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脳の大統一理論

カテゴリー:人間

(霧山昴)
著者 乾 敏郎、阪口 豊 、 出版 岩波科学ライブラリー
脳は、ヘルムホルツの自由エネルギーを最小化するように推論する。これが自由エネルギー原理。そんなことを言われても、まったく何のことやら理解できません。というか想像すらできません。
「家に帰ると、窓ガラスが割れていた」という状況で、人間は、「どのような原因か」だけでなく、「それぞれの原因がどの程度、ありそうか」もあわせて推論している。
最近のスマホのカメラは2000万画素以上の画素数を有している。高級なカメラのほうは1億個以上の画素数を有している。
予測が安定していれば、精度が高い予測信号であるといえる。感覚信号と予測信号の精度のバランスをうまく操作することが、脳が環境を理解するうえで重要な意味をもっている。
脳は外環境だけでなく、自分の身体内部(内環境)に対しても、同じように「知覚」し、また、「働きかけ」ている。脳は、内臓や血管の状態をコントロールすると同時に、それらの状態を把握している。血管や内臓は自分の身体の一部ではあるが、脳からみれば環境の一つなのだ。
自分で自分の体をくすぐっても、くすぐったく感じないのは、自分がくすぐるときは、くすぐったことで引き起こされる皮膚からの触覚信号が神経系の内部で抑制されるから。
大脳皮質は1.5~4.5ミリメートルの厚さをもつ。その内部は、第1層から第6層までの6層構造をしていて、層内と層間の結合を経て、多数の神経細胞がネットワークを構成している。
1000人に1人がかかるパーキンソン病は、ドーパミンの欠乏によって引き起こされると考えられている。この病気にかかると、運動を意図的に実行できなくなるだけでなく、行動計画や問題解決、注意の移動や切り替えなどの機能が低下する。さらに、無気力、不安などが見られ、目標志向行動の低下や興味の喪失も生じる。モチベーションの欠如として捉えられる。
パーティーで急にスピーチを頼まれたとき、心臓の鼓動が早まるのは、実際のスピーチするときになってホメオスタシスに大きな乱れが起きないように、前もってホメオスタシスの設定値を変更する仕組みがあるため。感情は、内臓状態(隠れ状態)の知覚と、その内臓反応をもたらした(隠れ)原因についての相論という二つの要因によって決定される。
統合失調症では、知覚においても感覚減衰が低下する。統合失調症患者は身体を簡単に動かせる状況なのに、一定期間、同じ姿をとり続ける。
統合失調症患者は、事前の信念のみに従った、現実から乖離(かいり)した知覚や認知を得るため、幻覚や妄想をもつことになる。
赤ちゃんは、自分の期待に反するものを長い時間、注視するという経験則がある。
私たちは、環境との相互作用を通じてエントロピーを一定の範囲内に抑えることにより、ホメオスタシスを維持し、生存している。
そして、内受容感覚を通じて内環境を相論し、精度の最適化を通じて自身の状態を感じ、世界の中での自身の存在を感じることができる。
デカルトの「我思う、故に我あり」というよりむしろ、「我あるが故に我思う」なのだ。
脳についての難しい話が満載の新書です。読んで分かったつもりになったところだけを紹介しました。
(2021年3月刊。税込1540円)

氏名の誕生

カテゴリー:日本史(江戸)

(霧山昴)
著者 尾脇 秀和 、 出版 ちくま新書
私の名前(姓名)は霧山昴(きりやま・すばる)。これは養子縁組でもしない限り、一生変わりません。これが現代日本の当然すぎる常識。ところが、江戸時代は、名前(姓名)は年齢(とし)とともに変化するもので、一生同じ「名前」を名乗る男など、まったくいなかった。その常識が激変したのは明治時代の初めのこと。
この本は、このような常識の変化を丹念に追跡していて、もう頭がくらくらしてきます。何が何だか分からなくなってくるのです。それは、江戸時代の武士と庶民に通用していた常識と、朝廷での常識が別物だったことにもよります。明治維新によって朝廷が王政復古で昔のように変えたくても、ことは簡単ではなく、あれこれ変更を重ねて、ますます混迷をきわめていくのです。ここらあたりは読んでいて、まったく五里霧中。とてもついていけませんでした。
現代日本における人名の常識は…。人名は「氏」と「名」の二種で構成されていて、「氏」は先祖代々の大切な家の名で、「名」は親がつけてくれたもの。「氏名」を恣意的に変えることは、原則としてありえないこと。
ところが、江戸時代の名前で親が名づけるのは幼名だけで、改名は適宜なされていて、「かけがえのないもの」でもない。この二つの常識は、まるで違うもの…。
江戸時代の人間は、幼名、成人名、当主名そして隠居名という4種類の改名があるのが一般的。幼名は親などが名づけるが、15歳か16歳で成人したあとは、本人が自ら名を改める。
江戸時代の名前は、社会的な地位をある程度は表示する役割を担っていた。たとえば、~庵(あん)は医者一般がよく名乗るもの。名前は身分格式にもとづく秩序を重視する近世社会において、社会的な地位を相手に知らせる役割をもっている。
江戸時代、庶民も苗字(みょうじ)をもっていたが、それは自ら名乗るものではなく、人から呼ばれるものとして用いられていた。
この本ではありませんが、江戸時代の庶民も「氏名」をもっていたが、それは名乗るものではなかったので、あたかも庶民は「氏」をもたなかったかのように現代日本人が大いなる誤解をしたと指摘する本を読んだことがあります。
江戸時代の庶民にとって、苗字とは、自分から他者に示すものではなくて、呼ばれるものだった。また、「壱人両名」(いちにんりょうめい)という、一人で二つの身分と名前を同時に保持することができていた。これは、イメージとしては本名とペンネームの関係ですが、本質的にはまったく異なります。それぞれ、公の場で通用するものだからです。
そして、明治8年、山県有朋が、徴兵事務のために、平民に必ず名乗らせることにして以降、ついに現在の戸籍制度が完成したのでした。つまり、国が国民を兵隊にとる便宜をあくまで優先した結果として、現在の私たちの常識が成り立っているのです。
江戸時代は夫婦別姓でしたし、死後も別墓が当然だったのです。繰り返しますが、現代日本の常識は江戸時代の日本には通用しません。とても興味深い本でした。頭の体操にもなります。ぜひ、あなたもチャレンジしてみてください。
(2021年5月刊。税込1034円)

破天荒

カテゴリー:社会

(霧山昴)
著者 高杉 良 、 出版 新潮社
痛快な自伝的小説です。あまりに面白くて一気に読みあげました。著者が業界紙の記者をしていたのは知っていましたが、こんなにも業界内部そして官庁に深く立ち入って取材していたのですね。すごいです。
あるときは企業間の大型取引を仲介して、謝礼金1000万円を呈示され、その半額500万円をもらったそうです。ところが、税務署が嗅ぎつけて課税されて150万円も召し上げられたとのこと。これを読んで、私も税務署から取り戻した本税に140万円ほどの加算金がついて戻ってきたのを喜んでいたところ、税務署はそれを雑所得として課税してきたことを思い出しました。これが私の第二次不当課税事件です。たたかいましたが、法と通達のカベは厚く、いくらかもっていかれました。
著者は高校を中退していて、いわゆる学歴はなに等しい。ところが業界紙に入社するのは、そのときの作文について筆力が断トツだったとのこと。さすがですね。しかも児童養護施設で小学6年生の夏から中学1年生の2学期まで園児として過ごしたとのこと。これはS学会に熱心で酒のんでばかりいた両親の育児放棄のようです。
ところが、すごいのは、その園まで同級生たちが面会に来てくれていたということ。しかも、担任の教員まで、ときに生徒を引率して…。いやあ、これは泣けますね。やはり友だちと教師の力は偉大です。おかげで、文章力も才能もある著者は、変にいじけることなく、むしろ親からの早い自立を目ざしてがんばったのです。
高校2年生のころ、自転車で新聞配達のアルバイトをしていたときの体験をもとにした著者の作文が巻末に紹介されていますが、これはすごい文章です。入社面接のとき、読んだ社長が「恐れいった」、「胸にぐっときた」と言ったそうですが、まったくそのとおりです。
業界紙に入社して記者として活動しはじめると、たちまち業界内部に飛びこんで、すごい記事を書き続けた。20歳でもらった月給が1万5千円。1959(昭和34)年当時の大学卒の初任給は1万3500円のときのこと。なので、破格の高給。本人も腰を抜かしたが、両親はそれ以上におったまげたという。この1万5千円のうち、親に1万円を渡し、著者は5千円を自分のものにした。
著者は四日市石油化学コンビナートの生成過程も取材したようです。あとで、「四日市ぜんそく」で有名になった公害発生源の企業でもありますが…。
ともかく著者の取材の徹底ぶりは半端ではないようです。これは自伝的小説で本人はそう書いているのですから間違いないでしょう。真実は細部に宿るという言葉がありましたっけ…。ともかく、細部(ディティール)が真に迫っていないと小説として読めませんよね。著者の企業小説が、そこが断然ズバ抜けています。ともかく、話がこまかい。こんなところまで知っているのかと思わず舌を巻いてしまうほど、微に入り細をうがっていますので、書かれていることの全部が真実だと思わされてしまうのです。なので、業界あるいは会社内部のことを書くと、リークした犯人捜しがはじまったり、著者に反感を覚える人が出てきたりするわけです。
著者は、何も知らないからこそ取材するとしています。それはリアリティを確保するためです。リアリティがなければ企業人は読まないし、世間も読みません。著者の本の多く(決して全部ではありません)を読んでいつも大変勉強になりましたが、今回は、著者そのものを少し知ることができて、本当に良かったです。高杉良ファンには見逃せない一冊として、一読をおすすめします。
(2021年4月刊。税込1760円)

ブラック・ライブズ・マター回顧録

カテゴリー:アメリカ

(霧山昴)
著者 パトリース・カーン=カラーズ 、 出版 青土社
Black Lives Matter. これは、一般には「黒人の命も大事だ」と訳されているが、実はもっと深く広い意味合いがある。私もそうだろうと思います。この日本語訳を単純に英文にしたら、ブラック・ライブズ・マターにはならないような気がします(英語には、まったく自信ありませんが…)。「黒人の生命を守れ」、「黒人の生活を向上させるべきだ」、「黒人の人生の価値を認めよ」という、いろんなニュアンスが重なっている。そして、「白人と同等に」、「白人が当然だと思っているように」という意味合いも含んでいる。なるほど、ですね。
アメリカの独立宣言のなかにある、「すべての人間は平等に創造され、不可侵、不可譲の自然権として生命、自由、幸福の追求の権利がある」という考え方を、アメリカの全市民に公平にあてがうべきだという考え方だ。まったくそのとおりですよね。
ところが、アメリカの現実は、依然として、そうではないのです。
カルフォルニア州では、警官によって72時間に1人、殺されている。そのうちの63%は黒人かラテン系。ところが黒人はカリフォルニア州の人口のわずか6%しかいない。白人の5倍も黒人は警官に殺されている。ラテン系と比べても3倍だ。
アメリカの人口は世界の5%でしかない。ところが、刑務所にいる人間でみてみると、世界の25%がアメリカにいる。そして、アメリカ人のうち黒人が占めるのは13%でしかないが、刑務所内の人口比では33%も占めている。黒人の収監率は、白人の7倍近い。
この本はBLMを立ちあげた3人の黒人女性のうちの一人、パト―リース・カーン=カラーズの自伝。ロサンゼルス市内のヴァニナイズ地区に生まれ育った。母親はエホバの証人の信者で、夫たる著者の父親とは別れていた。大変な状況下にあっても高校に通い、ついにはUCLAに入学しています。そして、大学では毛沢東、マルクス、レーニンなどの本も読んでいます。
さらに、著者はクィアだと高言したのです。頭を剃って、下唇にピアスをし、腰には片腕にレーカーこぶを入れた女性の姿の刺青もしています。外見は明らかに変わっています。
それにしても、アメリカにおける黒人差別は、今もなお、すさまじいものがあります。
それは、実社会でもそうですし、刑務所の中でも同じことのようです。
黒人にとって、警官は、法の執行に安全を守るとか市民の援助をするというイメージは皆無で、ただひたすら黒人の行動を監視し、制御する機関でしかない。警察は黒人について、将来もっとも犯罪を犯す可能性が高いグループだと見なしている。親が刑務所にいるため1000万人もの子どもたちに、そのしわよせが行っている。
刑務所人口を使って多額な収益を上げているのは、女性下着専門店(ヴィクトリアズ・シークレット)、自然食品チェーン(オールフーズ)、AT&TL(アメリカのNTTのような会社)、スターバックスなど(スタバも、そうなんですね…)。
アメリカの黒人の意気盛んな運動に少しばかり触れた思いがしました。それにしても、こんな地道な活動をしている彼女たちをテロリストと呼ぶなんて、まったくの間違いだと思います。
(2021年3月刊。税込2860円)

朝鮮戦争を戦った日本人

カテゴリー:日本史(戦後)

(霧山昴)
著者 藤原 和樹 、 出版 NHK出版
朝鮮戦争が始まったのは1950(昭和25)年6月。当初は進攻してきた北朝鮮軍に米韓軍は一方的に敗退していた。それは、アメリカ軍(マッカーサー)が、北朝鮮軍の実力を過小評価し、自国軍を過大評価していた過信によるもの。
中国人民義勇軍は90万人、北朝鮮軍は52万人が死傷した。国連軍として死傷した40万人のうち3分の2は韓国軍と警察。市民の死傷者は300万人以上。
この本は、アメリカの国立公文書館にある極秘文書(1033頁)が開示されたものを丹念に掘り起こしている。アメリカ軍が、朝鮮戦争に従軍していた日本人を日本本土に送り返して尋問した記録(調書)を紹介している。
70人以上の日本人が朝鮮戦争にアメリカ軍と一緒に従軍していた。彼らは在米日本人でも日系人でもなく、生粋の日本人。日本国内でアメリカ軍基地でボーイとして働いていたような人たち。たとえば、両親を失った孤児。アメリカ軍から見捨てられたら、たちまち失業して、生活の目途が立たなくなる20歳前後の青年たちだった。
アメリカ軍の下で働く日本人の給料は良かった。日当450円、月に1万3500円になった。このころ(1951年)の公務員の初任給は6500円なので、倍以上。
アメリカ軍と一緒に朝鮮半島に渡り、朝鮮戦争の最前線に投げ込まれた。そこでは、前線も後方兵站もなく、周囲の全部が敵(北朝鮮軍だったり中国軍)だった。なので、銃をとって戦ったが、あえなく敗退して、アメリカ兵と一緒に捕虜になった日本人もいた。
朝鮮戦争の初期の激戦地がいくつか登場します。日本人たちもその戦場にいたのです。
たとえば大田の戦い。1950年7月14日から21日にかけた戦闘。国連軍(アメリカ軍)の劣勢を象徴するもの。この大田の戦いで第19歩兵連隊(3401人)は650人の死者を出した。そして、ディーン少将まで捕虜となった。あとで捕虜交換でアメリカに戻ったディーン少将には、戦場でがんばったとして名誉勲章が授与された。ここが、旧日本帝国軍との圧倒的な違いです。
多富洞(タプドン)の戦いは、1950年8月1日から9月24日まで55日間にわたって続いた激戦。9月15日の仁川上陸作戦によって、一気に形勢が逆転した。『多富洞の戦い』(田中恒夫、かや書房)という430頁の本に戦闘の推移の詳細が紹介されています。その過程での「架山(カサン)の戦い」においても日本人が戦死したのでした。
日本人を朝鮮戦争に参加させることは、日本人の出国を原則として禁じていたGHQの占領政策に違反している。それで、日本に送還した。兵士だった日本人を尋問したのは、アメリカ軍に従軍した理由を記録して、日本人の口を封じることで、従軍を許可したアメリカ軍の部隊司令官を守るためだった。
公文書館の尋問記録とあわせて、アメリカまで生存している元米兵にインタビューしています。朝鮮戦争の地上戦に日本人の青年が70人ほども参加していたこと、強制ではなく、いわば食べるために志願していったことなどの事実を知ることができました。世の中は、本当に知らないことだらけです…。
(2022年12月刊。税込2090円)

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