弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

人間

2021年11月20日

こうして生まれた日本の歌


(霧山昴)
著者 伊藤 千尋 、 出版 新日本出版社

『心の歌よ』シリーズ第2作です。前回は21曲でしたが、今回は3倍近い57曲です。その分、1曲あたりの紹介文が短くなっていて、歌詞を思い出せない曲もありました。
福岡県大牟田市出身の荒木栄の歌も紹介されています。大牟田市の中心部に「九条の会おおむた」の事務所があり、そこには畳4枚分の大看板があって「平和への力、憲法九条」と訴えている(今はそこにはありません。事務所が移転しました)。
『がんばろう』は、筑豊の炭鉱の売店で働いていた森田ヤエ子の詞を荒木栄が作曲し、たちまち全国に広がった。
「沖縄を返せ」は、全司法福岡高裁支部(土肥昭三)が作詞し、荒木栄が編曲した。
荒木栄は1985年に亡くなったが、その碑は今も「米の山病院」の正面玄関前にある。
柳川市出身の北原白秋は、「からたちの花」を作詞した。柳川市には、鋭くて長い棘(とげ)のあるからたちの木が生け垣として、町のあちこちに植えられていた。
同じく北原白秋が作詞した「この道」は、北海道の風景を描いているが、同時に、幼いとき、母に手を引かれて歩いた玉名郡南関町の道も重なりあっている。うむむ、そうなんですか...。
サトーハチローは、少年のころは「神武以来の悪童」と呼ばれた悪ガキだった。落第3回、父(作家の佐藤紅緑)からの勘当は17回。山手線の内側にあるすべての警察署で捕まった。父の浮気癖にたまりかねて母親が家を出て、長男として父親のもとに残ったハチローは母を失った寂しさと父へのあてつけから不良になった。そのため、15歳のとき、小笠原諸島の父島へ追いやられて、そこの民家で4ヶ月のあいだ謹慎することになった。ここで、島の教会のポルトガル人宣教師の娘に恋をし、童話や詩集を熟読。島を出るとき、ノートが詩で埋まっていた。サトーハチローが一生のうちに書いた詩は2万1千編。そのうち3500編が母を慕う詩。これまた、すごいものですね...。
「ぞうれっしゃがやってきた」という歌もいいですね。戦争中、全国どこの動物園でも猛獣は殺せという命令がおりていたのに、名古屋の東山動物園では、4頭いた象のうち2頭を軍人もひそかに協力して生きのびさせることができた。いやあ、これってすごいことですよね。食糧難のなか、象のエサの確保は大変だったことでしょう。
そして、戦後、東京の子どもたちが象を見たいという。でも、2頭の象を離そうとすると、嫌がって暴れる。それなら、逆に東京の子どもたちを名古屋まで連れていこうということで、象を見る専用列車を仕立てた。1949年のこと。この列車で、6万人の子どもたちが東山動物園にやってきて、象を見た。この話が絵本となった。そして、それが合唱曲となって、大勢で歌うようになった。1986年の初演には定員850人の会場に1200人が集まった。うたが生きていた。2015年に名古屋で開かれた「日本のうたごえ祭典」では、2000人が舞台に上がって大合唱した。東山動物園の人たちは戦争の時代でも、あきらめず、仕方がないと思わず、守り抜いた。そのすごいことをみんなで歌うことで体感していく喜びがそこにあった。
著者が週刊「うたごえ新聞」に連載した記事をもとにした本です。私も、学生セツルメントの思い出を本(『星よ、おまえは知っているね』)にしたとき、この「うたごえ新聞」に紹介してもらったことを思い出しました
歌は、生きる力、明日への希望を心のうちに呼び起こす力をもっていることを実感させてくれる良書です。ぜひ、ご一読ください。
(2021年5月刊。税込1760円)

2021年11月13日

文体の舵をとれ


(霧山昴)
著者 アーシュラ・K・ルグウィン 、 出版 フィルムアート社

小説教室というのですから、モノカキを自称する私はすぐに飛びつきました。
なんと、この本の初版は1998年。そして、徹底的に書き直されているそうです。著者は3年前(2018年)に亡くなっています。
ともかく、まずは書いてみる。そして、1日か2日あけて、読み返す。すると、欠点と長所が見えてくる。
この本は、コトバのひびき、リズムを大切にすることを強調しています。なるほど、と思いました。
いい書き手は、いい読み手と同じく、心の耳をもっている。書き手は、ぜひ楽しく書いてほしい。遊ぶのだ。自分の書いた文章のひびきやリズムに耳を澄ませて、おもちゃの笛をもった子どものように戯(たわむ)れてみよう。自作は声に出して読んでみよう。
構文も簡単な短文ばかりで構成された文体は、単調でぶつ切れなので、いらいらさせる。
短文ばかりの文体のときには、会話のとき以上に、考えたうえで文章をつづる。
文体とは、つまりは、すべてリズム。アクションとプロセット(筋書き)しかない物語は、とてもお粗末な代物(しろもの)だ。プロットは、複数の出来事をふつう偶然という鎖でつなげて物語を紡(つむ)いでいく、ただの一手法にすぎない。
いつも似たような人ばかり書いてしまうときには、まったく別種の人物について書いてみるのが良い。ときに飛躍するのも大事だ。
神は細部に宿るというが、悪魔が細部に宿ることもある。詰め込みすぎの描写は、物語を行き詰まらせ、自分の首を絞めてしまう。いったん書いた文章を書き直すとき、出だしが削れるなら、削ったほうがいい。冗漫なところをすっきりさせると、かたちができあがっていく。
本の合評会に著者が参加するときは、沈黙するのが肝心。前もって説明や言い訳するのは、なし。そして、参加者のコメントとメモする。弁解はしない。最後にきちんとお礼を述べるのを忘れないこと。
自称モノカキの私にとっても実践的に大変役立つ本でした。
コロナ禍のせいか、相談も受任も減りましたので、事務所内の待ち時間で読みはじめました。私の読んでいない本、読めそうもない原書などがたくさん出てきています。
(2021年8月刊。税込2200円)

2021年11月 7日

ちひろダイアリー


(霧山昴)
著者 竹迫 祐子 ・ ちひろ美術館 、 出版 河出書房新社

東京のちひろ美術館には一度だけ行ったことがあります。コロナ禍がなければ、昨年は長野のちひろ美術館に出かけるはずでした。
コロナ禍がまだ完全終息しているとは言えないのに、政府はGoToトラベルに残る1兆円の予算を支出して再開するとのこと。まるで優先順位が間違っています。それより前に、PCR検査の充実、保健所の復活、そして「自宅療養」と称する入院拒絶の解消のほうが、よほど優先順位として政府は取り組むべきものです。
それはともかくとして、55歳で病死してしまった、いわさきちひろの生涯を豊富な写真とちひろの描いた絵で紹介している、心あたたまる本です。
何度と見ても、どんなに繰り返し見ても眺めても、ちひろの絵って、不思議なほど心が癒されますよね...。
子どもは、全部が未来だし...。
ちひろの実際の人生は、少しもふわふわ甘い人生ではなかった。あの溶けだしそうなパステルカラーの水彩画の世界は、ちひろのこの世にないものへの祈りであり、こうあってほしいものへの希望だった(上野千鶴子)。
ちひろは、幼いころから絵を見るのも書くのも大好きな女の子だった。
どこに行っても物おじしない子どもだった。
小学校入学記念のときのハカマを着たちひろの写真があります。いかにも知的で、精神(意思)力の強そうな子どもです。圧倒されます。
2人の妹のいる長女だったのですね。ハイカラな洋服を着た三姉妹の写真がありますが、きっとしっかり者のお姉ちゃんだったことでしょう。
戦前に結婚し、それに失敗して、ちひろは戦後、もう結婚なんて絶対しない。絵と結婚したと宣言...。ところが、ついに、年下の男性を愛するようになったのです。
30年来、私は、こんなに人を愛したことはないもの...。人は変わるものなんですよね。
ちひろは31歳、8歳も年下の松本善明23歳と結婚しました。まだ弁護士になる前だったでしょう。
神田のブリキ屋さんの2階の部屋は、千円の大金で花をいっぱい買って、結婚式。ぶどう酒1本とワイングラス2つだけ。二人だけの結婚式。
この情景を上條恒彦が歌っています。いい歌です。
そして、一人息子(猛)が生まれ、3人家族となりました。
ちひろの描いた絵のなかには、いつも自分の子(猛)を入れていた。うむむ、すごいですね。母の愛は、ここまで貫くのですね...。
ちひろの夫・松本善明は弁護士で、私が上京した1967年に衆議院議員になりました。中選挙区制でしたので、共産党の国会議員として連続当選を重ねました。その夫をちひろは支えました...。
いやあ、何度みても、いつ見てもちひろの絵っていいですよね。子どもたちのかわいらしいしぐさのひとつにハッとさせられます。
大人というものは、どんなに苦労が多くても、自分のほうから人を愛していける人間になることなんだと思う。うむむ、そ、そうなんでしょうか...。考え直させられます。
こんな才能あふれていた女性が55歳で亡くなるなんて、本当に残念でした。一刻も早く安曇野のちひろ美術館に行ってみたいです...。
(2021年7月刊。税込2145円)

2021年10月31日

輝け!キネマ


(霧山昴)
著者 西村 雄一郎 、 出版 ちくま文庫

著者は佐賀出身で、今も佐賀大学で映画論を教えているようです。私たち団塊世代のすぐ下ですから、映画館全盛時代も味わっているはずです。
私の子どものころの映画館では、鞍馬天狗の嵐寛寿郎が馬を走らせて満員盛況の観客が総立ちとなり、一斉に拍手し、声援を天狗に送るのです。スクリーンの向こう側(といっても布一枚でしかありませんが...)と観客席が一体となって、興奮のるつぼに浸っていました。無事に悪漢たちから助け出すと、満足、満足、大満足の気分に浸って映画館をあとにしました。
『七人の侍』は、なんといってもピカイチの日本映画ですよね。あの雨中のなかの戦闘シーンといい、最後の平和な農村の田植え光景といい、一見すると、馬鹿で非力の農民たちが、実はたくましく生きのびる力を持っているなんて、いやはや、歴史を見る目を一変させますよね...。世界的にも評価が高い映画だというのは当然だと私も思います。
著者は、小津と原節子、溝口と田中絹代、木下と高峰秀子、そして黒澤と三船敏郎の関係を論じています。
小津安二郎と原節子は男と女の恋愛関係、しかし、忍ぶ恋のようなプラトニックな愛。溝口健二と田中絹代は溝口の片思いに終わった。木下恵介と高峰秀子は、お互いが引き寄せられた。黒澤明と三船敏郎は、男と男の関係で、反発しあいながらのものだった。
女優を美しく魅力的に撮るには、そこに尋常ならざる愛情・信頼関係が介在していたからにちがいない。
溝口健二は、役者の演技に対して、ただ「違います」としか言わない。何度やっても「違う」を繰り返すので、役者が切れると、溝口はこう言った。
「あなたは役者でしょ?それで給料をもらっているんでしょ?自分で考えなさい」
いやあ、こ、これは困りますよね...。役者は、一体どうしたらいいのでしょうか...。
でも、そう言われると役者は自分の頭で考えるしかありません。じっくり、人物の人となりを理解したうえで演じるしかない。そうすると、自然に役者としての腕前は上がってくる。うむむ、なるほど、そういうものなんでしょうね...。
高峰秀子は、どこか冷めていて、女優で食っているのに、どこかその女優という職業を軽蔑し、クールに見つめていたのではなかったか...。
木下恵介は『二十四の瞳』、『喜びも悲しみも幾歳月』を撮り、リリシズムあふれる叙情派の監督と思われがちだが、実はまったく正反対のリアリストだ。
逆に、黒澤明のほうが涙もろい、センチメンタリストだ。
木下恵介は、「女って面白いよね。自分でも意識してないで、非常に複雑なものを持っているでしょ。男だったら、腹の中なんて、たかが知れている」と言った。そして、黒澤明の「男って、みんな単純でしょ。バカじゃないかと思うくらい単純」だと評した。
ところが、黒澤明には、この単純さ、シンプルさがあったおかげで、国際的に受け入れられた。それに対して、木下恵介のほうは、外国人には分かりにくくて、日本の評価は高くても国際的には評価されなかった。うむむ、なーるほど、ですね...。
1998年9月6日、黒澤明が亡くなり、その葬儀の参列者は3万5千人。同年12月30日、木下恵介が86歳で亡くなり、翌1月8日の葬儀の参列者は600人。いやあ、こんなにも違うものなんですね...。
黒澤明は、世界のクロサワです。フランスでもロシアでも...。そんなことも知りました。映画愛好家の私には、たまらない文庫本でした。
(2021年6月刊。税込880円)

2021年10月25日

トキワ荘マンガミュージアム


(霧山昴)
著者 コロナ・ブックス 、 出版 平凡社

団塊世代の私にとって、小学生のころ、「少年サンデー」と「少年マガジン」がはじまりました。小学校の正門前の医者の息子が同じクラスでしたので、彼の家に立ち寄って読ませてもらっていました。わが家では買ってもらえなかったのです。経済的な問題と、マンガなんて...という教育的な観点の両方が理由だったように思います。
この本によると、創刊時は、マンガのページは全体の3分の1ほどしかなくて、読み物主体の雑誌だったそうです。これには驚きました。それがマンガ主体の雑誌になったのは、このトキワ荘のマンガ家たちが活躍するようになってからだそうです。
では、トキワ荘グループとは、誰なのか...。
いやはや驚きますね。日本のマンガの初期の代表者のオンパレードなんです。
手塚治虫、青田ヒロオ、藤子不二雄(ⒶとⒷ)、赤塚不二夫、石ノ森章太郎、そして女性では水野英子など...。いやあ、驚いてしまいます。もちろん、みんな若い。10代から20代で、みんな独身ばかり...。そして、周辺に、つのだじろう、つげ義春、ちばてつやもいます。
トキワ荘は、トイレも台所も共用。そして風呂はなく、近くの銭湯へ連れだっていく。
お金が入れば、みんなこぞって近くの映画館へ出かける。休日には野球チームをつくって試合することもあった。ラーメンを食べるのが、ごちそうという生活。徹夜仕事なんてあたりまえ。人手不足はお互いに助けあって埋める。
トキワ荘には電話がなく、近くに公衆電話ボックスがあった。出版社からは電報が届いた。
私も楽しみに読んでいた「おそ松くん」、「オバケのQ太郎」は、いずれも赤塚、藤子がトキワ荘から出たあとに大ヒットしたもの。
マンガを描くのにアシスタント制はなかった。ひとりで描いていた。
ところが、手塚治虫がストーリーを考え、ネームをきり、下書きを描き、人物は自分でペン入れするが、ベタやアミ、背景や小道具などはアシスタントがするシステムを発明した。これでマンガを量産できるようになったのです。
石ノ森章太郎は、マンガの天才だったようです。なるほど、と思いました。
トキワ荘の住人だった一人(山内ジョージ)は、他人と同じことをやっていては、この世界では生き残れないことをトキワ荘で学んだ、と語っています。いやあ、本当にそうなんだろうと門外漢の私も思います。なので、この人はマンガではナンバーワンになれそうもないから、イラストの世界でオンリーワンを目ざしているとのこと。賢明ですね...。
本物のトキワ荘は解体されて消滅しましたが、跡地の近くに「トキワ荘」が再現されてミュージアムになっています。私もぜひぜひ行ってみたいと思います。コロナ禍によって、もう東京には1年半以上も行っていません。もう少し状況が落ち着いて上京したら、行ってみたいところの一つです。
(2021年5月刊。税込2200円)

2021年10月24日

読む、打つ、書く


(霧山昴)
著者 三中 信宏 、 出版 東京大学出版会

いつまでも、そこに本があると思うな。これは著者の座右の銘だ。
たしかにそうなんです。「読者という一期一会」という見出しがついていますが、一瞬の迷いで、目の前にある本を買わなかったとしたら、あとでとても残念な思いをすることがあります。なぜなら、新刊本が店頭に並ぶのは、いわば一瞬でしかないからです。なので、私は、カバンの重たさとだけ相談して、まずは買うようにしています。そして、新聞の書評などを読んで面白そうだと思ったら、ともかく注文します。逆にいうと、全集の類には手を出しません。
著者の掲げる、研究者としての心得5ヶ条。①根拠のない自信をもつ、②限りなく楽観的である、③好奇心アンテナが広い、④孤独な天動説主義者、⑤偶然を受け入れる構えをもつ。
私には、②、③、⑤は異議ありませんが、①と④は自信がありません。
著者は複数言語への目配りを怠らないように気をつけているとのこと。私も、恥ずかしながらフランス語だけは続けています(英語はダメなのですが...)。
薄切りにされた断片的情報だけに目を奪われると、それらをつなぎ合わせる体系的知識を求める動機づけが希薄になる。
著者の読書は1時間で100~150頁というのが基本ペース。ともかく、一定の速度でページをめくる。この定速は低速ではない。そして、著者は、①本に書き込む(マルジナリア)、②メモ書き、③付箋紙を貼りつける。私も①と③は必須です。②は、たまにするだけです。
著者は目次をしっかり読むとのこと。私は、それはしていません。
著者は、文献リスト、事項索引、人名索引を必ずつけるようにしている。これは自分のため。私は、そこまで出来ていません。
著者の読書は紙の本を基本とする。私は、紙の本しか読みません。電子書籍なんて、まっぴらご免こうむります。
日本では、「理系の本」を書評する人が圧倒的に少ない。それで、東大農学部出身という理系の著者は活躍が求められるわけです。
息を吸うそばから吐くように、本を読めば書評を打つ。
私の場合、書評を書く目的は2つあります。一つは、安心して忘れることができるようにするため。もう一つは、他人の文体を取り入れて自分の文章修行にするため。
世の中には、いろんな面白い本があることを世の中に知ってもらうのが書評家(者)のつとめ。まったく同感です。
著者にとっての書評とは、書くのも読むのも「自分ファースト」。著者にとって、書評は、自分のためにあるものなので、気になる本や面白い本は、とりあえず書評を書く。
私も同じです。年間500冊(コロナ禍で外出しない今年は400冊にたどり着けるのか、心配しています...)の単行本を読み、そのうちの365冊をこのコーナーで紹介するというのを、もう20年近く続けてきました。それは、なにより自分のための作業なので、続けてこれたのです。
本に囲まれているかぎり、心安らかな日々を過ごせる。これは著者のコトバですが、私もまったく同じ気分です。本を買っても、すぐに読む必要はない。あれば、そのうち読むチャンスが来る。
1冊の本をまるごと書くことによって、最大の利益を得るのは著者にほかならない。まったく、そのとおりです。
1冊の本を書くことで、いま現在の時空平面を超えて、過去から未来への軸にそった視座を示すことができる。
本をたくさん書くためには、①時間を確保する、②計画を厳守する、③弁解無用。この3つをスローガンとして、実行しなくてはいけない。うむむ、そうなんですか...。
文章を書くときには、完璧でなくても、とにかく書きすすめることが大切。たくさん書くためには、拙速主義を第一とする。毎日、少しずつでも書き続けたら、まちがいなく幸せになれる。これは、私も実践しています。
本を1冊書きあげるには、知力、忍耐力、そして決断力が必要。まずは、とにかく四の五の言わずに書きまくれ。これまた、ぴったり私の胸にきました。
ちょうど私より10歳だけ年下の著者の指摘には同感・共感するばかりでした。
(2021年6月刊。税込3080円)

2021年10月22日

かこさとしの手作り紙芝居と私


(霧山昴)
著者 長野 ヒデ子 、 出版 石風社

かこさとしは、私より20年も年長ですが、川崎セツルメントの大先輩です(したがって、残念ながら、まったく面識はありません)。
東大工学部を1948年(私の生まれた年です)に卒業して化学会社(昭和電工だったと思います)に入社し、工学博士もとった技術者なのですが、なぜか川崎セツルメントに入って、子ども会で活動するようになります。大学生時代はセツルメントではなく、演劇研究会に入っていたそうです。
セツルメント子ども会では、子どもたちに自作の紙芝居を演じて、大人気を買います。
1949年につくった紙芝居は『わっしょい、わっしょい、ぶんぶんぶん』。この紙芝居はなんと、掛図式になっていて、長い棒の両端をセツラーが舞台でかついで、それを加古さんがめくりながら語るというもの。これで子どもたちに受けないわけがありません。
そして、この絵の中に、『からすのパンやさん』のカラスたちも登場していたのです。
かこさとしの絵は、いわゆる「ヘタウマ」というのでしょうか。登場する人物は、どれも整った美しさというより、そこらによくいる、おっさんとガキたちという親しみあふれる表情をしています。
加古里子は男性です(本名は中島哲)。2018年5月2日に、92歳で亡くなりました。
私が子どもたちに読んできかせた話の一番のお気に入りは、なんといっても、『どろぼうがっこう』です。そこに登場する校長先生は「熊坂長範」という福井生まれの大泥棒がモデル(かこさとしも福井出身)。もし、この『どろぼうがっこう』を我が子に読んできかせていないというのでしたら、今すぐ注文して読んでみてください。そして、子どもに読み聞かせしてみてください。からすのパン屋さんシリーズもいいですよ。
そして、『かわ』という、科学絵本もいいです。実に正確に事実を語りながら、子どもの心情と視点と、好奇心を失わせず、とても理解しやすいように、楽しく、わかりやすく、語り、描いている。本当に、そのとおりです。安心して子どもたちに絵を示しながら、読み聞かせすることができます。
70頁ほどの小冊子ですが、私にとっては、なつかしいセツルメントと、かこさとしの絵本のすばらしさを紹介してくれる本なので、すぐに手に入れて読み終えました。ありがとうございました。
(2021年9月刊。税込880円)

2021年10月19日

「数学をする」って、どういうこと?


(霧山昴)
著者 小山 信也 、 出版 技術評論社

東大の理学部数学科を卒業した数学者による中学生・高校生向けの「やさしい」数学の本です。といっても、実は、最後まで、さっぱり分かりませんでした。分かったことは、うひゃあ、こんなことを数学者は議論しているのか...、という、テーマの設定くらいです。
末尾に、数学専攻の大学では、卒論がないそうです。大学4年生に、新しい数学の定理の発見とか証明をするのは難しいからだそうです。教授が学生に手とり足とり教えて書いたような学生の論文なんて価値がない。数学の世界ではオリジナルなアイデアが必須であり、大学生のうちは無理に論文を書くより、じっくりと基礎を固めたほうが、あとになって大きく花開くと期待されている。短期間に無理に成果をあげることも推奨されない。なーるほど、ですね。
若いうちから、研究者個人の着想が重視される世界で、それが数学の世界だ。
そんな数学者の世界が著者にとっては、すごく居心地のいいところのようです。
では、数学とは、どんな学問なのか...。数学は、人が無意識に抱いている数や図形に対する感覚を、論理的に、正しく考えなおす学問である。たとえば、鏡(かがみ)。左右が反対になるのに、上下が反対にならないのは、なぜなのか...。著者は、言葉の定義をはっきりさせると解決するといいます。
「反対になる」というのは、ベクトルが逆向きになること。鏡で反対になるのは「前後」。左と右の定義が問題。左と右とは、上と前という2つの向きが決められたとき、それを使って相対的に定義される。鏡によって「前後」が逆になったことに連動して「左右」も自動的に反対になった。「上下」の定義は、「前後」と独立であるため、「前後」が反対になった影響は受けない。
うむむ...、なんだか分かったような...。こんな気持ちは分かりますよね...。
学校は基礎を学ぶところだから、あらかじめ正解が準備されていて、そのとおりに解く練習を積む。でも、これは数学という学問のごく一部。数学でもっとも重要なことは、定理を発見して証明すること。証明された事実を定理といい、証明される前の命題を予想という。証明できていない命題は、証明されてはじめて定理と呼ばれる。その前は、予想という。すぐれた数学者とは、難しい問題を解ける人ではなく、よい問題を産み出せる人をいう。
数学は人類の無限への挑戦である。数学の定理を証明するとき、人は無限を相手にしなければならない。数学の歴史は、先入観とのたたかいの歴史だと言ってよい。無限に繰り返されるからといって、合計が無限大になるのではない。
時間を0に近づけた極限値をとったものを「瞬間の速さ」という。これは瞬間の速さは0ではないということ。
数学では予想が重要。数学で重要なのは。計算結果よりも、そこに至る過程の考え方。つまり、数学は、人の感性が重要な学問なのだ。自由な発想があれば、可能性は無限に開けている。数学でもっとも大切なことは、「できる」と思って取り組むこと。
数学の定理も、人間関係のなかで生まれる。数学も人間の営みだ。
私が驚いたのは、無限大にも大小があるという話。無限の大きさに種類があるということが、リーマン予想の研究の基本にある。素数は無数に存在する。これがユークリッドの定理。
数学者は、真実は前からそこに存在していたが、人間が理解できていなかっただけだと感じている。そして人間の努力でそれが見えるようになったので、発明ではなく、発見という感覚を有している。
この本には、もちろん数学の本ですからたくさんの数式が並んでいます。私にはさっぱり理解できない世界です。それでも、数学者の世界の一端を少しのぞいてみた気分になる本です。私も、高校3年生までは理系のクラスにいて微分・積分も勉強していました(数Ⅲの世界)が、今では、残念ながらはるか遠い彼方の世界になってしまいました。
(2021年5月刊。税込2200円)

2021年10月12日

妻を帽子とまちがえた男


(霧山昴)
著者 オリヴァー・サックス 、 出版 早川書房

人間とは、いかなる存在なのか、この本を読んで改めて考えさせられました。
大統領の演説を聞いていた失語症患者の病棟で、どっと笑い声が起きた...。失語症の患者は知能が高く、自然に話しかけられたら言われたことの大半は理解している。
失語症患者は言葉を理解できないので、言葉でだまされることはない。しかし、理解できることは確実に把握する。言葉の表情をつかむのだ。言葉の表情を感じとる。なので、嘘をついても見やぶってしまう。人間の声のあらゆる表情、すなわち調子、リズム、拍子、音楽性、微妙な抑揚、音調の変化、イントネーションを聞き分ける。なので、大統領の演説がけばけばしく、グロテスクで、饒舌(じょうぜつ)やいかさま、不誠実なことを見抜き、大統領の演説を笑った。
同じく、音感失認症の女性も大統領の演説に感動できなかった。説得力がない。文章がだめ。言葉づかいも不適当だし、頭がおかしいか、何か隠しごとがある...。
「健常者」は、心のどこかに騙されたいという気持ちがあるため、見事にだまされたが、失語症や音感失認症の人にはそれがなく、笑ってしまったり、感動させることができなかった。
いやあ、アベやスガの話を聞いてもらいたいですね。そして、その反応を知りたいものです。
固有感覚というものがあるそうです。初めて知りました。
からだの感覚は、三つのもので成り立っている。視覚、平衡器官そして固有感覚。通常は、この三つすべては協調して機能している。固有感覚というのは、からだのなかの目みたいなもので、からだが自分を見つめる道具。固有感覚を喪失すると、からだは感じられる実体ではなくなり、本人にとっては「失われて」しまう。たとえば、からだを動かすときには、まずからだの各部分をしっかりと見つめて、どうなっているのか目でたしかめなければならなかった。
この本は1985年に出版されたものです。それでも決して内容が古くなってしまった、今では通用しないというものではありません。いわば良き古典ですね...。
(2019年7月刊。税込968円)

2021年10月 7日

たのしい知識


(霧山昴)
著者 髙橋 源一郎 、 出版 朝日新書

著者は19歳のころ、東京拘置所にいました。その7ヶ月間、ひたすら1日12時間、本を読むのに没頭したそうです。
なんで、19歳で拘置所にいたのか...。全共闘の過激派として暴れまわっていたからです。ですから、私とは対立する関係になります(もっとも、世代が少し違います。私のほうが3歳だけ年長です)。そして、20代の著者はずっと肉体労働に従事していました。これも私とは違います。私は家具運びのアルバイト以外に肉体労働をしたことはありません。
そして、著者は30歳になって、突然、本を読みたいという気持ちになり、それ以来、ずっとずっと一日も欠かさず本を読んでいます。この点は同じですが、私のほうは、大学に入って駒場寮で読書会に参加し、さらにセツルメント・サークルに入ってから、猛烈に本を読みはじめ、今に至っています。ですから、読みの深さはともかくとして、読書習慣のほうは、いささか私のほうが早く、そして長いのです。
次に、著者は大学の教員となり、学生に14年間教え、学生たちに教えられたとのこと。ここが、私とは決定的に違います。教えることは、教えられること。それは真理だと私も考えています。この人生経験の違いは、実は大きいのではないか...、と考えています。私にも50年近い弁護士生活はあるのですが...。
コロナ禍の下、毎日毎日、大変です。でも、毎日、すさまじい量の情報を前に、実は、その大半を私たちは忘れている。必要のないものを捨て、必要だと判断したものだけを記憶して、私たちは生きている。いつも、人間は、そうだった。本当、そのとおりだと思います。でも、忘れることができるからこそ、ストレスをほどほどに抑えて、長生きすることも可能になるのです。
コロナ禍の下、多くの人たちと同じように、暮し方を変えざるをえなくなった。
コロナ禍が終わって、早く元に戻ればいいっていうけど、本当に元に戻ったとして、かつては本当に充実していたのか...。いやあ、そ、それは難しい問いかけですよね。
知識が必要だ。誰でも、そう思う。けれど、本当に、心の内側からあふれるようなものなのか、そう思わなければ、どんな知識も、ただ紙に印刷された文字の連なりにすぎない。
23歳で刑務所の中で自殺した金子文子。その父親は刑事。父は文子を戸籍にも入れなかった。そして、娘を捨てた。いやあ、ひどい親が昔も今もいるものですね...。
「たのしい知識」というタイトルは、本当なんでしょうか...と、問い返したくはなります。私は、昔は私と正反対の全共闘の活動家だった著者を今では心から尊敬しているのです。著者の人生相談の深みのある回答には、いつもいつも感動し、しびれています。
この本も、大変勉強になりました。ありがとうございました。
(2020年11月刊。税込979円)

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