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国防政策が生んだ沖縄基地マフィア

カテゴリー:社会

(霧山昴)
著者  平井康嗣・野中大樹 、 出版  七つ森書館
  普天間飛行場移設問題の足下で、総額5300億円にものぼる巨額の公共工事をめぐって、スーパーゼネコンをはじめとする沖縄県内外の土木建築業者、商社らが、少しでもその分け前にあずかろうとシノギを削っている。
  東開発グループの中泊弘次会長は、97年の住民投票で数千万円とも言われる内閣官房機密費を政府から受けとり、地元で差配した。
  それにしても、先日、辺野古の3地区の区長を首相官邸に招いて国が直接に地区へ交付金を渡すことを約束したというのは目を疑いました。これは民主主義国家ではありえないことです。封建制度の殿様なら、自分のお気に入りに手づかみでお金をバラまけたでしょうが、今どき、そんなことをするなんて・・・・。マスコミが、このことをあまり問題にしないのも私には理解できません。これこそまさしく税金の勝手なムダづかいでしょう・・。
  沖縄へ国からおりてくる振興補助金は一部の業者に偏っていて、談合の温床になっている。
  2014年5月、沖縄防衛局は名護漁協に5年間の漁業補助費36億円を支払う契約を結んだ。その前に24億円を提示したが、漁協が難色を示して倍額された。これで辺野古の漁民は一人あたり3200万円を受けとることになる
  実は、アメリカ軍の基地を撤去したら、沖縄の経済は大きく発展することが確実なのです。基地があることでもたらされる新興策は一時的なものでしかない。基地を撤去して、その跡地を利用することによって、雇用が100倍に増えたという実例がある。
  むしろ、アメリカ軍の基地こそ、沖縄経済の発展を阻害している最大の要因なのである。おもろまちでモノレールを降りると広大なショッピングセンターが広がっています。聞けば、ここはアメリカ軍の基地がなくなった跡地だということです。
  戦争ではなく、平和。軍事ではなく民生施設。これこそ、私たちの望んでいることだと思います。ノーモア米軍基地、ノーモア・アベ首相です。
(2015年7月刊。1800円+税)

アルジェリア人質事件の深層

カテゴリー:アフリカ

(霧山昴)
著者  桃井治郎 、 出版  新評論
 2013年1月16日、アルジェリアでイスラム武装勢力が天然ガス施設を襲撃した事件が起きました。このとき、日本人10人をふくむ40人が亡くなっています。
 著者は在アルジェリア日本大使館に勤務していたことのある学者です。アルジェリアという国の歴史と現状が詳しく紹介されていますので、とても説得力があります。
 アルジェリアの人口は3900万人。人口の90%は北部地域に暮らしているが、アルジェリア経済を支えてるのは南部のサハラ地域。気温50度をこすサハラ砂漠の地下には、原油や天然ガスなど豊かな天然資源が埋蔵されている。
 日本も、アルジェリアからLNGをスポット的に輸入することがある。この施設では、外の警備はアルジェリア軍の憲兵隊、内側は民間警備会社が丸腰(火器をもたない)であたっている。居住区の滞在者の名前が漏れていたから、内部スタッフに武装集団の協力者がいたことは確実。居住区内のアルジェリア人は、はじめから人質の対象になっていない。
 武装集団は合計32人。外国人の人質は、首や同体に爆弾コードを巻かれ、人間の盾として、外に座らされた。
2日目の朝9時すぎから、アルジェリア軍が外から居住区への攻撃を開始した。午後3時までに作戦は終了した。
 プラント地区は、3日目からアルジェリア軍が侵入作戦を開始し、4日目(19日)、午後10時から突入した。死者は10ヶ国40人に及んだ。日本人の10人がもっとも多い。武装集団32人のうち29人が死亡し、3人がアルジェリア軍に拘束された。
 アルジェリアでは、国内政治における軍の影響力は非常に大きく、軍情報部が実質的に軍の指導部を担っている。
 アルジェリアでは、メディアは非常に活発に活動している。ただし、治安情報に関しては、軍情報部の情報管理体制が徹底している。
武装集団メンバーの多くが外国人であり、リビアから侵入したことが明らかになった。
 アルジェリア政府は、事態が長引くこと、外国政府による介入を招く恐れがあることを知っていた。とくにアメリカ軍の介入はアルジェリア国内の反米感情を刺激し、政情不安に陥ることが明らかだった。アルジェリアは自尊心が強く、メンツを大事にする国である。
 日本は、いまだに首相が訪問したことがない。アルジェリア政府とのあいだで、日本政府は信頼関係を形成していない。
 1950年代、アルジェリアは、フランスからの独立を目ざして武装抵抗を続けます。映画「アルジェリアの戦い」は、私が大学生のころの映画です。そして、1962年にフランスから独立するのですが、その後も、アルジェリア国内では、激しい武力衝突や軍部によるクーデターが相次ぐのでした。
 革命は無政府状態を生みだし、その結果、大混乱が起きて悲劇に陥ると考えるアルジェリア人は多い。1990年代の暴力の連鎖が生々しい記憶となっていて、混乱や無秩序をなによりも恐れ、忌避する。アルジェリア国内では、現在、武装勢力に対する一般市民からの支持は完全に失われている。
アルジェリア国内の腐敗構造は継続し、むしろ悪化している。日本に対して求められているのは、貧困削減、技術協力、産業育成などの民生分野での貢献である。
 アルジェリアでは、「日揮」(JGL)の名前は、日本において以上によく知られている。
テロリズムに抗するというのは、武装集団を徹底的に掃討し、殲滅すればよいというような単純なことではない。むしろ、アルジェリアの歴史は、それに疑問を投げかける。
 テロリズムは、反体制側の暴力だけではなく、体制側の恐怖政治をも指し示す。
 私たちは、双方のテロリズムを拒否しなければならない。それは結局、暴力の連鎖を生み、絶滅戦に至るからである。私たちがなすべきは、現実に絶望して諦めてしまうのではなく、絶対的正義を掲げてテロリズムを根絶しようとすることでもなく、暴力や恐怖に基づく暴力主義に「ノン」と声をあげて拒絶を表明し、暴力の正当化を容認しない社会を一歩ずつ作り上げていくことにある。
 暴力主義への共感が広がらないような社会環境をつくり出していくことが遠回りではあるものの、テロリズム問題への本質的な解決策となる。
 世界からテロリズムをなくすというのは、「テロリスト」を殲滅することではない。テロリズムを生むようなあらゆる暴力主義をなくしていくことである。
 著者のこの提言は、今回の人質大量殺害事件そして、アルジェリアの戦後の悲惨な歴史を踏まえたものだけに、心が大きく揺さぶられるほど説得的です。
(2015年10月刊。2000円+税)

けもの道の歩き方

カテゴリー:生物

(霧山昴)
著者  千松信也 、 出版  リトルモア
 鉄砲をつかわない猟をしている著者による、山での狩猟の実際を紹介した本です。
 鉄砲をつかわないので、わなにかかった獲物は、木の棒や鉄パイプでどついて失神させ、ナイフでトドメを刺す。
 猟銃免許とは、法律で定められた猟具(銃、わな、網)をつかうための免許である。石を投げて捕まえたり、パチンコで鳥を獲ったりするのは、自由狩猟と呼ばれ、免許はいらない。日本で伝統的に行われてる鷹狩も自由狩猟だ。
 解体も、家畜なら許された施設でしなければいけないが、猟で獲った獲物については、許可も資格も必要ない。
 野生シカの解体は、膀胱と肛門の処理が難しい。腹の中を水できれいに洗い、氷を詰め込み、外側からも氷をあてがう。そうしないと、残った体温で肉が傷んでしまう。分厚い毛並みの保温力は相当なものがある。
 おおきなオスジカだと、肉が硬いので、カレーやシチューなどの煮込み料理が一般的。
イノシシが日本全国で増えている。1980年代には全国で2~3万頭だった。1990年代後半は10万頭以下だった。その後の10数年で急増し、今では2012年に46万頭をこえた。
イノシシは、本来は臆病で、変化に対して異常なほど警戒心が強い。しかし、環境への適応能力は高く、慣れてきたら、びっくりするほど大胆で、ずうずうしい。
 全身を剛毛で覆われているイノシシは、鼻さえ触れなければ、電気柵の威力はほとんどない。イノシシは雑食性なので、ミミズやサワガニ、ヘビ、昆虫も食べる。春先は筍をよく食べ、秋のどんぐりが大好きだ。
 わな猟は、におい消しが必要だ。樫の樹皮に大量に含まれるタンニンはワイヤーの銀色をどす黒く着色し、人間のにおいを消している。
 イノシシは血が抜けやすいが、シカは心臓を動かした状態で血抜きする。血が抜けきらないと、肉に臭みが残ってしまう。発情したオスのイノシシの肉は臭い。ええっ、そうなの??
 日本全国に狩猟免許をもつ人は18万人いる。その6割が60歳以上だ。クマよりも猟師のほうが絶滅危惧種だとまで言われている。
 たしかに、20年以上前には、自分の鉄砲でうち落としたカモを依頼者から毎年いただいていましたが、今やそんな人は見かけませんね・・・。
 京大文学部を出て運送業のかたわら狩猟免許をとったという異色の経歴の持ち主です。
(2015年9月刊。1600円+税)

受験は母親が9割

カテゴリー:社会

(霧山昴)
著者  佐藤 亮子 、 出版  朝日新聞出版
  3人の息子を東大理Ⅲ(医学部)へ進学させたスーパーママの体験記の第二弾です。
その合理的な手法に目を開かされるとともに、最後まで徹底してやり抜いた実行力には驚嘆すると同時に、頭が下がります。
著者の夫が私の親しい弁護士なので、前著に引き続いて著者サイン入りの本を贈呈していただいたのでした。
きわめて合理的な子育てが実践されたのですが、それでも著者は、楽しみながら、そして息抜き、手抜きも按配・加減しているという点で大いに共感するところがあります。
受験ですから、目標ははっきりしています。それに合わせて日常生活がすべて進行していくのですが、読んでいてギスギスしたところがないので、ひょっとしたら、我が家でも出来るのでは(出来たのでは)と思わせるのです。
前著を読んで、もっと詳しく知りたいという人に向いた本だと思います。つまり、私は、まずは前著(カドカワ)を読んだうえで、本書を読むことをおすすめしたと思います。
3兄弟が通っていたのは灘(なだ)中学・高校です。奈良の自宅から神戸にある学校まで電車を乗り継いで1時間40分かかります。大人でも嫌になるほどの長い通学時間ですが、3兄弟は6年間やりとおしたのです。しかも、サッカー部にも入っていたというのですから、すごいものです。
そして、母親である著者は、毎朝、午前4時半に起床して9合のご飯を炊き、3兄弟と夫の弁当を作り続けました。3兄弟は午前6時すぎに家を出ます。朝ご飯のためには、別におにぎりを握って持たせるのです。
そして、昼間も昼寝付きの専業主婦どころではありません。子どもたちの勉強の準備をするのです。問題集をコピーしたり、大事なところにはマーカーをつけたり、、、。
夜は、子どもたちが寝るまで起きていますので、午前2時になることもしばしば、、、。
なんとタフな母親でしょうか。子育てのプロと自称しているのも理解できます。よくぞ続いたものです。私のよく知る夫の果たした役割は「1割」だということですが、それはそうかもしれませんが、見えないところで著者を大いに支えていたような気がします。
子どもを勉強させるためには、ただ「勉強しなさい」と言うだけではダメ。子どもが勉強できるように、親は徹底的にサポートする。翌日の持ち物をそろえてカバンに入れ、忘れものがないかチェックするのは母親の役割。
3兄弟と妹には、すべて名前に「ちゃん」をつけて呼び、「お兄ちゃん」とは呼ばない。兄弟すべて、いつも同じ扱いをする。これを徹底した。
子どもからすると、母親は完璧すぎない。家の中は散らかっていて、庭も荒れている。母親は割り切っている。それでも、家の中は、基本的にのびのびした雰囲気で過ごせる家庭だった。
夫婦ゲンカもあったようですが、いつも母親の勝ち。なので、一瞬のうちに終わる。
「そんなに勉強ばかりでは、かわいそうだろう」「子育ては、私の責任、口出ししないで」
いやあ、これには、まいりました、、、。
勉強するのは、人としてより豊かに生きていくためなんだ。子どもたちには、何度も話して聞かせた。うむむ、そうなんですよね、なるほど、、、。
いわゆる「東大脳」は、生まれついたものではなく、育て方で決まるもの。子どもたちは、勉強が楽しいと目を輝かせていた。塾の日は、心待ちにしている、とても楽しい日だった。
私も、小学4年生から中学3年生まで塾に通いました。学校とは違った教え方で、よく分かりました。でも、私なりの勉強法が分かりましたので、高校になると塾には通わず、Z会の通信添削のみにしました。これには大いに刺激を受け、また励みになりました。
3兄弟は、勉強するのは同じ部屋。つまり、各自の子ども部屋というのはありません。テレビを見るときは2階にあがらないといけません。1階のリビングにはテレビがないのです。我が家では、子どもたちがいるあいだテレビはありませんでした。子どもたちが家を出てしまった今はテレビがありますが、私は基本的に今もテレビは見ません。録画したものを見ることがあるだけです。
どんなテストでも、目ざすのは100点。ほめるのは、ほどほど。母親は何事にも動じず、感情的にならないことが大切。
私がこの本を読んで、あっと驚き、今でもそんなことしていいのかと疑問に感じたことがあります。それは、3兄弟が1歳から公文式教室に通って、読み、書き、計算をはじめたということです。ひょっとして、これがすべての基礎だったのかもしれません。でも、これって、本当にいいこと、必要なことなのでしょうか、、、。
とても実践的な、ぐいっと目の開かれる思いのする本です。子育てに少しでも関心のある人には強くおすすめしたいと思います。
佐藤先生、今後ともどうぞよろしくお願いします。
(2015年7月刊。1300円+税)

あなたは死刑判決を下せますか

カテゴリー:司法

(霧山昴)
著者  木村 伸夫 、 出版  花伝社
 私は残念なことに裁判員裁判を経験したことがありません。
 殺人事件の弁護人になったことはあるのですが、いつのまにか嘱託殺人となり、裁判員裁判ではなくなりました。裁判員裁判が始まって、もう6年になりますが、私のパートナー弁護士も私と同じで、やったことがありません。ですから、体験にもとづいて裁判員裁判の是非を論じることはできません。
でも、私は、一般市民が裁判所のなかに入って、裁判官と「対等に」議論する仕組み自体はいいことだと評価しています。その裏返しに、職業裁判官の裁判への深い不信感があります。もちろん、まともな裁判官も多いわけですが、どうしてこんな人が裁判官を続けているのか強い疑問を感じることも決して少なくありません。そんなときには、せめて市民に直接接して説得できるようになってほしいと願うのです。
 この本は殺人事件を担当するようになった高校教員の体験記という仕掛けで裁判員裁判の展開を紹介しています。
 審議状況を傍聴したことのある司法修習生に感想を聞いたことがあります。彼らは異口同音に、裁判員になった市民はみんな真剣に考え、発言していましたよと教えてくれました。もちろん、守秘義務がありますので、具体的なことを聞いたわけではありません。それでも、真面目な議論がなされていること、裁判官の「誘導」はあまりないということを知って安心したものです。
 この本のなかに、裁判官の回想録はあまりないとか、見たことがないと書かれています。たしかに少ないとは思いますが、決してないというわけではありません。木谷明氏など、いくつか秀れた回想記も出ています。
 8月はヒマなので、海外旅行に行っていますという裁判官の話が出てきますが、多くの裁判官にとって、8月は長大事件の判決書きに精進していて、海外旅行どころではないように思います・・・。
 裁判員裁判の具体的イメージをつかめる本として、おすすめします。
(2015年10月刊。1500円+税)

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