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繁栄からこぼれ落ちたもうひとつのアメリカ

カテゴリー:アメリカ

著者  デール・マハリッジ 、 出版  ダイヤモンド社
アメリカ労働省によると、最近、創出された仕事の8割が低報酬の仕事だ。5割は年収2万2000ドル以下(220万円以下)、3割は2万2000ドルから3万1000ドルだ。
 ウォール街の大手投資銀行のトレーダーのボーナス平均額は34万ドル。シニア・トレーダーの平均年酬額は93万ドル。ヘッジファンド社の社長は40億ドルの報酬をもらった。支払った連邦税は15%。これは中間所得層の税率の半分でしかない。 富める者は税は低く、貧しい者は税は高い。
 レバレッジド・バイアウトで会社が買収され、金融機関は大もうけする。会社は負債を抱え、競争に耐えきれなくなる。金融機関の社員は高級別荘地ハンプトンズで贅を尽くし、カリブ海で豪華なヨット遊びに興じる。何千人もの労働者の人生を台無しにして手に入れたカネを使って・・・。
 ゴールドマン・サックスは社員から武器携帯許可の申し込みが増えている。人々の怒りを恐れているのだ。
 アメリカ人、9160万人は国の定める貧困レベル(4人家族で年収2万1834ドル)を200%も下回っている。
 貧困がもっとも速いスピードで増え続けているのは、郊外だ。2000年から2008年のあいだ、貧困層に落ちた人は250万人いる。2010年の納税申告日、アメリカ人の47%は課税対象にすらなっていなかった。
 ティーパーティーと極右派が反対したのは、国民健康保険や産業規制など、リチャード・ニクソンでさえ強く支持したような、労働者や国民を守る中庸的な政策だ。
 USスチールの製鉄所が閉鎖されると、その町は、あまりにも失業率が高いせいで、町は暴力にむしばまれ、緊張感に包まれた。殺人と放火の件数は最高記録を更新した。地元の景気が悪化するなかで、放火事件が相次いだ。火事は夜に起きる。子どもたちは火事を怖がり、親の寝室の床に寝る。
強者に甘く、弱者に冷たい、これが格差社会アメリカの現実。
 著者は、なんと1980年から30年にわたってアメリカ各地を体当たり取材して、この本を作ったのです。紹介されているアメリカの寒々とした光景は背筋を凍らせます。そして、この著者は、先に紹介しました『日本兵を殺した父』(原書房)の著者でもあります。
 今なおアメリカを無条件に賛美する日本人が少なくないなかで、日本がこんなアメリカのようになってはいけないと実感させてくれる本です。
(2013年9月刊。 2400円+税)

池上彰の憲法入門

カテゴリー:司法

著者  池上 彰 、 出版  ちくまプリマ-新書
テレビ解説者として高名な著者による分かりやすい憲法入門書です。
 さすがに、大切なことが、実に明快に語られています。
 憲法は「法律の親玉」のようなものだが、法律とは違う。
 法律は国ひとり一人が守るべきもの。憲法は、その国の権力者が守るべきもの。
 法律は、世の中の秩序を維持するために、国民が守らなければならないもの。
 憲法は、権力者が勝手なことをしないように、国民がその力をしばるもの。
 明治憲法の制定過程で伊藤博文は次のように述べた。
 「憲法を創設する精神は.第一に君権(天皇の権利)を制限し、第二に臣民(天皇の下の国民)の権利を保護することにある」
 日本国憲法の草案はアメリカ(GHQ)がつくったが、その内容の多くは日本の学者グループの改革案を参考にした。誰が草案をつくったにせよ、その内容は当時の多くの日本人から歓迎された。
 「アメリカからの押しつけ憲法」とよく言われるが、実質的には日本の学者たちの改正案がベースになっていること、日米間で激しい議論がなされて日本側の意見が認められた部分があり、国会審議のなかで内容の変更があり、日本国民の代表である国会議員によって承認された。だから必ずしも「押しつけ憲法」とは言えない。
 私自身は、「押しつけ」であっても、内容が良ければ変える必要なんてないという考えです。
 憲法で「戦争放棄」を定めている国はいくつもある。しかし、戦力の放棄まで明記しているのは、中米のコスタリカと日本くらいのもの。
教育を受け就職し、働いて税金を納め、国家が運営される。この構造があるため、この三つは日本国民の義務とされている。
 イラクにいた日本の自衛隊は、二重の危険にさらされていた。武力勢力から攻撃される危険と、日本の国際的信用を失墜させる危険である。自衛隊を「軍隊ではない」と言い続ける一方で、国際貢献しなければと考えたあげく、こんな状態になってしまった。自衛隊は、サマワでは、オランダ軍に守ってもらう形になっていた。
 大切なことが、優しい語り口で明らかにされているハンディーな文庫です。
(2013年10月刊。840円+税)

アサギマダラはなぜ海を渡るのか?

カテゴリー:生物

著者  栗田 昌裕 、 出版  PHP研究所
チョウの楽しい話です。著者は生物学者ではない、東大医学部を出たお医者さんです。
 日本全国だけではありません。海外にまでチョウを追い求めて出かけていきます。
 でも、謎の蝶、アサギマダラの行動範囲と行動力は、そんな著者をはるかに上回るのです。これまた信じられません。
 なにしろ、春と秋に1000キロから2000キロもの旅をするというのです。それも、わずか0.5グラムほどの軽い蝶が、ですよ。海を渡ってはるばる南の島から日本にやって来たり、南の島へ飛んでいくのです・・・。
 著者は、そんなアサギマダラになんと13万頭もマーキングしたといいます。これまた驚嘆するほかありません。
 2000キロの旅をする蝶ということですが、2日間で740キロもの海上移動することがあるのです。信じられません。強いジェット気流にでも乗るのでしょうかね。それにしても、チョウの羽って、そんなに丈夫なのでしょうか・・・。
 アサギマダラの寿命は、通常は羽化(うか)してから、およそ数ヶ月。アサギマダラの食べる花には、ピロリジジンアルカロイドと呼ばれる物質(PA物質)が含まれている。これは、オスが成熟するのに必要。オスがメスを惹きつけるフェロモンは、このPA物質からつくられる。アサギマタギラは匂いに超敏感。
 アサギマタギラには24の飛翔パターンがある。すごいですよね。よくぞ、これほどパターンを細分化して認識できたものです。観察眼の鋭さが伝わってきます。
 アサギマダラは、1万年のうちに「海を渡る」ことに適応した。陸地から海に沈んで分断されたことから、必然的に海を渡るようになったということです。そうすると、すごい年月をかけて海を渡るようになったというわけです。
アサギマダラのオスは自分でフェロモンを作れないのでPA物質をふくむ植物を求めて旅を求め続けている。また、移動すると、寄生虫から逃れることができるし、移動することによって、各地の個体の遺伝子がミックスされるチャンスが生まれ、集団としての均一性が保てるという利点がある。
 アサギマダラ集団は、心をもった雲が移動しているようなもの。
 アサギマダラは、小さな「虫けら」ではなく、ヒトと同じく未来を模索して進化を続ける「心を持った生命体」に他ならない。
 アサギマダラの謎を足で解明した画期的な本です。
(2013年9月刊。1500円+税)

藤沢周平伝

カテゴリー:社会

著者  笹沢 信 、 出版  白水社
山形新聞社で文化欄を長く担当していた著者が藤沢周平を語った本です。読んでいて、とっても心が温まってくる本でした。藤沢周平の本は、それなりに読んでいたつもりでしたが、いやいや、ほんの序の口でしかなかったことを痛感させられました。
私は40年前の司法修習生のころ、いま仙台で活動している同期の庄司捷彦弁護士のすすめで山本周五郎の小説を読みふけっていました。
藤沢周平は、弁護士になってまもなくから読みはじめたと思います。とりわけ山田洋次監督の映画、「たそがれ清兵衛」などを見て、ますます読みすすめていきました。
 藤沢周平の小説の最大の特徴は情景描写がこまやかで、何の抵抗もなく、すっと小説に描かれた場面に入っていけることにあると思います。
 周平は、教員生活をしていた23歳のとき、肺結核が見つかり、29歳まで6年あまり東京で闘病生活を余儀なくされました。このときの挫折感が、社会と自然に対する観察眼を深め、想像力とあわせて書く力をつけたのでしょうね。若い20歳台のときの6年間というのは、恐らく永遠に感じられるほど長かったと思います。
 東京の療養所で、周平は失語症にかかったといいます。東北弁でしか話せず、東京弁ではなおさら話せなかったのです。ただ、そこで俳句、ギター、囲碁、花札を覚えたとのこと。
療養所は周平にとって、一種の大学だった。
 そして、退院したあと、周平は業界新聞の記者として働くようになりました。
 やがて、短編小説コンクールに応募するようになったのです。やはり、満たされない思いがあったのでしょうね。
 周平は、作家になったあと、友人(同級生)である共産党の候補者の応援演説までしています。世捨て人ではなかったのです。
 周平は「君が代」について、次のように書かれている。
 「私は『君が代』をうたいながら、誰かにだまされていたのだという気が抜けない」
 周平の仕事部屋は、とてもつましいものだったようです。自宅とは別にマンションの一室を借りるという作家もいますが、そういうことはしていません。
 夜11時に寝て、規則正しい生活をしながら、執筆活動に没頭したようです。
周平は慢性肝炎、自律神経失調症、閉所恐怖症だった。だから、地下鉄に乗れなかった。バス・電車も苦手だった。ところが、タクシーやエレベーターは平気だった。
 自宅を出て、電車に乗って都心に出かけるのは月3、4回。このときには家族が同行した。
 そんな身体の持ち主だからこそ、作品の登場人物に気のやさしい人が多いのでしょうか。もう一度、藤沢周平の本を読んでみようという気になりました。ありがとうございます。いい本でした。
(2013年10月刊。3000円+税)

もう日は暮れた

カテゴリー:日本史(戦後)

著者  西村 望 、 出版  徳間文庫
1930年10月、台湾中部の山岳地帯の霧社で発生した事件を忠実にたどった小説です。
 小説ですので、登場人物の名前は史実とは異なりますが、事件の背景、事件の推移については史実のとおりです。
 霧社は台湾中部の中央部にそびえる、能高山脈の山麓にある台湾原住民・高山族の村である。高山族は、終戦直後まで、高砂族と呼ばれていた。そして、霧社は、高砂族のなかの一部族である、アタヤル族の村である。アタヤル族は高山族のなかでも剽悍(ひょうかん)をもって知られ、首狩りの習慣を持っていた。事件当時、3万人余の人口を有し、高砂族のなかでは最大の部族だった。
 日清戦争で清朝から台湾を割譲された日本は、植民地経営を平穏に行うためには、アタヤル族をはじめとする山岳民族の慰撫懐柔が不可欠と考えた。これを理蕃(りばん)と読んだ。この施策実行の先兵となったのが警察だった。理蕃事業の成否は、配置された警察官の人柄や気質に大きく左右された。
 霧社は、理蕃のなかで、もっとも成功した場所のひとつとして知られていた。
 そんな霧社で、盛大な運動会の当日、集まっていた日本人のほとんど全員(134人)が皆殺しの憂目にあったのでした。
 日本人による植民地経営の苛烈さを知ることのできる本でもあります。現地の風習の違いは、次のようなところにも見られます。
 蕃社では、死者は埋葬するが、外には埋めない。みんな屋内に埋めてしまい、その場所は聖なる一隅として、いっさい使わない。死者はオットフとなってそこに坐っていると信じられている。
霧社事件の起きる前の状況、殺戮の様子、そして日本軍の鎮圧作戦の推移を小説として知ることのできる貴重な文庫本です。
 でも、史実に即していますので、重たい気分で読み進めました。少し骨が折れるものではありました。
(1989年10月刊。520円+税)

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