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守教(下)

カテゴリー:日本史(江戸)

(霧山昴)
著者  帚木 蓮生 、 出版  新潮社
 話は、いよいよ佳境に入ります。
 広大な筑後平野のなかの一つの村でしかない今村に江戸時代を通じてカクレキリシタンが一村丸ごと残ることができた不思議が解明されていきます。
 信者を率いるリーダーが自己犠牲となり、信者たちは殉教しないで信じる道を行くことにし、村の寺院も藩当局も表向きの棄教を真に受けたふりをしていく・・・。なぜなら、彼ら村民は、いかにも真面目な農民であるため、彼らを根絶やししてしまえば領内統治の基礎がなくなってしまうからです。
 しかし、それにしても棄教を迫る残虐さは目を覆いたくなります。そのため、いかにも強い信念をもつ外国人神父ですら、例外的に棄教する人が何人か出てしまったのでした。その点、殉教を避けた今村の村民たちは賢明だったということになります。
 有馬豊氏公が願っているのは、城下の繁栄と百姓の保護。城は二の次。町人百姓の繁昌こそが城。領内から百姓が逐電すれば、家臣をふくめて領民すべてがくたびれてしまう。要するに、百姓に逃げられては、公儀は立ちゆかない。真面目に田畑の仕事に精を出し、物成(ものなり)をきちんと納める百姓は宝物なので、本当は信仰を捨てていないと思われても、お上は黙認していた。そして、村のほうでも異教徒は誰ひとり村内に入れないようにした。これで信仰が保たれた。
 今村では、男女とも20歳になると嫁婿選びが始まる。もちろん相手はイエズス教の信徒でなければならない。しかも、同じ血族で四親等以内の同族同士の結婚は禁止。そこで他村に残っている信徒から嫁を迎えたり、婿入りするほうが好まれた。そして、庄屋が、イエズス教の信徒の心得を言い聞かせる。
今村のカクレキリシタンの存続を小説化したものとして、記録されるべき本だと私は思いました。
(2017年9月刊。1600円+税)

杉山城の時代

カテゴリー:日本史(戦国)

(霧山昴)
著者  西股 総生 、 出版  角川選書
 杉山城って、聞いたこともない城ですよね。でも、これが今注目されている城なんです。なぜか・・・。
 杉山城は、埼玉県比企(ひき)郡嵐山(らんざん)町にある「土の城」。城といっても、城主である殿様以下の武士たちが居住していたものとは、どうやら違うようです。戦国時代の戦闘に備えた砦(とりで)のような城なのです。なぜ、それが注目されているのか、そして、誰が、いつつくった城なのか、少しずつ解き明かしていく本です。
 杉山城は、標高95メートル、比高42メートル。杉山城の特徴は、土橋や虎口(こぐち。出入口)に対して徹底的に横矢を掛けていること。横矢を掛けるための工夫(施設)を横矢掛りと呼ぶ。虎口から堀を渡った対岸に設けられたスペースのことを馬出(うまだし)という。馬出は一般に、城兵が逆襲に転ずる際に攻撃の足がかりとなる場所。これを局限することによって、虎口を一気に突破されないという効果も期待できる。
 杉山城の縄張りは大変に複雑だが、塁壕や通路をランダムに屈曲させた結果ではない。縄張りを構成する各部分は、敵の侵入を効果的に防ぐという観点から、いずれも合理的な説明が可能。したがって、城兵が正常に配置され機能したとしたら、攻城軍は容易には主郭に到達できないだろう。その縄張りは、あまりに緻密で論理的であるから。
 杉山城の発掘調査は、この城が領主の日常生活とも地域支配とも無縁な、純然たる軍事施設であったことを物語っている。戦国時代の比企(ひき)地方には、純然たる軍事施設としての城が次々に築かれていたのだ。
著者は杉山城について、次にように分析しています。杉山城に与えられた任務と守備隊の人数を具体的に意識し、弓・鉄砲をもつ兵を選抜して、ここに3丁、あそこに5丁といったように決められた火点に配置し、鑓(やり)をもった兵たちは白兵戦力として、まとまって使うことを考えていた。杉山城の特徴は、障碍(しょうがい)の主体を徹して横堀に求めていることにある。
 杉山城は2017年に、日本名城100選(続)に選定されたということです。かの忍城(おしじょう)とあわせて、埼玉県には見るべき城がたくさんありますよね。ぜひとも現地に行って縄張りを実感してみたいものです。
(2017年11月刊。1700円+税)

これが人間か

カテゴリー:ヨーロッパ

(霧山昴)
著者 プリーモ・レーヴィ 誠二 、 出版  朝日新聞出版
 「アウシュヴィッツは終わらない」の改正完全版です。前にも読んでいますし、このコーナーで書評を紹介したと思いますが、ポーランドのワルシャワ動物園でユダヤ人救出を実行していた実話が映画になったのをみたばかりでしたので、改めて読んでみました。その動物園では、園長宅の地下室を中継地点としてユダヤ人をゲットーから救い出して逃亡させていたのでした。命がけで、そんなことをしていた人々がいたのですね。そんな勇気と知恵には頭が下がります。
著者は1943年12月に24歳のとき、捕えられました。まだ若かったので、生きのびることができたのですね、きっと、、、。
 貸車に詰め込まれて運ばれます。著者と一括の貸車にいた45人のうち、家に戻れたのはわずか4人のみ。
 収容所に着いたとき、96人の男と29人の女だけが助かり、残りの500人は2日と生きていなかった。その選別はあまりに手早く簡単なものだった。ナチス第三帝国に有益な労働ができるかどうかが選別の基準だった。
 ラーゲル(強制収容所)では、死は靴からやって来る。囚人は自分にあわない木靴をはかされる。足はふくれあがり、歩くのに困難となる。しかし、この判断で病院に入ると死が待っている。
起床時間になると、多くの者が時間の節約のため、獣のように走りながら小便をする。というのも、5分後にパンの配給があるからだ。パンは、収容所ではただ一つの貨幣でもあった。
 よごれ放題の洗面所の汚れで毎日体を洗っても、健康をたもてるほど体がきれいになるわけではない。しかし、活力がどれだけ残っているかを知る手がかりとしては重要だし、生きのびるための精神的手段としては不可欠なのだ。
 収容所(ラーゲル)とは、人間を動物に変える巨大な機械だ。だからこそ、我々は動物になってはいけない。ここでも生きのびることはできる。だから生きのびる意思をもたねばならない。証拠をもち帰り、残すためだ。そして、生きのびるためには、少なくとも文明の形式、枠組、残骸だけでも残すことが大切だ。我々は奴隷で、いかなる権限も奪われ、意のままに危害を加えられ、確実な死にさらされている。だが、それでも一つだけ能力が残っている。だから、全力を尽くしてそれを守らねばならない。なぜなら、それは最後のものだから。それは、つまり同意を拒否する能力のことだ。そこで、我々は石けんがなく、水が汚れていても、顔を洗い、上着でぬぐわなければならない。人間固有の特質と尊厳を守るために、靴に墨を塗らなければならない。体をまっすぐに伸ばして歩かなければならない。生き続けるため、死の意思に屈しないために、だ。
 収容所にいる人々にとって、月日は、未来から過去へ、いつも遅すぎるほどだらだらと流れるものにすぎなかった。なるべく早く捨て去りたい、価値のない、余裕なものだった。未来は、月の前によけ壊しがたい防壁のように起状もなく圧色に横たわっていた。歴史などなかった。
 冬が何を意味するか、それは、10月から4月までに、10人のうち7人が死ぬことを意味する。
 人を殺すのは人間だし、不正を行い、それに屈するのも人間だ。
 ドイツの軍事産業は収容所体制の上に築かれていた。収容所体制こそがファシズムにおおわれたヨーロッパを支えた基本制度だった。
 アウシュヴィッツ収容所の内外における人間行動を直視し、究明することは、私たちとは何が、何をなすべきかを考えさせてくれます。
(2017年10月刊。1500円+税)

転落自白

カテゴリー:司法

(霧山昴)
著者 内田 博文 八尋 光秀、鴨志田 祐美 出版 日本評論社
 「日本型えん罪」は、なぜうまれるのか、というサブタイトルのついた本です。
 現実にあった間違った裁判のほとんどで、やってもいない人が「自白」をしています。この本は、やってもいない犯行を「自白」してしまうカラクリを明らかにします。
 この本の面白いところは、まず、やってもいない人が「自白」する流れを、一つの話としてまとめたところです。なるほど、無実の人がこうやって「自白」させられていくのが、読み手がぴんと来る仕掛けです。
 次に、実際にあった足利事件、富山氷見事件、宇都宮事件、宇和島事件を取りあげて問題点を解説します。警察官も検察官も、裁判官も、さらに弁護士までが、やってもいない「ウソの自白」を「ホントの自白」だと信じた。ところがひょんなことから、無実だと判断した。
 死刑判決が言い渡された事件でも冤罪事件はあった。免田(めんだ)事件、財田川(さいたがわ)事件、島田事件そして松山事件の4つ。死刑判決でも間違っていた。あやうく死刑が執行されそうになった人が少なくとも4人はいるのです。
いま、飯塚事件が問題となっています。死刑が確定して執行されてしまった人が無実だったのではないかという事件です。これは、そんな古い話ではありません。今でも、日本のどこかで無実なのにぬれ衣を着せられて泣いている人がいるかもしれないのです。
調書を中心とする供述分析は、世界中を見渡しても日本のほかには、あまり行われていない。日本の裁判は調書にもとづいてなされている。
 取り調べ場面を録音か録画されるのは、アジアでは韓国、台湾、香港ですでに実施されている。しかし、日本では、依然として取り調べ場面の全面的な可視化は実現していない。
 DNA鑑定の古いものは足利市の人口にあてはめると、同じ型の人が男性でも、100人もいるというレベルだった。ところが、新鑑定では、型が一致する確率は4兆7000億人に1人である。地球人口が70億人だとされているので、地球上に型の一致する別人はいないということを意味している。
供述調書の心理学的特性を究明する試みも紹介されています。
 犯行供述に被害者が不在であるという特徴のある供述調書は、体験記憶にもとづいて供述していると評価することは困難。
逮捕されたら、全生活を他者のコントロール下に置かれてしまう。食事、排泄、睡眠という基本的生活まで他者に支配され、自分が自由にできる範囲が大きく限局される。その結果、自己コントロール感を失う。誰も自分の無実を信じてくれる人がいないとの絶望感は、もはや無実を主張する気力を奪ってしまう。警察で認めたのに、検察庁や裁判所で否認すると厳しい取り調べをする怖い人にもどってしまうことを何より恐れる。
裁判官には、検察そして警察に対する仲間意識がある。裁判官は独立しているために孤立しがちである。
えん罪を日本からなくすために頑張っている若手弁護士との学者が、その勢いをもって書き上げた本です。広く読まれることを願います。ご一読ください。
(2012年7月刊。1900円+税)

気概

カテゴリー:司法

(霧山昴)
著者  小田中 聰樹 、 出版  日本評論社
 著者は司法改革に一貫して反対してきた学者です。当然、ロースクールも反対です。したがって、現在のロースクールの悲惨な状況は当然のこととみています。
 私自身は今回の司法制度改革を間違っていたと一刀両断するのには反対です。何事によらず歴史はジグザグしながらすすんでいくものです。司法改革のすべてをアメリカと財界の要求にもとづき発動したものとみるのは一面的すぎると考えています。
 それはともかくとして、長年にわたって司法制度の民主化のために奮闘してきた学者としてその主張には耳を傾けて、学ぶべき点が大きいと思います。この本は著者を3人の学者がインタビューした成果を基本としていますので、大変読みやすくなっています。
 著者が権力と戦ってきた原点は、小学生のとき中国大陸へ出征中の父に対して特高が治安維持法違反容疑で家宅捜索したのを目撃したことにある。たしかに、大変なショックだったでしょうね・・・。
 著者にとっての一番の教師は両親だった。このように言い切れるというのは、尊敬できる両親と良好な関係を維持していたということですね。うらやましい限りです。
 たくさんの論文を書いて本にしていますが、著者は体系的な教科書を書かなかったことが残念だということです。著者は、無罪判決請求権を中核とした刑訴法の体系をつくりたかったとのこと。いったい、どんな内容の法体系なのでしょうか・・・。
 弁護人と検察官がたたかい、最後には人民の力に依拠して勝訴し、そのことによって真実が明らかになるというのが著者の発想。これに対して松尾浩也教授は、裁判官の賢明さに信頼し、裁判官の権力によって真実が明らかになるとする。これは裁判官司法だ。
平野竜一教授は、裁判官を信頼するという立場で、誤判はめったにありえないと考えた。
東大の学者は、権力にすがって権威をもつという抜き難い考え方がある。権力の権威を笠に着て、その範囲でときどきは批判する。しかし、権力の真正面からぶつかることはしない。これが東大法学部の権威の原点。
 弁護人は被告人の意思に従属する存在ではない。弁護人には独立性があって、被告人とはある意味で対立してでも被告人の権利を守るためにたたかうべき場合がある。弁護士には弁護士固有の権利と義務があって、雇われ弁護士では言い尽くせない、独立性と権限がある。
著者の人物評は面白いです。宮本康昭さんは素晴らしく頭のいい人で、どこか飄々としたところのある心に余裕がある人だ。心に余裕があるから屈しなかった。岩村智文弁護士(川崎)は、ものすごく頭のいい人で、知恵袋、戦略家。寺西和史裁判官は、何があってもめげない、何というか不思議な人。非常に独特な個性の人。
司法改革は、ロースクールにせよ、法曹人口の増加、刑事訴訟法の部分的な改正といい、あらゆる面で失敗だった。やはり権力は狡知に長けている。権力を侮ってはならない。部分的な改正に目がくらんで、全体として見る目を失ってはいけない。
なるほどと思うところは確かに多い本でした。いろいろ問題はありますが、私はそれでも司法制度は前より少しはましになってきているところが多々あると私は考えています。引き続き著者には鋭い指摘を期待します。
(2018年1月刊。1400円+税)

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