法律相談センター検索 弁護士検索

歴史の「常識」をよむ

カテゴリー:日本史

                               (霧山昴)
著者  歴史科学協議会 、 出版  東京大学出版会
 聖徳太子は実在しなかったというのは、これでまでも有力な学説でしたが、この本も、聖徳太子の実在性を証明するものは皆無だとしています。聖徳太子関係の史料は、すべて後世につくられたものなのです。
 飛鳥時代は、蘇我王権の時代だった。飛鳥の支配者は蘇我氏なのである。
 壬申の乱(672年)は、王位継承の争いではなかった。その頃、朝鮮半島では、すでに滅んだ百済と高句麗の旧領をめぐって唐と新羅が交戦状態に入っていた。そのとき、天智の子の大友皇子が唐に加担して出兵を企てたのに対し、白村江のトラウマをもつ諸豪族が反発したのが乱の真相である。天武(大海人)は、単に旗印として利用されたにすぎない。
平安時代末期の源平合戦について、源氏一門がはじめから政治的にまとまっていたわけではない。そして、最初から頼朝に一門の棟梁の地位が約束されていたわけでもない。
 むしろ、「源平合戦」は、分立する源氏諸氏のあいだにおける主導権争いでもあった。それを結果として勝ち残ったのが、源頼朝と彼が率いた鎌倉幕府だった。
 15世紀から16世紀にかけての戦国時代において百姓(農民)は農閑期の戦場稼ぎをしていた。戦場は、魅力ある稼ぎ場だった。できるだけ多くの百姓たちを雑兵として動員するには、農耕の暇になる季節を狙うしかなかった。戦場は、いつも「乱取り」、つまり奴隷狩りの世界だった。
 近世の百姓は、訴訟のために、多くの関係書類を作成し、大切に保管していた。それは、訴訟が今と同じく文書によって進められていたから。
 裁判には吟味筋(ぎんみすじ)と出入筋(でいりすじ)の二つがある。吟味筋は刑罰を科するもので刑事裁判を、出入筋は私権を争うので民事裁判である。
 公事宿は、近世の訴訟には必要な存在であり、訴訟を有利に運びたい人々にとって公事師(くじし)は心強い存在だった。
 百姓一揆においては、武器の携行、使用や、家屋への放火、盗みを自律的に禁じていた。江戸時代の村々には、日本刀や鉄炮などの武器は多数存在していた。しかし、百姓一揆のときに、これらの武器が使われることはなかった。百姓は自律的に暴力を封印していた。
 日本史の「常識」が大きくひっくり返される刺激的な本でした。
(2015年3月刊。2800円+税)

ネムリユスリカのふしぎな世界

カテゴリー:生物

                              (霧山昴)
著者  黄川田 隆洋 、 出版  ウェッジ
 生物とは何か、死ぬとは、生き返るとは何のことか・・・。
 いろいろと根本的なことを考えさせてくれる生物がいることを知りました。それも、アフリカの灼熱の地に生きる小さなユスリカの話です。
 カラカラに干からびても、水をかけるだけで、たちまち息を吹き返す。100度に近い高温にも、マイナス270度という超低温にも、人が耐えられる1000倍近い放射線にも、アルコールに1週間浸しても、全然平気。宇宙に放り出しても死なない状態で存続し続ける。
 ネムリユスリカは、アフリカにしか生息しない昆虫だ。ナイジェリアに多く見られる。
 ネムリユスリカは、卵の時期から2~3日間、幼虫の時期が1ヶ月間、さなぎが1~2日間、成虫が2~3日間。幼虫の時期が一番長く、その本来の姿だと言ってよい。
 成虫は口がなく、血も吸わない。エサを食べられないので、成虫になったら、すぐに交尾をして、卵を産む。
 幼虫のときに、乾燥耐性(アンヒドロビオシス)の能力が発揮される。卵やサナギ、成虫の時期には、この乾燥耐性は発揮できない。
 ネムリユスリカは、身体を構成するさまざまな細胞のすべてが乾燥という情報を受けとり、乾燥の準備をする。細胞のなかだけの自己完結的なメカニズムで乾燥耐性が実現できている。
 水がなくなったとき、水があった場所と置き換われるように、たんぱく質の表面にトレハロースがくっつくことで、タンパク質が形を変えずにすむ。つまり、体のいろいろな成分の元々の状態を維持させることができるので、水がなくなっても細胞が壊れることがない。
 トレハロースには、2つの特質すべき能力がある。たんぱく質や細胞膜、油の成分の表面にとりついて、水の変わりの役割をするだけではなく、水が元々あった空間の領域も、自分がガラス化することで空間を埋めてやる。
 乾燥というシグナルあるいはストレスが来て初めてグリコーゲンを分解してトレハロースに変える。グリコーゲンを全部分解して、トレハロースに入れかえるのに、2日間かかる。
ネムリユスリカは、乾燥すると、大量のレアたんぱく質をつくる。
 ネムリユスリカでは、27個のさまざまなレアたんぱく質がたまることによって、全たんぱく質の10%以上を占め、それが乾燥耐性に寄与している。
 たんぱく質は、温めたり、干からびたりさせると固まりやすくなる。
 乾燥した時期に、レアたんぱく質とトレハロースが一杯たまることによって、体の細胞の中味を保護している。凝集しないように保護することで、水に入れたときにすぐに元に戻るようにしている。
 ネムリユスリカは、劣化してしまったアスパラギン酸になったものを治す酵素があるおかげで、イソアスパラギン酸に戻すことができる。
 本当に不思議きわまりない生き物です・・・。しかし、よくもこんなことを発見したものです。
(2014年7月刊。1600円+税)

スギナの島留学日記

カテゴリー:社会

                             (霧山昴)
著者  渡邊 杉菜 、 出版  岩波ジュニア新書
 高校生活というのは人格形成にとって、とても大切な時期だと思います。受験にだけ追われるのではなくて、自然と社会の双方に目を開けることが大切です。
 この本は、私がまだ行ったことのない隠岐(おき)にある島前(どうぜん)高校で学んだ、兵庫県出身の女子高生の体験記です。わー、うらやましいな、そう思いました。
 島根県立高校です。そして、寄宿舎があるのです。女子寮に40人、男子寮に25人います。なぜ、男子より女子が多いのでしょう・・・?
 食堂は男女共同です。私も大学に入ってから3年間ほど寮生活を送りました。うち2年間は、6人部屋でした。楽しい日々です。今ふり返っても、天国のような日々を過ごしました。いじめなんて、もちろんありません。みんな、上も下もなく、仲間です。マンガ週刊誌をまわし読みし、夜食を食べに夜遅く寮の外へ出かけていきました。大学生ですから、門限なんて、もちろんありません。20歳前でしたけど、アルコールも制限なし、です。
 高校生の寮だと、そういうわけにはいきません。勉強時間も決まっています。でも、写真を見ると、本当にみんな楽しそうです。
 この高校では、国語、英語、数学の授業は習熟度でクラス分けされていて、一人ひとりに応じた授業を受けられる。先生は、生徒一人ひとりが、どういう状況にあるのか、しっかり把握している。すばらしいですね。こんな高校で勉強したいですよね。なにしろ、先生1人、生徒4人という授業もあるというのですから・・・。
 1学年50人、全学年2クラス。1年生は、実質3クラス、2年生は4クラス。こりゃあ、たまりません。県立高校で、これほど手厚い授業を受けられる生徒は、幸せです。
 休日も充実しています。島の人々との交流も盛んです。人々との深いつながりを実感できるのです。まさに夢のような高校生活を過ごすことができます。
 私も、もっと早く知っていたら、こんな高校に我が子を入学させたかったと思いました。
(2014年12月刊。800円+税)

エディット・ピアフという生き方

カテゴリー:ヨーロッパ

                              (霧山昴)
著者  山口 路子 、 出版  角川・新人物文庫
 映画『エディット・ピアフ、愛の賛歌』は、本当にいい映画でした。最後に歌われる歌は、日本語は「水に流して」ですが、ちょっと違います。「いいえ、私は後悔しない」です。
 私も50年近くフランス語を勉強していますので、相変わらずうまく話せませんが、聞く方だけは、それなりに出来るのです。ですから、つとめてフランス映画をみて、シャンソンを聞くようにしています。少しでも分かれば、とてもうれしいのです。
 ピアフの歌声は、少し暗い感じがします。私の一番好きなシャンソン歌手は、パトリシア・カースです。ニュー・アルバムが出ているのか知りませんので、以前のCDを繰り返し聞いています。
ピアフが亡くなったのは、1963年。47歳の若さだった。ペール・ラシェーズ基地にお墓がある。お葬式には万人以上のパリ市民が殺到し、パリ市内は大渋滞になったそうです。
 ピアフが死んだとき、借金だらけだった。最後の夫は、莫大な借金を相続した。
 ピアフは、とにかく愛し愛されている実感がほしかった。愛の実感がなければ、生きている実感が得られない。歌手には、聴衆、ファンの存在は不可欠だ。歌が命であるピアフにとって、聴衆はその命を育んでくれる存在だった。だから、ピアフは聴衆を大切にした。一つ一つの舞台に全力を投じるだけではない。彼らが喜ぶような人生を全力で生きた。
 恋に溺れ、破天荒な生活を送り、身体を壊し、傷つけば傷つくほどに、彼女が不幸を味わえば味わうほどに、ピアフの歌は凄みと切実さをまし、ファンはピアフへの愛情を募らせ熱狂し、その熱狂を受けてピアフは満たされた。
 ピアフの人生は凄絶だった。生い立ちも幼少時代も悲劇で、病気も多く、自動車事故に何度もあい、恋人を飛行機事故でうしない、アルコールや薬におぼれ、最後はまだ40代なのに老婆のような容貌になってしまった。それでも、そんな大変な人生なのに、ピアフは、「人生をやり直せるとしたら、もう一度、同じ人生を望む」と言った。
 ピアフの人生は品行方正ではないから、道徳の教科書にのることはないだろう。
 ピアフの歌も人生も、熱くて思いから、人生をただ軽やかに行きたいと願う人にとっては、少しうっとうしいかも知れない。
 私は、「水に流して」の歌声を聞くと、胸があつくなります。私も弁護士になったことを、ちっとも後悔していません。少しばかり、世のため、人のために生きてきたと思っているからです。
 エディット・ピアフの母親はストリート・シンガーで、当時20歳。父親は34歳の曲芸師。
 母親に捨てられ、ピアフは父親と友に町から町へと渡り歩いた。それでも、父親は、できる限り、娘(ピアフ)を学校に通わせた。
 ピアフ10歳のとき、父親が病気になった。ピアフは街頭で「ラ・マルセイエーズ」を歌った。
 それで、お金を稼ぐことができた。
 よほど、うまかったのでしょうね。すごいですね。録音したものがあれば(もちろん、そんなものはありませんが)、ぜひ聞いてみたいものです。
 ピアフの恋愛と歌はほとんどいつも一緒。だから、ピアフが歌った歌をたどれば、誰と恋愛関係にあったのかが分かる。
 ピアフによって才能を見出された男たちは、ピアフが次の恋に落ちても、彼女から去ることはなく、友人関係を続け、ピアフのためノンシャンソンを提要し続けた。だから、その人数は減ることはなく、増える一方だった。
 「シャンソンって、作り話なのよね。でも、聴衆には、それを実際の話のように思わせないといけないの」
 「信念をもつのよ。信念がないとダメ。聴衆を騙してはいけないの」
 いい本でした。またまたエディット・ピアフを聞きたくなります。
(2015年3月刊。750円+税)

弁護士・経営ノート

カテゴリー:司法

                               (霧山昴)
著者  弁護士業務研究所 、 出版  レクシスネクシス・ジャパン
 原和良弁護士(佐賀出身です)が監修している、弁護士実務にとても役立つ本です。
 法律事務所のための報酬獲得力の強化書というのがサブタイトルですから、経営危機から依然として脱出できていない私は、すぐに飛びつきました。
 とても役立つノウ・ハウが満載の本です。そして、それは小手先のハウツーものではありません。弁護士業務の奥深い理念の意義を強調していて、大いに反省もさせられました。
 ベンラボ(一般社団法人弁護士業務研究所)は、時代の逆境に立ち向かい弁護士に課せられた本来のミッションを担う弁護士を世に輩出することを目的につくられた共同研究組織。
 弁護士は、一般的に経済的な苦境にある。しかし、この現状が長く続くわけではない。困難な中でも、初心を忘れず、弱者に寄り添い、かつ楽天的に活躍する活動家がたくさん生まれることを大いに期待したい。
 私も、まったく同感です。
国税庁の統計によると、弁護士の26%が赤字だ(2013年4月)。
 弁護士の7割か赤字が所得が500万円以下だという統計もある。
 2006年と2010年を比較すると、売上げベースで3620万円が3340万円に、所得ベースで1748万円が1470万円に減少している。
私の事務所も同じです。そこで、どうしたらよいか。それが問題です。
 弁護士は、食っていければいいという経営方針では、食っていけない。
 多くの法律事務所では、事務所理念に経営という視点が欠落している。自分の強みは何か、というところに意識をフォーカスし(焦点をあて)、その強みで勝負しなければ、生きていけるはずがない。
 私の事務所は「愛ある事務所」をモットーとし、草の根からの民主主義を支え実践することを理念としています。
 経営戦略は、自分の強みと機会を見すえて、どこに力を集中するのかを考えること。自分に不得意なもの、非効率的なものは思いきって捨てる。
 たとえば、今の私は会社法をめぐる相談が来たら、ほかの弁護士をすぐに紹介してまわします。会社法は、私の頭のなかにははいってこないからです。
交流と業務の拡大の基本は、相手の関心、ニーズをよく聞くこと、自分の商品を売りつけるのではなく、相手の困っていることに自分の専門性や人脈で何か手助けをできないか考えて、提供すること。聞き上手に徹すること、ギブに徹することが大切だ。
 労務マネジメントにおいては、自分と違うもの、異論と多様性とを心から受け入れて感謝する気持ちを持ち続け、なおも粘り強く経営理念を貫き続けるという不断の挑戦が必要だ。
皮肉なことに、お金を追い求めれば追い求めるほど、お金は逃げていく。
 これまでの常識だった、「弁護士は、社会正義の実現に向け、志高く仕事をしていれば、待っていても相談が来る」という時代は終わった。
 ホームページをみて相談に来る人が増えている。ホームページをつくるのなら、専門に特化した情報にしぼったホームページをつくるしかない。
 たしかに、そう言えます。ですから、私のブログは毎日更新を目ざしています。
 弁護士の役割は、依頼者を幸せにするためのお手伝いであり、その手段として法的紛争の解決を目ざすということ。
 労働事件であろうと何であろうと、無料であること、安いことが必ずしも依頼者のニーズではない。適正な報酬を、きちんともらうことは、とても大切なこと。弁護士をしていく上で、次の三つを重視している。
 その一は、クライアントに安心感を与え、苦しみから解放する。
 その二は、関係者の感情を重視する。
 その三は、仕事を楽しみ、弁護士自身の精神的不調を防ぐ。
 弁護士として、依頼者に対して次のように言って説得する。
 「楽観的に考えても、悲観的に考えても、たいして結果は変わらない。悲観的に考える必要がないのだったら、どうせだったら楽観的に考えてほしい」
 本当に、私もそう思います。くよくよしたって始まらないのです。昨日のことは身体自身が忘れないけれど、せめて頭のなかだけは抜きたいものですよね。
 依頼者の前では、カラ元気でもいいから、陽気で元気よく行動することが大切だ。
 弁護士にとって、とても実践的であり、かつ示唆に富んだ本です。強く一読をおすすめします。
(2015年5月刊。3000円+税)

福岡県弁護士会 〒810-0044 福岡市中央区六本松4丁目2番5号 TEL:092-741-6416

Copyright©2011-2025 FukuokakenBengoshikai. All rights reserved.