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未来のアラブ人(2)

カテゴリー:ヨーロッパ

(霧山昴)
著者 リアド・サトゥフ 、 出版 花伝社
フランス人の母、シリア人の父をもつ6歳の子どもの目を通した1984年から1985年ころの中東の子どもたちの生活がよく描かれています。
シリアで6歳になったので、学校に行きはじめます。ところが、学校は男の子ばっかり、女の先生は容赦なく生徒の手を手にした棒で叩きます。体罰なんて平気なのです。
フランス人の母親をもつ6歳の男の子(著者)は、ユダヤ人とみなされ、ことあるごとにいじめの対象になります(何人かは著者を守ってくれるのですが…)。
アラブ人のなかで、著者はいつまでたっても浮き上がった存在です。
父親はフランスで博士号をとった学者なのですが、よりよい仕事を求めて、有力者に売り込むのに必死。
父親の夢は、自分の土地に宮殿のような豪華な建物をたてること。ところが、父親から土地を取り戻されてしまった身内の人間からは、早くフランスに帰れと言わんばかりの扱いを受けるのです。
たまに母親の実家のあるフランスに戻ると、まるで別世界。スーパーには、いろんなものが、それこそ、よりどりみどり…。何もないシリアの生活とは落差が大きすぎます。
6歳当時の子ども時代をこんなに思い出せるとは、とてもとても信じられません。でも、話の展開にはリアリティがありすぎて、すごいんです。
いやはや、シリアの小学生って、本当に大変なんだな…、つい、そう思ってしまったことでした。中東・アラブの生活に少しでも関心があったら必読(必見)の本です。
(2020年4月刊。1800円+税)

タルピオット

カテゴリー:ヨーロッパ

(霧山昴)
著者 石倉 洋子とナアマ・ルベンチック 、 出版 日本経済新聞出版社
イスラエルの人口は900万人で、大阪府と同じくらい。面積は四国くらい。
イスラエルの成長をけん引しているのは、ハイテク産業。イスラエルの輸出に占めるIT製品の割合は、10.8%(2017年)。
日本企業71社がイスラエルに拠点を置いている(2018年10月現在)。5年間で3倍に増えた。
イスラエルの食糧自給率は9割超。砂漠で食料を自給するための技術開発も進んでいる。
天然資源のないイスラエルにとって、唯一の資源は、人であり、頭脳だ。
ユダヤ人は、既存の枠組みや前提条件を疑うところから始めて、新しいアイデアを出そうとする。ルールは絶対ではない。なぜダメなのかと問いかけ、議論するのがユダヤ人だ。
イスラエル人は、非常によく質問する。質問することで、お互いの視点の違いを知ることができるし、思考が刺激されて内容が発展し、新しいものが生まれることが多い。
イスラエル人の「質問好き」は、常識や前提条件を疑い、新しい発想での課題解決がイノベーションを生むことにつながっている。
イスラエルでは、正解、不正解がはっきりとした試験は少ない。正解、不正解が明確な試験だと、選ばれる人が画一化してしまうからだ。
イスラエル国民は、18歳(高校卒業)から男子3年、女子2年の兵役義務がある。
タルピオットの選抜プロセスは、高校生の早い段階から始まる。成績、健康状態などの一般的な試験で1万人が選ばれる。そして、物理、数学、コンピューターサイエンスや歴史などの科目について、クリエイティピティを測る試験があって数百人にしぼりこまれる。次に3日間の合宿があり、グループに分けられて、複数回の面接で最終的に50人が選ばれる。このこき、学業成績がトップというだけでは選ばれない。リーダーシップ、チームワーク、創造性が重視される。
タルピオットは、3年間(40ヶ月)のトレーニングプログラム。受講生の4分の1が途中でドロップアウトしてしまう。
過去40年間でタルピオットの卒業生は1000人のみ。卒業生はタルピオンと呼ばれ、イスラエル国防軍のさまざまな部隊に配属される。そして最低でも6年間は従軍し、現場で力を発揮する。
イスラエルにあって、日本にないものは、失敗を許容する文化だ。
スタートアップ(起業)でも失敗を恐れない、これは大切なことだと私も思います。
人材重視のイスラエルで成績優秀な若者を確保し、育成していくシステムがあるというのを初めて知りました。道理で強いわけです。
日本では「教育重視」のかけ声だけで、アベ流の教育改革は一部のエリート層の育成にのみ目を向け、一般ピープルを見事に切り捨てています。これでは日本はますます世界から置いていかれるだけではないでしょうか…。
(2020年3月刊。1600円+税)

過労事故死――隠された労災

カテゴリー:司法

(霧山昴)
著者 川岸 卓哉・渡辺 淳子 、 出版 旬報社
久しぶりにすばらしい本に出会いました。200頁ほどの本ですが、その圧倒的な迫力に心が震えます。その一は、司法の良心を覚醒させた母親の心底からの叫びです。その二は、母親の訴えを正面から受けとめ、それを文章にあらわし、実に格調高い和解勧告文をつくりあげた裁判官です。その三は、悲惨な労災・事故死の事案であるにもかかわらず、抜けるような青空の下で光輝くヒマワリの花を表紙とした本にまとめあげたことです。
著者の一人である川岸卓哉弁護士は、私もかつて在籍していた川崎合同法律事務所の所属です。こんな素晴らしい成果をあげた後輩を心から讃えたいと思います。
事故は2014年4月24日午前9時ころ、24歳の青年が徹夜勤務から原付バイクで帰宅途中、川崎市内の路上で電柱に衝突して亡くなったというものです。青年は、大手デパートなどの店向けに植物をディスプレイする仕事に従事していました。
残業時間の長さには思わず目を疑ってしまいます。事故前1ヶ月は127時間、2ヶ月は82時間、3ヶ月は43時間、4か月は33時間、5か月は87時間そして、6ヵ月は152時間。ウソでしょ、そう叫びたくなります。発症前1ヶ月に100時間を超える残業労働は過労死認定の関連性が認められているのです。
しかも、単に長時間労働というだけでなく、深夜・不規則労働をしていたのです。というのも、店舗内の観葉植物などの設置・撤去ですから、どうしても営業時間外の深夜・早朝の作業になってしまうのです。仮眠すら、仮眠室ではなく、ソファーや段ボールの上でしかとれなかったのでした。
そして、通勤時間は原付バイクで片道1時間、往復2時間をかけていました。これでは、いくら24歳といっても体力の限界ですよね。脳挫傷で即死という悲惨な事故でした。これは、残念無念ですね…。
そして、母親は裁判に踏み切り、意見陳述しました。驚くべきことに、裁判官が、その意見陳述を聞いて、こう述べたというのです。信じられません。
「失われた命の重みを受けとめ、真摯に審理をします」
弁護士生活も46年になりますが、いまだかつて、こんなあまりにもまともな言葉を裁判官の口から聞いたことがありません。いつだってポーカーフェイス、無表情で、「余計なこと」は一言だって言わないぞ、そんな裁判官がほとんどです。
そして、この橋本英史裁判官(35期)は、和解勧告のときにこう言ったのです。
「同じ年齢(とし)の息子がいます。我がことと考えて、書きました」
いやあ、法廷でこんな言葉を聞いたことなんか一度もありません。こんなセリフを吐かせる母親の迫力には私の心まで震え、おののきます。
そして、和解勧告文の格調高さは圧巻です。ええっ、裁判官ってここまで書いていいの…と、思わず内心どよめきました。
この裁判には、実名を出して立ちあがった母親を国民救援会の川崎南部支部が力強く支え、また川岸弁護士を私と同世代で過労死問題のエキスパートである松丸正弁護士が力強く応援しています。メディアの応援も力強かったようです。地元の神奈川新聞、そして朝日新聞としんぶん赤旗です。
裁判傍聴者についても「もの言わぬ弁護団」として高く評価されています。いやあ、すごい本です。川岸弁護士のすばらしさは、この点を強調しているところにもあります。
裁判が公正にすすめられているか監視すること、傍聴者が事件を知り、当事者(時ではありません)と弁護士を励まし、裁判官に公正な判断を迫るという役割があるのです。
和解勧告文を、公開の法廷で橋本英史裁判長が30分以上もかけて読み上げたというのを読んで、思わず腰を抜かしてしまいました。そんなこと、聞いたこともありません。いえ、裁判長が法廷で和解勧告することは、よくあることなんです。ところが、この本に格調高い和解勧告文の一部が紹介されていますが、こんな長文のものなんて、少なくとも私は聞いたことがありませんし、知りません。
「当裁判所は、本件事故にかかる本件訴訟の解決のありようについて、真摯に、深甚に熟慮すべきであると考えるところである。裁判所とは……、和解による解決として、真の紛争の解決と当事者双方にとってより良い解決をすることをも希求する職責を国民から負託されていると考える。本件における裁判所の判断が公表されることは、今後の同種の交通事故死をふくむ『過労事故死』を防止するための社会的契機となり、また、同種の訴訟における先例となり、これらの価値を効果は、決して低くはないものとみられ、むしろ高いものとみることができる」
和解決定文は15頁もあり、30分かけて橋本英史裁判長が読みあげたのでした。裁判官が、官僚ではなく、一個の人間として、人の心の琴線にふれる文章をつむいだのです。
事件に取り組む姿勢、そして解決した事件を世の中に広く知ってもらうための工夫、いずれもまだ35歳という若き川岸弁護士の力量の素晴らしさに圧倒されました。一人でも多くの弁護士に読まれるべき本として心から強く推薦します。
ちなみに判例時報2369号に9頁あまりの長大な評釈と、13頁にわたる和解勧告決定の全文が載っています。私は知りませんでしたので、あわてて書庫から判例時報をひっぱり出してきました。これもぜひご一読ください。
(2020年5月刊。1500円+税)

治したくない

カテゴリー:人間

(霧山昴)
著者 斉藤 道雄 、 出版 みすず書房
日本では、精神病院に何十年も入っている患者って珍しくもなんともありません。それはフツーにあることです。ところが、イタリアでは精神病院に長く入院している患者はいないと聞きます。日本で患者が入院しているのは、退院しても居るところがないことが大きいと思います。受け入れてくれるところがないのです。
この本は、そこに果敢に挑戦している北海道の診療所のすごい話です。北海道浦河町にある「浦河ひがし町診療所」です。
開設したのは、今から6年前の2014年5月のこと。ワーカーがいなければ、精神科の患者は退院できない。ワーカーの支援がなければ、患者は退院してもまた病状が悪化し、再入院のコースをたどる。
ひがし町診療所の開設にあたって中心テーマとなったのは、精神医療をどう進めるかではなかった。患者・精神障害者の「地域での暮らし」をどう支えるか、だった。10年以上も入院していた人が、地域で生活するって、想像する以上に大変なことだ。
「金欠ミーティング」なるものがある。金欠病になったメンバーが、なぜ自分たちにはお金がないのか、どうすれば金欠とともに暮らせるのかを語りあう集まりだ。たんにお金がないというのではなく、とにかくお金を使ってしまう。分かっていながら、それでもなお使ってしまう。それが金欠病だ。
ある40代の女性は、生活保護のお金を手にすると、「使わなければいけない」という強迫観念にとらわれ、すぐにいらない洋服や雑貨を買い、すぐ金欠になる。お金がないと不安なのではなく、お金があると不安なのだ。こんなタイプの金欠病もある。
金欠ミーティングのスローガンは、逃げない、借りない、ごまかさない、だ。
嘘をつく人は、他人の嘘に敏感だ。
精神科に長期入院していた患者が退院して、町で暮らす。それが「すみれハウス」だ。
ひがし町診療所にやって来る多くの患者が求めるのは、医療技術ではなく、安心、そして楽しさだ。患者は、そんな医師に惹きつけられて外来にやって来る。
認知症を治すことはできなくても、家族を応援することはできる。訪問診療の目的は安心を届けること。医師が来る、いつでも相談できると思えば、家族は安心する。その安心が認知症の父親に伝わっていく。
依存症は、医者が一生懸命になればなるほど、再発と入院を繰り返していた。
医師が患者を、病気を丸ごと引き受けて自分の思うどおりに治療をすすめようとしても、事態は何も変わらない。
日本の精神科の入院患者は31万人。どの国と比べても突出して多い。とにかく病院に入れて出さない。
地域に退院してきた精神障碍者の居場所をつくるって、大変なことだけど、必要なことだと本を読みながら実感が伝わってきました。さて、浦河町以外にも、こんな診療所はいったい、あるのでしょうか…。
私たちにできることは、笑うこと、そして考えること。笑いは自分を支え、考えることができるようにするため。考えるのは、この自分とは、いったい誰なのか、なぜ自分はこのようなことをしているのか、あるいは出来ないのかそこにどんな意味があるのか、考え続けることだ。
なるほど、そういうことなんですね。思いのたくさん詰まった本でした。
(2020年5月刊。2200円+税)

無の国の門

カテゴリー:ヨーロッパ

(霧山昴)
著者 サユル・ヤズべく 、 出版 白水社
内線下のシリアに、フランスに一人娘とともに逃れた作家(女性)が一時帰還し、絶え間ない爆撃の下、反体制派の人々のあいだで暮らしながらシリアの人々を訪問し、その苦悩に耳を傾けた1年間のレポートです。読んでいて辛くなりました。内戦というのは、同じシリアの国民同士が殺しあうのですから、本当に悲劇というほかありません。
著者は本の前書きに次のように書きました。
私は現実を生き、現実を書き、隠す。
死者たちが、私のノドを通る。
ひとりひとり、神に届くほど高く昇り、それから次々と私の血に落ちてくる。
私は、あなた方の短い人生を見つめる語り部だ。あなた方を見つめている。
私は、あなた方のために書く。そして目を離さない。
著者がシリアを出国したのは2011年7月。
イスラーム法では、未亡人は3ヶ月と10日が経過するまでは、いかなる男性にも会ってはいけない。著者(女性)は、殉死者の妻たちの話を聴きとりに行こうとするが、それには同行する男性の援助がいる。しかし、妻たちはイスラーム法のきまりで、男性とは会えないのだ…。
シリア人の墓地のあり方は変わってしまった。死者を家の中庭に埋葬するようになり、公園も墓地に変えられた。殉死者は木々の間に埋葬され、簡素な墓石が置かれた。長い壕を掘りすすめ、そこに何十人もの死者を一緒に埋葬する。
著者が銃機関砲を操作している若者に、戦争が終わったら何をするつもりなのか、問いかけた。
「オレは運転手の仕事に戻るよ。こんなのは全部放り出して…。好きで武器をとったんじゃない。こんなのは死の道具だ。オレは生きたいんだよ」
まことに、もっともしごくな答えです。誰だって殺しあいしたくないのに、不幸なことに内戦の真最中に置かれているのです。
内戦が続いて、読み書きがまったくできない世代が出現しつつあり、子どもを兵士にしようとする動きもある。IS(イスラム国)が少年兵の育成に成功しつつあり、ヌスラ戦線も少年兵の脅威に乗り出している。
無力感や絶望が色濃く漂うなかで、著者はシリアの女性たちを一貫してポジティブな存在として扱い、賛美してやまない。
暗い思いをかかえていても、女性たちはしたたかに現況を乗りこえようとしており、そのまなざしは、生きるほうへ、未来へと向けられている。
そうなんです。シリア内戦下の生存ぎりぎりの極限的状況の描写が続くなかでも、最後まで読み通して思ったのは、さすがに女性は強いということでした。
(2020年3月刊。3200円+税)

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