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老後破産

カテゴリー:社会

(霧山昴)
著者  NHKスペシャル取材班 、 出版  新潮社
  いまの政治は「貧乏人」に本当に冷たいですよね。まともに税金を払っていない大企業には法人減税をどんどんすすめ、庶民には消費税10%を押しつけようとしています。
  政治って、弱者を保護するために必要なものだと思うのですが、アベ政権のやっていることは弱者切り捨てそのものです。そして、自分もその弱者になるかもしれない人たちが、その自覚のないまま「自己責任」論に踊らされています。
  この本を読むと、老後破産というのが、多くの日本人にとって、「明日は我が身」という状況にあることがよく分ります。その状況はあまりにも寒々としています。
  今のNHKは、モミイ会長の下で、アベ政権にタテつかない報道がひどくなっていますが、それでもまだ、こんな良心的な番組が残っているのを知ると、ほっとします。
  いま、超高齢社会を迎えた日本で「老後破産」ともいえる現象が広がっている。
  「お金がないので、病院に行くのをガマンしている」
  「年金暮らしなので、食事は1日1回。1食100円で切り詰めている」
  現に「老後破産」状態にある人も、実は、みな若いころには、そんなことはありえないと考えていた。元気に働いているし、税金も払っているから、自分の老後は政府がなんとかしてくれるはず・・・と、幻想を抱いていた。
  お金がないから、電気をまったく使わないで生活している人がます。もちろんテレビは見ません。乾電池で聴けるラジオだけ・・・。なんということでしょうか。
  年金を10万円(月額)うけとっているので、生活保護の適用はないと考えている人がいる。まったくの誤解。そして、自宅(持ち家)があるから生活保護は受けられないと考えている人が多い。これも誤解。
  大阪の橋下市長は「生活保護は甘すぎる」と攻撃していますが、とんでもありません。生活保護を受けられるはずの人の多くが申請すらしていないのが日本の現実です。実に冷たい人物です(橋下氏が弁護士だというのが本当に残念です)。
  貧乏したら何が辛いかって、周りの友だちがみんないなくなること。だって、お金がないから食事会やら旅行に参加することができない。誘われるたびに断っていると、次第に断ることが辛くなる。そうすると、顔をあわせなくなる。そのうち誰からも誘われなくなる。
  東京では年収150万円が生活保護の水準。3割をこえる人がそれに該当する。
  配偶者を亡くすと、年金が一人分減ったために生活を維持していけなくなる。
年金も介護保険も、家族と同居するのがあたりまえの時代につくられたもの。今は違う。しかし、制度の見直しはされていない。
  餓死者まで頻発する現代日本社会をとらえたNHKの番組が本になっています。本当になんとかしなくてはいけません。年金一揆が起きて不思議ではないのです。
(2015年8月刊。1300円+税)

関東軍とは何だったのか

カテゴリー:日本史(戦前・戦中)

(霧山昴)
著者  小林 英夫 、 出版  中経出版
 泣く子も黙る関東軍。威張りちらして、市民の安全なんか気にもとめない横暴な軍隊というイメージの強い関東軍の実体に迫った本です。
関東軍は生まれ落ちたその日から、戦争というよりは外交、軍事というよりは政治に多くのエネルギーを割く集団だった。
鉄道守備隊であったから、関東州の旅順、大連から満州中央部の奉天(藩陽)、新京(長春)へと中国東北の懐に奥深く食い込んだ軍事集団であることから、現地東北の政治勢力との折衝を余儀なくされる宿命を胚胎していた集団だった。
関東軍は、45年8月のソ連参戦で圧倒的兵力を前に衆寡敵せず、完敗を喫して短期に解体された。日ソ中立条約を盾に北方への守りを楽観視し、ソ連参戦の時期を続み誤り、60万人に及ぶ将兵を捕虜としてシベリア抑留させることとなる失態は、政治と外交重視で、軍事面での錬成を欠いたこの軍団の末路を飾るにふさわしい結末だった。
関東軍の「関東」とは、中国の山海関、すなわち万里の長城の東端の要塞の東の意味である。
関東軍の前身は、満鉄(南満州鉄道)の沿線付属地を防衛する軍隊である。
満鉄の設立総会は1906年11月。資本金2億円、うち1億円は日本政府の現物出資、残り1億円は日本での様式募集とロンドンで募集された外債に依存していた。満鉄は日米の共同経営ではなく、日本の国策を実現する株式会社として、その産声(うぶごえ)をあげた。
敗戦時の満鉄従業員は40万人に近く、うち日本人が14万人ほど、残りが中国人など。
1906年に満鉄が営業を開始すると、関東都督府、満鉄、領事館の三者による満州統治の歴史が始まった。
1914年、原敬内閣は関東都督府を廃止し、関東庁と関東軍を創設した。1919年4月、関東都督府から軍事部が分離する形で関東軍が設立された。
関東軍は、当初は満鉄沿線を警備する独立守備隊6個大隊と日本から派遣された駐劄(ちゅうさつ)1個師団から編成された。
1931年9月の満州事変までの関東軍は、控え目で、つつましやかだった。1931年9月、満州事変が勃発し、翌32年3月までの半年足らずで関東軍は満州全土をほぼ手中におさめた。
関東軍は、周到な作戦と奉天軍閥・張学良の無抵抗主義に助けられて、満州全土を占領し、1932年3月に満州国を作りあげた。
満州国で実権を握ったのは国務院であり、その中核は総務庁だった。関東軍参謀部第三課が中心になって総務庁に伝達した。
関東軍は、正面には中国人を立てながら、背後から日本人がこれを制御する「内面指導」を実施した。
関東軍の幹部は、ソ連赤軍で進行していたスターリンによる粛清(テロル)を過大評価し、日満と極東ソ連軍の兵力差を深刻には考えなかった。
関東軍は、満州事変の直後から満州国の主要な財源としてアヘン収入を当て込んでいた。歳入の8分の1はアヘン税だった。
軍人に政治をまかせると、その無責任さによって社会は崩壊してしまうという実例が満州国でしょう。古き良き日本、なんてものではありません。アベ首相は単なる妄想に走らされているだけです。
(2015年3月刊。2500円+税)

たまたまザイール、またコンゴ

カテゴリー:アフリカ

(霧山昴)
著者 田中真知 、 出版  偕成社
  いやはや、大変な旅です。アフリカの大河を若い夫婦で丸木船で旅行し、また20年後に青年と旅したのです。驚き、かつ呆れつつ、その蛮勇とも言うべき実行力には頭が下がります。おかげで、こうやってアフリカの生の情報が得られるのですから・・・。
  アフリカ大陸の中央部を流れるコンゴ川を妻と二人で丸木舟を漕ぎ、1ヶ月かけて川を下った21年後に、再びコンゴ河を今度は日本人青年とともに下った。
  この二つの体験記が写真とともに紹介されています。いずれも無事に旅を完遂できたのが奇跡のようなスリルにみちた冒険の旅でした。1991年のときのほうが2012年よりも、客観的には安全だったように思いました。
  コンゴ河があるのは、旧ザイール、今のコンゴ民主共和国です。まずは1991年のザイールの旅です。
当時、ザイールはアフリカ好きの旅人の間では特別な存在だった。圧倒的なスケールの自然と、カオスの国に生きる人びとのパワーが旅人の好奇心を刺激してやまなかった。
  ザイール河(コンゴ河)には、オナトラと呼ばれる定期船があった。定期船とは名ばかりで、いつ入港するかもわからなければ、目的地までの日数も3週間だったり、1ヶ月だったり、まちまちの船だ。オナトラ船は船の形をしていない。一隻の船ではなく、六隻の船をいかだのようにワイヤーでつないだ全身200メートルほどの巨大な船の複合体だ。
  船内の屋台では、串にさして揚げたイモムシを辛そうな赤いタレにつけて売っている。子どもたちは、生きたやつをそのまま口に放り込んで食べる。踊り食いだ。
  猿のくん製は、独特のすっぱい臭気を発している。くん製というより焼死体に近い。
  流域の村人にとってオナトラ船は物資を手に入れる唯一の機会であり、現金を使える唯一の場所だった。村に現金をもち帰ったところで使う機会はないし、とほうもないインフレのために、お金を手元に置いておくと、またたく間に紙切れ化してしまう。だから、現金を手に入れたら、みな一刻も早く何かを買って現金を手放そうとする。ババヌキと同じだ。
  流域の村には、モコトと呼ばれるタイコがある。大木の幹をくりぬいたもので、トーキング・ドラムだ。流域の人々にとって、なくてはならない重要な通信手段になっている。モコトを使うと20キロ離れた村と対話ができる。
ナオトラ船では屋台まで食べ物を買いにいくのに、往復300メートルに40分もかかる。ナオトラ船には5000人が乗っている。うひゃあ、とんでもない船です・・・。この中には100人か200人の無賃乗船客がいる。
  2012年のコンゴの旅のときには、このナオトラ船はありませんでした。そして、モコトも消えています。
  コンゴの首都キンシャサは、昼間でも外国人が外を歩いてはいけない。誘拐や強盗にあう危険があるから。外国人は自家用車でなければ外へ出ないのが常識になっている。
  キンシャサ市内は、ホテルもビルも中国資本が多い。ともかく中国の進出がすごい。
  コンゴでは、庶民から政治家まであらゆるレベルで、「これをくれ」「あれをくれ」という体質がしみついている。これがアフリカ諸国の中でもとくにひどい賄賂体質や汚職に結びついている。
  市場にある商店のほとんどは中国人やアラブ人、インド人の経営で、コンゴ人は、使われているばかり。鉱物資源の輸出は地元経済をうるおしてはいない。
  政府高官は賄賂をとることしか頭になく、地元経済の活性化には無関心だ。
  コンゴの紛争を大きくし、長期化させたのは、資金や武器を供与している外国勢力の存在があったから。モブツ独裁政権が32年にわたって存続できたのは、資金提供を続けたアメリカの存在があった。なぜ提供するのか、それはコンゴが世界有数の天然鉱物資源に恵まれた国だから。ダイアモンド、金、銅、タンタルやコバルトといったレアメタルを算出している。
  コンゴでは、毎年、東京都の1,6倍の森が焼失している。
アフリカの旅で著者が得たことは何か・・・?不条理や理不尽が束になって襲いかかって来ても、なんとかなることが分った。そういうことが際限なく繰り返されているうちに、こうでなくてはダメだという思い込みのハードルがどんどん低くなっていった。
  世の中は、ありとあらゆる脅威にみちていて、それに対して保険をかけたり、備えをしたり、あるいは強大なものに寄りそったりしないことには生きていけない。そんな強迫観念を社会から常に意識させられているうちに、自分は無力で、弱く、傷つきやすい存在だと思い込まされてしまう。でも、ここでは自分でなんとかしないと、何も動かない。乏しい選択肢の中から、ベストとはほど遠い一つを選び、それを不完全な手段でなんとかする。状況がどんなに矛盾と不条理に満ちていても、それが現実である以上、葛藤なしに認めて取り組むしかない。そういうことを繰り返していると、意外になんとかなったりするし、なんとかならなくても、まあ、しょうがないやという気になる。まあ、しょうがないやと思えることが、実はタフということなのだと思う。いずれにしても、世界は偶然と突然でできている。それを必然にするのが生きるということだ。それがコンゴ河の教えだ。
  私のように、若いころから好奇心はあっても冒険心の乏しい人間にとっては、無茶すぎ、無謀すぎる危険きわまりない旅です。うらやましくて仕方がありませんでした。
  今後とも、元気に世界を旅行してレポートを書いてください。
(2015年7月刊。2300円+税)

薬石としての本たち

カテゴリー:人間

(霧山昴)
著者  南木 佳士 、 出版  文芸春秋
  この著者の書いたものは、心の奥底に何かしら触れあうものがあるので、どうにも私の得意とする飛ばし読みができません。わずか190頁足らずの本なのですが、読み終えるのに1時間どころか、半日もかけてしまいました。なんといっても、医師の体験を通して人間の生死と絶えずかかわっていること、そして著者自身がパニック障害そしてうつ病にかかってきたことからくる文章の重みが、頁をめくる私の手を遅くしているのでしょう・・・。
  私は床屋には月に1度、行くのを楽しみにしています。格好の昼寝タイムなのです。瞬間的にぐっすり眠ることができる心地よさが何とも言えません。ところが、著者は、一人で床屋に行けなくなってから20年以上になるというのです。
著者は60歳のとき、還暦記念出版として短編小説とエッセイを集めた本を出した。文学界新人等を受賞してから作家登録して30年、全部で30冊の本を出した。
  小説やエッセイを仕立てる気力がないときには、他者の話を聞いて編集者とともに一冊の本に仕立て上げる行為は、かろうじて作家であることを確認する一所懸命の力仕事だった。
漢字をひらがなにするのを「ひらく」という。ひらきすぎると、わざとらしくなる。しかし、漢字が適度にひらかれた文章は風通しがよくなる。
  人間ドッグの受診者は、自費で安心を買いに来ている人たちだから、可能なかぎり安心を売ってあげる。ただし、安心の安売りはしない。
  私は、40代前半から、人間ドッグに入るようにしてきました。これは、「安心を買いたい」からなのですが、平日に公然と休んで本を読む時間を確保するためでもあります。歳をとるに従い、あちこち不具合が発見されるようになりましたが、あまり気にしすぎないように努めています。まあ、それでも気にはなるのですが、、、。
  作家は書いたものを何度も推敲し、一応の完成稿をしばらく寝かせたのち、読者になりきって読んで不満な部分をさらに加筆、修正し、納得のいったところで編集者に送り、その意見に耳を傾け、主として書きすぎた部分を削ってから世に問う。それが作家のあるべき姿だ。
  これって、モノカキ思考の私にとって、よく分かる言葉です。10年ほど前に映画にもなった著者の「阿弥陀堂だより」っていい本でした。そして、すばらしい映画でしたね・・・。
(2015年9月刊。1500円+税)

虫めづる姫君

カテゴリー:日本史(平安)

(霧山昴)
著者  作者未詳(蜂飼耳・訳) 、 出版  光文社古典文庫
  「堤中納言物語」は、平安時代後期から鎌倉時代にかけて書かれた短編物語集。作者も、編者も不明のまま。
  当時は、歌の贈答がとても重要だった。だから、歌の力を書いた物語は、大いに好まれた。なかでも、特筆すべきは、この本のタイトルになっている「虫めづる姫君」。「あたしは虫が好き」と現代文に訳されています。
  毛虫って、考え深そうな感じがして、いいよね。そういいながら、朝に晩に毛虫を手のひらに這わせる。毛虫たちをかわいがって、じいっと、ごらんになる。
「人間っていうものは、取りつくろうところがあるのは、よくないよ。自然のままなのが、いいんだよ」
  この姫君は、そういう考えの持ち主だ。
  世間では、眉毛を抜いてから、その上に眉墨で書くという化粧が一般的なのだけれど、そんなことはしない。歯を黒く染めるお歯黒も、おとなの女性ならする習慣なのに、めんどうだし、汚いと言って、つけようとしない。白い歯を見せて笑いながら、いつでも虫をかわいがっている。 
「世間で、どう言われようと、あたしは気にしない。すべての物事の本当の姿を深く追い求めてどうなるのか、どうなっているのか、しっかり見なくちゃ。それでこそ因果関係も分かるし、意義があるんだから。こんなこと、初歩的な理屈だよ。毛虫は蝶になるんだから。
とはいえ、この姫君は、御姫様としての作法をまったく守らないわけでもない。たとえば、両親と直接、顔をつきあわせて対話することは避ける。鬼と女は人前にでないほうがいいんだよ、と言って、自分なりの思慮を働かせている。
毛虫は脱皮して、羽化して、やがては蝶になる、物事が移り変わっていく過程そのものにこの姫君は関心を持っている。
  つまり、探究心をお持ちなのです。
  身近に雑用係として置く男の子たちの呼び名も、一般的なものではつまらないと考え、虫にちなんだ名をつける。けらず、ひきまろ、いなかたち、いなごまろ、あまびこ。姫君は、そんな名を男の子たちにつけて、召し使っている。
  すごい話ですよね。まるで現代の若い女性かのような行動と言葉です。古典といっても、ここまで来ると、まさしく現代に生きています。
(2015年9月刊。860円+税)

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