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ルポ・罪と更生

カテゴリー:司法

著者  西日本新聞 社会部 、 出版  法律文化社
 高齢者がスーパーで1000円ほどの万引きをしたという国選弁護事件をよく担当します。
 初犯なら、もちろん執行猶予ですが、何回もやっている人が多くて、かなりの確率で実刑となり、刑務行きとなります。
 犯行額1000円で、国選弁護料が6~8万円、刑務所に1年間入ったら一人につき300万円ほどかかります。むなしさを実感させられることの多いケースです。生活が苦しければ生活保護、心のケアが必要なら、それ相応の施設に入ってもらうようにしないと、この社会のシステムとしてはうまくないように思います。
 刑務所が「姥捨山(うばすてやま)」のようになっている。
 2012年に収監された受刑者2万5千人のうち、60歳以上が4千人をこす。全体の16%。
 2003年の3千人に比べて、4割増。高齢者の受刑者が増え続けている。
 2012年に検挙された再犯者は全国で13万人、再犯率45%。刑務所に入ったことのある再入所率も58.8%と増え続けている。
 知的障害者も6千人をこえ、全体の4分の1に近い。
 女性の収容者は、2012年に5千人をこえた。10年間で、1.5倍となっている。
 刑務所には収容されている60歳以上の高齢者の比率が日本で16%なのに、似たような状況にあるイタリアではわずか4%にすぎない。
 ノルウェーも福祉国家と言われ、高齢受刑者・犯罪者が少ない。それは高齢者が年金で経済的に困らないうえ、医療から図書館まで、受刑者も一市民として同じサービスを受けられるから。イタリアでは刑罰の目的は更正だと憲法に明記している。
 このほか、死刑問題を扱うなど、新聞記事としては、かなり深く問題点を掘り下げる内容になっていて、大変勉強になりました。
 犯罪に走った人の更生問題に関心のある方には必読文献だと思います。
(2014年8月刊。2300円+税)

引き裂かれた青春

カテゴリー:日本史(戦前・戦中)

著者  北大生・スパイ冤罪事件の真相を広める会 、 出版  花伝社
 特定秘密保護法が成立し、12月10日に実施されます。安倍内閣の戦争する国・日本づくりの一環として出来た法律です。
 国家権力に都合の悪いことは何でも隠してしまおうというわけです。そして、少しでも自由に意見を言おうというものなら、有無をいわさず捕まえて、社会的に抹殺しようとするのです。
 その犠牲者の一人が、北大生だった宮澤弘幸氏でした。特定秘密保護法が施行されようとする現在、戦前のスパイ冤罪事件を振り返って見ることには大きな意義があります。
 宮澤弘幸氏は、北大工学の学生だった。1941年12月8日に軍機保護法違反で検挙され、翌1942年4月9日に起訴され、懲役15年の景が確定し、網走刑務所に収監された。宮城刑務所に移され、敗戦後の10月10日に釈放されたが、1947年2月に死亡した。
 この宮澤弘幸氏が検挙された12月8日という日は、まさしく日本が真珠湾を攻撃して太平洋戦争に突入した当日です。全国の特高警察は、この日、111人を検挙しています。
 この事件では、人が突然、理不尽にいなくなるところから始まった。そして、周囲の人は、そのことについて口を閉ざし、いなくなった人に、ことさらの無関心を装った。
 みな、次に逮捕されるのは自分かもしれないと思うと、恐怖心で一杯になった。友の身を案じる余裕さえ失っていた。
 当局は戦争を推進するに当たって、あえて反対する存在を捏造して国賊とし、もって戦争推進の世評を強くすることを狙った。
 全国津々浦々に「防諜委員会」なるものが設けられ、年間3147回もの「防諜講演会」が開かれ、それには81万人を動員した。
 この北大生・宮澤弘幸氏の裁判については、起訴状をふくむ捜査・公判記録の一切が失われ、判決文すら完全な形では残っていない。敗戦のどさくさに乗じて、それを保存すべき国家権力が自らの保身のために破棄隠滅してしまっていた。
 北大で教えていたレーン夫妻の自宅を見張るために、特高警察はアジトを構えていた。
 出入りするものを昼夜にわたって監視し、尾行したり、出入りする人物の所在・動向を確かめていた。宮澤弘幸氏は、警察から苛酷な拷問を受けた。
 両足首を麻縄で縛られ、逆さに吊されて殴られた。両手を後ろに縛られ、それに棒を差し込んで、痛めつけられた。
 そして、裁判は、すべて非公開だった。世間に公知の事実であっても、軍が秘密だといったら秘密なのである。しかも、そのとき、何の理由も根拠も示す必要がない。絶対的な秘密なのである。
 実は、宮澤弘幸氏は、大東亜共栄圏構想に共感し、日本人優秀・指導者論の考えの持ち主だった。つまり、時代の子だった。日本軍を信じ、親近感を持っていたのだった。
 宮澤弘幸氏は、戦後、亡くなる前に次のように語った。
 「ぼくの唯一の罪は、英語やフランス語やイタリア語を学び、外の世界を知ろうとして、札幌の数少ない外国人と仲良かったことだった」
 刑務所から出てきたとき、宮澤弘幸氏は、身体がなかった。ぺちゃんこの布団だった。声がことばにならなかった。23歳のはずが、まるで50歳のように見えた。口に歯は一本もなく、肌の色は黄色く、水膨れした体だった。
 戦前の進取の気性に富んだ前途有為の人材が、軍部の戦争推進のための犠牲にさせられたことがよく分かる貴重な本です。
 上田誠吉弁護士(故人)の著作を補完するものでもあります。ぜひ、ご一読ください。
(2014年9月刊。2500円+税)

わたしたちの体は寄生虫を欲している

カテゴリー:人間

著者  ロブ・ダン 、 出版  飛鳥新社
 1850年のアメリカの平均的寿命は40歳。1900年に48歳となり、1930年に60歳に延びた。
 いま、北米には60万人のクローン病患者がいる。クローン病は遺伝的傾向があり、タバコを吸う人に発症しやすい。クローン病にかかった人の家には、必ず冷蔵庫がある。
 このクローン病の原因は、寄生虫が体内に存在しないことではないか・・・。免役システムが機能するには、寄生虫の存在が必要なのだ。寄生虫がいなければ、免疫システムは無重力状態に置かれた植物のようになる。
 寄生虫は万能薬ではなく、誰にでも効果があるわけではない。
 人間の腸には、1000種類以上の細菌が棲んでおり、人体の他の場所にはさらに1000種が生息している。それらのほとんどは、見つかった場所でしか生きられない。
 パスツールは、細菌と人間は相互に依存して進化してきたのであり、腸内の細菌を殺せば、人も殺すことになると述べた。
 シロアリは腸内の細菌が死ぬとまもなく死んでしまう。細菌がいないと、分解しにくい好む食べ物を消化できないからだ。
 おとなの犬は牛乳を消化することができない。乳牛、ブタ、サル、ネズミなど、哺乳類の成体すべてに言える。哺乳類にとって、乳はあくまで赤ちゃんの飲み物なのだ。
人間の祖先たちも牛乳を消化できなかった。しかし、今日、西洋人の大半は、おとなになっても牛乳を消化することができる。マサイ族は、牛の群れを追って移動しながら暮らし、大量の牛乳を飲む。
 サバンナザルは、「ヒョウ」「ワシ」「ヘビ」という三つの言葉をもっている。おそらく人間の祖先も同じだ。そして、その次は「走れ!」という動詞だった。
 チンパンジーは、一般に高さ3メートル以上のところに巣を作る。それは、ヒョウがジャンプできる高さより上だ。
地上で暮らすようになってから、ゴリラは大きく強くなった。それは、捕食動物に対する防御手段だろう。
 人間の出産は午前2時前後が多い。夜中に赤ちゃんを産むのは、その時間帯なら周囲に身内が集まって眠っていて、何かあれば、起きて出産途中の母子を守ってくれるからだ。
進化の途上において、体にいい食べ物を美味しいと感じた人は、生きのびる可能性が高かった。舌は、人間の祖先をおだてて、正しい選択をするように導いた。味蕾が脳に味を感じさせるのは、食べ物の取捨選択を誘発するため。
 人間の祖先がまだアフリカにいたころ、体毛がなくなると同時に、皮膚のすぐ下の細胞でメラニンが生成されるようになり、肌が黒くなった。その後、祖先の一部は暑い気候の土地を離れていったが、メラニンは相変わらず日光を遮り続けた。日光が遮断されると、体はビタミンDを生成することができない。日照量の少ない地域に移住した祖先のうち、肌が黒い人ほどくる病にかかりやすかったので、白い肌の遺伝子が優勢となった。
そもそも体毛を失わなければ、人類の肌の色はこれほど変化に富んでいなかった。
 人間と細菌、寄生虫の関係をよくよく考えさせてくれる本でした。
(2013年8月刊。1700円+税)

井上ひさしの劇ことば

カテゴリー:人間

著者  小田島 雄志 、 出版  新日本出版社
 井上ひさしの本は、それなりに読んでいますが、残念ながら劇はみたことがありません。
 遅筆堂と自称していた井上ひさしの劇の台本は、きわめて完成度が高いことに定評があります。
 著者は、井上ひさしの劇の初日に必ず行って、終了後にコメントするのが常だったそうです。すごいものです。
 井上ひさしの劇は、ことばがコントロールされず勝手に飛び出してくる。その多彩さに、自由でムダな部分が面白い。
 井上ひさしのことばのもつ遠心力のエネルギーには、ものすごいものがある。
 ことばは、真実を掘り出すツルハシ。
 ことばは、ボディーブローのように効く。
 ことばは、常識を覆す。
 ことばは、肩すかしを食らわせることができる。
 ことばは、同音異義語で駄洒落ることがある。
 ことばは、「死」と「笑い」を同居させることがある。
 ことばは、ドラマティック・アイロニーを生むことがある。
 ことばは、人間世界を俯瞰することができる。
 ことばは、造語することができる。
 ことばは、願い、誓い、呪いを短く強く発することができる。
 ことばは、あらゆるものを対比・総合することができる。
 井上ひさしは、思い切って「ことばの自由化」をやった。自由にことばの枠を広げたところから始め、近代劇の論理にとらわれないで、ことばが自由に飛び出た。
誰が演じても観るものを泣かせる芝居。それがすばらしい劇曲の証拠だ。
 井上ひさしの本や劇をもっと読みたかった、観てみたかったと思いました。
 井上ひさしも偉いけれど、この著者もすごいと思ったことでした。
(2014年5月刊。760円+税)

バニヤンの木陰で

カテゴリー:アジア

著者  ヴァディ・ラトナー 、 出版  河出書房新社
 久留米にある靴メーカーに勤めている人と話していたら、カンボジアに提携している工場があるので、プノンペンにも行ったことがあるとのこと、驚きました。私は残念ながら、カンボジアに行ったことはなく、したがってアンコールワットにも行っていません。
 この本は、例の残忍なポル・ポト派がカンボジアを支配していたときの体験をもとにした小説です。自分が体験したことをベースにしているだけに迫真的です。
 文明を敵視したクメール・ルージュ(赤いクメール)の犯罪行為が惻々と伝わってきます。よくも王族の一員であることを隠し通して生きのびることができたものだと驚嘆します。といっても、王子である父親は家族を守るために自ら出頭して、殺されてしまいました。
 ただ、どうやって殺され、その遺体がどうなったのか、まったく不明のようです。それだけ、ポル・ポト派の圧政下では原始的で、野蛮な殺害が横行していたわけです。
 はじめ、プノンペン市民はクメール・ルージュ軍がやってきたときには歓迎する気分もあったようです。ところが、すぐにそれは間違いだと思い知らされます。
 「荷物をまとめて、すぐに出て行け」
 「2、3日のあいだ必要なものだけ持っていけ」
 「どこでもいい、とにかく出て行け」
 「時間はない。すぐに出るんだ。アメリカの爆撃がある」
 「出ていかないと撃つぞ。全員だ。わかったな」
 「革命万歳」
 いきなり都市から農村部へ追いやられ、そこで重労働させられるのです。
 1日仕事は夜明けの1時間後に始まり、日没の1時間前に終わる。すべての家畜は町の共有財産である。生活必需品は、すべて配給される。大人も子どもも、同じ量の米が配給される。
 こうやって1975年から4年近くも、人々はポル・ポト派の支配下におかれ、200万人近い人々が死亡したと推測されている。
 1979年1月、ポル・ポト派はベトナム軍によって打倒された。
 本当に苛酷な生活を強いられたものです。読んでいて胸がつぶれそうになります。でも、これも知るべき現実だと思って、最後まで読み通しました。
 カンボジアの豊かな自然描写がよく描かれているのが救いです。
 ポル・ポト派を直接的に支援していたのは中国でした。そして、アメリカは何もしなかったのです。恐らく介入するメリットになるような利権(天然資源など)がなかったからでしょう。
(2014年4月刊。2600円+税)

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