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日米開戦の正体

カテゴリー:日本史(戦前・戦中)

(霧山昴)
著者  孫崎 享 、 出版  祥伝社
 著者は、集団的自衛権の行使容認に反対しています。私も同感です。そして、今の安倍政権のやっていることは、戦前の日本が犯した間違いをくり返そうとしていると鋭い口調で警告しています。
 「真珠湾攻撃の愚」と、今日の「原発、TPP、消費税、集団的自衛権の愚」とを比較すると、驚くべき共通性がある。
 ①本質論が議論されない。
 ②詭弁(きべん)、嘘で重要な政策がどんどん進められる。
 ③本質論を説いて邪魔な人間とみなされた人は次々に排除されていく。
 本当に、そのとおりです。安倍政権は怖いです。絶対に、そのうしろからついて行きたくはありません。そこに待っているのは「死」です。
 戦前、日本の軍部と結びついていながら、戦後になると一転してアメリカと結びついた一群の人々がいる。その一人が牛場信彦。外務次官そして駐米大使を歴任した。もう一人が吉田茂。田中義一首相のもとで、満州での軍の使用を主張していた。戦後は首相となって、アメリカにべったり。
 主義主張よりは、勢力の最強のものと一体になることを重視するという日本人の行動の悪い側面を体現している。
新聞で戦争報道が一番の「娯楽」となってしまうと、どうしても強硬な意見を吐く人たちがヒーローになっていく。戦争に批判的な人たちは、「腰抜け」とか「卑怯者」と叩かれる。
 今まさに、現代日本がそのようになりつつあるのが怖いです・・・。
 陸軍はロシア(ソ連)との戦争は考えていたが、アメリカと戦うなんてまったく考えていなかった。だから、対米戦略はない。ところが、その陸軍が「アメリカと戦うべし」と主張したのだから、状況は倒錯していた。
 昭和天皇と側近の木戸幸一がもっとも恐れたのは、内乱、そして昭和天皇排除に動くことだった。この指摘には、強くなるほど、そうだったのか・・・、と思いました。
 昭和天皇といえども、単なる掌中の玉でしかなく、絶対専制君主ではなかったのです。ですから、軍部は、もっと使い勝手のいい天皇をうみ出すのではないかと心配していたのです・・・。
 木戸幸一は内乱を恐れたが、戦争は恐れなかった。自己一身の生命に対する危険は恐れたが、国家の生命に対する危険は、いささかも恐れなかった。日露戦争のあと、日本の国家予算の30%が国債費で、さらに30%が軍事費である。このような状況では、社会不安が出てくるのは当然。
 日露戦争が真珠湾攻撃につながっていった大きい理由は、経済問題と、それに起因する社会不安だ。政府は、増税し、物価は高騰する、国民の不満が高まり、現状変革を望む。この不満から、左翼運動が活発化し、それを抑える弾圧が強まる。急進的な勢力が「革新」を求める。その代表が軍部の「革新」グループ。
 戦前の吉田茂は、中国への派兵を先頭切って論じていた。戦後には「反軍の代表」だったかのような顔をしているが、実は正反対のことを提唱し、軍部にとり入っていた。
 軍にとって、統帥権とは、軍に反対するものがいたときに遣う言葉であって、天皇の意向を最大限に尊重して動くのではないことを、熱河作戦が示している。天皇といえども、その一線をこえたときには、「大なる紛擾と政変」を覚悟せざるをえない。熱河作戦は、天皇でも軍の意向に逆らえないことを示した。
 いま、戦後70年の平和が、安倍政権によって「強制終了」させられようとしています。とんでもないことです。昨日と同じ平和な明日が保障されない日本になりそうです。戦争反対の声を、みんなが国会に向けて突き上げるときです。
(2015年5月刊。1750円+税)

植物の体の中では何が起こっているのか

カテゴリー:生物

                               (霧山昴)
著者  嶋田 幸久・萱原 正嗣 、 出版  ベレ出版
 植物にも、植物ホルモンと呼ばれる化学物質があるのだそうです。
 植物の体内でつくられ、ごくわずかの量で自身の成長や反応を調節する働きをする。植物ホルモンには、オーキシンとベレリン、エチレン、サイトカイニンなど9種がある。
 人間が地球上で生きられるのは、呼吸のための酸素があるから。そしてオゾン層で紫外線から守られているため。これは、いずれも植物のおかげだ。
 植物は光合成で酸素をつくり出し、酸素は紫外線にあたってオゾン層となり、それが上空に集まってオゾン層を形成する。
 植物は、二酸化炭素と水からエネルギー源である炭水化物とつくり出す。生きていくために必要なエネルギーを自分でつくることができる。
 花の誕生は、植物のみならず、その後の生物の進化における画期的な出来事だった。
植物は生まれた場所でじっと動かずに生きているが、その一生は変化に富んでいる。
 光合成によって炭水化物に固定される化学エネルギーの総量は、世界のエネルギー需要の10倍に相当する。光合成は、この地球上で行われている、もっとも巨大なエネルギー変換である。しかし、葉っぱが集めた光のエネルギーのうち、じっさい光合成に活用できるのは4分の1弱でしかない。
 地球上に降り注ぐ太陽光のうち0.1%のそのまた5%、地球に届くエネルギーのわずか0.005%を元手に、植物は地球上の生命活動のほぼ全てを支えている。光合成とは、光のエネルギーを元手に化学エネルギーを蓄えた炭水化物をつくり出す、エネルギーの変換作業といえる。
 植物は光のもたらす過剰なエネルギーから身を守るためのさまざまな仕組みを備えている。
 ヤナギから採取され、人の解熱剤として使われていたのが、植物ホルモンとして認定されたサリチル酸。医薬品としては「アスピリン」。
 ツタンカーメン王の墓から見つかったエンドウのタネは芽を出して花を咲かせた。3300年前のタネ。
 私たち人間の細胞のなかにあるミトコンドリアも、元をたどれば光合成の能力を蓄えていた。
 人間は、有機物や酸素の生産を植物に頼っているという以上に、もっと深い細胞の仕組みの次元で、植物と分かちがたくつながっている。人間が生きる仕組みの一部(呼吸)は、植物が生きる仕組み(光合成)から派生したものである。
 植物を知ることが人間を知ることにもなるという、想像以上に面白い本でした。
(2015年5月刊。1800円+税)
 なかなか梅雨が明けません。むし暑い日が続いています。
 土曜日に帰宅したら、先日の仏検の結果を知らせるハガキが届いていました。恐るおそる開封すると、「不合格」の文字とともに、74点だったというのでした。
 ヤッター!内心、叫んでしまいました。150点満点で5割りなんて、過去最高です。自己採点の70点より4点も上回っていました。もっとも、合格基準点は6割に近い88点ですから、まだまだ道は遠いのです。それでも、あと14点まできたのですから、もう「不可能」ではなくなりました。引き続き、毎朝のNHKフランス語と毎週の日仏学館通いをがんばります。

北朝鮮とは何か

カテゴリー:司法

                                (霧山昴)
著者  小倉 紀蔵 、 出版  藤原書店
 かなり難解な本です。でも、北朝鮮という国を知りたくて読みとおしました。
 歴史認識をめぐる安倍首相や橋下・大阪市長の言動は、正しくはアクションではなく、リアクションである。これを思考停止と言わずして、何と言えばいいのだろうか・・・。
 朝鮮は、植民地時代に近代化した。日本は収奪をしたが、近代化もした。
 慰安婦問題について、橋下市長の言うように日本だけでなく、西洋列強の多くが似たような女性蹂躙をしたのは事実だ。そのことを明確にするためにも、日本は世界に先駆けてこのことを謝罪し、解決すべきなのである。そのうえで、西洋諸国に対して同じことを促せばいい。 なーるほど、と私は思いました。
 アメリカには、確固たる対北朝鮮政策はない。対話と圧力と言っているが、実際には、論理的な一貫性のない、関与と無視のあいだを右往左往しているだけのこと。
 日本が北朝鮮との関係を事実上絶ってしまったのは、最悪の選択でしかない。
北朝鮮は崩壊するどころか、核開発をさらにすすめ、今や事実上の核保有国となった。
 「張成沢に幻想を抱く人々」が北朝鮮の労働党内そして広く国内に無視できないほどいた。張成沢氏以外の人々の官僚主義や事なかれ主義が張成沢氏の能動的な冒険主義を生んだ。
 張成沢氏の粛清・処刑を激怒している中国首脳部は、怒りと不信感をかきたてている。
 いま、北朝鮮が中国式の改革・解放を無秩序にしたら、その美意識は一気に崩壊してしまうだろう。
 とても難解な本なのですが、北朝鮮という国の思考方法が少しばかり分かった気がしました。
(2015年3月刊。2600円+税)

日本国憲法、大阪おばちゃん語訳

カテゴリー:司法

                             (霧山昴)
著者  谷口 真由美 、 出版  文芸春秋
 関西弁には、いつも圧倒されてしまいます。私が48年前に大学に入って東京で寮生活をはじめたとき、東北弁も九州弁もなるべく口に出さずいじいじしていたのに、関西弁だけは、モロ出しで、何も悪いことあらへんやんかといった調子でした。自信たっぷりで話されると、それだけで圧倒されてしまいます。
 憲法前文は、大阪弁で言うと、次のようになります。
 人間っていうのは、お互い信頼しあえるって、理想かもしれませんけれど、ホンマにそう思ってますねん。せやさかい、他の国のお人たちも同じように平和が好きちゃうかって信じてますねん。そう信じることで、世界の中で私らの安全と生存を確保しようと決めましてん。せやからな、全世界の人たちがみんな、怖い思いすることとか、飢えたりすることからさいならして、平和に生きていく権利があるって本気で思ってますさかいに、そのことも確認させてな。
 うむむ、なんだかスゴイことですね、これって・・・!!?
 「集団的自衛権」っちゅうのは、ヤンキーのケンカみたいなモンで、仲良しのツレがやられて、ツレに「助けてや」といわれたら、ホンマはツレのほうが間違ったかもしれんケンカとかツレのほうが明らかにいじめてる側やのにとか関係なく、「俺、アイツのツレやから」という理由からケンカにいくようなもんですわ。ツレがめっちゃ悪いヤツやったら、どないすんねん、というのはおっ飛ばすんですね。
 こうやって大阪弁で読みとしてみると、今の憲法は本当にいいことが定められています。
 自民・公明は維新を取り込んで、7月半ばにも衆議院で強行採決しようとしています。断じて許せません。
著者には、東京の日弁連会館で話を聞きましたが、本当に歯切れのいい大阪のおばちゃんです。大学で教えていて専門は国際人権法ということです。ホンマに学者かいな、とそのとき思ったことでした・・・。
(2014年12月刊。1100円+税)

ニュルンベルク裁判

カテゴリー:ヨーロッパ

                               (霧山昴)
著者  芝 健介 、 出版  岩波書店
 
 日本の戦犯を裁いたのは極東国際軍事裁判(東京裁判)です。安倍首相は戦前の日本がした侵略戦争を間違った裁判と認めようとはしません。国際的にみて、とりわけアメリカが許すはずのない特異な歴史観です。「間違っていない」のだから、反省しないし、謝罪もしないのです。本当に狂っているとしかいいようのない日本の首相です。これでは真の平和友好外交など、できるわけがありません。
 この東京裁判と対比されるのがドイツの戦犯を裁いたニュルンベルグ裁判です。
 300頁もの大部な本書を読んで、初めて裁判の実際を私は知りました。
 終戦前の1944年9月の時点で、アメリカとイギリスのトップレベルでは、主要戦犯については、裁判なしで即決処刑という見解が有力だった。1943年11月のテヘラン会談で、スターリンは、ドイツ国防軍のランク上位の将校5万人を銃殺したらいいと発言した。
 1945年2月のヤルタ会談において、戦争犯罪の法的追及という大筋が決定された。
 ヒトラーたちが裁きの論理をひっくり返してしまうのではないかと連合国側は心配した。
 ソ連もフランスも、自国の国民がこうむった厖大な塗炭の苦しみの経験をふまえ、他の戦争犯罪のカテゴリーでは規定できない犯罪行為として、「人道に対する罪」をもって裁くことに異議を唱えなかった。
 ニュルンベルグ裁判は、1945年10月18日、起訴状が提出されて始まった。11月20日に被告人がほぼそろって開廷された。
 誰を被告とするかについて、アメリカ案は、軍・経済界の指導者も加えることにしており、これにソ連とフランスが賛同した。
 「人道に対する罪」としては、ユダヤ人絶滅対策と並んで、オーストリア首相ドルフス、社会民主党指導者ブライトシャイト、共産党指導者テールマンの虐殺もあげられている。
起訴状の読み上げだけで2日を要した。
 開廷して10日目の11月29日、強制収容所の解放時の状況をうつしたフィルムを法廷で上映した。この映画のとき、かのゲーリングは両肘をついたままあくびをした。
 1946年3月から、ゲーリングは満を持して被告人弁論にのぞんだ。弁護人の質問とゲーリングの長広舌は、3日間も続いた。したたかなゲーリングは、戦後ドイツで実施・展開されている、ナチに対する予防検束の途方もない規模は、ナチ時代のそれどころではないと、法廷をまぜ返した。
 1945年11月から始まり、9ヶ月間続いた審理は、1946年8月末にようやく終了した。
 裁判所は、ヒトラーはひとりでは侵略戦争を遂行できなかった。諸大臣、軍幹部、外交官、企業人の協力・協働を必要としたのであって、彼らが目的を知り協力を申し出た事実が存在する以上、ヒトラーの立てた計画に自らを関与させたものである。
 このように、しごくもっとも論理で裁判所は判断しています。
 1946年10月1日、判決文の朗読は終了した。ゲーングなど12人(1人は欠席)に絞首刑を宣告した。3人については無罪判決を下した。死刑執行は2週間後の10月15日深夜だった。ゲーリングは、執行直前に自殺した。
 その後、継続裁判が続いた。たとえば、法律家裁判がある。ナチ司法体系において高位を保護した裁判官・検事・法務官僚たちが被告とされた。
 ヒトラーの命令は、国際共同体の法に違反したのだから、総統みずからも、ヒトラーの部下たちも保護しえない。このように書かれている。
 行動部隊裁判は注目すべきものであった。ドイツ軍支配下のソ連地域で100万人が行動部隊の犠牲になった。この被告たちは、ありふれた意味での悪漢・無頼漢の類ではなかった。文明の恩返しに浴さない野蛮人ではなかった。むしろ、十分な教育を享受していた。オペラ歌手としてコンサートを開いていたり、聖職者だった者もいる。よき出自をもち、教養ある被告が多かった。そして、被告のほとんどは、「上からの命令」という弁明をくり返した。14人の被告に対して死刑が宣告された。
 これらの裁判で有罪とされた被告は5~6万人に上る。西側で有罪とされた被告5025人のうち806人に死刑が宣告され、486人が処刑された。
 ソ連占領区では、有罪宣告された4万5000人の3分の1がシベリアへ強制労働へ移送された。死刑宣告数は不明。
 ところで、歴代の西ドイツ政府は、ニュルンベルクの裁判の判決を公式には受け入れなかった。国連安保理によるボスニア法廷、ルワンダ法廷が開かれ、ニュルンベルク原則が再び脚光を浴びるようになって、ニュルンベルク裁判が戦勝国による裁きだったという議論が根拠を失った。
 1945年秋、敗戦の衝撃がまだ生々しかったときのドイツでは、ナチ犯罪を訴追することは政党とする人が8割近かった。しかし、1950年には、38%にまで下落した。やがて、過去の「忘却」ないし「駆逐」への願望が圧倒的になった。しかし、1950年代後半に、過去は清算されていないという批判も芽生えてきて、過去に向きあうドイツ人が増えていった。
 ドイツでも、ニュルンベルク裁判に対する見方がいろいろ揺れ動いていたことを今回、初めて知りました。それだけ重たい負の遺産であるわけです。それでも、しっかりそれを見つめることからしか、将来は開けません。これは「自虐史観」というものではありません。しっかり未来を見すえるために必要なことなのです。
(2015年3月刊。3200円+税)

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