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動物たちのインターネット

カテゴリー:生物

(霧山昴)

著者 アーティン・ヴィクルスキ 、 出版 山と渓谷社

 今やイカロスという極小の発信機を大きな動物から小さな昆虫にまで身体につけることが出来ます。世界中の動物の移動パターンが、リアルタイムで地図上に表示できるのです。

 さまざまな動物から毎日データを集めている。野生生物と地球、そして人類を守るのに役立てている。もちろん、こんな貴重なデータを戦争のためなんかに使ってほしくありません。それにしても、トンボ、キリギリス、シタバチに小さな小さなタグをつけている写真があります。驚異的な小ささです。野生の動物たちと人間との関わりにまつわるエピソードがいくつも紹介されていて、はっと驚かされます。

 渡りの途中で仲間からはぐれてしまったコウノトリがドイツ南部で地元の農家の家族の一員として迎えられてハンジという名前をつけられ、特製のひき肉をごちそうになったり、寒い冬には温かい足湯に入れてもらっていた話は感動的です。

 鳥たちはくちばしを閉じたままささやいてコミュニケーションをとっている。鳴く鳥には鳴管という発生器官がある。人間には何も聞こえず、声を出している様子も見えないけれど、鳥たちは会話をしている。

渡り鳥のシロハラコツグミを捕まえて、1.5グラムもしない超小型の発信機を背中に装着する。すると、ツグミたちは飛行中だけでなく、地上でも互いにささやきあっていることが判明した。

 それでも、受信機が鳥から5キロ以上離れると、信号が受信できなくなってしまう。

トンボにも装着できるサイズの初のナノ無線発信機をつくり上げ、トンボの背に取りつけた。

 ツグミに1.5グラムの重さの発信機を取りつけると、35グラムの自分の体重に加算されないよう、食べるエサの量を減らす。つまり、個体ごとに最適な離陸時と着陸時の体重があり、それにあわせて調整している。

 動物たちも遊ぶ。人間の子どもと同じように、走りまわったり、追いかけっこをしたりする。余剰のエネルギーがあれば遊ぶことができる。

 野生のホッキョクギツネが小枝を拾って目の前に置く。それを遠くに投げてやると、空中で小枝をキャッチする。ちょうど飼い犬と同じようにした。これは遊びだ。

牛は、震源地が半径20キロ以内のものなら地震を予知できる。ただし、本震のあとの余震でないと、観察して証明することは難しい。そもそも地震がいつ起きるかは分からないからだ。余震なら、確実に起きるのは間違いないので、観察できる。

今や動物たちに超小型の発信機を取りつけて彼らの行動を探ることが出来るのです。それにしても、鳥だけでなく、トンボにまで取り付けられるとは、すごいものです。

(2025年10月刊。2420円)

パレスチナ占領

カテゴリー:中近東

(霧山昴)

著者 平野 雄吾 、 出版 ちくま新書

 一応の停戦合意が成立したあと、日本でガザの実情が報道されることはほとんどなくなりましたね。ウクライナのほうは、停戦が成立しておらず戦争が続いていることもあって、少しは報道されていますが、それでも、戦争がなぜ起きたのか、戦争を支えている軍事産業がボロもうけしていることなど、本質的な報道が極端に少ないように思います。

 ハマスがガザ地区の地下に張り巡らせたトンネル網は、全長数百キロに及ぶそうです。深さは最大80メートルとのこと。私は少なくない人質がこのトンネル内で2年も生き永らえたことにハマスの底力と、ハマスを支える民衆の意思を実感しました。トンネル内の檻に単に入れっぱなしにしておいたら、地上に出てきたとき人質は歩くことも出来なかったと思うのです。でも、映像を見るかぎりしっかりした足取りで歩いていましたし、骨皮筋右衛門ではない人を見ました。これは多勢の人々の、公然あるいは暗黙の支持がなければ、とても出来ないことです。

 いったいなぜハマスはこんなにガザの人々に支えられているのか、私たちはよくよく考える必要があると思うのです。念のため言っておきますが、私はハマスの2023年10月7日の奇襲攻撃を支持していません。どんなに苦しくても平和的な外交交渉以外に問題の根本的解決はありえないと確信しています。そして、ネタニヤフ首相の指揮下のイスラエル軍のガザ侵攻も許せません。既に罪なきガザの人々が6万人以上も殺されているのです。イスラエル軍は即時、無条件で撤退すべきです。

 ガザの人口は220万人(2023年推定)で、東京と同じくらいの人口密度。イスラエルの侵攻によって、高層ビルを含めて、地上部分はどこもかしこもボロボロの惨状です。この復興事業でまた金儲けする企業がいるのでしょうね。まぁ、それでもアメリカのロッキードや日本の三菱重工業のような「死の商人」よりは、断然ましです。

 パレスチナ自治政府に対する住民の信頼は、とても低いようです。それは、アッバス議長とその息子たちがビジネスマンとして不当に収益を上げている、つまり、汚職・腐敗があまりにもひどいことからというのです。残念です。EUからの支援金もアッバスとその側近に流れているとされると、本当に嫌になってしまいます。

 ハマスがパレスチナ人のなかで一定の支持を受けているのには、腐敗した無能な自治政府への反発の裏返しだ。いやぁ、これは困ったことです。こんなことでは、ガザ地区に住むパレスチナ人の統一と団結は困難ですよね…。

 そして、イスラエル。ネタニヤフ首相も汚職の渦中にあり、刑事裁判を抱えているとのこと。

 私は見ていませんが、「ネタニヤフ」という映画のなかで、ネタニヤフ首相の職権濫用が白日の下にさらけ出されているようです。

イスラエル社会も右傾化と分断が進んでいる。ネタニヤフは、安反保障を口実として敵を設定し、社会の分断を政治的に利用してきた。

 私は一刻も早くウクライナとガザの戦争が完全に終結すること、そして復興事業が着手されることを心より願っています。勉強になる本でした。

(2025年9月刊。960円+税)

学校では教えてくれないシェイクスピア

カテゴリー:イギリス

(霧山昴)

著者 北村紗衣、 出版 朝日出版社

 著者は北海道の旭川東高校から東大に入って、今は武蔵大学の教授。 専門の一つがシェイクスピア。なんと、映画と演劇を年に100本ずつ見ているとのこと。

 私は劇を見ることはまったくありませんが、映画は大好きで、2ヵ月に1本の割合で見ようとしています。でも、なかなか時間がとれません。

さて、シェイクスピアです。私は、いつシェイクスピアを読んだのか、忘れたほど昔のことです。そもそも本当に読んだのか、確信をもっては言うことが出来ません。

 シェイクスピアが活躍したのは、中世ではなく、16世紀末から17世紀はじめ、つまり近世。エリザベス一世のころです。

 シェイクスピアは小説をまったく書いていない。なので、小説家とはいえない。お芝居の台本を書いていた。

 シェイクスピアの生没年は、1564年から1616年。これは「人殺しの話をいろいろ書いた人」として覚える。

 シェイクスピアの書いた台本の自筆原稿はまったく残っていない。当時はコピー機があるわけもないので、劇団員全員分の台本はつくらなかった。また、ほかの劇作家と共同して台本を書いた可能性がある、

 シェイクスピアの書いた台本の内容には、学問的に間違っているところが少なくない。たとえば、内陸部にあるボヘミアを海岸があるとしたり、ヴェローナからミラノへ船では行けないのに、船で行ったように書いている。

 シェイクスピアは大学には通っていない。ラテン語も、それほど流暢ではない。

 イングランド演劇は、トーンが多様で、悲劇でも必ず笑うところがあるし、喜劇でもびっくりするようなショッキングな描写があったりする。

 シェイクスピアは、50歳過ぎまで、元気で長生きした。そのためキャリアが長く、作風が成熟した。

 シェイクスピアの時代には、専門の演出家はいない。役者が自分で考えて演じていた。演出家が登場したのは、19世紀も後半になってからのこと。

当時の劇場は、舞台が客席に囲まれ、両脇にも客が入る。幕がないので、その種の背景転換は出来ない。

シェイクスピアの時代は、劇場に行けば、毎日違い芝居が見れるという前提で運営されていた。

シェイクスピアの戯曲は、基本的にすべて役者を想定した「あて書き」になっている。

シェイクスピアの戯曲による映画、演劇を見てみたいと思いました。でも、なかなか難しそうです。

(2025年10月刊。2090円+税)

飛鳥の古墳に葬られたのは誰か

カテゴリー:日本史(古代)

(霧山昴)

著者 猪熊 兼勝 、 出版 雄山閣

 私は石舞台古墳を見に行ったことがあります。奈良市内の奈良ホテルに1泊して出かけました。夏の暑い日です。ともかくでっかい巨石が、それこそでーんと置かれています。石舞台と呼ばれるのも、なるほどと思いました。石舞台古墳の周囲は森というか林で、平坦な田圃のなかにあるわけではありません。私は駅前で電動自転車を借りて見学してきました。

被葬者は、蘇我稲目(そがのいなめ)、馬子(うまこ)親子の墓だと想定されています。

葛城地方で勢力を拡張してきた蘇我氏は、宣化(せんか)朝のとき、蘇我稲目が大臣に就任したのを機会に、宮殿の東南部岡、島庄(しまのしょう)に居住する。稲目は娘を天皇に入内させ、物部氏を排斥し、権力を掌握した。ところが、天皇をも凌(しの)ぐ権勢を謳歌(おうか)した蘇我氏も、クーデターにより4代であえなく滅亡する。

石舞台古墳は、一辺が100メートルの方形で、その中心部を玄室中央とし、南に開口する横穴式石室。40人ほどの石工の指揮下に数百人の労働者が従事して、1年強かかったと推測されている。

 有名な藤ノ木古墳は蘇我氏の女性合葬墓である。

斑鳩(いかるが)町の藤ノ木古墳からは2体の人骨とともに豪華な遺物が発見されていて、王族クラスの被葬者が想定されている。装身具は金銅製冠、大帯と2足の沓(くつ)などで、

多くの玉飾りを着けていた。被葬者の2人について、足の骨から男性説が定説となっているが、著者は、女性である小姉君を想定している。片塩媛(かたしおひめ)の同母妹で、葛城皇子などの母親。

 このころ、天皇は推古天皇以来、蘇我氏のカイライ政権になっていた。それで、その陵墓も蘇我家の家風にそった方墳になっていた。

 蘇我蝦夷(えみし)、馬子の大方墳の寿墓は天皇陵を凌駕(りょうが)しそうなものだった。皇族の陵墓については、厳しい規制があった。天皇陵のみ八角形墳。天皇と皇后の合葬は許されたが、妃は対象ではなかった。

 阿武山古墳の被葬者は、天智8(669)年10月に56歳で亡くなった藤原鎌足しか考えられない。鎌足は、天智天皇にとって苦難の道をともに過ごし、古代国家を創造した刎頸(ふんけい)の忠臣であった。鎌足の死後、天皇は藤原姓を与え、天皇級の墓室をつくることを許した。

 蘇我氏の強大な権力に天皇家はなすすべもなかった。蘇我祖廟(そびょう)の前で、天皇のみに許される八佾舞を強行した。さらに蝦夷と入鹿は寿墓として、小山田古墳と葛蒲池古墳を築造した。このあと、天皇陵の墓状は八角形墳と定まった。蘇我氏は横穴式石室にこだわった。

高松塚古墳について、当初は直径20メートル、高さ5メートルとしていたが、その後の調査で2段築成の円墳と分かった。高松塚古墳が注目されたのは、天井・奥壁そして両側壁に保存良好な壁画があったことによる。天井の星宿のなかには北斗七星が描かれている。側壁には日月像、そして四神像、人物群修が描かれている。東壁に青龍、西壁に白虎、そして北(奥)に玄武がある。16人の人物像は、写実的な群像となっている。

 天皇陵で被葬者が荼毘(だび)に付されたのは、持統天皇と文武天皇だけ。

 飛鳥の古墳の被葬者を想定するのは意外に難しいことだということが分かりました。

(2025年8月刊。2970円)

琉球処分

カテゴリー:日本史(明治)

(霧山昴)

著者 塩出浩之 、 出版 中公新書

 明治政府が琉球を力でもって強引に支配したことを改めて認識しました。

徳川幕府は、島津氏に対して、琉球という国家の存続を前提に、その支配を認めた。琉球に日明貿易を仲介させるには、琉球が明の朝貢国であることが不可欠だった。明は、琉球を属国として維持することを重視し、引き続き朝貢を許した。琉球からすると、中国と日本の双方に付属することで、どちらにも完全には支配されず、一つの国家として行動する余地があった。

 1879年3月11日、明治新政府の太政官は琉球に対する一連の通達を発した。その要点は三つ。その一、廃藩置県を実施する。その二、沖縄県を設置し、県府を首里に置く。その三、尚寿を東京に居住させる。

 そのため、警察・軍隊を沖縄に動員した。警官160人、熊本鎮台分遣隊の380人が松田「処分官」に同行した。3月31日、日本の官吏・警官・兵員が首里城に入場して接収が完了した。4月4日、日本政府は沖縄県の設置を布告した。日本政府が警察と軍隊を動員して実施した琉球処分に、琉球は逆らえなかった。

 しかし、琉球の人々の抵抗が始まった。土族たちは、沖縄県政に対して非協力の姿勢をとった。各地の役人たちは、辞令書の受け取りを一様に拒んだ。土族たちは、いずれは清の助けを得て、琉球を復国するつもりだった。

日本政府側は尚泰の上京こそが最優先の課題だと判断した。

 5月7日、勅使と天皇の侍医が東京から沖縄に向かった。初代の沖縄県令である鍋島直彬(なおよし)も同じ船で沖縄に赴任した。

 5月27日、尚泰は、ついに東京に向かった。一行総勢は100人ほどで、那覇港には見送りのため数千人が詰めかけた。6月9日、尚泰は東京に到着し、6月17日、天皇に謁見した。

6月から沖縄県庁による弾圧が始まり、9月に収束するまで続いた。奉職命令を妨害したとして警察に拘留し、拷問した。その人数は300人から400人。その結果、ついに県庁への奉職を誓約した。

 清の北洋大臣の李鴻章は介入には消極的だった。結局、宮古・八重山諸島を清の領土とし、残るは日本の領土とする案を受諾することにした。清にとって重要なのは、日本とロシアによる挟みうちされるのを避けることだった。

 沖縄には、黒党、頑固党、開化党の三派があった。運動の手段は異なっていたが、琉球復国という目的は同じだった。

琉球処分の実際を初めて詳しく知ることができました。

(2025年6月刊。1100円+税)

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