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コブのない駱駝(らくだ)

カテゴリー:社会

(霧山昴)
著者 きたやま おさむ 、 出版  岩波書店
「帰って来たヨッパライ」そして「イムジン河」で有名な(といっても、若い人は知らないのかもしれませんが・・・)フォーク・クルセイダーズの一員として音楽活動をし、その後は、作詞家になり、さらには医科大学を出て精神科医になって、九州大学で精神医学を教えてきた著者が、自らの歩みを精神分析してみた、面白い本です。
タレント本とはまったく異なり、一味(ひとあじ)違った、スルメのようにかみしめるほどに味わい深い本です。
「きたやまおさむ」の名で活動してきた自分を、精神科医の「北山修」がながめて書いている。この出演する自分をながめて、その台本を読みとり、味わうという仕組みは、実は、人が生きていくうえで、とても重要なシステムだ。それで、自らの人生をいわば、「劇」のように、ながめて考えてみることを「劇的観点」と呼んで、提唱している。
精神分析家は、自らを積極的には語らない。いえ、そうしてはならないのだ。精神科医の仕事は、自らが「白紙」になることによって、患者に自由に想像してもらい、正直に思うところを語ってもらうのが基本だ。もし、精神科医が、「私は、こういう人間です」と公言してしまったら、患者にとって、目の前の精神科医は「白紙」ではなくなってしまう。
「劇的観点」を成り立たせるには、それを描き出すための言葉や文章が必要となる。そして、比喩(ひゆ)をうまく使うことは、生きていくうえでも大切なことだ。
「遊び」は、とても重要。仕事だけでなく、食べる、寝るといった生理的な部分だけでもなく、それらとは関係のない時間をもてている人。内的にも外的にも、道草できる領域をもっている人。そうした休息や趣味の領域を確保していることが、実は、人間の健康や創造性にとっても大切なのだ。
人には、暴力的な欲求がある。それを人はコントロールしなければいけない。人間のなかの暴力性をコントロールするためにも、罪悪感をもち続けることは大切だ。
『帰ってきたヨッパライ』はなんと、280万枚を売りあげたとのこと。すごいことです。私が東京で大学生活を始めた年の12月のことです。町を歩いていると、いつでも、どこでも、この曲が流れていました。レコード盤なんか買う必要もなく、音痴の私だって覚えてしまったほどです。
翌1968年10月には、グループは解散します。東大闘争が始まっていて、授業がなくて、私は集会とデモ、そしてセツルメント活動に明け暮れていました(決して全共闘ではありません)。
著者は、1968年10月にヨーロッパ旅行に出かけるのでした。大学2年生のころの私は貧乏でした(1ヶ月1万3000円で生活していました。親は大変だったと思いますが、当時は、親が子どもへ仕送りするのは当然だと考えていました。スミマセン)から、海外旅行なんか、夢みることすらありませんでした。
作詞家と精神科医には似たところがある。作詞は、人間の心の中と交流し、その中にあるものを言葉として紡(つむ)ぎ出していく行為である。精神医学もまた、本人や周囲の理解できない心の現象を言葉で、分析、説明する仕事でもある。
いやはや、さすがは精神分析医だとうならせる言葉に圧倒されてしまいました。かつて歌ってましたという軽佻浮薄なところは、微塵もありません。
心の宇宙は、空よりも広く、海よりも深い。まだまだ、その意味は読みとられて、言葉になるのを待っている。
うひゃあ・・・、そ、そうなんですね。それって、まだ、ぼくの出番だって、あるっていうことなんですよね・・・。そんな読後感が、しばし幸福感をもたらしてくれました。
(2017年5月刊。1800円+税)

サバイバル登山家

カテゴリー:人間

(霧山昴)
著者 服部 文祥 、 出版  みすず書房
すさまじい山行記のオンパレードです。私には絶対に出来ませんし、まねしたくもありません。そんな私がこの手の本を読むのは、まさしく、怖いもの見たさ、です。お化け屋敷なんか、のぞきたくもありませんが、冬の山をほとんど何も持たずに単独行するなんて、まさしく人間技(わざ)を超えていますし、気狂い沙汰というか正気の沙汰ではありません。
山には逃れようのない厳しさがある。そこには死の匂いが漂っている。
だからこそ、そこには絶対的な感情がある気がする。
生きようとする自分を経験すること、登山のオリジナルは、そこにある。それは今も変わらない。
自分の内側から出てくる意思や感情を求めていた。厳しい現実が次から次へと降りかかってくるような窮地や、思いもよらなかった美しいものを目にしたときに、自分が何を感じるのかを知りたかった。
サバイバル登山のときは、電池で動くものは何も持っていかない。時計、ヘッドランプ、ラジオはもたない。太陽によって時間を知る。コンロとか燃料ももっていかない。マットやテントもおいていく。
最大11日間の山行にもっていく食料は、お米5合、黒砂糖300グラム、お茶、塩、胡椒だけ。タープを張って雨を避け、岩魚を釣って、山茶を食べ、草を敷いてその上に眠り、山にのぼる。
ヤマカガシ(毒ヘビ)を見つけると、頭を踏んづける。腹から溶けかけたカエルが出てきたら、この未消化カエルとヤマカガシとヒラタケを塩味のスープにする。
岩魚を釣ったら、内臓はスープ用にとっておき、卵は塩漬けにする。
岩魚は、さばいたら塩・胡椒をして、近くの枝にぶら下げておく。こうしておくと、よけいな水分が抜け出て、くん製づくりがうまくいく。
カエルは皮をむいて、毒腺から出た毒をよく洗い、内臓はごめんなさいと森に投げ、身だけをくん製にする。
夜は暗く、怖い。朝、明るくなると自然に目が覚め、ふたたび、光のもとに戻ってこれたことを感謝する。太陽の高さで時間を知り、雲の流れで天気を予想する。焚き火をおこして夜に備える。山のなかで、自分の身体がたしかに存在しているのを感じる。
サバイバル登山を経て、生きるための知識と能力が少しずつ増えているのが分かる。そして、自分が強くなった手応を感じる。
岩魚は、大物は刺身、その他はくん製にする。岩魚をさばくのも一仕事だ。ワタ(内臓)もアラも捨てない。捨てるのは、胃袋の中身とニガリ玉とエラだけ。それが岩魚への礼儀だ。
岩魚のくん製は、保存のきく行動食であり、おかずであり、味噌汁の出汁でもある。カエルは、おやつ専用だ。
岩魚を焚き火でくん製にするとき、3種類ある。汁っ気の多い塩焼き、しっとりとしたくん製、カリカリの焼き枯らし。
乾いた衣服と寝袋そして雨をさえぎってくれる空間があれば、そう簡単に人は死なない。
行動用の服と泊まり場用の服を分けておく。泊まり場用の服とは、毛の下着、ステテコとラクダのシャツ。完全防水を可能するビニール袋が必携。
朝は5時半から6時のあいだに出発する。そして午前9時を過ぎるまでザックはおろさないし、何も食べない。午前9時を過ぎたら1時間ごとに休みはじめ、ちょくちょく何かを食べる。昼の12時から14時までに、その日の泊まり場を決める。
いやあ、すごいですね、こんな登山家がいるのですね。恐れいりました。
(2015年12月刊。2400円+税)

毒々生物の奇妙な進化

カテゴリー:生物

(霧山昴)
著者 クリスティー・ウィルコックス 、 出版  文芸春秋
生物の毒を研究している某学者は、26種類の毒ヘビに咬まれ、23回も骨折し、3尾のスティングレイ類と2匹のムカデ、そして1匹のサソリの毒液に触れた。これで、よくも死ななかったものです。私は学者にならなくて良かった・・・。
咬みつく種は、毒液を主に攻撃のために用いる。刺す方の種は防衛のために用いる。もちろん、それぞれ例外はある。サソリやクラゲは、針で刺して餌となる生物を殺すし、スローリスは身を守るために相手を咬む。そして、クモは、しばしば毒液を両方の目的のために使い、必要に応じて攻撃から防衛へと切り替える。
夜行性の毒ヘビに咬まれたときは、比較的痛みが少ないため、その場では大丈夫だと思い込みやすい。そして医師の介護と抗血清がすぐに必要だったと気がつくのは、何時間もたって、徐々に麻痺が進行し、呼吸が困難になってからのこと。そのときには手遅れになっている。
アンボイナガイの致死率は70%。一気に麻痺が進行して、数分のうちに死んでしまう。
毒ヘビに対して、もっとも強い耐性をもつのは、ヘビを日常的に食べる動物たち。ミツアナグマ、マングース、オポッサム、ハリネズミなど・・・。
毒ヘビが毒液をつくることの代謝コストはきわめて大きい。
アメリカで1年間の毒ヘビによる8000件の咬傷事件で、そのほとんどは、ガラガラヘビによるもの。ガラガラヘビは、自分の防御のためしか人間を咬まない。人間は身体が大きいから、すぐに死ぬこともない。
毒々生物というのは、人間にとって毒であると同時に、生命を助ける薬にもなる存在のようです。そこがこの世の面白いところですね・・・。
(2017年6月刊。1600円+税)

鳥類学者だからって、鳥が好きだと思うなよ

カテゴリー:生物

(霧山昴)
著者 川上 和人 、 出版  新鳥社
かなり人を喰ったタイトルの本です。フザケっ放しの本かと思うと、内容はすごくまともな調査・研究の日々の苦しさ、辛さがあふれています。
好きじゃなかったら、とてもやれそうもありません。だって、無人島に上陸して何日も滞在して、落石注意のために夜ねるときもヘルメットをつけていたり、夜中に徘徊するというのですよ。あげくに耳の中に大きな蛾が入りこんでしまって、翌日まで悶絶しているなんて、すごすぎます。私だったら、絶対にガマンできません。
DNA分析の結果は意外なことが多い。たとえば、小笠原群島のヒヨドリは、伊豆諸島から南下したものではなくて、遠く1800キロの彼方にある沖縄南部の八重山諸島のヒヨドリ由来だ。そして、やや近くの火山列島のヒヨドリこそ伊豆諸島に由来している。ところが、小笠原初頭のヒヨドリと火山列島のヒヨドリとは交雑していない。
これって、不思議なことですよね・・・。
ヤギを人間が肉を食べるために島で飼うと、島の植物をたちまち食べ尽くしてしまう。島の草地が消失し、裸地化していく。だからといってヤギを駆除すると、外来植物が激増する。そして、ヤギに食べられなくなった外来種のクマネズミも増加する。
海鳥の飛翔力は、ケタはずれだ。風に乗れば、1日で数百キロメートルの移動も可能である。
鳥は、なるべく元の繁殖地に残ろうとする。それは、別の場所では必ずよい条件があるとは限らないということ。実績のある場所への執着が鳥の繁殖成功率を高める手段である。
さし絵の鳥の姿を見ているだけでも、心がなごんできます。それにしても、我が家の庭の木で初めて育っていたヒヨドリの赤ちゃんがヘビに食べられたのにショックを受けたことを思いだしました。
元気で、無理せず、引き続きがんばって下さい。
(2017年6月刊。1400円+税)

八法亭みややっこ、世界が変わる憲法噺

カテゴリー:司法

(霧山昴)
著者 飯田 美弥子 、 出版  花伝社
着物姿がぴったり似合う女性弁護士です。
落語家としての気風(きっぷ)の良さが人一倍なのは、高校生(水戸一高)のときの落語研究会(おちけん)以来のキャリアがあるからです。
32歳で離婚して、法律事務所で事務員として働きながら受験勉強をして司法試験に合格。40歳で弁護士になりました。
「あなたの当たり前が、私の当たり前とは限らない」日本では、その意識が弱い。みんな違って、みんないい。この金子みすずの詩が評価されているのは、多くの日本人が同質でないと不安になることを反映しているのかもしれません。
みややっこさんは、東京は八王子の現役の弁護士です。現役としたのは、弁護士の本業のかたわら日本国憲法の意義を落語によって語っているからです。日本全国を駆けめぐっています。ちょっと前に本人から聞いたのは、宮崎と佐賀ではまだ話していないということでした。その後、九州全県を制覇されたのでしょうか・・・。
憲法ネタは、著者オリジナルです。そして、著者の噺は90分(1時間半)かかります。
ごく最近、私の知人が古典落語に挑戦しはじめたのですが、今は、まだせいぜい30分しかやれないと正直に告白していました。なのに、90分、憲法を落語として語るのですから、すごいものです。私は、実は、DVDで見聞しただけなのですが、それはそれは堂々たるものでした。さすがは高校生以来のキャリアです。まったく堂々たる落語家です。
ちなみに、「八法亭」というのは著者が東京は三多摩にある八王子合同法律事務所に所属しているからです。六法全書の連想ゲームみたいなものでしょうね。
安倍首相がモリそばカケそば疑惑から目をそらさせようとして、強引な改憲策動を前倒しにしている状況で、日本国憲法が実は身近な存在だし、それを守ることが毎日の平穏で安心な生活を保障するものだということを実感させる本でもあります。
本書は「みややっこの憲法噺」シリーズの第三弾です。著者がますます美しく光り輝かれんことを祈念しています。

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