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動きだした時計

カテゴリー:アジア

(霧山昴)
著者 小松 みゆき 、 出版 めこん
著者が認知症になった高齢の母を新潟県からベトナムに引きとった顛末記(『越後のBaちゃん、ベトナムへ行く』)は面白く読みました(このコーナーでも紹介しました)。それは、日越合作の映画「ベトナムの風に吹かれて」になり、松坂慶子・主演だったようです。残念ながら見逃しました。
この本で著者の歩みを始めて知りました。私と同じ団塊世代で、新潟から中学を卒業して上京し、東京で住み込みで働くうちに定時制高校に通い、夜間の短大を卒業して労働旬報社につとめ、東京合同法律事務所にもつとめていたのです。
そして著者は一念発起し、ベトナムで日本語教師として働くことにしました。日本語教師として教えていると生徒のなかに、私の父は日本人ですという男性がいて、著者は面くらいます。ベトナムに日本人がいただなんて…。
調べてみると、日本軍がベトナムを占領・支配していた時期があることが分かりました。
日本敗戦時、北部に第21師団、南部に第2師団がいて、武装解除された日本兵は北部で3万人、南部に7万人ほどいた。また、民間人も、北部に1400人、南部に5500人いた。そして、600人の元日本兵がベトナムに残留した。その多くはベトミンの要請にこたえて、ベトナム人に軍事指導した。この600人の半数はベトナムで戦病死し、インドシナ戦争が1954年に終結したとき200人いて、うち71人が日本に帰国した。
ベトナム中部クアンガイ省に陸軍士官学校が創設され、400人の学生を4隊に分け、4人の日本人教官と、4人の下士官が軍事教練した。
93歳のボー・グエン・ザップ将軍は、日本人教官によるベトナム軍の育成、貢献は大きいとカメラの前で語った。
いやあ、知りませんでした…。
それで、著者は、ベトナムに残された家族の要請を受けて、日本に戻った元日本兵をたずね歩くのです。大変な苦労がこの本で詳しく明らかにされています。
なかには、会いたくない、話したくないと拒絶されることもありました。
ベトナムに妻子を「待たせ」ながら、日本で結婚して子どもをつくった人たちもいます。両方の家族がわだかまりなく会えるのかどうか…。
この本で圧巻なのは、著者たちの苦労がベトナム大使の理解を得、ついには、2017年3月2日、ハノイに天皇夫妻が残留日本兵家族と面談したこと。これで、日本のマスコミを通じて、日本人に問題を一挙に理解してもらえたのでした。
しかも、このとき、著者自身が「お母さまを(ベトナムに)お連れになったんですってね」と声をかけられたというのです。いやあ、これは、たいしたことですよ…。
パラオ、ペリリュー島への慰問といい、天皇夫妻の東南アジア歴訪は、それが天皇制維持の目的があったとしても、私は現代日本において、日本人の戦争観を深めるきっかけになりうるものとして、いくら甘いと非難されても、高く評価します。
著者の大変な苦労がこれで大いに報われたと思います。世の中には、いかに知らないことが多いか、また、今からでも遅くないので、発掘すべき事実があることを思い知らされた本でもありました。
同世代の著者の今後ますますの健筆を大いに期待しています。
(2020年5月刊。2500円+税)

白人ナショナリズム

カテゴリー:アメリカ

(霧山昴)
著者 渡辺 靖 、 出版 中公新書
この本を読んで笑ったのは、白人ナショナリズムの人たちが牛乳を一気飲みして、白人の優位性を示しているという話です。ユーチューブで、白人ナショナリストが牛乳を飲みながら、「牛乳が飲めないのならアメリカを去れ」と叫びます。牛乳が白人ナショナリストのシンボルになった。というのは、黒人やアジア系は牛乳を飲むとお腹をこわすが、白人は牛乳にふくまれる乳糖を消化するラクターゼという酵素をもっているから、大丈夫だというもの。
どうして、こんなことが白人優位の根拠になるというのか、理解に苦しみます(たしかに私は牛乳をたくさん飲むと、通じが良くなります)。ことほどさように、白人優位というのが客観的根拠に乏しいということを意味しています。
アメリカには不法移民が1050万人いる(2017年)。これは外国で生まれたアメリカ移住者4560万人の23%に相当する。最高時(2007年)の1220万人よりは減っているが、そのまえの1990年の350万人の3倍だ。メキシコ出身者が半分近い(47%)。
KKK(クー・クラッフス・クラン)は、最盛時の1920年半ばに300万~500万人の会員がいた。KKKは黒人排斥の前に、カトリック・ユダヤ人そして黒人をターゲットとしていた。
いやあ、これは意外でしたね…。
アメリカのトランプ大統領も白人ナショナリズムに同調した発言を繰り返す。
「移民はアメリカにいられることに、ひたすら感謝し、おとなしく服従すべきだ」、「そんなに嫌なら、アメリカから出て行け」というのは、自らを社会の所有者のようにとらえ、新参者を排除しようとする土着主義(ネイティビズム)の典型だ。
白人ナショナリストには高学歴の人が少なくない。リベラル派から白人ナショナリストに転向した人も珍しくはない。反グローバリズムという点ではリベラル左派とナショナリストは合致する。ただし、ほとんどのリバタリアンには、白人ナショナリストのような集合主義とは明確な一線を画している。
白人ナショナリストは、遺伝学に強くこだわると同時に、反ユダヤ主義も根強い。アメリカを第一次世界大戦に駆り立てたのはユダヤ人だ。リンカーン暗殺もユダヤ人の仕業だ。そんな具合だ。
トランプ大統領の世界的評価はとても低いと私は考えていますが、アメリカ国内ではプアー・ホワイト(貧乏な白人たち)の支持は意外にも著しい低下傾向にはないようです。
インチキを重ねて超大金持ちになったトランプが生活に苦しんでいるプアー・ホワイトの味方であるはずもないと思うのですが、まだまだその醜悪な実像がアメリカ国内で広く知られていないようなのが、とても残念です。
(2020年5月刊。800円+税)

元徴用工和解への道

カテゴリー:朝鮮・韓国

(霧山昴)
著者 内田 雅敏 、 出版 ちくま新書
2018年10月30日、韓国大法院(日本の最高裁判所にあたる)は、戦時中、日本製鉄で強制労働させられた韓国人元徴用工が損害賠償を求めた裁判で、会社に賠償を命じる判決を言い渡した。その後、三菱重工についても、同じような判決がなされた。
徴用工は、戦前に日本の植民地下にあった朝鮮半島から多くの人々が日本に連れてこられ、鉱山、炭鉱そして工場で過酷な労働に従事させられた人々のこと。初めは募集、官斡旋(あっせん)、そして国民徴用令による徴用となったが、形式の違いはあっても実態として強制労働だった。
私の父も三池染料の徴用係として朝鮮半島から徴用工を連れてきたと生前に語り、驚きました。
日本社会では、この大法院判決を安倍内閣を先頭として「ちゃぶ台返し」として非難する人々がいる。それは、1965年6月の日韓基本条約・請求権協定で決着ずみだという。しかしながら、実は日韓請求権協定で放棄されたのは、国家の外交保護権であって、個人の請求権まで放棄されたわけではない。
ところが、日本のマスコミの多くは、そこを区別せず、避難の大合唱に加わっています。
たしかに、1961年12月に韓国政府が8項目12億2千万ドルを日本政府に要求したなかには、徴用工についての賠償として3億6400万ドルがふくまれていた。これに対して日本政府は、元徴用工に対する賠償を否定しながら、12億ドルの要求を3億ドルに値切って政治決着させた。なので、韓国政府としては、請求権協定のあとは日本政府に元徴用工についての賠償は求めていない。
なるほど、そういうことだったんですね…。
そして、日本の国会では、個人の請求権が消滅していないことは繰り返し、政府答弁で名言した。
「これは、日韓両国が国家として持っている外交保護権を相互に放棄したということ。したがって、個人の請求権そのものを国内法的な意味で消滅させたというものではない」(1991年8月27日、柳井俊二・外務省条約局長)
河野太郎外務大臣も、最近の国会で、個人請求権が消滅していないこと自体は認めた(2018年11月14日)。
ところで、同じように強制連行された中国人元徴用工について日本の裁判所は時効だ、除斥期間を過ぎているとして請求棄却して大きく批判された(1997年12月10日、東京地裁判決)。この判決を原告側が控訴したところ、東京高裁(新村正人裁判長)は和解を勧告し、2000年11月29日、和解が成立した。そして、その後も、2009年10月23日、西松建設広島安野の和解、2016年6月1日の三菱マテリアル和解と続いた。ただし、鹿島建設が和解において法的責任を認めたわけではないとしたことから、日中間で、いくらかゴタゴタが起きた。
責任といっても法的責任と道義的責任がある、また三菱マテリアル和解のときには「歴史的責任」と表現された。そして、原告側が被告の主張を「了解した」というのも、承認・了承ではないということなのだが、その差(違い)は微妙なところだ。
この本によると、朝鮮人元徴用工との裁判で新日鉄や日本鋼管、そして不二越が和解に応じて、解決金200万円、410万円、3000万円を支払ったことも紹介されています。
判決だけでなく、和解による解決金支払いという決着もありうるわけです、
そのとき、最高裁判所に「付言」があったことの意義も著者はきちんと評価しています。
最後に、裁判官の苦悩を少し紹介します。
2006年3月10日の長野地裁・T裁判長(この人だけ、なぜか実名ではありません)
「和解が成立できなかったことを残念に思い、お詫びします。自分は団塊の世代で全共闘世代に属するが、率直に言って私たちの上の世代は随分ひどいことをしたという感想を持ちます。裁判官をしていると、訴状を見ただけで、この事案が救済したいと思う事案があります。この事件も、そういう事件です。一人の人間としては、この事件は救済しなければならない事件だと思います。心情的には勝たせたいと思っています。しかし、どうしても結論として勝たせることができない場合があります。このことには個人的葛藤があり、釈然としないときがあるのです。最高裁の判決がある場合には、従わざるをえません。判決を覆すには、きちんとした理論が立てられないとやむをえません。この事案だけに特別の理論をつくることは、法的安定性の見地から出来ません…」
2007年3月26日、宮崎地裁・徳岡由美子裁判長
「当裁判所の認定した本件で強制連行・強制労働事実にかんがみると、道義的責任あるいは人道的責任という観点から、この歴史的事実を真摯に受けとめ、犠牲になった中国人労働者についての問題を解するよう努力していくべきもの…」
2005年3月7日、福岡高裁宮崎支部・横山秀憲裁判長
「被告弁償によって解決すべきであると判断した。当裁判所も和解に向けた努力をしてきたが、現在に至るも解決できず、判決することになった。今後とも、関係者の和解に向けた努力を祈念する」
2009年11月20日、仙台高裁・小野定夫裁判長
「強制労働により、きわめて大きな精神的・肉体的苦痛を被ったことが明らかになった。その被害者らに対して任意の被害救済が図られることが望ましく、これに向けた関係者の真摯な努力が強く期待される」
大変、時宜にかなった、すばらしい内容の新書です。広く読まれることを心から祈念します。あわせて、著者の今後ひき続きの健筆を期待します。
(2020年7月刊。880円+税)

動物の看護師さん

カテゴリー:生物

(霧山昴)
著者 保田 明恵 、 出版 大月書店
人間のための病院に看護師がいるのと同じように、ほとんどの動物病院に動物看護師がいて、獣医師のかけがえのないパートナーとして力を発揮している。
獣医師という存在は当然のこととして認識していましたが、動物看護師という職業は、恥ずかしながら、この本を読むまで認識していませんでした。この本には6人の動物看護師が登場します。
動物なので自分の口から体調を説明したり、進んで検査や治療を受けることはない。そこに動物看護師の存在が欠かせない理由がある。
保定(ほてい)とは、診察や検査、治療などのとき、そのための姿勢を動物にたもたせ、そのまま動きを止めること。力ずくではなく、要所を心得た押さえ方で、動きをピタリと止める。それがプロの保定だ。
飼主と子犬が参加するしつけ教室をパピークラスと呼ぶ。警戒心が弱く、好奇心旺盛な子犬の時期に、飼主以外の人間や他の子犬と触れあわせることで、将来、社会でストレスなく生きていける犬に育てること、また子犬を飼いはじめた人に必要な知識を教えるのが目的。
病院に連れて来られた犬には、できるだけ声をかける。「すぐ終わるよー」などと動物に声をかけて恐怖心をやわらげてやる。
シニア犬の場合には、老衰や認知症がすすんでいて、目を離したすきに何が起きるか分からない。犬のシニア期のスタートは大型犬だと5~6歳ころ、一般には7歳から老化が始まる。異変を察知するとき、まず目をみる。歯ぐきも大切だ。歯ぐきが健康なピンク色でなく白ければ貧血を起こしている。
猫が足をひきずっていると、血栓塞栓(そくせん)症の可能性がある。
死が直前にせまった犬や猫は、必ず「ワン」とか「ニャー」と鳴く。最後のひと鳴きをするのだ。人間の場合は深い深呼吸をするそうです。
犬が揚げ物屋の油の匂いがしたら、膵(すい)炎の可能性が強い。
動物病院における動物看護師の待遇は全般的に恵まれているとは言い難い。座るひまもなく動きまわり、急患の対応に追われることもある業務に見合った金額とはとても言えないのが実情だ。
チンチラ(猫)のメスは気が強め、オスのほうはたいがいボーッとしていてえ、どんくさいコが多い。
うひゃあ、これって人間そっくりじゃありませんか…。
日本には2万人以上の動物看護師がいる。これまで、獣医師は国家資格なのに、動物看護師は民間資格だった。2011年に動物看護師統一認定機構が設立され、試験を受けて認定動物看護師資格を取得するのが一般的となった。そして2019年6月に愛玩動物看護師法が制定され、国家資格となることになった。2023年から国家試験が始まる。
本書では、動物病院ではたらく動物看護師たちの苦労とやり甲斐が語られていますが、それは人間世界そのものだと痛感しました。
これも世の中の大切な職業の一つだと思います。
(2020年3月刊。1600円+税)

桃源

カテゴリー:警察

(霧山昴)
著者 黒川 博行 、 出版 集英社
久しぶりに警察小説を読みました。もちろん殺人事件が起きます。それを警察官というより刑事2人が、デコボコ・コンビのようにして追いかけます。舞台は大阪から沖縄にまで飛んでいきます。
話のはじめは逃亡です。頼母子講の座元が集まった講金を持ち逃げしたというのです。
私が弁護士になって数年目のことでした。頼母子講って、古臭い名前から江戸時代の話と思い込んでいたのです。ところが、今も沖縄をはじめ全国でやられているようですね。無尽(むじん)といったり、模合(もあい)といったりもします。
筑後地方では講の世話人が、どこまで責任をもつべきか裁判で何件も争われました。盛主(座元)が初めから破綻させるつもりで始めたら詐欺か横領になりますが、相互銀行法違反で警察に検挙され、実刑になった女性が何人もいました。
座元が講で集まったお金を持って逃亡したとき、横領罪が成立するのは当然ですが、この本でも被害者の代理人弁護士の作成した告訴状では詐欺罪もあげています。要するに金策に困っていて講を始めたのは、当初から講金をだましとるつもりだったとしているのです。この点の立証は簡単そうでいて、実は案外むずかしいと私は考えています。
2人の刑事のうち、1人は大食漢で、脚本家を目ざしていたほどの映画マニアでもあります。刑事としての犯罪訴捜査より沖縄観光を優先させようとしつつ、実は捜査のほうも口でいうほど手抜きはしない愛すべきキャラクターとして設定されています。そんなわけで、大阪や沖縄のおいしい料理が次から次に紹介されるのも読ませる工夫になっています。
そして、もう1人の刑事は独身で女子大生と交際中。肉体関係はあっても、泊まりはなしという決まりがある。ということで、夜の世界の話もチラホラ出てくるのにも惹かれるのです。
沖縄を舞台とする話のほうは、偽りのM資金に似た話です。沈船ビジネス。沈没船を発見したらなんと550億円もの大金が入るので、投資した人への見返りもすごい、なんていう夢のような話で素人だましをするのです。
もうかる話のネタは、尽きないものです。それと知って参入してくる連中は根っからの詐欺師と知能犯のヤクザ。もちろん、失敗したら生命をとられる危険があります。
てなわけで、556頁もある大部な本をコロナ禍の休日に電車と喫茶店で読了しました。
まあ、悪は栄える、というのではないのが最後の救いでした。
(2019年11月刊。2000円+税)

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