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ビキナーズ・ドラッグ

カテゴリー:社会

著者 喜多 喜久 、 出版  講談社
製薬会社で、新薬をつくり出す過程が面白く展開していきます。珍しい病気の症状とそれに合う新薬の化学式がいかにも詳しく、ありそうに思えます。ですから、こりゃあ取材が大変だったろうなと思って読み終わり、著者の略歴を知ってナットクしました。
著者は、なんと東大の薬学系大学院を終えて、大手製薬会社に研究員として勤めていたようです。なるほど、道理で製薬会社内の動きが真に迫っているわけです。
要するに、製薬会社は絶えず新薬を開発して成績をあげていく必要があるのです。しかし、新薬をつくり出すのは簡単なことではありません。人間とお金を投入しても、必ず成果を上げられるという保証は何もありません。たいていの新薬創生への取り組みは、結局のところ失敗してしまうのです。
営利会社として先行投資にも限度があります。しかし、たまには採算を度外視して冒険に乗り出さないと会社に勢いがなくなり、ついには事業の存在自体が危うくなってしまいます。その前に優秀な社員から、いち早く逃げ出していくのです。
新薬開発という、なじみの薄い分野で、読み手をハラハラドキドキさせながら、ひっぱっていく筆力はたいしたものです。民事裁判の前後と、わずかな待ち時間まで本を開いて読みふけってしまいました。
(2017年12月刊。1500円+税)

写真で読む三くだり半

カテゴリー:日本史(江戸)

写真で読む三くだり半
(霧山昴)
著者  高木 侃 、 出版  日本経済評論社
 江戸時代、夫は自分勝手な理由で妻と離婚して家から追い出すことが出来た。これがかつての確立した通説でした。しかし、今は著者の長年の研究成果によって、これは間違いだとされています。この点は今では高校の教科書にも反映されています。
 江戸時代の女性の地位は、これまで考えられていたほど低いものではなかった。「三下り半」(みくだりはん)は、妻にとっての再婚許可状だった。
「三くだり半」が夫の妻権離婚を示すものというのは、まったくの誤解なのです。むしろ、江戸時代の日本女性は亭主を尻に敷いていたことは、当時の世相をあからさまに明らかにした『世事見聞録』によっても明らかです。
また、明治になってからも、女性は自由に離婚・再婚を繰り返していました。これは、戦前の熊本県で民俗調査をしたアメリカ人学者夫妻が実証しています(『須恵村の女たち』)。
離縁状(離婚のときの「三下り半」)が3行半になっているのは、中国の離縁状の模倣であるというのが著者の見解です。
「勝手につき」とあるのは、妻に責任がないこと、妻の無責性を表明しているだけのこと。妻に落ち度があったとしても、それを言わずに自ら(夫)が悪い、責任があると表明した。これによって、男性は男子の面目を施した。つまり、夫権優位の名目(タテマエ)を保ったのである。
妻から離婚を請求したときは、妻のほうが趣意金(慰謝料)を支払う必要がある。なお、妻の残余の財産は返還された。
朱肉は当時、ほとんど使われていなかった。堺と江戸・京都に朱座が設置され、朱と朱墨を独占的に販売している権利を幕府から認められていた。
妻が前夫から離縁状をもらわず再婚したら刑罰が科せられた。離縁状なく再婚した妻は、髪を剃り親元に帰された。また、夫のほうも離縁状を前妻に渡さずに後妻を迎えると、「所払」(ところばらい)の刑罰が科せられた。
著者の収集した離縁状が100枚もの写真つきで紹介され、詳しい解説があります。ひょっとして江戸時代は今よりも自由に離婚していたのでは・・・。そう今の私は考えています。少なくとも誤解しないようにしたいものです。
(2017年10月刊。3200円+税)

ハッパのミクス

カテゴリー:アメリカ

(霧山昴)
著者  トム・ウェインライト 、 出版  みすず書房
 いろいろと大変勉強になりました。刑務所の処遇を非人間的なものにしておくことは、マフィア予備軍を養成しているようなもので、安上がりのつもりが、かえって社会的コストは高くつくことになる。なーるほど、です。
マフィアはフツーの商取引、たとえばゴミ収集・処理にも介入していて、2~5%の手数料をとる(5%のときには、政治家が2%とる)。これは、日本の建設会社と暴力団の関係と同じです。
コカイン(ヘロイン)のアメリカの得意客には、白人の中年女性が大きな比重を占めている。薬物依存症の人々だ。アメリカの医師がオピオイド系鎮痛薬を処方すると、その過剰処方によって薬物依存症の患者が生まれる。アメリカのヘロイン中毒者の3人に2人は、処方鎮痛薬の乱用から依存症にすすんだ。
 アメリカでは年間170万人が麻薬がらみで逮捕されていて、25万人が刑務所に収監されている。違法薬物との戦いに年間200億ドルを拠出している。1990年代以降、アメリカのコカイン常習者は150万人から200万人のあいだで推移している。
 コカインは世界各国で消費されているが、そのほとんどが南米の3ヶ国、ボリビア、コロンビア、ペルーに発する。コカイン畑の掃討作戦は成功をおさめてきたはずだが、実際には、コカイン市場は変わらず持ち直している。南米におけるコカの作付面積は25%も減少したが、生産効率の向上によって、コカインの量はむしろ3割ほど増加している。アンデス地方で軍が続けているコカ掃討作戦は、どうみてもムダでしかない。
メキシコでは麻薬カルテルの紛争激化で6万人のメキシコ人が死亡した。エルサルバドルでは対立していた2派が手打ちしたため、4000人ものエルサルバドル人が救われた。
ドミニカの刑務所には定員1万5000人のところに2万6000人が押し込まれている。殺人は日常茶飯事で、大量虐殺も珍しくない。
犯罪組織にとって、刑務所は人材の獲得や訓練の重要な拠点となっている。囚人は、犯罪集団に雇われ、訓練を受け、出所後の仕事を約束される。カリブ海諸国の犯罪者たちは、悪臭ただよう刑務所を求人センターとして利用し、人材確保の問題を解決している。
メキシコの刑務所では、囚人たちが、エアコン、冷蔵庫、DVDプレイヤー完備の贅沢な監房をつくっていた。
ラテンアメリカの刑務所の大半は軍や警察が運営している。この状況は悲惨だ。軍や警察の底辺の人々が仕事をしている。しかし、ドミニカ共和国は、従来の3倍の給料で職員を働かせている。そのため職員を買収するのは難しくなる。
劣悪で危険な環境に置かれると、囚人は身の安全や特権を求めて犯罪集団に加わる。刑務所を安全な場とし、職業訓練をほどこせば、出所後に犯罪以外の道に進む選択肢が生まれる。
麻薬密売人は、運び屋の家族の住所と氏名を確認している。裏切ったら家族への報復がある。
小物のギャングと巨大な組織犯罪グループが手を組む一番シンプルな方法はフランチャイズ契約を結ぶこと。ただし、これも、系列組織のたったひとつの大失敗がカルテルの上層部に大打撃を与えるというリスクがある。
違法薬物は、今ではインターネットのオンライン・ショッピングで簡単に入手できるようになっている。そして、その支払いはビットコインでできる。
なるほど、世の中はこうなっているのか、いろいろ考えさせられる本でした。日本でも広く読まれるべき価値のある本だと思います。
(2017年12月刊。2800円+税)

変動期の日本の弁護士

カテゴリー:司法

(霧山昴)
著者 佐藤 岩夫・濱野 亮 、 出版 日本評論社
このタイトルだと、弁護士生活も40年をとっくに過ぎた私は手にとって読まなければなりません。なぜなら、私はいったい日本の弁護士として、どんな位置にあるのか知りたいからです。もちろん、場所的には片田舎の弁護士でしかなく、大企業の顧問など無縁ですし、国際取引などしたことも、しようとしたこともありません。そして、労働者の側に立ちたいと思って弁護士になりましたが、実際に労働者側代理人として事件にあたったことは数えるくらいしかありません。もちろん、企業側に立って労働事件をしたことは、もっと少ない(業務上横領事件で解雇する側につきました。今でも、受任したのはやむをえなかったと考えています)のです。
この本は、2010年の日弁連による弁護士経済基盤調査のデータをもとにして議論されています。この調査は、私も一会員として回答したように思います。
弁護士人口は急増中。1980年に1万1千人だったのが、1990年に1万3千人をこえ、2000年に1万7千人をこえた。ところが、2000年代に入ると増加のスピードが加速し、2010年に2万9千人近くになり、2014年には3万5千人を突破した。これは2000年からの10年で日本の弁護士が一挙に2倍に増えたということ。
この弁護士急増については、弁護士会のなかには司法改革失敗だったと批判する人が少なくありませんが、この本は別の視野で問題提起をしていて、私はなるほどそういう面はあるよね、そう思いました。
弁護士人口の拡大は、中長期的に見れば、弁護士が果たしうる役割の対する日本の社会・経済の期待が従来よりも多様かつ広範囲に拡大していることに理由がある。
そうなんです。弁護士の知恵と力は、もっと社会の隅々にまで浸透する必要があると思います。それは過疎地だけでなく、過労死するまで働かされている大企業の職場にまで、弁護士の影響力が及ぶべきだということです。企業内弁護士は増えていますが、それは企業側の立場でしかありません。それとは別の視点からの弁護士活動があってもいいように私は思います。
かつて(1980年代)の弁護士の仕事は、債権回収と不動産を扱う訴訟事件が中心だった。しかし、今や、それが大きく変わりつつある。なるほど、私の扱う事件も大きく変わりました。今では家庭内のさまざまな争いに関与することが圧倒的に多くなりました。強烈な感情がからむことの多い事件ですから、関与する私たち弁護士の側も相当に疲れます。
弁護士の勤務形態としては、単独弁護士が減って、大量の「勤務弁護士」が増えている。私の法律事務所も最高で6人、今は4人の事務所です。
私は「単独」でやっていく自信はまったくありません。というのは、ネット検索をする意思も能力もないからです。今どき珍しいと笑われるかもしれませんが、スマホではなくガラケーですし、いつもはカバンの中に入れていて、ケータイを使うことはほとんどありません。
メーリングリスト(ML)は見てはいます。私の個人ブログもありますが、入力はしませんし、できません。するつもりもありません。こんな私もワープロの時代までは自分で入力していました。
この本によると、大規模事務所ではタイムチャージ方式で経営が成り立っているとのことです。訴額が小さく、弁護士報酬がそのままでは低額になりそうな事件では、たしかにタイムチャージが良さそうです。でも、私の40年以上の経歴のなかでタイムチャージはやったことがありませんし、パソコンそのものが苦手なので、挑戦しようと考えてもいません。
集中審理方式について、私は一般論としては賛成しますが、自分について言えば、やってほしくない審理方式です。大量の訴訟・交渉案件をかかえている「田舎の弁護士」としては、回転率を上げることが必要不可欠なのです。
弁護士の所得が一般的に低下したことは間違いないと私は考えています。しかし、東京の大企業を顧問先としている弁護士たちはアベノミクスの意思を受けて相変わらず超高景気のようです。地方の弁護士は、昔ほどはもうかってはいないというレベルではないのでしょうか・・・。一定年齢以上の弁護士は、そこそこの収入を確保していると考えています。
そして、国民一般の弁護士に対するイメージの低さには驚かされます。「大企業の味方」、「金持ちの味方」、「国・行政の味方」とあります。
弁護士自身は、私も含めて、弁護士イメージは、社会的弱者や少数者の味方であるとしています。このギャップは埋める必要があるように思います。
学術書なので、仕方のないことなのでしょうが、これで5000円は高いと思いました。
(2015年2月刊。5000円+税)

レーニン、権力と愛(上)

カテゴリー:ヨーロッパ

(霧山昴)
著者  ヴィクター・セベスチェン 、 出版  白水社
 大学生のころ、レーニンの著書は私の愛読書でした。日本語訳の出来が良かったこともあるのでしょうが、社会分析と運動論が鋭くて、いつも驚嘆、感服していました。
 レーニンが若くして病気で亡くなっていなければ、スターリンによる暴政(圧政)もなかったと思うのですが・・・。プーチン大統領の祖父がレーニンの料理人だったというのも不思議な縁ですよね・・・。
この本は、レーニンが妻のクルプスカヤ(ナージャ)とは別に愛人(イネッサ・アルマンド)がいたことも重視しています。なるほどレーニンの私生活では大きな比重を占めていたのかもしれません。でも、フランスのミッテラン大統領が、「エ・アロール?」(それで、何か問題なの?)と言ったというセリフを私も言いたくなります。
 1917年10月のペトログラードでは、銀行も店も工場も正常どおり操業していて、路面電車も走っていた。劇場には満員の観客がいて、レストランも満席だった。誰も革命が進行していることを知らなかった。200万人の人口の大都市で、蜂起に加わったのは、最大でも1万人だ。
 レーニンは母親とほとんど会っていないけれど、定期的に母親へ手紙を書いて送っていた。母親はレーニンが無条件で愛情を示した唯一の人間だった。レーニンの母親にはユダヤ人の血が入っていたが、レーニン自身は、そのことを知らなかった。
レーニンの兄はロシア皇帝の暗殺未遂によって、21歳で絞首刑となった。帝政ロシアの最後の25年間に大臣、県知事、高級官吏、陸軍高級将校など、2万人ほどが革命グループによって暗殺された。
レーニンは弁護士資格をとったが、弁護士として活動した期間は長くない。レーニンは、弁護士を憎んでいた。
「弁護士は強権的に支配し、非常事態下に置き続けなければならない。なぜなら、このインテリのくずは、しばしば汚い手を使うからだ」
ええっ、そこまで言わなくても・・・と、弁護士である私は悲鳴を上げます。
 レーニンは、その一生涯に家族や友人などへの手紙を除いて1000万語以上を執筆し、出版した。レーニンの文章は明晰で説得力があり、非常に効果的にアイロニーを使った。レーニンは自分では外国語に堪能だと考えていたけれど、実際には、そうではなかった。ドイツ語、英語、フランス語を勉強していたが、会話は初め、あまりできなかった(あとでは話せた)。
 ロシアの秘密警察はレーニンがどこにいて、何を書いているのか、どの集会で演説しているのかを常に把握していた。
レーニンは、あまりにも人を信じやすい人柄だった。レーニンは、マリノフスキーを信用していた。マリノフスキーが秘密警察のスパイだという証拠が出てきて初めて、レーニンは「ろくでなしの正体が見抜けなかった、なんたる豚野郎だ」と自分自身をののしった。陰謀と謀議に明け暮れ、他人に対して容赦がなく、猛烈に秘密好きな人間にしては、レーニンは無邪気にも信じやすい一面があった。
レーニンは、組織運営に関する洞察力をもっていた。レーニンは、鉄のような意思と不屈のエネルギーを体現していた。レーニンは食べ物に興味がなかった。レーニンは猫を愛した。レーニンは整理整頓を旨とした。レーニンは、コミューンから離れたアパートに住むことにこだわった。
レーニンは金持ちだったことはなく、派手な生活をしたこともない。しかし、お金に困ることもなかった。質素に暮らしていた。
初期のレーニンがもっていた最大の手腕は、楽観的な考え方と希望を鼓舞する力である。レーニンは、意気盛んで、快活な人間に囲まれていることを好んだ。ゴーリキーは、レーニンについて、人間としては好きだが、政治家としては嫌いだという立場を崩さなかった。
レーニンは、個人の暗殺や体制の特定メンバーを暗殺の標的にすることに意味があるとは考えなかった。それは無意味な「一騎打ち」だと論じた。
レーニンの最大の特技の一つは、会議をまとめること。レーニンは、相手を取り込み、命令する能力をもっていた。レーニンは、それが自分の主張にあうと考えたら、戦術を180度転換することができた。
レーニンは祖国ロシアの敗戦を望んだ。敗戦が革命の火種(ひだね)になると考えた。
ロシア革命が起きて100年たちました。今では「資本主義、万歳!」と叫んでいるのは1%の人々だけなのではないでしょうか・・・。多くの人々は、共産主義はひどい結果をもたらしたけれど、資本主義だって似たようなものだと今では考えているように思います。マルクスやレーニンの目ざしていた理想を今あらためて考えてみてもいいように思うのです。なんといっても、99%の人々が明るく、食べていける生活を実現すべきだと思うからです。
(2017年12月刊。3800円+税)

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