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荘 直温伝

カテゴリー:人間

(霧山昴)
著者 松原 隆一郎 、 出版 吉備人出版
岡山に備中高梁(びっちゅうたかはし)という駅があります。岡山県高梁市です。知らないと、ちょっと読めませんよね。そして、この本の主人公は荘 直温(しょう・なおはる)と読みます。これまた、読めません。
松山というと四国の松山をすぐに思い浮かべますが、こちらは備中松山です。荘直温の先祖は、備中松山城主だった庄(しょう)為資(ためすけ)です。庄がいつか荘に変わっているのです。
この庄(荘)一族の歴史を、まったく縁のない経済学者である著者が調べに調べて、ついに書きあげたのが本書です。
備中松山城は今では天空の城として有名です。私もコロナ禍がおさまったらぜひ一度は行ってみたいです。戦国時代は西の毛利氏、北(山陰)の尼子氏、そして、東から羽柴氏(のちの豊臣秀吉です)が攻めてきます。有名な備中高松城の水攻めが始まるとき、その北側遠くに備中松山城は存在していたのでした。
江戸時代には、農民となり、庄屋として代々存続します。
荘直温は、明治・大正に松山村長そして高梁町長を歴任するのでした。
直温は8歳で庄屋見習いとなり、11歳のとき野山西村の一揆(暴動)騒動を体験した。そして、支那学を学び、故郷の郡役所に奉職して、あとは行政を生涯の仕事とした。
直温が高梁町の2代目町長になったのは35歳のときで、このときの町長は名誉ではあっても無給だった。37歳のとき松山村長になり、20年間つとめた。
そして、備中高梁駅が大正15年(1926年)6月に開業することができた。
直温は昭和3年(1928年)6月に高梁町長を病気のため辞任し、8月末に亡くなった(享年72歳)。
驚くべきことに、20年間も村長とか町長をつとめていた直温が亡くなると、莫大な借金があった。遺族は、この借金のため貧乏な生活を余儀なくされ苦労した。祖父のしたことに誇りをもつ孫娘の執念から、このような立派な本が出来上がったのでした。
実は、私もこの本ほど丹念に調べ尽くしたのではありませんが、母の生い立ちを少し調べると、母の父が久留米市史にも登場してくる高良内村の助役だったことが判明し、腰を抜かすほど驚いたことがありました。
先祖をたどるというのは、単なる懐古談を楽しむという以上に、自分は何者なのか、どこから来て、どこへ行こうとしているのかを考えるきっかけを与えてくれる大切な作業(営み)だと私は考えています。その意味で、荘(庄)家の過去、現在を探る旅を興味深く読みすすめたのでした。
(2020年4月刊。3000円+税)

虫とゴリラ

カテゴリー:生物

(霧山昴)
著者 養老 孟司、山極 寿一 、 出版 毎日新聞出版
二大巨人の対談ですから、面白くないはずがありません。
ゴリラは小さな虫を遊ぶことができる。手にダンゴムシをのせて遊ぶ。ココというメスのゴリラは、すごく猫好きで、何匹も猫を飼っていた。ええっ、本当ですか、どうやって…???
東北地方のサルは、江戸時代にマタギによって根絶やしにされた。サルを狩猟していない西南日本一帯では、サルは「神様の使い」だった。
アメリカザリガニは本当にたちが悪い。西日本新聞(2020.8.27)に中国・武漢では、ビールのつまみとして、日本から入ってきたアメリカザリガニが大いに食べられているとのことです。びっくりしました。戦後、日本でも食べていましたが、主としてニワトリのエサでした。私も小学生のころはザリガニ釣りに夢中でした。
いまの日本ではサル以上に恐ろしいのはシカとイノシシ。どれだけ捕まえても、どんどん増えている。
インドネシアの島に7種類のサルがいる。ペニスの形が違うので、交雑種はできない。また、お尻の形が違うと、発情すらしない。
サルやチンパンジーは、年中、毛繕いをしている。それで親しく共存できる。ヒトは体毛がないので、毛繕い以外の何らかのコミュニケーションを考えなくてはいけなくなった。
ゴリラが昼寝するときには、夜のようにベッドをつくらず、お互いに腹をくっつけあってつながって寝ている。
ヒトの祖先は草原(サバンナ)へ進出していった。ゴリラはもっとも保守的で、未知の場所へは出て行かず、むしろ熱帯雨林のど真ん中で暮らし続けることにした。なので、非常に食性を広くもつことにした。
チンパンジーもゴリラも、食物の分配はする。だけど、運ぶことはしない。ヒトだけが、仲間のいる安全な場所へ食物を運んだ。
言葉は聴覚と視覚を利用する。言葉は意味を伝えるもの。
オランウータンは7年も母乳を吸うし、チンパンジーは5年、ゴリラも4年。ところがヒトだけが1年か2年で、乳歯のまま離乳する。
子どもは保育園児までは、虫の好き嫌いが一切ない。小学校にあがると急に虫の好き嫌いが出てくる。子ども時代に自然に接していないと、実は自然に親しめなくなる。
私もザリガニ釣りのためにカエル(ビキタンと呼んでいました)を手にもって地面に叩きつけて殺し、両足をひき裂いて、糸にぶらさげてエサにしていました。カエルの足はザリガニ釣りのエサとしては最高なんです。そして、ストローでカエルの尻に空気を吹き込み、パンパンにふくれあがらせて、池に放りこんで、うれしがっていました。子どもは残酷なことが平気ですし、好きなんです。
子どもは、そうやって虫の世界、動物の世界に入っているし、いける。
人間のもっている大きな力は想像力。想像力が人間の世界を拡張するのに役立った。
いまの日本社会は、「感じない人」を大量生産している。受動的な人間ができてしまう。
常識を破るところに人間の面白さがある。AIは常識を破ることはできない。
日本の大企業の内部留保は460兆円。これは、にほんの国家予算の規模。これが有効に活用されていない。
人間同士のつながりは人間だけではなしえない。そのつながりには、常に自然が介在してきたことを忘れてはいけない。
はっとさせられる指摘が多く、日頃のあまりに「常識」的な発想を反省させられました。
(2020年7月刊。1500円+税)

ラマレラ、最後のクジラの民

カテゴリー:アジア

(霧山昴)
著者 ダグ・ボック・クラーク 、 出版 NHK出版
インドネシアの小さな島(レンバダ島)で伝統的なクジラ漁に生きるラマレラの人々の生活に密着・取材したアメリカ人のフォト・ジャーナリストによる迫真のレポートです。
ラマレラの人々が狙うのは60トンもある巨大なマッコウクジラ。小さな船が寄り集まって、勢いよくモリを突き刺し、弱らせて殺し、浜辺で待つ家族にもち帰るのです。
まったくの手作業ですから、ラマレラの人々に殺されるマッコウクジラの数なんて、たかが知れています。それなのに、ヨーロッパのWWFなどは敵視して、無理にでも止めさせようとするのです。大いな矛盾です。ちょっと、目ざす方向が間違っているのではないかという気がしてなりません。
アメリカ人の著者は、2014年から2018年にかけて、合計して1年間、ラマレラに住みついて過ごしたとのこと。ラマレラ語も話せるようになり、漁にも何十回となく参加したのです。
アメリカ人の著者が通った4年のうちに、ラマレラの人々の生活はずい分と変化した。
今では、インターネットが入りこみ、スマホとSNSが使われている。物々交換がほとんどだったのが、現金取引することが多くなった。
沖合を回遊するマッコウクジラを1頭でもとれたら、1500人いるラマレラの人々は、数週間は食べていける。数十人の男たちが連携して巨大なクジラを倒し、とれた獲物は、公正に分配する。ラマレラは猟師300人。年に30頭をとる。捕鯨で生きている唯一の村。海の荒れる雨期には、クジラの干し肉で生きのびる。
野生のマッコウクジラは、今でも数十万頭は生きているので、ラマレラの人々が年に20頭も殺したとして、世界的生息数に何の影響も及ぼさない。
ラマレラの人々はキリスト教の信者だが、同時に、先祖から受け継いだ呪術的な宗教儀式を今も実践している。
ラマレラのクジラ狩りは、できるだけ多くの銛(モリ)をクジラに打ち込み、ほかの銛を足していく。銛につながった網で船数隻の重量をひっぱることになったクジラが次第に疲れ、弱ったところを前後左右から漁師たちが攻撃する。一隻ではとてもクジラと太刀打ちできないが、チームでならどんな巨大なクジラも倒すことができる。
しかし、クジラ狩りは、いつも危険と隣りあわせ。けがもするし、ときには生命を落としてしまう。
クジラの干し肉は、細長くスライスして、竹の物干し竿にぶら下げ、南国の太陽と乾燥した空気で干物にする。そして、漁業をしない山の民が育てた野菜と交換する。クジラの干し肉1枚でバナナ12本、あるいは未脱穀のコメ1キロ。
ラマレラには21の氏族があり、大きく37のグループに分かれる。嫁をとるグループは決まっていて、Aグループの男にはBグループの女から、BグループにはCグループから、そしてCグループにはAグループから女が嫁ぐ。
クジラ狩りの季節は、毎年5月に始まる。
インドネシアの男性の平均寿命は67歳で、アメリカ男性より10年も短い。
クジラに打ち勝つ方法はただ一つ。祖先がそうしていたように、ラマレラの人々みなが力を合わせること。一つの家族、一つの心、一つの行動、一つの目的だ。
クジラ狩りで生きてきたラマレラの人々がこれからも、それで生きていけるのか、「文明化」の波に押し流され、すっかり変わってしまうのが、ぜひ注目したいところです。
450頁もある部厚い本ですが、そこで伝えられるクジラ狩り漁の勇ましさ、その苦労に圧倒されてしまいました。
(2020年5月刊。3000円+税)

少年と犬

カテゴリー:社会

(霧山昴)
著者 馳 星周 、 出版 文芸春秋
著者のいつもの作品とは一味ちがっていて、ともかく最後までぐいぐい作中の世界にひきずり込まされ、読ませます。
タイトルからして、犬派の私を惹きつけますので、本屋で買い求めるや帰りの電車のなかで一気に読了しました。いつもなら途中でウトウトすることもあるのですげ、いつのまにか終着駅にいて驚いたのでした。
末尾の初出誌『オール読物』によると、最尾の「少年と犬」が実は真っ先に書かれたものだということです。人間のほうは6篇全部が異なるのですが、犬は同じですから、モノ言わぬ犬が主人公のようなものです。しかもこの犬はとても賢くて、人間のコトバも気持ちも全部お見通しで、迫りくる危険を察知(予知)する能力の持ち主です。小説とはいえ、犬の生態そして人間との深い関わりがよく描けています。
犬を取り巻く人間世界は総じて悲惨です。自己責任で社会から冷たく切り捨てられた家庭が次々に登場します。そこらあたりは、切ないというか、やるせない気分になってしまいます。
そして、この主人公の犬にはマイクロチップが埋められていて、それで素性が判明し、同時に、このストーリーの落ちが明かされるのでした。これ以上のネタバレは読者の読む楽しみを一つ奪ってしまいますので、やめておきます。
私も犬を飼いたい気持ちはありますが、年齢と旅行できなくなることを考え、あきらめています。犬派として、たっぷり犬を堪能できる小説でした。最新の直木賞受賞作品ですが、文句ありません。
(2020年8月刊。1600円+税)

共感経営

カテゴリー:社会

(霧山昴)
著者 野中 郁次郎 ・ 勝見 明 、 出版 日本経済新聞出版
コールセンターの受注率が高くなるのは、オペレーターのスキルとは何の相関もなく、主な要因はオペレーターのその日の幸福度による。休憩中にオペレーター同士の雑談が活発なときは、コールセンターの集団全体の幸福度が高く、受注率も高い。そして休憩中に雑談がはずむのは業務中のスーパーバイザー(管理者)の適切なアドバイスや励ましの声かけにある。
なるほど、ですね。やっぱり、人間として大切にされているという実感があれば仕事もはかどるというわけなんですよね。
人間関係の本質は共感にある。外から相手を分析するのではなく、相手と向きあい、相手の立場に立って、相手の文脈の中に入り込んで共感すると、視点が「外から見る」から「内から見る」に切り変わり、それまで気づかなかったものごとの本質を直観できるようになる。そしてペアが出来上がると、二人称の世界となり、新しい発想が生まれる。
ニッサンの「ノート」eパワーは、ブレーキを踏まずに車を「止める」ことができる。回生ブレーキは、エンジンブレーキより3倍以上の制動力が生まれる。そのため、市街地だと、オートマティック車に比べて、ブレーキの踏み替え回数が7割も減る。eパワーは、ハイブリッドと呼ばず、eパワーという固有名詞のままを名乗った。モーター駆動の走り味に乗った人が感動してくれる。ええっ、どんな乗り心地なんでしょうか…。
バンダイのカプセルトイの「だんごむし」は、2018年8月から2019年5月までの10ヶ月間で100万個を売りあげた。実物のダンゴムシを10倍に拡大し、丸まる仕かけを組み込んで立体化した。
ポーラの薬用化粧品は、シワを改善する医薬部外品として承認されたものだそうです。人の皮膚にシワができるメカニズムを15年かかって解明したのでした。ポーラ化粧品は全国に4万5000人もの販売員がいるそうです。たいしたものです。
シワの部分には白血球の一種である好中球が多く集まっている。好中球からは、好中球エラスターゼという酵素が出る。そして、ニールワンというアミノ酸誘導体を合成した素材が抑制剤として有効なことを発見した。そして、ついにリンクルショットとして売り出した。
リンクルショットの開発チームには、やり抜く力、自制心、意欲、社会的知性、感謝の気持ち、楽観主義、好奇心の7項目すべてがあった。
共感による一体感から来るパワーを「同一力」と呼ぶ。人は相手に共感して一体感を抱くと、相手の目標が自己の目標と同一化し、達成に向かって強く動機づけられる、と同時に、自発的な自己統制が働く。同一力による自己統制であるから、誰も他人から統制されているとは思わない。誰もが高い当事者意義をもって実践知を発揮するようになり、それが未来創造を加速させる。このようにしてメンバー相互のあいだに強い統制力が働く集団は生産性も高くなる。
共感経営というのは初めて聞くコトバでしたが、書かれていることは、しごくもっともなことだと思いました。企業は株主のもうけだけをみていたらダメ。顧客も従業員も大切に扱うことで生きのびられる。このことを改めて教えられた本でもありました。
(2020年7月刊。1800円+税)

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