1日5千キロカロリーの摂取を目安とした。
極夜では、毎日しっかり乾かさないと衣類は濡れていく一方となる。衣類が濡れると生活のストレスが非常に大きくなってしまう。
1頭の犬を連れて歩いているうちに、目標を見失い、食料の補充の可能性がなくなり、犬はガリガリにやせ、自分が生きのびるためには、その犬を食べてしまおうと考えたほどに追い詰められます。
その迫力のすさまじさは、ただただ声も出せずに、くいいるように目を近づけて一気に読了したのでした。それにしても極寒の地を生き抜くためには鉄砲でウサギを撃ち、 解体して食べる技(ワザ)が必要なのです。生半可にやれる旅ではありません。
また、こんな極夜の地にも日本人男性が長く現地で生活をしているということに驚いてしまいます。
(2018年4月刊。1750円+税)

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2018年6月 4日

私は6歳まで子どもをこう育てました


(霧山昴)
著者 佐藤 亮子 、 出版  中央公論新社

子育ては大変ですよね。若いときに夢中になって過ごした日々が、楽しくもあり、思い出すと後悔の日々でもあります。ついカッとなって、冷静さを失い手を出してしまったり、理詰めで説明しきれずにごまかしてしまったり・・・。思い出すと、冷や汗がどっと出てきます。でも、膝の上に乗せて、もみじのような手を握って、手をあわせて歌をうたったり、くすぐって無理にでも笑わせたり、そして、絵本を一緒に読んで、話の展開に読み手のほうが声に詰まってしまったり、楽しい思い出もたくさん、たくさんあり、みんな宝物です。
4人の子どもをみんな東大理Ⅲに送り出したサトーのママって、スパルタ・ママなんじゃないか、そんな決めつけを見事に裏切ってしまう6歳までの読んで楽しくなる子育て論です。
これは読まないと損しますね・・・。
著者が子育てのなかで、一貫して最優先してきたことは、子どもが笑顔で過ごすこと。そして、自分自身を笑顔にするためにも、しっかりと手を抜いた。
これは、これは、とてもすごいことです。何度読んでも、この考えには、ぐぐっと惹きつけられます。
肩の力を抜き、子育てを120%楽しむ。
振り返ったときに後悔しない。
子どもたちを目一杯大切にして、気持ちよく巣立たせる。
著者は長男が1歳4ヶ月のときに「公文」(くもん)を始めさせました。
三男は3歳でプールの水泳教室に。三男は、はじめの3ヶ月は、わんわん泣いてばかり。それでも著者はあせらず、あきらめずプールに連れていったのです。すごいです。
子どもの健康管理のため、小学2年生までは「うんちチェック」。子どもたちにうんちを流させずにチェックして健康状態を確認していたといいます。
これは皇室でもやられていることのようですね・・・。
子どもの歯、箸(はし)、鉛筆は一生モノの習慣。
 歯は3ヶ月に1回の歯科検診を欠かさない。いやあ、これにはまいりました。4人の子どもは、全員、ピカピカの歯だそうです。ちなみに、私も虫歯でさし歯をしているのが一本だけです。あとは、全部、自前の歯です。そして毎日、合計して9分ほどの歯みがきを励行しています。
箸と鉛筆のもち方は、私も子どもたちにはうるさく言いました。ただし、字のほうは、私と似て、子どもたちの字はあまり美しい字とは言えません。残念です。
子どもには叱られた経験より、たくさんの成功体験や自己肯定感を植えつけることこそ大切。これがあると、自分は大丈夫だという精神的な支えをもてる。
これは大切なことです。やっぱり自分は何をしてもダメなんだ。子どもにそう思わせてはいけないのです。
兄弟はみんな平等に扱う。いま「争族」事件が多くて、いわばそれで「メシを食っている」弁護士なのですが、その大きな原因として、親が子どもたちを平等に扱わなかったことがあるとのだと痛感しています。
著者は、みんな「ちゃん」と呼び、「お兄ちゃん」とか呼びません。お菓子を分けるときだって、みんな一人前で平等に扱うのです。これはすばらしい。
子育ての発想を転換させてくれ、励ましてくれる本です。ぜひ、子どもを持つ親だったら手にとって読んでみてください。
(2018年4月刊。1300円+税)

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2018年6月 2日

古稀のリアル

(霧山昴)
著者 勢古 浩爾 、 出版  草思社文庫

私と同じ団塊世代の著者が、70歳になって何が変わったか、これからどう生きていくのかを、他者との比較で、あれこれ考察している愉快な本です。私自身はまだ古希にはなっていません。60代なのです。といっても目前に迫ってはいるのです。
すでに少なからぬ同級生がこの世とおさらばしています。現役弁護士として、それほど深刻ではありませんが、頭をふくめて老化現象を痛感することはしばしばです。
著者はさかなクンの天真爛漫ぶりを大いに評価しています。ハコフグの帽子をかぶってテレビ(たとえば『ダーウィンが来た』)にしばしば登場します。「好きなこと、夢中になれる何かがあると、毎日がワクワクでいっぱいになる。もっと知りたいという探究心が出てくる」。ほんとうにさかなクンの言うとおりですよね。
そして、二人目は前野ウルド浩太郎(『バッタを倒しにアフリカへ』の著者)です。秋田育ちの昆虫少年がアフリカ大陸でバッタ退治に乗り出す様子には著者だけでなく、私も言葉を失うほど圧倒されました。昆虫オタクの香川照之もいますよね。この人もまたすごいです。
本好きの人のなかに、いま読んでいる本を読み終わりたくないという人がいる。その気持ちは、よく分かる。本は読んでいるあいだが愉しい。その物語のなかにいる時間こそ、何物にも代えがたい。だから、またすぐに最初から2回目を読むという人もいる。しかし、著者は、そんなことはしない。別の新たな愉しみを求め、別の本を読む。
そうなんです。絶えず新しい出会いを求めるのです。その出会いがときにあるからこそ、世知がらい世の中を生きていられるのです。
読みかけている、その先を早く読みたい。これが面白い本の条件である。まったくもって、そのとおりです。
著者は私とちがってテレビ好きだそうです。ところがドラマはほとんど見ていません。もっともらしく、わざとらしく、ウソくさく、あざとくて、うっとうしいからだ・・・。
私は、テレビのドラマは全然みません。そのため「おしん」とか「大地の子」など、見逃してしまった残念な番組がいくつもあります。
70歳になったからといって大騒ぎする必要はまったくありません。それでも、いよいよ終末期を迎えようとしていることを自覚させられる本ではありました。
(2018年2月刊。700円+税)

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2018年5月28日

私の少女マンガ講義

(霧山昴)
著者 萩尾 望都 、 出版  新潮社

福岡県大牟田市出身の、今では世界的にも有名なマンガ家です。
私自身は直接には著者と面識ありませんが、母親同士が親しく交際していて、私の記憶に残る著者の母親は、まさしく著者そっくりです。ところが、著者と母親とのあいだには、大変厳しい葛藤があったようです。要するに、いつもマンガを描いている娘を母親は認めることが出来なかったのです。まあ、無理もないことでしょうね・・・。
さすがに少女マンガの第一人者ですから、著者の話は大変説得力があります。
この本は、著者がイタリアの大学で講演したときの話と質疑応答をまとめたものが主となっていますので、大変読みやすく、また、読者の知りたいことを明らかにしていて読みごたえがあります。
少女マンガとは、少女の、少女による、少女のためのメディア。
30年以上も続いている少女マンガの作品がある。読者も大きくなっていくけれど、少女マンガを読むときには、心が少女に戻る。男は、いくつになっても少年の心を持っているというけれど、女も、いくつになっても少女の心を持っているのだ。
「リボンの騎士」を描いた手塚治虫は、かけがえのない贈り物を作品として少女たちに手渡した。それは、女の子にも自由はある、ということ。
著者は高校2年生のとき、手塚治虫の「新撰組」というマンガを読んで大変なショックを受けた。そして、こんなにショックを受けたのだから自分も誰かにショックを返したいと思い、それでマンガ家になると決心した。
今いる場所がすべてではないと考えると、脳が活性化する。
ふだん、気になっていることをずっとずっと考えているうちに、ある日突然、ストーリーがぱっと浮かぶ。
マンガ家の世界では、気が合う人、作品が好きな人同士で、おつきあいをする。
三度の出会いがあった。デビューできたこと、描ける場があったこと、よい編集担当に出会ったこと。
あっ、これが運だ。そう思ったときに、それを逃さないようにキャッチする。これが大切だ。
すごく面白いマンガには、コマのリズム、構図のリズム、台詞(セリフ)のリズムが三位一体となって感情を動かしてくる。
マンガのオーソドックスの基本を描いているのは、横山光輝、手塚治虫、そしてちばてつやの三人。この3人の技法をおさえておけば、マンガの基本は描ける。
「ポーの一族」、「11人いる!」はその発想に圧倒されました。「残酷な神が支配する」には、私の想像できない世界を見て、言葉が出ませんでした。とても同世代とは思えない思考の深さに感嘆します。
(2018年4月刊。1500円+税)

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2018年5月14日

佐藤ママの強運子育て心得帖

(霧山昴)
著者 佐藤 亮子 、 出版  小学館

著者の本は、どれを読んでも、じんわり心が温まる思いがします。同時に、自らの子育てを振り返ると、ああ、そうか、あれは良くなかったんだなあと、反省することしきりです。でも、まあ、3人の子がそれなりに元気に生きていることで、それほど大きな間違いはしてないよね、と自らを慰めています。
そもそも、子どもには、親の恩なんて感じさせないように育てるのが一番いい子育てだ。
ともに笑ったり、泣いたり、かわいいころを一緒に過ごせる幸せに感謝。
まったく、そのとおりです。でも、その幸せに気がつくのは、たいてい過ぎ去ってから何年も何十年もたってからのことなんですよね・・・。
ケアレスミスという言葉をつかってはダメ。間違いは、すべて間違い。
人間はみな、基本的に怠け者である。
子どもの泣き声が耳障りなのは、生きていくために親の注意をひく目的があるから。
そうなんです。サルやチンパンジーの赤ちゃんは泣かない。なぜか・・・。赤ちゃんは母親にぴったり密着しているから、泣く必要がない。人間の赤ちゃんは母親と密着していないので、泣いて母親の注意を喚起する必要があるのです。
隣の子に言えないような言葉は自分の子にも決して言ってはならない。
アドバイスを受けたら、まず、感謝する。「だけどね・・・」と言うべきではない。
子どもから相談をされたら、何を差しおいても、ふたつ返事で引き受ける。
うーん、これって簡単そうで、実際には難しいですよね。親にも都合があり、気分の変化もありますからね・・・。それでも、ということなんですよね。
家庭のなかで、みんなが明るく生きていけるように演じてみる。
自分の心に毒になってしまいそうなことはスルーしてしまう。
そうですよね、ストレスもためこまない工夫が必要です。
子どもにとって、親は絶対的な存在であって、相対的なものではない。
親が何ごとにも好奇心旺盛で積極的に行動していると、子どもは伸びる。
子育てにおいて一番大切なことは余裕をもつこと。そして、十分な睡眠は集中力に欠かせない。
4人の子(男3人、女1人)を全員、東大理Ⅲに合格させた佐藤ママの言葉は、どれをとってもなるほどと思わせるものばかりです。あとは、ひとつひとつ実行していくことですね。
わずか130頁たらずの小さな新書ですが、子育て途中のパパ・ママには価値ある1000円に間違いありません。
(2018年4月刊。1000円+税)

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2018年5月 6日

絶景本棚


(霧山昴)
著者 本の雑誌社編集部 、 出版  本の雑誌社

愛読家にとって蔵書の収納場所をいかに確保するか、常に頭を悩ます大問題です。必ずしも世に広く知られた有名人だけではありませんが、本のコレクターとして書斎に何万冊も並べている光景が1冊の写真集になっています。
私も60歳台の前半までは、「本は一冊だって捨てられない」と高言していました。雑誌は捨てても単行本は捨てることができなかったのです。
しかし、60歳台も後半になって一大心境の変化が生まれ、まず、今後もう読むことはないと思う本を書斎から抜き出し、私の関係する団体の事務所に本棚ごと贈呈し、移動させました。それでもまだまだ本はあります。次に、主として警察小説と中心とする推理小説を知人の市会議員の個人事務所にそっくり寄贈しました。推理小説を2度読み返すことは、まずありませんので、読み手のいそうなところに引き取ってもらって、本のリユースを願ったのです。そして今、資料価値がなくなっていて、保存しておくことのないと思った本を大胆に捨てています。
私はこの20年ほど、毎年500冊の単行本を読了しています。買ったけれど読んでいない本が何冊かあります。ちなみに、私は本は買います。読んで光るところは赤エンピツで棒線を引きます。弁護士生活も40年以上となっていますので、私の所有する本は単純に数えても2万冊を下回ることは考えられません。自宅も事務所も本であふれています。
本は段ボールに入れてしまったら終わりです。死蔵ということは使わないことと同義。やはり、背表紙を見えるようにして、すぐにも手に取れるようにしておく必要があります。
この本に出てくる書斎は、本の高さと形に応じて、みんな苦労していることがよく分かります。私の事務所にはスライド式書棚がありますが、これは本の保管としては適さないと考えています。
本は背表紙を読んで、「えっ、こんなところにいたの・・・。」というつぶやきとともに、すぐに手を伸ばして胸にかかえこむべきものです。今度、そのうち買って読もう、なんて考えていても、そんなことはついつい、すぐに忘れ去ってしまいます。今、ここでの出会いを大切にして、フィーリングで購入することを表明して、いい本(いい書斎)にめぐりあえたことを高く評価します。ありがとうございました。
(2018年3月刊。2300円+税)

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2018年4月23日

モノに心はあるのか


(霧山昴)
著者 森山 徹 、 出版  新潮選書

心があるのは人間だけに決まっている。なんて変なタイトルの本なんだ。モノに心はない。心がないからこそ、人間とちがってモノなんだ・・・。
著者は、子どものころ、死ぬと決して生き返ることはない。死ぬと夢を見ないで寝ているのと同じ状態になることを確信した。人間は、死ぬと、まったくなくなってしまう。そして、世界は、自分の生まれる前から、そして自分が死んでからも存在するということを実感した。
この点は、私もまったく同じです。ですから、私は、この世に自分というものが存在したことを、たとえ小さなひっかきキズでいのでなんとかして残したいと考え苦闘してきました。こうやって文章を書いているのも、そのあがきのひとつなのです。
心とは、隠れた活動体、すなわち潜在行動決定機構群だ。それは、動物行動学の言葉を用いたら、自立的に抑制する複数の定型的行動の欲求だ。
石においても、隠れた活動体は存在している。つまり、石にも「心」が存在する。石器職人が石を割るとき、自分の力だけで石を思いどおりに割ったとは考えていない。職人は石の自律性を感じている。石の個性に気がついた職人は、石の内部でそれを生成する何者か、すなわち「隠れた活動体」の存在を知ることになる。
アメーバ動物である粘菌が迷路のスタートとゴールを結ぶ最短経路を探し出せること(知)、魚が恐怖や不安の反応を示すこと(情)、ザリガニの脳内には自発歩行の「数秒後に」活動しはじめる神経回路があること(意)が判明している。これらの研究報告は、無脊椎動物をふくむヒト以外の多くの動物に、知・情・意を代表とする精神作用が備わっていることを示唆している。したがって、心はヒトに特有なものではなく、あらゆる動物に備わるものだということになる。
この本は、「心」というものを平易で明瞭なコトバでもって語り尽くそうとしています。読んでいると、なるほど、なるほど、そういうことだったのかと思わずひとりつぶやいてしまいます。
(2017年12月刊。1200円+税)

 初夏と勘違いさせる陽気となり、ジャーマンアイリスが一斉に花を開いてくれました。ほとんどが青紫色で、いくつか黄色の花が混じっています。そのあでやかさは目を惹きつけます。チューリップは終わりました。庭の一区画からアスパラガスが次々に伸びて、春の香りを毎日のように味わっています。
 博多駅の映画館で韓国映画「タクシー運転手」をみてきました。1980年に起きた凄惨な光州事件がテーマです。軍隊が市民を守るものではないこと、当局はひたすら真相を隠してデマ宣伝をすることが描かれ、思わず鳥肌が立ちます。
 自衛隊がイラクのサマワに行ったとき、何が起きていたのか・・・。日報かくしは絶対に許せません。ぜひ時間をつくってみてください。

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2018年4月16日

夢を食いつづけた男


(霧山昴)
著者 植木 等 、 出版  ちくま文庫

私が大学生のころ、植木等(ひとし)は、日本一の無責任男だと評判を呼んでいました。いかにも軽薄そのもので、小心者で頭の固い田舎者のぼくはいささか鼻白んでいました。
ところが、この本を読むと、その内実は、とても真面目な人物だったようです。そして、それは父親譲りだったのです。
植木等の父親は植木徹誠。三重県にある小さな山寺の住職もしていました。そして、その前は東京にあった御木本(みきもと)の工場で働き、社会主義に目覚め、活動していたのです。おかげで特高に捕まり、子どもの植木等は警察署へ差し入れの弁当を毎日自転車で届けていました。だから、植木等は大きくなってからも共産党と聞くと怖いという思いがあり、好きになれなかったといいます。父親はあとで東京に出て新宿民商の会長になり、共産党員としても活動しました。
植木徹誠が東京で労働運動に没入していたころ、アナーキストの大杉栄(関東大震災のとき、憲兵隊の甘粕大尉などに虐殺されました)も講師としてやって来て話を聞いています。
その後、徹誠は山寺の住職となり、部落差別に怒りをもって運動し、昼間はお年寄りに地獄と極楽の話をし、夜になると青年たちに革命の話をしていた。
すごいね。讃美歌をうたい、労働歌をうたい、もっと若いころには義太夫もうなっていたのです。まことに芸達者です。植木等は、きっとその血をひいたのでしょう。
しかし、治安維持法違反で検挙されるのです。このころ、小学生の等に対して担任の教師はこう言って励ました。
「きみのお父さんは立派なんだ。ただ、今のご時世にあわないのだ。進みすぎているのだ」
なるほど、そういうことなんですよね・・・。それでも等少年には辛い体験だったようです。
そして、親子は、ついに郷里から石もて追われるようにして立ち去るのでした。
父・徹誠は3年ものあいだ、各地の警察署を転々としていたそうです。大変な目にあったのですね。住職として戻って、檀家の人が寺にやって来て、召集令状が来たというと、徹誠はこう言った。
「戦争というのは、集団殺人だ。それが加担させられることになったわけだから、なるべく戦地では、弾のこないような所を選ぶように。まわりから、あの野郎は卑怯だとかなんだとか言われたって、絶対、死んじゃダメだぞ。必ず、生きて帰ってこい。死んじゃったら、年とったおやじやおふくろはどうなる。それから、なるべく相手も殺すな」
偉いですね。戦争中にここまで、言えるなんて・・・。映画「二十四の瞳」の大石先生も、心の中はともかく、言葉に出しては言えないセリフでした。
植木等の父親を語る心のうちには、とても温かいものを感じました。無責任どころではありません。
(2018年2月刊。860円+税)

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2018年2月18日

銀河鉄道の父


(霧山昴)
著者  門井 慶喜 、 出版  講談社

 面白いです。植木賞を受賞したというのは当然だと思いました。宮沢賢治の父親が賢治とどのように接していたのか、ごくごく自然に受けとめることができました。その筆力たるや、大したものです。
 賢治の父親は質屋を営んでいる。天災は、もうかる。それが質屋の法則だった。もちろん、店や家族が直接被害を受けない限りである。
賢治の父親は、営業成績が優秀で、勉強が好きだったので中学校(今の高校)へ進学を希望したところ、父・喜助は質屋に学問は必要ないといって、断念させられた。
 賢治の父親は、夏期講習会を主宰して、知識人や僧侶を招いて知的合宿を開催してきた。そして、賢治には中学への進学を許した。質屋も、学問がなければつぶれると考えたのだ。
 賢治は森岡中学校を受験し、合格した。そして、賢治はさらに盛岡高等農林学校に進学した。それも主席の合格だった。賢治の妹トシも、高等女学校を首席で卒業し、東京の日本女子大学校に進学した。別の本で、トシが高女9のとき教師とのあいだのスキャンダルで騒がれていたことを読みましたが、このあたりも書き込まれていたらと残念に思いました。
 それにしても、この本では父親の目から見た息子・賢治の生活ぶりが淡々と描かれていて、父と子というのは、お互いに分かりあいにくい存在なのだと、つくづく思ったことでした。いえ、賢治の父は、賢治のために身を粉にしているのです。
 宮沢賢治を知るためには、妹トシとの関わりだけでなく、父親との関わりも見落とせないと思ったことでした。もう少し賢治の内面深くに立ち入ってほしいなと思ったところもありますが、父親という目新しい視点があって最後まで面白く読み通しました。
(2018年1月刊。1600円+税)

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2018年2月14日

心  愛さんへ


(霧山昴)
著者  寺脇 研 、 出版  ㈱ぎょうせい

 文部省(今は文科省)のキャリア官僚としてがんばった河野愛さんの追悼集です。20年前に発刊されたものを最近になって手に入れて読みましたので紹介します。キャリア官僚のハードな日常生活、そして彼らが毎日何をしているのか、その情景をまざまざと思い浮かべることができました。
愛さんは文化庁伝統文化課長として、太宰府の国立博物館の建立、小鹿田(おんだ)焼きの重文指定そして唐津くんち保存など、九州の文化保存にも大いに貢献していることを初めて知りました。
原爆ドームが平成7年6月、史跡に指定され、翌8年12月に厳島神社とともに世界遺産に登録された。これにも愛さんは関わっています。
 本省の課長職のときには、連日、10組、20組という訪問客に対応します。1組30分から長いと2時間の対応です。机の前は人でごったがえして、休む暇もない、同時に2組ということもある。夕方6時や7時には、のどはガラガラ。ときどきせきをすると、べっとり血のかたまりが出たりする。昼間とにかく聞いた話も、時間に追われてゆっくりとは聞いていないので、指示が不足していたり、軌道修正が必要なものが出て、夜に思い出して眠れなくなり、寝汗をびっしょりかいて、うなされて起きることもしばしば・・・。
こんな生活を愛さんは20年以上も続けたようです。たまりませんね。私も官僚を漠然と志向したこともありましたが、ならなくて良かったです。
愛さんはリクルート事件に直面します。文部省全体が巻き込まれました。愛さんは「不正に対して自分の生き方でたたかっていく」と書きしるしました。その正義感が許さなかったのです。
愛さんは、文部省労働組合の中央執行委員にもなっています。愛さんはカラオケでは「カスバの女」をうたいました。飲む場では盛り上がるのです。
愛さんは、仕事には厳しく、部下たちの手抜き仕事を見つけると、「このいい加減なやり方は許せない」とすさまじい形相で怒鳴り込んでいった。また、「仕事でしょ。いつから自分の好き嫌いで仕事を選ぶほど偉くなったの・・・」と叱りつけた。
そして、愛さんは「サロン・ド・愛」を主宰していました。キャリア官僚のほか、新聞記者、教授その他の10人前後がワイワイガヤガヤ・・・。昭和の終わりから平成にかけてのころのことです。
愛さんは40歳前後で働きざかり。こんな、「河野学校」とも呼ばれる場があり、後輩たちを引っぱっていました。そのなかに若き寺脇研氏がいて、前川喜平氏がいたのです。
「文部省も変わっていかなくてはいけない。従来の文部省のタイプの人間ばかり利用しているようではダメ。斬新な発想を文部行政に反映させていかなくては」と、愛さんは熱っぽく語っていたのでした。
私にとって、愛さんは東大駒場時代の同じ川崎セツルメントのセツラー仲間です。彼女のセツラーネームはアイちゃん。大柄で、明朗闊達、物怖じせず、いつもズケズケものを言うので、私たち男どもは恐れをなしていたものです。この本では東大では水泳部に所属していたと紹介されています。彼女は私と同じ年に東大に入学し、2年生の6月からは東大闘争に突入して一緒に試練をくぐり抜けたことになります。東大闘争たけなわの1968年9月、セツルメントの秋合宿に彼女も参加していることが写真で確認できます。私たちは、民主的なインテリとして社会に関わりながら、大学を出てからどう生きていくのかを真剣に議論していました。
アイちゃんは20年前に47歳で亡くなりました。お葬式には文部省の一課長なのに1500人もの参列者があったとのことです。それだけ人望があり、別れを惜しむ人が多かったというわけです。
今回、佐高信氏が「河野学校」の卒業生として前川喜平氏をFBで紹介したことから、アイちゃんの追悼集があることを知り、同じくキャリア官僚だった知人に頼んで入手して読みました。本文343頁の追悼集を全文読み通して、久々に学生時代のセツルメント合宿での熱い議論をまざまざと思い出しました。それにしても早すぎる死が惜しまれます。アイちゃん本人も残念なことだったと思います。
追悼集はよく編集されています。アイちゃんの生前の仕事上の活躍ぶりだけでなく、カラオケ、グルメを愛していた私生活も伝わってきて、アイちゃんの飾らない人柄がにじみ出ていました。本当に残念です。
(1998年2月刊。非売品)

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