弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2024年1月29日

ちいさな言葉

人間


(霧山昴)
著者 俵 万智 、 出版 岩波書店

 コトバを話しはじめた2歳ころから5歳ころまでの子どもの話が丹念にフォローされている、楽しい本です。
 本当に子どもって天才ですよね...。でも、それがたいていいつのまにか、フツーの大人になってしまうのです。もったいないことです。
 著者は大阪の生まれですが、高校は福井だったようです。今回の地震で、福井の人は大変だった(過去形ではありません)と思います。その福井弁に「こっぺ」というコトバがあるそうです。こっぺな子どもを「こっぺくさい」と言います。生意気、賢(さか)しら、おませ、かわいげのない感じをミックスしたコトバだそうです。
 私の育った地域の方言でいうと、「ひゅーなか」に少し似ているのかもしれません。
 朝起きて、パンツ一丁のまま遊んでいる我が子を見つけた著者が、「ズボン脱いじゃあダメでは」と言うと、「脱いでないよ、はじめからはいてないんだよ」と得意顔。分かりますよね、こんな生意気を言う子ども。憎たらしいけど、そこまで知恵がまわるようになったのかと安心もしますし...。
  5歳になったら、自分でゴハンを食べるというのが、母親と息子の約束であり目標だった。ところが、外はともかく、家で母親と二人きりになると、母親に食べさせてもらおうとする。キレた母親が、「なんでそんなに食べさせてもらうのがいいのよ。自分で食べたほうが、てっとり早いでは」と言うと...。 その返事は、なんと、「愛の気持ちを感じるから...」
 ええっ、こ、こんな答え、あるの...。腰が抜けましたよ、私は。5歳の男の子が母親に言うセリフなんでしょうか、これって...。信じられません。母親は、つい大いに納得して、食べさせてやったそうです。愛の力は畏(おそ)るべしか...。
 著者が取材でフランスはボルドーへ行き、ワインの作り手にインタビューしたときのこと。
 「ブドウは、手間や愛情をかければ、かけたぶんだけ、いい方向に伸びてくれます。でも、子どもはそうとは限りません」
 いやあ、すごいコトバです。そして、著者は、こう考えました。
 「手間や愛情のかけかたを間違えると、その逆になるよ」
 でも私は、50年になる弁護士生活を通して、手間や愛情を惜しみなくかけていて、間違えることは、まずないと確信しています。出し惜しみしていると、つまり手間も愛情もかけないでいると、たいてい間違ってしまうと考えています。ただし、ダメな親に代わる人が身近にいて、そちらでカバーされたら違うとも考えています。皆さん、いかがでしょうか。
 著者には大変失礼ながら、この本を読んで、つい笑ってしまった一節がありました。
 著者が27年ぶりに福井の高校の同窓会に出席したときの話です。
 「高校2年のときの失恋、あれがなかったら早稲田に行ってなかったかもしれないし、そうしたら自分は短歌を作っていなかったかもしれないなあ」
 ということは、著者を「振った」男性は、大ゲサに言えば、日本を救ったことになるわけです。いやはや、すごいことですよね。人生って、何が「吉」になるか分からないっていうことなんです。なので、一回きりの人生って、面白いのですよね...。
 この本は2010年に発行されたもので、そのもとは2006年から2009年まで発行されていた月刊誌などに書かれています。本棚の奥に眠っていた気になる本をひっぱり出して読みました。とても面白い本でした。息子さんは今どこで何をしているのでしょうか...。
(2010年4月刊。1500円+税)

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